表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/32

⑰銀の花に、寄り添う月と

「この景色が好きだったわ。」


 遮るものなく並ぶ田畑には、実った稲穂が夕陽に映え、さながら金色の草原に見えた。


「とても綺麗だね。――家と土地、本当に売り払ってしまっていいの?」


 確認の声に、銀花(ぎんか)は振り返る。

 長身のパートナーからは、案じるような視線が注がれていた。


「かまわないわ。もう帰ってくる予定もないし。」


 どこからか、秋祭りの太鼓の音が聞こえる。


 銀花の生まれ故郷は、毎年秋に祭りを催す。

 今頃は、ハメを外した若者たちが夜の酒盛りを待ちかねて、心弾ませていることだろう。


「ふふっ。お祭りは子どもの頃から強制参加で大変だったわ。田舎の家々を歩いて回るの。」


 自身が所属する山車(だし)や獅子舞について町内を巡り、"御花"と呼ばれるご祝儀袋を集めて回る。


 寄付金のようなもので、町内会の実入りとなる。

 大抵は年会費に補填されるが、その一部はお祭りの酒代として、盛大に消費されるのが常だった。


「子どもには関係ないことなのにね。」


 直接、"御花"の恩恵に預かった記憶はない。

 長じてからも、祭りの日は束縛された。

 秋祭りには、哀しい記憶のほうが多い。特に、お宮の当番では……。


「話したことあったっけ? 旧家の風習で、私、許嫁がいたの。良い方だったのだけど、あまり会話がなくてね。そのうちに、従姉(いとこ)にとられちゃった。」


 お宮で参拝者を迎える用意をしていた時、ふたりの姿を境内に見た。


 普段は無人のお宮なので、社の中に人がいると気付かなかったのだろう。

 彼らは木陰で、ただの逢引きとは言い難い領域まで踏み込んでいた。


「従姉の金穂(かほ)は、進んだ()だったから。」

 

「そんなことが……。」


 静かに、声が応じる。



 婚約者に逃げられた残り者。


 非難は当事者たちではなく、大人しい銀花に向けられた。金穂の立ち回りが、上手かったのだ。

 婚約は解消。田舎ならではの情報網で、またたく間に話が広がり、その後は明らかに劣った縁談があがるようになった。


 "曾祖母が寝込みがちだから、介護の手に嫁が欲しい。"


 "酒が好きで裸で踊る癖のある男だが、まあ人付き合いは良いヤツだし、どうだ。"


 馬鹿にしたような話をさんざん持ち込まれ、家長である祖父は「家の名折れだ」と憤った。


 祖父からみれば、金穂(かほ)銀花(ぎんか)も等しく孫。


 それでも銀花の父が長男ではあったのだが、結婚も出産も、弟の方が早かった。とかく、田舎の長男は敬遠されやすい。


 祖父は、先に生まれた金穂(かほ)を目にかけていたため、婿養子予定だった許嫁は次に金穂の相手となって、「本家の跡取りは金穂」と宣言した。孫は他に、いなかった。子が生まれにくい家系らしい。


 いたたまれなくなった銀花は就職先を県外(そと)に探し、家を出た。

 そして、数十年。


 いま、地元の家を継ぐ者はいなくなり、最終決定権が銀花に回ってきてしまった。

 家を継いだはずの金穂には子がなく、そして責任感もなかった。


 聞いた話では婿養子の夫と折り合いが悪くなり、夫を追い出した後、自分も別の男を作って出て行ったらしい。

 代々続いた家は、打ち捨てられた。


 家系を繋げたくも、親族の次世代たちは土地を離れて戻ってこない。


 駅までのバス停も滅多になく、それらの足も日に数本しかないような土地は、絵に描いたような過疎状態だった。


「実家を更地に、か。見事な庭木には可哀そうだけど、仕方ないね。購入者の希望なら。」

「そうね。この金木犀(キンモクセイ)の香りも、今年の秋で聞き納め。」


 毎年たわわにセミの抜け殻を茂らせていた金木犀。

 木の下の幼虫たちは怒るだろうか。


「季節を感じさせる花だよね。」

「ええ。世の中には銀木犀という花もあるらしいのだけど、見かけないわね。銀は、目立たない存在だから……。」


 寂しそうに呟く銀花に向けて、優しい声が落とされた。


「銀花さん。金木犀は、銀木犀の変種なんだよ。」

「え?」


「銀木犀がオリジナル。金木犀は銀木犀から派生した花なんだ。」


「――知らなかったわ、私。だって銀木犀って、少しも見かけないもの。」


「金木犀とは違って、控えめで慎ましやかな香りらしいよ。だから、咲いてても気づかないのかもね。今度、一緒に探してみる?」


 銀花を見守っていた眼差しが、(いと)()に細められた。


「僕は、銀の花を探すのが得意だから。」


 柔らかな笑みが、銀花の気持ちを軽やかに解き放つ。


 青かった空は夜を迎えるべく、深い藍へと移行しつつある。

 山際に溶け落ちた太陽は僅かな金光を残すのみ、天には銀色の星が、主役の如く輝いている。少し離れた位置で、そっと寄り添う細い月。


「ええ、探してみましょう。私も。」


 銀花の目が、まっすぐに隣の月を見上げた。


「私もあなたに見つけて貰って、すごく嬉しかったから。」


「僕たちは、互いに見つけ合ったんだよ。」


 秋の涼気に身を寄せ合うように、肩を並べたふたりは無人の家を後にする。

 そろそろ祭りも、打ち上げの時間だろうか。


(今夜は宿で、お銚子をつけて貰おうかな)


 月と星を肴に、杯を傾けてみたい。


 祭りの宵にお酒を飲むのは、銀花には初めてかもしれなかった。

感想は甘口で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 華やかな香りを撒き散らす金木犀のような金の娘が、選ばれた身でありながら全てを壊してしまう。その後始末をする銀の娘が、月にだけ匂い立つような香りを振り撒いているのかなと思って、ちょっとニヤニヤ…
[一言] 田舎の独特の空気というのか、寂しさややり切れなさの中に、風情や美しさを感じました。 パートナーさんの穏やかな、寄り添う優しさが素敵です。しめやかな雰囲気の物語の中で、銀花さんの気持ちがふわっ…
[一言] しっとりとした、大人の風情を感じさせる物語でした。 銀花さんのやるせない悲しい過去、素敵な青年と出会った幸せな現在、これから先の二人の明るい未来まで想像できる描写は素晴らしいです。 我が家の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