⑩山森さんと佐藤君と仁貝さん
「佐藤くんっ!」
同じクラスの山森さんが放課後、僕のところに駆け寄ってきた。紙袋を胸に抱いて。息を弾ませて。めっちゃ可愛い。
「料理研究部でまた新しいお菓子にチャレンジしたの! 今回も試食してくれない?」
「ああ、良いよ」
僕の返事にニッコリする山森さん。めっちゃ可愛い。紙袋からお菓子を取り出した。今回はどうやらクッキーらしい。綺麗に包装されている。
受けとると小さなハート型のクッキーがいくつも入っていて、それらの表面に色とりどりのコーティングがされていた。これなんだっけ、動画で作るとこ見たことあるぞ。あ、アイシングクッキーか! 赤いハートには白い文字で「I love you」って書いてある。
「わぁ! すごく美味しそう!」
「えっ、そ、それだけ?」
「うん、あ、それだけじゃなかった」
「そうよね! ほらっ、この赤いのとか……」
「うん! すごく上手に出来てるね! こんな細かい字を書くなんて大変だったでしょ!」
「あ、うん……」
可愛い山森さんからこんなのを貰ったら、他の男子なら勘違いしちゃうだろうけど、僕は自分の事を良くわかってるから自惚れたりしない。
僕はスイーツが大好きで、いつもお菓子を食べている。一部女子からは陰で「食いすぎ佐藤」って呼ばれてるのも実は知ってる。
可愛くて優しい山森さんは、いつも僕に試食を頼んでくるだけ。それで試食が上手くいったら本命の男子に手作りのお菓子を渡すつもりなんだろう。だから山森さんのために、僕はしっかり試食のお役目を果たさなきゃ。
「これ、食べていい?」
「もちろん! どうぞ召し上がれ!」
さっきまで不安そうな悲しそうな顔をしていた山森さんが笑顔になって「召し上がれ」と言う姿は女神。スイーツの女神だ。めっちゃ可愛い。そう思いながら赤いハートのアイシングクッキーを口に入れた。
「ん……これは!」
アイシングのぶんクッキーはかなり甘さ控えめになってる。舌の上ですぅっと甘く溶けるアイシングと、さくりとしたクッキーの歯触りのマリアージュ!
「美味しい!」
「ほんと!?」
「ホントホント! ああ~幸せだぁ……」
女神のお手製クッキーが、試食とは言え食べられる僕って何て幸せ者なんだ。二重の意味で美味しいし幸せだな……としみじみと噛みしめていると、山森さんが蕩ける様な笑みを見せる。うわぁ、めっちゃ可愛い!
「うふふ……佐藤君が美味しそうに食べるところ、ホントに可愛くて好き……」
「えっ」
「あっ! えっと、好きっていうのはそうじゃなくて! 見ててほのぼのするなって!!」
「ああ、うん」
そうだよね。でも真っ赤になるほど真剣に否定しなくても、勘違いなんかしないのになぁ。まあ僕みたいな奴が好きだと周りに誤解されても迷惑だもんね。
「おい、食いすぎ佐藤」
刺々しい声が横から聞こえてきたと思ったら、目の前のクッキーの袋が奪われた。
「そんなもん毎日食ってるからブクブク太るんだぞ。これでも食え」
代わりにジッパー付き袋が机の上に置かれる。声の主は同じクラスの仁貝さんだった。
「ちょっと仁貝さん、何するの!?」
「山森さんこそ何してんだよ! 毎日こんな高カロリー高糖質なものを食わせやがって。佐藤が糖尿病になったらどうすんだよ!?」
「……っ!」
山森さんの顔色が悪くなる。もし僕が病気になったって、僕の自己管理が悪いだけなんだから気にしなくてもいいのに。
まぁ、でも仁貝さんの言うことも正しい。彼女は口は悪いんだけど、実は凄く面倒見が良くて優しいんだよね。あと普段はツンツンしているけど、たま~に笑う顔がめっちゃ可愛い。
「仁貝さん、これなに?」
ジッパー袋の中身はゴツゴツしたシンプルなクッキーが入っていた。小麦色に日焼けした仁貝さんみたいでヘルシーな感じ。
「おからクッキーだよ。蜂蜜とダイエット甘味料を使って作るから低糖質で高タンパクなんだ」
「へぇ~仁貝さんが作ってくれたの?」
「そっ、そうだよ! 早く食え!」
「お言葉に甘えていただきまーす!」
早速クッキーをひとつ摘まんで食べる。
「んんっ! これは!」
ゴツゴツしたところは香ばしく焼かれてカリカリ! だけど中はホロッと崩れる食感のギャップ!
