未定
ー登場人物ー
星野美咲 26歳。16歳からアパレルショップで働き、一人暮らしをしている。
谷川朝也21歳。美咲の彼氏で現在、建築現場で働いている。父親と2人暮らし。
吉岡麻衣 26歳。美咲が高校生の頃からの同級生で親友。
谷川朝晴 44歳。朝也の父でシングルファーザー。
ある日の朝。
目覚ましがけたたましく鳴り響く。
普段から寝起きが悪い私は1回目の目覚ましでは起きられない。
ーそして5分後ー
再び目覚ましが鳴り響く。今日は仕事お休みのはずなのに、間違えて設定してしまったのかと寝ぼけながら考えていたら、『ピンポーン』とチャイムが鳴る。
朝から誰だろうと思っていたら「おーい、美咲ー!」と聞こえて思い出す。
そう、今日は彼氏の朝也の実家に行く日。私と朝也が出会ったきっかけは、私が働くアパレルショップだった。お客さんとして来ていた朝也は驚くほど服のセンスがなく、私がコーディネートした服を毎回買ってくれた。それから朝也と色んな話をする内、自然とプライベートでも会うようになり、付き合い始めた。
朝也と付き合ってからは、お互いの昔の話をするようになり父親の話をよく聞いてたからどんな人なのかずっと気になっていた。
私は急いで玄関へ向かい、朝也に謝り身支度を始めた。昨日でコーディネートも組んでいたし、早々に準備を終え、声をかける。
「朝也お待たせ!ごめんね、遅くなっちゃって。」
「まぁいつものことだしな。じゃ行くか!」
「うん!」
そして、朝也が運転する車で実家へと向かう。
今まで朝也以外に付き合った男性の父親と会ったこともあったが、みんな厳格そうな雰囲気で毎回緊張していた。
朝也の父親もやっぱり厳格なのかな……。
そんなことを考えていると、いつの間にか目的地に到着していた。
ついに…この瞬間が来た。
朝也の実家はすごい高層マンションで、外観を見るだけで圧倒された。
エレベーターに乗り、どんどん階数が上がって行き数字をじーっと見つめていると、やっとエレベーターのドアが開く。そして数歩あるくと、とうとうドアが目の前に…。
朝也が鍵を開け、中に入る。
「ただいまー。」
私「おじゃましま~す……」
「おぉおかえり!そしていらっしゃい!」
……奥から出てきた朝晴の父親を見た瞬間、時が止まったように感じた。
その纏っている雰囲気にとてつもなく愛おしさを感じる。
心臓の音がバクバク聴こえる。
しばらく固まり、朝也の父を見つめていた私はふと我に返り急いで挨拶をする。
「あ…はじ…めまして。朝也さんとお付き合いさせて頂いてる星野美咲と申します。」
「あ、朝也の父です。いつも朝也がお世話になっております。」
「……っぷ!2人ともまじめか!」
と朝也が吹き出す。朝也の父は頭をかきながら「いやぁ~美咲さんが丁寧に挨拶するからつい……。」と言った。
朝也は私達を見ながらケラケラ笑いながらダイニングへ歩いていくと、そこには大きなテーブルがあった。そしてイスに座ると私もそこに促され、朝也の隣に座る。
テーブルに並べられた数々の料理を見て私は思わず「すごい……」と漏らすと朝也が
「だろ~?しかも父さんのご飯めっちゃ美味いから。」
と小っ恥ずかしいことをサラッと言う。
向かいに座っていた朝也の父親を見ると照れていた。
その表情を見て、私はさらに心をぎゅっと鷲掴みされた。
緊張しながら食事を終え、このあと映画の約束をしていた私達は実家を後にした。朝也の父親はまたいつでもおいでと言ってくれた。
そのあと観た映画の内容は、何故だかあまり記憶にない。家路に着いても落ち着かなくて、この日は一睡もできなかった。
翌日仕事中に、親友の麻衣が顔を見に来てくれた。丁度休憩の時間だったので、ランチをしながら昨日のできごとを話した。すると麻衣は真剣な顔をしながら言った。
「それって……一目惚れ……?」
私はまさかの一言に驚く。
「は?!いやいや、麻衣何言ってんの。一目惚れってビビビって来るやつでしょ?私ビビビって来なかったし。」
「ビビビって。(笑)でも、見た瞬間時が止まったように感じたんでしょ?私もそういう経験あるし。」
