一章③
声のした方を見ると、そこには一人の女性が立っていた。
白髪に和装の女性だった。
顔はフェイスベールで覆われていて見えない。
不思議な雰囲気を醸し出しており、人を何処か惹きつけるものを持っていた。
「どうした、白百合」
「わたくしから一つ、提言させていただきたく存じます」
「なんだ」
「この少女は一度、体を清めた方がよろしいのでは? もとが良いですから、もっと素敵な服を着せた方がよろしいかと」
「…………」
圭はチラリと少女を見た。
確かに汚れており、服も服とは言えないものだ。
(白百合の言った通りにした方が良さそうだな……)
「わかった。この子を頼む、白百合」
「かしこまりました、あるじ様」
白百合はそう言うと、少女の手を握って部屋を出て行った。
少女は最後の方まで圭を見ていたが、白百合について行けばいいと悟ったのか、ドアが閉まる時には白百合に視線を注いでいた。
圭は白百合と少女が部屋を出て行ったのをその目で確認すると、深い息を吐き、近くにあったベッドに横たわった。
そしてーー
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
圭は荒い息を何度も吐いた。
胸を強く手で押さえており、何かに耐えているようだった。
圭は懐から小さな薬を取り出した。
震えた手でその薬を口に入れようとする。
だが、そんな圭に静止をかけたものがいた。
「それは六時間前に飲んでたぞ、旦那ァ」
「っ……紅秋」
紅秋と呼ばれた男は赤髪で、白百合と同じようにフェイスベールを付けた和装の男性だった。
「その薬はヴァンパイアの吸血衝動を抑える薬だが……嬢ちゃんのあの匂いを嗅げば、その効果も無になるんだな」
「…………」
吸血衝動。吸血しない日が続くと起こる、ヴァンパイアの生存本能が起こす、吸血したいという衝動のことだ。
吸血衝動中はほとんどの者は記憶がなく、また、自我を保つことが困難とされている、非常に危険な状態だ。
そのため、ヴァンパイアは吸血衝動を起こさないようになるべく毎日吸血し、また、吸血衝動を起こさないようにするために薬を飲む必要がある。
吸血衝動中に吸血できなかった場合は、死に至る可能性もあるため、吸血衝動はヴァンパイアにとって、唯一の弱点とも言えるものだった。
圭は渋々薬をしまう。
吸血衝動を抑えるための薬もまた、飲む時間を間違えれば逆に吸血衝動を起こす要因となりうる。
普通、薬の効果は十二時間となっており、薬を次に飲めるのはその十二時間後と決まっている。
薬も効果は保証されているのだが、稀に薬では抑えきれない吸血衝動を起こしうる血がある。
それがーー
「アレが『綺皇家の血』か……。匂いの時点で別格なんだ。さぞ、質も味もいいんだろうな」
「紅秋」
「あぁ、すまない。もうこの話はやめよう」
だけど、と紅秋は続けた。
「旦那、吸血衝動がちゃんと起こる前に、あの嬢ちゃんからは血をもらわないとダメだぞ。あの時のような思いはしたくないだろう?」
「……わかっている」
(わかっているが……)
圭の返事を聞くと、紅秋は姿を消した。