星空の下で
夕食を食べ終わってひと休みし、私は風呂場へ行く準備をした。
「早子、私、温泉に入ってくるけどどうする?」
「うーん、まだおなかいっぱいで動けないよ」
早子がたたみに横になったままそう言うので、私はひとりで大浴場へ向かった。
脱衣所で服を脱いで洗い場で身体を洗ってから、露天風呂へ向かった。
浴場の足元にもビニール製の畳が敷いてある不思議な宿だった。
外に出ると肌寒い春の風が、まるで綿布のように濡れた肌を撫でていった。
私は急いでお湯につかりよく身体を温めた。柔らかい肌触りの透明なお湯だった。
足元に手をやると、浴槽の中にも畳が敷き詰められているのが分かった。
露天風呂からは広い海が一望できた。もう暗くなっていたので海は真っ黒で何も見えなかったが、耳をすませると波の音が聴こえ、漂う空気には潮の香りがした。
ふと空を見上げると、そこには息を呑むほど美しい星々が輝いていた。
もし夜空に字を書けるペンがあったら、星と星を線で結んでたくさんの星座を描けそうだ。
私はしばらくの間その遠い惑星の放つ小さな光たちを眺めていた。
そしてふと、私は自分の為に生きていいんだ、と思った。
思えば今までの人生を、自分の為に生きていたようで、実は誰かに言われた通りにしか生きていなかったかもしれない。
私は今まで自分が、誰かが「自分のためにと勧めてくれた人生」をなぞらえて生きていただけのような気がした。
だけど誰かが勧めたものを手にしたとして、自分が幸せになれるとは限らない。
私は自分に問いかけながら、幸せになるものを手に取り、それ以外のものを手放していかなくてはならないのだ。
『自分の幸せのために生きよう』
宇宙から届く幾多の光を見つめながら、私は自分自身とそう約束した。
温泉から部屋に戻ると、食器は片づけられ布団がふたつ敷かれていた。そのうちのひとつに早子がもぐりこんで寝ている。
「あれ、早子寝ちゃうの? お風呂、すごく良かったよ。お風呂にも畳が敷き詰められててさ……」
私は声をかけたが布団からは寝言のような声が聞こえてきただけだった。
私は諦めて歯磨きをして部屋の電気を消し、ふとんに入った。
次の朝になると、昨日と同じ仲居さんが朝食を部屋まで運んでくれた。
地元で取れたというとろろやエビが並ぶ。
私たちはまた腹十二分目までごちそうを食べ、満足してそれぞれの家に帰った。