「え、そうなの?!でもあの時私緊張してたし、朝也の父親が今までの彼氏の父親と全然雰囲気違ってて。だから動揺したのかも。」
そう言うと麻衣は、納得いかないような顔をしていたけれど、私は意地でも恋愛感情ではないことを伝え、仕事に戻った。
それから2週間後。
朝也とのデートで遊園地に行った。日曜日ということもあり、家族連れやカップルで賑わっていた。ひと通りアトラクションに乗り、クタクタになりながら車に戻りこの後どうするか話し合う。すると朝也が
「あ、そういえば父さんが美咲に見せたいものがあるって言ってたからうち来る?」と言った途端また心臓がバクバクし始める。
しかし断る理由もないので、車で朝也の家へと向かう。
遊園地から朝也の家までは割と近く、心の準備ができないうちに着いてしまった。
部屋に入ると朝也の父親が笑顔で出迎えてくれる。
その笑顔を見るとなんだか恥ずかしくなって目をそらしてしまう。
ダイニングへ向かうとアルバムがずらーっと並んでいるのが見えた。
「え、見せたいものってこれ?!」
と言う朝也は、明らかにイヤそうな顔をしている。
「そうそう、この前美咲さんが来たときに朝也のちっちゃい頃の話しただろ?それで美咲さんが朝也のちっちゃい頃の姿が気になるって言ってたからさ。」
そう朝也の父親が話してる最中、何度もー美咲さんーと呼ばれることがなぜか嬉しくてたまらない。
「まぁいいけどさ。……美咲?」
「……あっ!ありがとうございます。朝也さんの小さい頃、どんな感じだったか見たかったから嬉しいです!」
私がそう言うと、朝也の父親は嬉しそうにアルバムを開きながら「この写真は……」と説明を始めたけど、隣に、座っているから距離がすごく近くて緊張する心を必死に抑えながらアルバムを覗いた。
最初に目に入った朝也の写真を見ると、当たりだけどちっちゃくてすごく可愛い。思わず吹き出してしまう。
「おい!美咲今なんで笑ったんだよ~。」
「ごめん、ちっちゃい頃の朝也が可愛いすぎてつい(笑)」
と言うと朝也は「やーめーてー。」と言いながら顔を手で隠し、指の隙間からアルバムを見るからそれがおかしくてたまらない。
再びアルバムに目を移し、ページをめくるとそこには家族3人の写真がたくさんあった。
「わぁ~母さん若っ!」
そう言う朝也の言葉を聞きながら、アルバムを見つめる。
朝也の母親は、朝也が10歳の時に病気で亡くなったらしく、家にも仏壇があったためどんな顔かは知っていた。
アルバムを見ると、もちろんだけどどの写真もみんな笑顔でとても幸せそうだった。朝也の母親はとても綺麗な人で、思わず「お母様キレイ…」と言うと朝也は「だろ?ほら俺バッチリ遺伝子受け継いでるからこんなイケメンに……」としょうもない冗談を言う。
朝也の父親を見ると、あの頃を思い出しているような、どこか寂しいような表情をしているのを見て、胸がチクっと痛くなった…気がした。
アルバムを見終わり、今度は朝也の小学生の頃の運動会や学芸会をテレビで鑑賞したりした。朝也の父親は、終始嬉しそうな顔をしていた。
朝也は本当に愛されて育ったのだと、私は嬉しくもあり羨ましくもあった。
そして楽しい時間はあっという間に過ぎていき朝也の父親に見送られながら部屋を後にする。エレベーターを待っている間、ふと部屋の方を見ると朝也の父親が私達に手を降った。その姿を見た瞬間に気付いてしまった。
ー……私……この人好きだ……ー
と。それは人としてではなく、異性として、だ。
ー2章ー
気持ちに気付いてしまった私は、家に着くなり麻衣に電話をかけた。
私はまだ頭の中が混乱していて、麻衣が電話に出るなり、
「どうしよう…麻衣……私、やっぱり好きだったみたい……」
すると内容を察した麻衣は特に驚くこともなく、私の話を冷静に聞いてくれた。
そして、一通り話を聞き終えると、
「美咲が恋愛でこんな乱れるって今までないし、きっと本気で好きになったんだね。今はまだ美咲も色々と整理できてないと思うし、とにかくゆっくり考えてこう。」
麻衣にそう言われて少し安心した。
私は今まで、友達から恋に発展していく恋愛しかしたことがなかった。
だから初めての感情だった。
