⑥スライム娘とのラブコメ生活は幸せです
「ねぇ、起きてよ~。いくら夏休みだからって、お昼までは寝すぎなんだから」
かわいらしい声とともに身体がゆさぶられる。だが、男子高校生の正しい夏休みのすごしかたにのっとり、安達直也は起きるのを拒否する。
「あと2時間は寝かせてくれ」
「それじゃあ、本当にお昼になっちゃうよ~」
きっと今、彼女は困り顔で俺を見下ろしているだろう。俺の希望をかなえたいという思いと、起こさなければならないという使命のはざまで。
このまま寝たふりを続けるのもいいが、それはかわいそうなのでやめた。
「ちゃんと起きるから、そんな顔するな」
そう言ってベッドから起きあがると、予想どおりの困り顔を浮かべた幼馴染がいた。
中学生にまちがわれることもある小柄で小動物のような愛らしい顔立ち、背中まで届くブラウンのさらさらロングヘア、ミニ丈でノースリーブの涼しげな白のワンピース、同い年の女子を大きく上回る巨乳が目に入ってくる。
おまけに素直で純粋な性格で、子犬のように懐いている。まさに、俺の理想とする幼馴染だ。もっとも、俺に女子の幼馴染なんていないけど。
「はい、着替え」
「おう」
あっさりと機嫌を直した彼女が用意していた着替えを手渡してくる。それを受け取った俺は、なんの躊躇もなくパンツ一丁になった。
幼馴染とはいえ、同い年の異性に着替えをニコニコ笑顔で見守られるという特殊な状況に普通は違和感を覚えるかもしれないが、彼女は半年ほど前に出会ったスライム娘である。
つまり、人間の価値観や常識は通用しない。さらに言うなら、スライム娘の存在そのものが非現実的なんだろうが、こうして目の前にいる以上は受け入れるべきだろう。
実害がないどころか、今のところメリットしかないし。おっと、つい本音がもれてしまった。
「じゃあ、行こっか」
着替え終わると、俺の手を握ってきた。彼女の手がひんやりとしていて冷たいのは、一晩中エアコンをつけていたこの部屋のせいだけではない。
成長と進化(とりあえず、そう表現している)を繰り返して人に擬態する能力や知能を得たが、体温だけは不定形なスライムだった頃から変わっていないのだ。
「おはようございます、ご主人様」
「ああ、おはよう」
幼馴染なスライム娘につれられた俺が自宅1階のダイニングに入ると、大人びた雰囲気のメイドさんが出迎えてくれた。
だが、幼い頃に両親が離婚し、母子家庭となったうちにメイドを雇う金銭的な余裕はない。なので、彼女もスライム娘である。
より厳密に言うなら、幼馴染を演じているスライム娘と同一の個体だ。もう1つの能力の分裂を擬態と組み合わせ、1つの個体で2人を演じている。
「ただ今、朝食をお持ちしますね」
メイドがキッチンに向かう。俺は席につくのも忘れ、その姿を反射的に目で追っていた。だって、黒のビキニ水着のメイドなんてエロすぎるから。
金髪碧眼の整った顔立ちにモデルのような高身長、露出度の高い黒のビキニ水着が映える色白な肌と彼女の動きにあわせて弾む巨乳。
そんなリゾート地にいそうな日本人離れした見た目の水着美女が自宅にいるだけでも興奮するのに、ポニーテールにまとめた彼女の頭にはメイドの象徴とも言えるホワイトブリム、腰にはパレオの代わりにエプロンが巻かれているのだ。
この最強の組み合わせに、『目を奪われるな』という方が無理である。なので、これをさせようと思った時の俺に最大級の賛辞を送りたい。
「ねぇ、座らないの?」
「いま行くから」
そんなふうにビキニメイドに目を奪われていると、先にテーブルについていた幼馴染が小首をかしげて聞いてきた。
その一言で我に返った俺は、促されるまま彼女の隣に座る。他の女性に見惚れていたというのに、幼馴染は嬉しそうな表情を浮かべていた。
これはスライム特有の価値観というよりは、同一個体ゆえの反応だろう。本当に都合のいい存在である。スライム娘よ、俺のところに来てくれてありがとう。
「ご主人様、こちらが本日の朝食になります」
「いつもありがとう」
「勿体なきお言葉」
完璧なタイミングで朝食を運んできたビキニメイドに礼を言う。
すると彼女は恭しく頭を下げるが、実際は俺が近所のスーパーで買ってきたパンやレンジで解凍した冷凍食品を皿に並べたのを持ってきただけである。
一応、コーヒーだけは彼女が淹れていた。ペーパーフィルターをセットし、すでに挽いてあるコーヒーの粉を入れ、お湯を静かにそそぐだけだから。
なら、今のやりとりは? 答えは簡単だ。
