2話「婚約破棄、そして」
「婚約破棄!? どうしてですか!? や、やはり、仕事が……?」
声が震えてしまう。
「ああ、そういうことだ」
「そんな……」
いや、もうずっと前から知ってはいたのだ――彼が私のキャリアを良く思っていないということは。
でもそれでも何となくこのままでいられると思っていた。
その考えは甘かったのか。
これからも今まで通りとはいかない運命なのか。
「お前は俺のためにすべてを投げ捨てる気はないのだろう? ならば俺には相応しくない。俺は俺のためにすべてを捧げてくれる女性だけを求めている」
アルフリードは冷ややかな視線を向けてくる。
「お前は要らない」
彼の口から出るのは心ない言葉ばかりだ。
言葉一つ一つが私の胸を貫いていく。
「……そう、ですか」
「キャリアを捨てることすらできないならもう俺の前から消えろ」
私は彼と続けていけたらと思っていたけれど、どうやらそれは無理みたいだ。
「分かりました。……では去ります」
こうしてアルフリードとの婚約は破棄となった。
◆
「ええっ、婚約破棄!?」
私は部隊の仲間に話を聞いてもらった。
「そうなの……」
今はとても胸が痛い。
でも聞いてもらえるだけで少しは楽になるような気がする。
「だ、大丈夫? 落ち込むよね? 辛そうだなぁ……」
「ちょっとね、胸が痛むわ」
「それはそうだよね……急だし、辛いだろうね……」
この温かな第三国境警備隊にいられるのもあと少し。
「で、でも! 出世するんだし! きっと辛いことの後には良いことがあるよ!」
「ありがとう」
「これからも何かあったら相談に乗るからね!」
「ええ、頼りにしているわ」
約束の日、私は皆に見送られながら第三国境警備隊の待機所を去った。
そして第一国境警備隊へと所属が移る。
「アイナ・キャンベルさんだ、皆今後よろしくするように」
隊長は角刈りのいかにも真面目そうな人だった。
「初めまして皆さん、どうかよろしくお願いします」
私は取り敢えず無難に挨拶しておく。
「女性か……」
「美人さんだねっ、ああわくわくしてきたなぁ」
「駄目だよそんなこと言っちゃ」
「ええー、でも本心だし」
「駄目だってば! 失礼だよ? 同じ隊員なんだから」
「美人って感想くらい自由に言いたいよっ」
それからの日々はとんでもなく忙しかった。
「あっちにそれ出せ!」
「これこっちっすか?」
「そう! 早く! 遅い!」
第三国境警備隊とは空気がまったくもって異なっている。
ここはやはりもっと忙しいのだ。
「荷物持ってきましたー」
「はい、そこに置いておいてください」
「お届けであります!」
「武器チェックちゃんとやっとけよ!」
「はい!」
取り敢えず仕事を覚える。
それが第一。
今はただ、必死に、ここでの仕事内容を身につけるのみだ。
「戦闘用意ッ」
小さなことから確実にこなしていこう。
「「「「はい!」」」」
――結論から言おう、第一国境警備隊でも私の戦闘能力は高い方だった。
「君、凄いな」
「いえ……」
「いや、本当に、凄いと思うぞ。特に戦闘能力が。女性とは思えない――ああ、これは、少し失礼な表現かもしれないが、悪い意味ではないので気を悪くなさらないよう」
「ありがとうございます」
「これからもどうか、この部隊のために戦ってほしい」
「はい、喜んで」
アルフリードとの縁は失ってしまったけれど、私はすべてを失ったわけではない。いや、むしろ、手に入れたものだって多い。何かを捨てて何かを得る、案外人生とはそういうものなのかもしれない。
それから数ヶ月が経った、ある日。
「明日、王子が視察にいらっしゃる! 皆心して働くように! だらしないところを見せるわけにはいかないからな、覚悟しておけ」
意外な展開がやって来た。
何でも、この国の王子であるエストが仕事ぶりを見に来るというのだ。