だからと言って朝也が嫌いになったわけでもなく、恋愛感情ももちろんある。
私はしばらくどうしたらいいかわからず、朝也とそのまま付き合い続けた。
それから朝也とデートをする度に、いつもはその日で決めるデートプランを前持って決め、朝也の家を避けるようにしていた。
……しかし、その時は突然訪れた。
車でドライブしていると突然朝也の携帯の着信が鳴る。車を停め電話に出ると、どうやら仕事先かららしい。今仕事が忙しい朝也は、急に呼び出しされることも少なくなかった。
電話を終え私に声をかける。
「美咲ごめん!今から現場行かないといけなくなっちゃってさ……。」
「そっか…最近ほんと忙しそうだね。」
「うん…で、美咲を家まで送ってく時間ないからさ、俺の家で待ってて?」
と言う朝也に私は食い気味で断る。
でも朝也は
「多分、1時間くらいで帰れると思うから!親父も美咲居たら喜ぶし、な?」と言う。
1時間って……。あの空間に居たら私にとっては何時間にも感じそう。でもこれ以上朝也を引き留めるわけにはいかないので従うことにした。
朝也の家に着くと、ガラス越しに手を振りまさきを見送る。
そしてドアの前まで来ると、ドキドキしながらインターホンを鳴らす。
出迎えてくれた朝也の父親を見ると、いつものラフな格好とは違いワイシャツを着て、眼鏡をかけていた。
その姿を見て胸がときめく。
「おじゃまします……。お仕事中でした…?」
「そうなんだよ~。トラブルがあって、久しぶりに会社に行って今さっき帰ってきたばっかりでさ。あ、朝也の部屋で待ってる?それともここに居る?」
「あ……じゃここで待ってます。」
なんでそんなこと言ったのかわからないけれど、朝也の父親がパソコンを開いているテーブルの向かいに腰掛ける。
朝也の父親は元々会社に勤めていたけれど、奥様が亡くなったことをきっかけに、朝也の子育てと仕事を両立するために家で仕事をしているらしい。詳しい仕事内容はわからないけど、机に広げられている資料をチラッと見ただけでも私にはちんぷんかんぷんだ。
私は、朝也の父親が入れてくれたココアのカップを両手で抱え込むようにして飲みながら、パソコンに集中している朝也の父親を見つめる。真剣な眼差しでカタカタとキーボードを打つ音を聞きながら……。
……それからどの位経ったのか。
いつの間にかなくなっているココアにも気付かず、コップを抱えたままでいたら、朝也の父親と目が合った。
急に現実に引き戻される。
そしてすぐに目を逸らす。
「……美咲さん?」
「は、はい!」
「……お腹空かない?」
そういえば、もう夕方だ。朝也の父親に言われた途端にお腹が空いてきた。
「お腹…空きました。」
「よし!仕事も一段落ついたし、ご飯作るか!」
「わ、私も手伝います!」
そして2人で台所へ向かう。朝也の父親が冷蔵庫を開けると、すぐにパタンと閉めた。そして私にこう言う。
「ごめん美咲さん、材料なかった。」
そして朝也の父親と買い物に行くことになった。
朝也の家には車が2台あったので、朝也の父親が運転する車でスーパーへと向かう。
私は緊張しすぎて、くだらない話が止まらない。
黙ってしまうと緊張で爆発しそうだった。
スーパーに着くと、何を作ろうか2人で話し合い朝也の好きなハンバーグを作ることになった。
買い物の最中、試食コーナーがありそこに立っていたおばちゃんに声をかけられる。
「あら、奥様!これ食べてみて!」
奥様……!その言葉を聞き、私は違いますと否定しながら試食をする。
朝也の父親に「こんな若い子とおじさんを夫婦って…なんかごめんな。」
と言われた私は「謝らないで下さい!お父様全然おじさんに見えませんから!」
と言うと朝也の父親は頭をかきながら「いやいや…」
と苦笑いしながら言った。
きっと私が気を使って言ったんだと思ったのだろう。本心なのに……。
そして、家に着くと早速料理を始める。
朝也の父親は私の洋服が汚れるのを気にして奥様のエプロンを貸してくれた。
朝也の父親はワイシャツを着替えず、そのまま腕まくりをする。
思わずキュンとする。私はいわゆる女子が好きな男性の仕草に弱い。