蜂蜜の甘い香りが、甘さ控えめでも満足感を与えてくれる。
「ん……美味しいねぇ……」
思わず頬に両手を添えて噛みしめる。
「「かっわ……!」」
ん? 今、仁貝さんと山森さんの二人がハモったような。
「なに?」
「いっ、いや、なんでもないっ!! 美味しいならよかった!」
ぶっきらぼうな言い方だけど、仁貝さんは嬉しそうなんだよね。やっぱり優しくて可愛いなぁ。あれ、何故か山森さんまでにこにこしてる?
「うん、低糖質とは思えないくらい美味しいよ!」
「そ、そうか! こんなんで良かったら毎日作ってやるぞ!」
仁貝さんは将来管理栄養士を目指してるらしくて、こうしてダイエット用のお菓子とか、脂の少ないお弁当とかを時々考案しては僕に提案してくれる。夢に向かって赤くなるほど熱中する仁貝さんってめっちゃ可愛くて素敵だなと思う。
「え、待って、仁貝さん! 佐藤君は私のお菓子の試食をしてくれてるのよ。邪魔しないで!」
「山森さんのお菓子は高カロリーすぎるだろ! 美味しいものを食べて貰いつつ、健康的になるデータを取る為に佐藤はピッタリなんだよ!」
「そんなぁ……ねっ、佐藤君、私のクッキーの方が美味しかったでしょ? こっちを食べたいわよね!?」
「いや、アタシのクッキーなら毎日食べても安心だぞ! 健康的で美味しく食べられる方がいいよな!?」
「えっ、えっ……?」
めっちゃ可愛い二人にせまられて、答えに詰まる。確かに山森さんのお菓子は凄く美味しいけど、糖尿病になるのは怖いしなぁ……でも二人とも善意で言ってくれてるのにどっちも無下にできない。
「どっちかなんて選べないよ……」
思わずそう言うと、二人が真顔になった。
「! そう、わかったわ」
「ああ、山森さん、恨みっこナシの勝負だ」
え? 勝負!?
「ええ、佐藤君の、お菓子を食べた時の周りを癒すエンジェルスマイルの権利を賭けて!」
ん? 山森さん、今なんて!?
「ついでに佐藤のフワフワマシュマロボディーをマッサージする権利も賭けて!」
ええ!? 仁貝さん、なにそのついで!?
「「いざ、お菓子勝負!!」」
こうして僕は翌日から、二人の手作りお菓子勝負に何故か巻き込まれたのであった。周りの男子からは「うらやま悔しいけど、お前が旨そうに食う姿を見てるとこっちも幸せになるからな……」と泣きながら肩ポンされた。なんなんだ一体。
「佐藤くぅ~ん! 見てこれ。バターとお砂糖をたっぷり使ったパウンドケーキ! 最高の香りでしょ!? ほらっ、良い匂いよ。こっちに来て~!」
「佐藤! そんなもん食ったら血管が詰まるぞ!? この、プリンを完全再現したカスタードゼリーを見ろ。苦味が効いたカラメルが甘さを引き立て、蒟蒻粉を使ってるから腹持ちもダイエットにも良いんだぞっ!」
おしまい




