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閑話 アリスとノリ子 2.クラスメイト



 学校のクラスというものは、たいていいくつかのグループに分かれているものだ。


 ここ、県立桶崎(おけさき)南高校二年二組の教室も例外ではなく、計三十四人の生徒たちはおおよそ七つのグループに分かれて日々を過ごしている。

 男子のグループ。女子のグループ。男女混合のグループ。大人しめな子のグループ。趣味や部活動で繋がったグループ。厳密にはグループとは呼べない一人きりのグループ。様々だ。


 中でもひときわ華やかで和やかなのが、鳴木(なるき)則子(ノリコ)を中心とする女子のグループだった。


 といっても彼女は別にリーダーというわけではない。

 ムードメーカーというか、愛されるマスコットとでも評するべきか。


 人懐っこくて純真で、小柄でふんわりとした髪の毛の、どこか仔犬を思わせる少女。ときおりクッキーなどのお菓子を焼いてきては皆に振舞ってくれたりもする、一グループに一人は欲しい癒し要員だ。ノリ子がそこにいるといないとでは場の明るさが大きく変わる。


 そんなノリ子の様子が、この日は少しおかしかった。


 六月末の、連休明けの月曜日の朝。いつもの面々でいつものように他愛のない会話を交わしていたのだが、いつもなら楽しそうに話を聞いている彼女が、この日はどこか上の空だったのだ。


「のん、どうかした?」


 グループの一人が問いかける。

 彼女は意外そうに振り向いた。


「え? なにが?」

「さっきからドアの方ちらちら見てんじゃん。誰か来るの待ってるの?」


 さらに言われると、今度は目を丸くした。どうやら自覚はなかったらしい。


「えと……うん」


 そして照れたようにうなずいた。

 その様子を見たグループの女子たちが反応する。


(おおっと? これはまさか、もしかして?)(男か! マジか!?)(私たちの姫ちゃんについに春が来たってことなの?)(ウソでしょあたしらのノン姫が! いつの間に!)(連休の間に、ってことよね……)(いったい誰!? 下手な男子なんかにこの子は任せられないわよ!)


 ちょうどのそタイミングで見計らったようにドアが開き、一人の生徒が姿を現した。ノリ子が『あっ』と笑顔を見せる。


(((( ……えええ? ))))


 しかしその人物は、大方の予想、期待を裏切り、女生徒だった。


 ノリ子はカバンから可愛らしくラッピングされたクッキーの包みを取り出すと、いそいそと彼女のもとへと歩いていく。

 グループのメンバーたちは、拍子抜けより先に、困惑した。


 あいつが? ――そんな思いでいっぱいだった。


 式野(しきの)亜梨栖(アリス)。どこのグループともほとんど絡まない、一匹オオカミ系の女子だ。ノリ子とも同じクラスであるという以外に接点などなかったはずなのに、一体何があったというのか。


 当の本人は周りのことになど目もくれず、まっすぐ自分の席についた。

 そこにノリ子がおずおずと声をかける。


「あの、式野さん。おはよう」

「ん? ああ、鳴木さん? ……おはよう」


 返事は普通だった。

 普段ほとんど関わらない相手が急に寄ってきた形なのに、意外そうな様子などはない。どうやら向こうにも何か心当たりがあるらしい。ノリ子が口を開く。


「昨日は本当にありがとう。すごく助かりました。あと、逃げるみたいに帰っちゃってごめんね」


 そこまで言って、手にしていた包みを差し出す。


「それでこれ、大したものじゃないんだけど、お礼とお詫びにクッキー焼いてきたの!」

「……へぇ、クッキー。自分で作ったん? すごいねぇ」

「そ、そんなことないよ。だからその、良かったらもらって、式野さん?」

「っ」


 おや。

 どうしたのだろう。それまで当たり障りなく応対をしていたアリスの動きが、不意に止まった。


「式野さん……?」

「え? あ――うん。いや、まぁ……別にそない大したことしてへんけど、お言葉に甘えていただいとこかね」


 受け取った。調子は元に戻ったようだ。

 時計に目をやって始業までにまだ時間があることを確かめると、包みの口を留めてあるリボンを(ほど)き、中の菓子を一つつまんで口に放り込む。ノリ子はそれを固唾(かたず)を飲んで見守っていた。

 アリスはゆっくりと味わうように咀嚼し、飲み込むと、そんな彼女を見上げて微笑む。


「ん……おいしい」

「え……」


 しかしそれを受けてのノリ子の顔はどこか浮かないものだった。


「……ほんと?」

「なによ? ウソなんか言わへんて」

「……」


 アリスは再びリボンで袋を閉じると通学カバンへと仕舞った。


「教室なんかで食べるのもったいないし、残りは家でいただくわ」

「……うん」


 何やらおかしな雰囲気だが、ともあれこれで話は終わりか。何があったかは結局わからなかったが――とグループの面々は一息つきかけたのだが。

 ノリ子はアリスの机に両手をついて、ぐっと身を乗り出した。


「あのねっ、でもね! こんなのじゃお礼には足りないから、その……何か私にできること、ないかな!?」

「へ?」

「なんだってするよ! なんでも言って!」


 そして飛び出した言葉に、教室中がざわりと波打つ。


「は? え……?」


 アリスもぽかんとしていた。

 これはもう割って入るべきなのでは? とグループの面々が思いかけたそのとき。

 助けを求めるようにこちらを見たアリスと、目が合った。


 そして彼女は――いったいどんな思惑をその胸中に抱いたのか――フ、と笑った。ノリ子へと向き直る。


「いやいや、何言うてはるんよ鳴木さん。財布届けたぐらいで大げさな」

「でも私、本当に助かって……!」

「そうやとしても、よぅ知らん相手に『なんでも』なんて言うもんやないよ。おかしなこと言われたらどないするつもりやのん?」

「そんなこと……」


 うつむくノリ子。

 しかし、式野アリス。何をするつもりかと思えば案外まともなことを言うじゃないか。


「けどまぁ、そこまで言うてくれはるんを無碍(むげ)にするんもなんやしね」

「え?」


 え?