私が手際よく準備を進めていると朝也の父親が、「美咲さん、料理上手なんだね。」と言うので、
冗談で「下手だと思ってました?」
と聞くと「なんか美咲さん、天然っぽい感じがするし勝手にそうだと……。」
と真顔で言うもんだから思わず「え、ひどい!」と怒ったふりをする。
すると朝也の父親はすぐに「あ……ごめん!」
と言うからおもしろくて仕方ない。
私からしたら朝也の父親の方がよっぽど天然な気がする。
その流れで私は幼少期の話をした。
「私、幼稚園の時に両親を飛行機事故で亡くしてて……。それから祖母が育ててくれて、その時に料理もたくさん教えてもらったんです。その祖母も私が小学5年の時に亡くなって、それからは施設で育ったんですけど…だから料理結構得意なんですよ?」
と軽く言ったつもりが朝也の父親の顔を見ると驚いた顔をしていた。
「そうだったんだ…。」
としんみりして言う朝也の父親に私はまずいこと言ってしまったと思い、すぐに訂正する。
「あ、だからって不幸だったとかじゃないですよ。祖母と住んでる時も、施設にいたときもみんな優しくて友達もたくさん居て、楽しく過ごしてたので…。なんか急にこんな話してごめんなさい。」
そう言っても朝也の父親の表情が晴れないので、私はとっさに焼いていたハンバーグを、お箸で一口分持ち上げ朝也の父親の口元に持っていく。
「ほら、ハンバーグ焼けましたよ!味見して下さい!」
朝也の父親は反射的に口を開けハンバーグを食べる。
「お……うまい!」
私が「良かった~。」と言うと朝也の父親にも笑顔が戻る。
そして「朝也が帰って来ないうちにテーブルに並べましょ!」
と言い2人で準備をする。
並べ終わり、朝也の父親が普段着に着替えてる間に、ガチャっと玄関を開ける音がし、朝也が入ってくる。
「ただいまー!めっちゃいい匂いするんだけど。」
「朝也おかえり!お父様と一緒にハンバーグ作ったよ。」
と話をしていると、洋服を着替え終えた朝也の父親が部屋から出てきて朝也におかえりと声をかける。
朝也がイスに座りながら私に遅くなったことを謝った。
気付けば朝也を見送ってから3時間以上経っていた。最初は1時間が長すぎると思っていたはずなのに、時間の感覚を忘れるほど朝也の父親との時間を楽しんでいた。
3人で、ハンバーグを食べながら、朝也がその場を盛り上げ、パパがそれを優しく突っ込む。それを見て私が笑う。そんな時間が楽しくてずっとこの時が続けばいいのにと思った。
それから私は何度か朝也の家へ遊びに行き、朝也の父親ともだいぶ打ち解けていた。たまに朝也が仕事で呼び出されることもあったけれど、朝也の父親と2人きりで過ごす時間にも、なんの躊躇もなくなっていた。朝也の父親もいつの間にか私のことを、美咲さんではなく美咲ちゃんと呼んでくれるようになった。
私は日に日に朝也の父親への好きという気持ちが大きくなっていた。
ある日、朝也の家でご飯を一緒に食べながら話をしていると、朝也が急に黙り込む。そして、
「実はさ……俺……大事な現場任されることになった。」
と言うので私と朝也の父親は顔を見合わせ、喜んだ。
そして、お祝いをしようという話になった。
そしてお祝い当日。この日は朝也の家にお泊まりさせてもらう為、いつもより大荷物で迎えに来てくれた朝也と共に家へと向かう。
家に着くと、朝也の父親が用意してくれた食材で私と朝也の父親で料理を作り始める。
そして夜になり、なぜか誕生日でもないのに朝也にパーティ用の帽子を被せクラッカーを鳴らし、ご飯を食べる。
サプライズでケーキも用意し、朝也もすごく喜んでいる。
お酒を3人で飲んでいると、なんだか楽しくて普段あまり飲まないのに、ついついペースが早くなる。
ふと時計を見ると、もう夜中1時を過ぎていた。
頭がふわふわしている。
朝也の方を見ると、机に頭を乗せて寝ていた。
「あれ?朝也寝ちゃった?」
返事はない。
「お父様~朝也寝ちゃいましたねぇ~」
朝也の父親は全然酔っていないのかシラフの時と全然変わらない。
「お父様、お酒強いんですねぇ~」と言うと、
朝也の父親はまさかの発言をした。
「いや、実は俺お酒弱いんだ(汗)酔うとすぐ寝ちゃうしさ。だから2杯目から水飲んでた。朝也には内緒な。」
