㉕復讐奉仕
チクシュルーブ・クレーター。メキシコのユカタン半島に存在する巨大な小惑星による傷跡である。白亜紀後期、恐竜をはじめとする多くの生命体を絶滅に追いやった最も有力な原因とされているが、この隕石と同規模の物が太平洋、日本の排他的経済水域に落下したのはおよそ二十年前。人類は滅亡を覚悟したが、皮肉にも直前に勃発した世界大戦を切っ掛けに、各国が建造した大型の核シェルターが人類の一部を救う結果となった。
だが悲劇は終わっていなかった。隕石の内部には未知の金属体が含まれており、その資源を巡ってさらなる争いが勃発したのである。日本政府はいち早く、その金属体を採取、研究した。その結果、驚くべき事にその金属体はある種のウィルスを宿していた。そして金属体は、そのウィルスに感染した地球外生物だと判明した。
新たな未知の資源を求めて、各国が日本に攻め込んでくる。そんな状況の中、研究主任だった花京院博士は苦渋の決断をした。自衛隊の一部、そして数人の死刑囚と司法取引を行い、ウィルスの非検体としたのである。そしてその中には、快楽殺人者である歪月下も含まれていた。ちなみに当時、女子高生である。
この物語は、未知のウィルスによって生体兵器と化した者達の、ちょっとした復讐のお話。
★
私は法という物に辟易していた。同級生を襲ったチンピラ五人の頭をハンマーで砕き、そのケツ持ちだったヤクザの事務所に殴り込んで数十人を病院と天国に送り込んだ。
なのに日本の法律は私を裁いた。いや、おかしくない? 私の同級生はずっと襲われた記憶に苦しめられているのに。
「被告、歪 月下。何か言う事はありますか」
「なんで私は裁かれるんですか? 殺して当然の奴を殺しただけなのに。なんで私が死刑なんですか?」
私の問いに裁判官は率直に言い放った。そのセリフを笑顔で言える君は、怪物だからだ……と。
それから何かの非検体にされて改造されて、ワーっと戦争に参加してドンパチして……気づいたらクラシカルなメイド喫茶の店主になっていた。なんだか適当すぎない? この辺り。冒頭の隕石の下りはあんなに熱が入っているのに。
「てんちょー、お客さん……じゃない、ご主人様のご来店ですぅ」
戦争に参加して、日本を救ったというのに私はまるでお払い箱のように島流しにされた。私だけじゃない。あの時、なんとかっていうウィルスを使って改造された人間は皆、このイザナミ島へと隔離されている。
「てんちょー? 返事してくださいよぉー、私今、手離せないんですぅー」
「へいへい」
ナイチンゲール。それが改造された者達の総称。ウィルスに侵された体はそれぞれ人によって異なる変化を齎した。ある者は獣の姿に。そしてある者は、超常的な能力を持つ様に。それら全員に共通していた事と言えば、全員、死ねない体になってしまったという事。銃弾を受けても、首を切り落としても、時間ですら私達を殺せない。
「むふー! ひさしぶりでござるぅ! 店長どのぉ!」
「あらー! またのご来店をお待ちしておりますぅー!」
「今来た産業でござるぅー! ひどいでござるぅー!」
ちなみにメイド喫茶にやってくる客が全員こんなんだと思われると偏見的なアレになってしまうので、一応補足しておこう。普通の客の方がぶっちゃけ多い。ここまでキャラ作りをガチガチに固めてくる人種は、むしろレアな存在である。
「今日は、店長お勧めのパフェを頼むでござるよぉー!」
「はぁーい、じゃあ先にお会計だけして出て行ってくださぁーい!」
「ひどいでござるぅー」
ちなみにこの男、実は向いの執事喫茶の店長だったりする。普段はキリっとしたイケメン長身眼鏡執事なのだが、何故か私の店にくるとこんなキャラに変貌する。そのぐるぐるビン底眼鏡、叩き割ってやろうか。
「ぁ、今日は、友達もつれてきたでござるぅー」
「あらー、じゃあお友達だけ置いて去ってくださぁいー!」
「それは無いでござるよー!」
「あ、あの!」
ビクっと肩を震わせる私達。その友達は一見、大人しそうな根暗少年だったから、こんなに大きな声が出せるのかと驚いてしまった。
「店長殿ぉ、こちら……あちらの依頼でござるぅ」
「それを早く言えよ、クソ野郎。お前もう帰れよ」
★
メイド喫茶の店長とは別に私にはもう一つの顔がある。それは殺し屋。しかし条件がある。その条件とは、被害者が女性であること。別室に移動した私は、早速と少年へと依頼内容を尋ねる。
「で、誰を殺してほしいんだい? えーっと……」
「駆と申します。苗字は……知りません」
