7話「あれから」
――あれから三年ほどが経った。
驚かれるだろうか、私は今王子エストの妻となっている。
第一国境警備隊に所属し戦いに明け暮れていた私だが、ある時戦闘によって負傷し、それによって後方部隊へと回された。その事実が辛く落ち込んでいた私に、エストはまたまた王城警備隊への移動を提案してくれて。それまではそちらへ行く気は一切なかったのだけれど、前線に出られないとなって初めて私の心がそちらへ傾いた。で、私はついに、比較的安全な職務内容である王城警備隊へ移動することを決めた。
そうして王城へと活動の拠点を移した私は、エストより毎日のようにアプローチを受けるようになった。
その頃の彼は、最初からこれが目的だったのか? と思うほどに、非常に積極的だった。
こちらが恥ずかしくなってしまうくらい。
彼は毎日のように夜なんかに私のところへやって来ていた。
ただ、幸い、そのことを誰かから悪く言われることはなかった――その点は運が良かったと言えるだろう、これで悪口なんかを言われていたとしたらもう救いようがないところだった。
そうして毎日のように会って話すようになり、気づけば彼と結ばれていたのだ。
「今何を考えていらっしゃるのですか? アイナさん」
「あ……いえ、少し、昔のことを」
王子の妻になる未来なんてちっとも想像していなかった。
でも現実はそうなった。
私は王子と結婚したのだ。
やはり人生とはよく分からないものだ。
ただ、エストと結ばれる道を選んだことを悔やんではいない。いや、むしろ、この道を選んで良かったとさえ思っている。というのも、彼は話が面白いのだ。毒を吐くようなところもあるけれど、それも含めて一緒にいて楽しい。癖があることは事実で、しかし、それもまた彼の魅力である。
「もしかして……他の男のこととか?」
今日もまた、穏やかな昼下がりでさえ、彼は針でちくりと刺すようなことを言ってくる。
でもそれは彼なりの愛なのだ。
そう知っているから不愉快ではない。
「いえそれはありません、断じて」
彼がちくりと刺すような言葉を投げかけてきた時には、いつも、真っ直ぐに真面目に言葉を返す。
本当はもっとユーモアを持って返答できれば良いのかもしれない。が、残念ながら私にはそのような技術はない。だから真面目に言葉を返すことくらいしかできない。真っ直ぐさでしか勝負できないのだ。
「ふふっ、やはりアイナさんは真面目だね。冗談だよ、冗談。そこまで貴女を疑ってはいない」
「なら良かったです」
「しかし他人行儀だなぁ。もう夫婦なんだ、もっと親しげにしてよ?」
「それは難しい頼みですね」
言えば、彼は子どものように首を傾げる。
「そう?」
「はい。私には……すぐには無理そうです」
「じゃあゆっくりでいいよ」
「ありがとうございます」
「でも! いつかはもっと心開いてね!」
「……はい、そうできるよう努力します」
すると彼は急にけらけらと笑い出した。
「あっはっはは! 真面目だね、やっぱり!」
どうして笑われるのだろう……。
しかしエストは楽しそう。
そういう意味では悪い気はしない。
「これからも仲良くしてよ? 素敵なアイナさん?」
「はい、もちろんです」
戦いに生きてきた私だけれど、こういう穏やかさの中に生きるのも悪くはないのかもしれない――エストの隣にいるとそう思うこともある。
「これからも共に生きてゆきましょう」
彼との道はまだ歩き出したばかり。
でもきっと行く先には良いこともあるはず。
ただそう信じて歩もう。
◆終わり◆