「えぇ~?そうなんですかぁ~?なんか可愛いですね。」
と、つい本音が出る。
「え……可愛いのかそれ。」
戸惑う朝也の父親すら可愛いくて愛おしい。
「朝晴さん……ってカッコいい名前ですよねぇ。」
やばい、感情が高ぶって下の名前で呼んでしまう。
朝晴の父親は「美咲ちゃんも可愛らしい名前だよな。」
と言うので名前が褒められて、私自身が褒められたわけでもないのに嬉しくてにやけてしまう。
「えぇ~嬉しい。お父様も私のこと美咲ちゃんって呼んでるから私も朝晴さんって呼んでもいいですか?」
と冗談のつもりで言ったけど、朝晴の父親はあっさり受け入れた。
「俺、お父様ってがらじゃないしなぁ。正直前から美咲ちゃんにお父様って呼ばれるの何か変な感じしてた。名前で呼ばれた方がしっくりくるかもな。」
と言うので私も拍子抜けする。
「え?いいんですか?」
と言うと「うん、もちろん。」と言ってくれた。
さらに距離が近くなったような気がして、喜びを隠せない。
……と私は幸せな気持になりながらいつの間にか寝ていた。
朝也の父親に優しく起こされるもなかなか目が開かない。
すると、朝也の父親は私を抱っこして歩き始める。
そして朝也の部屋にたどり着くと私をベッドの上に優しく乗せ部屋を出ようとする。
私は遠のく意識と戦いながら朝也の父親の腕をつかむ。
……そして言ってしまった。禁断の言葉を。
「朝晴さん………………好き……………」
そして私は何事もなかったようにそのまま深い眠りについた。
……しかし、私はその瞬間を朝也に見られていた。
朝也は私がベッドに降ろされた振動で目を覚まし、私の言葉を聞いていたのだ。
私はそんなこと知る由もなく熟睡していた。
翌日、私は目が覚めると、頭痛がした。どうやら飲みすぎたらしい。昨日朝也の父親と話したことは覚えているけど、そのまま机に頭を乗せ寝てしまった気がする。
その後のできごとは実際には覚えていた。でもそれは、現実ではなく夢の中でのできごとだと思っていた。
でもベッドまでどうやってたどり着いたのかそれが不思議でしょうがなかった。
5分ほどボーっとしたあと、ダイニングへと向かう。ダイニングに着くと朝也はすでに起きていた。
「朝也おはよう。」
「あ……おはよう。」
朝也の父親が居なかったので、聞くと朝也は一瞬沈黙し答える。
「……あぁ~父さん?なんか会社でトラブルがあったっぽくて、朝早くに出ていった。大変だよなぁ~。」
なんだか朝也の様子がおかしい気がした。
昨日飲みすぎて朝也も体調が優れないんだろうと思っていた。
そのあと私は朝也の家を後にし、体調が優れないため家で寝ていることにした。
それから1ヶ月が過ぎ、朝也も私もお互いに仕事が忙しくなかなか会えない日々が続いていた。
そんなある日、仕事も落ち着いてきて久しぶりに朝也にデートのお誘いをする。
朝也もたまたま次の日が休みだったため、会うことになった。
朝也がお迎えに来てくれて、車に乗り込み目的地は特に決まらないまま車を走らせる。
久しぶりに会うせいか、朝也がなんだかよそよそしい。いつもなら笑いに包まれている車内も今日はかけている音楽がやたら大きく聴こえる。
車を走らせていると、お笑いの劇場が見えてくる。
私が「朝也!コレ見に行きたい!」と言うと朝也は「お、いいね。」と言い駐車場へと入る。
私と朝也はお互いにお笑いが好きで、よく2人でテレビでバラエティを見ながらゲラゲラ笑っていた。今日は朝也もあまり元気がないし、もしかしたら仕事で疲れてるのかも、と思ったのだ。
…1時間後。そして公演が終わり劇場をあとにする。
「めっっちゃおもしろかったなぁー!」
「ね!今までテレビでしか見たことない芸人さんがいっぱい出てて、なんか感動した!」
2人は車に乗り込み、お笑いの話が止まらない。
朝也も元気になったのかいつも通りのテンションだった。むしろいつもより、甘えてくる。
車を適当な所へ停め、夜の街を2人で散歩する。季節は11月だけれど、イルミネーションが通り一面の木につけられていてとても綺麗だった。
と、朝也が急に私に抱きつく。