せっかくビキニメイドに擬態させているんだから全力で楽しまないと損だろう。断じて誰も料理ができない言い訳ではない。
ちなみに、海外出張の多い母親も料理は苦手だった。まあ、生活費を稼ぐために仕事を優先していたので仕方ないのかもしれないが。
でも、そのおかげで理想的なスライム娘との同居生活を満喫できるんだから、一人暮らし同然の環境には感謝である。
「はい、なお君。あ~ん」
まるで、そうするのが当たり前のように幼馴染が食べさせてくれる。もちろん、これも俺の指示だ。
料理を美味しくする最高のスパイスとは、美少女に食べさせてもらうことである(『人生を楽しむ100の方法』著者:俺より引用)
「どう、美味しい?」
「最高だよ」
「よかった~」
俺が素直な感想を伝えると、彼女は幸せそうな笑顔を向けてきた。ああ、なんて可愛いんだ。
「では、僭越ながら私も」
いつの間にかビキニメイドも俺の隣に座り、『はい、あ~ん』をしてくる。いつもはクールな美女を演じているが、うっすらと口元に笑みが浮かび、頬も少し赤い。つまり、すごく可愛い。
こうして俺は幼馴染の美少女とビキニメイドの美女に挟まれ、ひたすらに甘やかされながら朝食をとるという至福のひと時をすごしたのだった。
○●○
「ごきげんよう、直也さま」
夕方、自室でゲームをしていると俺の通う学園の先輩が訪ねてきた。
いかにも清楚系のお嬢さまといった感じの美少女で、腰まであるストレートの黒髪に少したれ目の穏やかな印象を与える顔立ち、ていねいな口調からも分かる柔らかな物腰、夏仕様の制服だとより目立つ巨乳で学園でも屈指の人気をほこる先輩だ。
「わたし直也さまに会いたくて会いたくて、こうして自宅まで押しかけてきてしまいましたの」
「ちょっ、先輩!?」
そう言って先輩が後ろから抱き着いてくる。背中に押し当てられる2つの膨らみが最高に気持ちいい。
「あー、なにやってんのよ!」
「直也さまを抱きしめてるだけですが?」
「見ればわかるっつーの!」
それを見たもう1人の美少女が怒って叫ぶが、先輩は悪びれもせずに言い放つ。2人目の美少女は同じクラスのギャルだ。
ブリーチしたと一目でわかるセミロングの髪に軽くパーマをあて、左右で非対称になるようショッキングピンクのシュシュで髪を一房だけまとめている。
ややつり目がちで勝気な印象を与えるが顔立ちは整っており、うすい化粧に凝ったネイル、着崩した制服とギャルの基本は押さえていた。なお、彼女も先輩に負けず劣らずの巨乳だ。
「さっき、抜け駆け禁止って言ったよね?」
「ええ、言いましたね。しない、とは言いませんでしたが」
「はぁ!? なにそれ! そんなの屁理屈じゃん!」
「自分の勘違いをわたしのせいにするなんて、ひどい責任転嫁ですわ」
そろそろ仲裁に入るべきだろう。そう考えて先輩に視線を向け、声をかける。
「先輩、その辺で……」
「仕方ありませんわね。わたしも直也さまに嫌われるのは、本意ではありませんし」
先輩は俺に抱き着いたまま器用に横へずれ、1人ぶんの抱き着けるスペースを作った。
「おいで」
「う、うん……」
ギャルに向かって優しく声をかけると、急にしおらしくなった彼女は顔を真っ赤にしながらも抱き着いてきた。いい感じに腕が彼女の巨乳に挟まれ、幸福感が倍増する。
「愛してますわ、直也さま」
「愛してる、直也」
まるで示し合わせたかのように、両側から抱き着く2人が同時に耳元で愛をささやいてきた。すっかりゲームどころではなくなった俺は、この幸福な時間にどこまでも酔いしれる。
もう分かってると思うが、2人は擬態したスライム娘だ。わざわざ夏休みに陰キャぼっちの家を訪ねる物好きはいない。自分で言ってて悲しくなるが……。
対象のDNAを取り込むことでそっくりに擬態できる能力を獲得したので、陰キャぼっちゆえの苦労の末に学園でも有名な美少女2人をコピーし、夢だったシチュエーションを再現したのだ。
ちなみに、姿形は完璧にコピーできるが、性格などはコピーできないため俺の好みにしてある。
より具体的には清楚系お嬢さまの先輩はあざとい系、ギャルのクラスメイトは純情乙女といった感じでギャップ萌えを演出してみた。
ゆくゆくは国民的女性アイドルグループの握手会などにも参加し、お気に入りの美少女を集めた俺専用のハーレムを作るのもいいかもしれない。
そんな妄想が頭に浮かぶが、今は目先の快楽を優先して一緒にシャワーを浴びて楽しむ相手を誰の姿でしてもらうかに思考を巡らすのだった。