戦後、この島でまともな戸籍を持っているのは大企業の関係者くらいだ。戦争で暴れまわったナイチンゲールが島流しにあったと知った世界中の大企業は、私達を研究する為、この島に集まってきた。おかげで今、この島は日本で一番栄えてたりする。文明が他の国より二十年進んでいる、とまで言われる程に。
しかし法律などあって無いような物で、貧富の差が激しい。私のメイド喫茶もスポンサーの企業が出資してくれているが、それでもボロいビルのテナントでひっそりやってるくらいだ。もっと大企業が付けば大きな店出せるのに……とか愚痴ってみよう。愚痴ったとて、結局は研究のために、この体をいじくり回される事になるので、それはそれで嫌なわけだが。
「僕の姉さんの仇を……」
「相手は? 分かってるの?」
「ヘリオン・カンパニーの社員とだけ……」
これまた大企業だな。私はタバコを取り出し、咥えながら火を付けて……軽く一口。
「お姉さん、何されたの?」
「仕事からの帰り道に襲われて……そのまま……」
人間は獣だ。大企業のエリートだろうが、その辺のゴロツキだろうが本質は変わらない。勿論、私も例外ではないわけで。
大きくタバコを吸い、そのまま天井に向かって煙を吐いた。
いつのまにか、駆君は涙を流している。その姿を見ると、あの時の自分と重なる。
「警察にも行ったんです。でも相手にすらしてもらえなくて……」
「この街の警察は大企業の犬だからねぇ。ヘリオン・カンパニーね。でも誰か分かんないとなぁ。まさか見境なく皆殺しにするわけにも……」
すると盗み聞ぎしていたであろうメイドの一人が、私と駆君が居る別室へと突撃してきた。清楚がウリの、酒と煙草が大好きなドス声がきいた可愛い子だ。
「店長……今、ヘリオン・カンパニーって……」
「うん、何? っていうか立ち聞きしてたの? 殺しの会話はデリケートなんだから……」
「私、そこの社員にこの前……痴漢された……」
タバコを灰皿に押し付け、火種をぐしゅぐしゅに。
そのまま音もなく立ち上がる。
「駆君。報酬は弾代でいいよ」
「弾……? え、あの」
ちょっと長ネギ買ってくる、と言い残して私はメイド喫茶を後にした。
★☆★
ヘリオン・カンパニー社長、宮本 喜代太。今、彼の元に信じられない報告が上がってきていた。
「あ? 良くわからんぞ! 何と言った!」
『こちら第一鉄鋼部隊! 謎のメイドの強襲に壊滅状態……って、ぎゃあぁぁ!』
メイド? と首を傾げる暇もなく、隊員の断末魔が。社長は冷や汗を垂らしつつも、何故この報告が隊員から直接自分に来たのか、という疑問に至るくらいには冷静だった。もしやと思いつつ、所有する軍統括部へと緊急コールを。しかし、一向に通じない。
「まさか……」
「壊滅したんだろうな。恐らく俺と同じナイチンゲールの仕業だ。メイドの姿となると……いや、まさかな……」
「お前……! また盗聴していたのか!」
いつのまにか社長室に入り込んでいる人物。人の言葉を喋ってはいるが、その姿は人からかけ離れ全身が毛皮に覆われていた。まるで狼男。
「盗聴とは人聞きが悪い。聞こえちまうんだから仕方ないだろ。で、どうするんだ社長さん。このままじゃ、保有する軍隊、ぜんぶ潰されちまうぜ。なにせ相手は世界大戦を戦い抜いた戦闘兵器だ。そんじょそこらの軍人じゃ、歯が立たんぜ」
「自分なら何とか出来ると、そう言いたげだな。何が望みだ」
「ひゃははは! 話が早え。そうだな。金でもいいが、俺も歳だ。そろそろ安定した職に就きたくてね。俺をここの軍のトップに据えてくれ。そしたらなんでもしてやるよ」
「いきなりは無理だぞ。まあ、この騒ぎを沈めれば……やりやすいが」
「約束だぜ。まあ、任せな。所詮この程度、ガキの戦争ゴッコさ。すぐに……」
その瞬間、狼男の顔が真っ青に。大口を開けて、社長室の大きな窓の外へと驚愕のまなざしをむける。つられて社長もそちらを見た。するとそこには……メイド服に、某コマンドーの映画の主人公が持っていたようなロケットランチャーが。
「ちぃぃぃ!」
狼男は咄嗟に社長の襟首をつかみ、隣室まで勢いよく放り投げた。その瞬間、爆裂する社長室。狼男もナイチンゲールだ。いくら爆散しても死にはしない。
「てめぇぇぇ」
「ッチ……邪魔すんじゃないわよ、もふもふ」
「まさかとは思ったが……やっぱりテメエか! 歪!」
「おっと、こんな狂った人間、私以外に心当たりがあるのかな? ヤキモチ焼いちゃうじゃないかぁ!」
躊躇なく引き金を引きまくるメイドを前に、狼男は前言撤回したくなってきた。
ド派手な街で、ド派手な日常が幕を上げる。
メイドによる復讐奉仕は、始まったばかりである。
感想は甘口で。




