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─ 後日 ─


── 千葉 ──


「今日は会社いかなくていいの?」九時過ぎに、寝室から出てきた私を妻が振り返った。手にじょうろを持っている。

「ああ、昨日出たし、さすがに日曜くらい休まないとな。身が持たないよ」

 私は、キッチンに入り、鍋に残ったみそ汁を温め、椀に注ぐ。炊飯ジャーから飯をよそって、あとは冷蔵庫から、納豆と卵を取り出して、食卓に運んだ。

 一人で、もぐもぐとしているところに、妻が庭から戻ってきて、目を見張る。「あら、自分で用意したんだ。随分と手がかからないこと」

「まあな」私は言って、残りをかきこむと、さっさとキッチンに運んで、食器や鍋を洗う。

「あらあ」洗面所から洗濯物を抱えて出てきた妻が、また目を丸くした。「いいのよ、わたしやるから。疲れているんでしょう」

「疲れているのはお互い様だよ。出来ることはやらないとな」ジャージャーと水を流しながら言う。

「へえ、驚いた。じゃあ、任せるけど、お水、使い過ぎないでよ」

「あ、はい」急いで水を止めて、スポンジを動かした。

 食器を洗って、拭いて、棚に収めた後、私は、新聞を広げながら、居間のソファに腰を下ろした。

「あっ。再逮捕か」思わず声に出すと、いつの間に座っていたのか、妻が隣で縫物をしながら「田所さんでしょう」と興味深々といった顔で言ってくる。

 あの日、任意で連れていかれた田所が逮捕されたのは、翌日のことだった。警察は、当然のことだが、新田常務の関与についても調べており、私や糸井、それに社長までもが事情聴取を受けた。が、肝心の常務本人は意識不明のままだった。社長から聞いたところでは、病院での検査では原因が分からないらしい。そんな状況なので、常務に関しての捜査は、本人の回復を待ってから、ということらしいのだが、私は、彼の意識が戻ることはない、と知っている。もう彼は、抜け殻なのだから。

 今回の件は、マスコミでも報じられたが、ワイドショーを賑わすまでには至らなかった。それは犯行の動機となった五郎右衛門の件について、ニッタ商事と西京百貨店で徹底した情報統制を行ったからに他ならない。

 とは言え、会社にまで警察の家宅捜査が入り、社員は皆、浮足立ってしまい、ことの収集を任された私のこの数日は、一言で言えば、ひっちゃかめっちゃか、だった。

 今日の新聞記事によれば、田所は五郎右衛門窯の桐谷課長殺害の容疑で再逮捕されたとある。やっぱりか、と思う。私は深い溜息を吐いた。こうなると、マスコミが五郎右衛門の件を嗅ぎつけるのは時間の問題と、覚悟しなくてはなるまい。

「また忙しくなるの?」妻が心配そうな顔を向けてくる。

 妻には、今回の一件を、掻い摘んで話していた。もちろん、妻の霊の大活躍については触れなかったが。

 妻は、「へえ」「そうなの」「うわあ」と、まるで子供がおとぎ話を聞くように、熱狂しながら私の話を聞いた後、「ね、どうして、わたしに話すの?」と不思議そうに訊ねた。

「え?」

「だって、仕事の話なんて、いままで殆どしたことないじゃない」

「それはさ、興味あるだろうと思って。関係者としてさ」

「関係者? 何それ?」

「いや。いいんだ、何でもない」


 私は、改めて思った。本当に、妻は、あの漂っていた時の記憶はないのだろうか? 「六日も寝ていたんだ。夢をたくさん見ただろう」水を向けたが、「見たんだろうけど、一つも覚えてないなあ」と返ってきた。私は、さらに突っ込んで訊ねようとしたが、はたと思い止まる。これ以上つついて、また、あれが抜け出てくるようなことになったら。

 もう、ごめんだ。

「山之内さんは、もういいの?」妻が、針を動かしながら訊いてきた。

「うん。金曜から出社している。ゆっくりしろとは言ったんだけど、五郎右衛門は自分の担当だからって。真面目なんだよ、あいつ」

「その五郎右衛門は、これからも販売することになったの?」

「ああ、なんとかね。何しろプロジェクトの目玉だし、五郎右衛門の製品自体は価値の高いものだからね。西京百貨店もその辺を分かってくれた。けど、まあ、ニッタ商事としては大いに信用を失墜させたから、それを回復させるのが大変だ」

「部長、だものね」

 私は苦笑した。

 妻には話していなかったが、今回の処理が済んだら、田所の仕出かしたことの責任を取ります、と室井社長に言ったのだ。すると社長は、なら、信用を取り戻してプロジェクトを成功させろ。それが部長としての責任の取り方だ。そう言われて、私は深く深く頭を下げた。

「さて」と私は立ち上がった。

 妻が見上げる。「ゴルフの練習?」

「いや。草刈り。庭の雑草、伸びてきてるだろう」

「なんだか、働き者になったわね」

「もともと働き者だよ。ただ、出来ていなかっただけさ」

「何が?」

「相手の立場に立つ、ってことがさ」

 私は、軍手と鎌を棚から引っ張り出すと、帽子を被って庭に出た。

 いい天気だった。


(終)




最後までお読みいただきましてありがとうございました。

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次週より次作を連載開始予定です。引き続きよろしくお願いいたします。

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