「ここはひとつ、頼らせてもらおか」

「う、うん! 任せて!」


 一転、ノリ子が笑顔を輝かせる。


「実は前からやってみたかったことがあるんやけど、一人やとむつかしいから誰か頼める人おらんかなて思てたとこなんよ」

「ふんふん」


 そしてアリスは何やら曖昧なことを言い始めた。

 おいどうする? あいつノリ子に何かさせようとしてるぞ。どうする? 止めるか?

 しかしメンバーたちが介入を決めるよりもわずかに早く、アリスは話を切り上げてしまった。


「ま、詳しい話はここやとナンやし、また昼休みにでも。ね?」

「うんっ。じゃあ、あとで」


 ノリ子が戻ってくる。

 上機嫌に笑っている。


「ただいまー」

「おかえり……っつか、結局何がどうなってるわけ?」


 メンバーの一人がついに訊くと、彼女は特に隠すこともなく普通に答えた。

 前日に街で財布を落としてしまって、それをアリスが拾って届けてくれたこと。それによってどれだけ助けられたかということ。なにの急いでいたせいでろくに礼も言えなかったこと、等。


「事情はわかったけど……気を付けなよ? おかしなこと言われたらちゃんと断るんだよ?」

「ふふっ、なにそれ? 大丈夫だよぉ」


 忠告してもあっけらかんとしているノリ子。

 礼ならあのクッキーで十分なのでは? との問いにも首を横に振るだけだった。


 皆がアリスに抱いている違和感、忌避感を、彼女だけがわかっていない。あるいはそれは自分たちのマスコットが他人になびこうとしていることへの苛立ちに過ぎなかったのかもしれない。


 そして昼休み――を待つまでもなく、急遽自習となった三限目の古典の時間。今度はアリスの方からノリ子の席へとやってきた。


「鳴木さん。例の頼みごとやけど、今からでえぇかな?」

「え? いいけど……でもプリントが」

「ウチはもう終わったから、あとで写してくれればえぇよ」

「えっ」


 その言葉に思わず時計を見上げる。まだ十分もたっていない。


「う、うん。わかった。じゃあ……」


 ノリ子はうなずき、席を立つ。


「えっと、何をしたらいいの?」

「ここやとナンやし、ちょっと(そと)()よ」


 そうして教室を出ようとした二人だったが、さすがに呼び止められた。


「ちょっと待ちなさい」


 朝も話を聞いていた、ノリ子のグループの一人だ。


「ん?」

「あんた、結局この子に何させる気なのよ。恩人だか何だか知らないけど、先に説明するのが常識ってもんじゃないの?」


 自分の席に座ったまま、下からねめつけるように睨む。

 とっさに反論しようとしたノリ子を制したのは、当のアリス本人だった。


「ん~、まぁ、そぉなんやろうけどね。個人的なことやから、みんなに知られてまうのは恥ずかしいゆぅかね」

「恥ずかしい?」

「鳴木さんやったら秘密守ってくれそうやし、ちょうどえぇかなて思てんけど。あぁもちろん悪いことやないよ? そないなことしぃひんしさせへんよ」


 その態度の不審なところは特にない。

 普通に、常識的なことを言っている。そういう感触しかない。


「もちろん鳴木さんには最初に説明して、それで嫌がるようやったら無理強いもしぃひん。産土様(ウブスナサマ)(ちこ)うてもええよ?」

「……わかったわよ。でも、その約束は守りなさいよ!」


 アリスの説明は実際なんの説明にもなっていなかったが、それでも彼女は引いてしまった。引かざるを得なかった。

 あるいは初めて見たアリスの饒舌さに(ひる)んでしまったとも言える。


「もちろん。んじゃ、行こか。鳴木さん」

「うん」


 そうして改めて、二人は教室を出ていった。

 グループのメンバーのみならず、クラスのほぼ全員が落ち着かない気分で過ごすこと三十分余り。

 再び教室の戸が開いた。


 まず入ってきたアリスは、どこか困ったような面持ちだった。

 そして後ろに続いていたノリ子は――顔が真っ赤になっていた。

 さらによく見ればブレザーの胸元を留めるネクタイが歪んでいた。まるで、一度外して大慌てで結びなおしたかのように。




「「「「 ――何があった!? 」」」」




 何人もの声が揃った。

 二人がびくりと足を止め、顔を上げる。そのままグループのところまでやってくる。


「ちょっとそれ、どういうことよ?」

「何やったのアンタ」

「いや、うぅん。それがやね……」


 口々に問い詰められ、そして意外にも素直に口を開こうとしたアリスだったが。


「アリスちゃん!」


 他ならぬノリ子に遮られた。


「え?」

「なんで言うの!? 言っちゃダメでしょ!」


 おかんむりである。

 アリスも、グループの女子たちも思わず()()る。

 ってゆーか、ありすちゃん?


「お、おう。堪忍」

「もうっ! まったくもうっ! あんなこと友だちに言えるわけないよ、恥ずかしいっ!」

「はい」


 はい、じゃないだろ。

 気を取り直して全員で睨み付けるが、アリスは肩をすくめるだけだった。


「まぁ、こう言うてはるんで、悪いけど内緒やわ」


 しかし、そしてこのあともノリ子はこの女から、主に放課後にたびたび誘われるようになる。

 二人がどこで何をしているのか。その答えを皆が知るのはもう少しあとのことになるのだった。






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