「朝也……?」と戸惑っていると朝也はさらにぎゅっと抱きしめ「美咲……好きだよ。」と言ってきた。
普段あまりこういうこと言わないのに、珍しいと思いながらもー私もーの一言は言えなかった。だから「うん……。」とだけ答える。
最低だ、私。
朝也を好きだという気持ちはあるけれど、それは恋愛感情というより、友達みたいな感情になりつつあった。
そんな時だった。
私は仕事が上手くいかず、なんだか家に帰りたくなくて朝也の家へと向かっていた。朝也に連絡をすると今夜は残業で遅くなると言われたので待ってると答えた。
朝也の家に着き、チャイムを鳴らす。
朝也の父親がドアを開けると驚いた表情をする。
「すみません急に…。お邪魔しても大丈夫ですか?」
と言うと、朝也の父親は少し困った顔をしながら迎え入れてくれる。
「すみません……お邪魔…でしたよね。」
と言うと朝晴の父親は「そんなことないよ。」と優しい言葉をかけてくれる。
ふとテーブルを見るとお見合い写真が見えた。
「え…この写真……。」
「あぁ会社の社長がさ、俺がずっと独り身なの気にして知り合いの人を紹介されてさ。」
「お見合い…するんですか?」
「うん、俺もそろそろ次に進まないとな。」
そう言われて、胸がザワザワする。
「嫌だ……お見合いしないで下さい。」
と思わず口が滑る。
朝也の父親はまた困った表情をし、
「どうして……。」と言う。
「朝晴さんが他の人を好きになるのが嫌…だからです……。」
「私……朝晴さんのことが好きなんです…。」
とうとう言ってしまった。
でも朝也の父親はあまり驚いていない様子だった。
そして「ごめん……美咲ちゃんの気持ちには応えられない。」
……と言われた。
わかっていた、わかっていたけれどその言葉が私の胸にグサッと突き刺さる。
「ごめんなさい、私帰ります。」
これ以上この空間に居たくなかった。
泣いてしまいそうだった。
私はすぐに家を飛び出し、タクシーに乗り込む。
タクシーに乗った途端に涙が溢れてくる。
心が……痛い。
失恋ってこんなにも悲しくて苦しいんだと思った。私はそれほどまでに朝晴さんが好きだった。
好きで好きでたまらなかった。
タクシーのおじちゃんに心配されながら、家に着いた私は部屋の中に入るなり電気も付けずその場に座り込む。
そのままボーっとしていると、スマホの着信が鳴る。
朝也からだった。
私が電話に出ると「美咲帰っちゃったの?」と言われて、朝也に待ってるって言ったことを思い出した。
「ごめんね、朝也……。」
「……美咲何かあった?」
「今から会えないかな?話したいことがあるんだ。」
と私は言った。
これ以上、こんな気持ちで朝也と付き合うのは無理だ。
「わかった。今から家行くから。」
「ありがとう。」
それから1時間ほど経ち、玄関のチャイムが鳴る。
私はドアを開け朝也を迎え入れる。
私はしばらく沈黙し、意を決して朝也に話す。
「朝也、私達別れよう。」
朝也は特に驚く様子もなく、理由も聞かず「わかった。」と言った。
私が「ごめんね…」と何回も謝っていたら朝也は「もうわかったから!俺は大丈夫!」と笑顔で答える。
その笑顔を見たら余計に罪悪感に襲われ、涙が止まらなくなる。すると朝也は私を優しく抱きしめ、頭をポンポンとしながら子供みたいに「大丈夫、大丈夫…」としてくれる。
私も子供みたいにわんわん泣きながら、朝也の優しさに甘える。
でもこれ以上はもう甘えられない。
もう、後戻りはできない。
私がとてつもなく好きになった人は朝也の父親だから。
もう朝也と友達にも戻れない。
もう2人には会えない。
……それから数週間が過ぎた。
私は仕事を終え、麻衣の待つ居酒屋へ向かっていた。
居酒屋へ着き店員に案内され、個室へ入る。
「美咲、お疲れー!久しぶりだね。」
麻衣の笑顔を見るとなんだか落ち着く。
「なかなか会えなくてごめんね、麻衣。」
私達は週2、3回のベースで会っていた。
けど朝也と別れてからは、仕事以外は家に引きこもっていた。
麻衣はそんな私の気持ちを察し、数週間経った今日「飲みに行こ!」と誘ってくれた。
麻衣は私に何も聞かず、自分のエピソードを面白おかしく話し、この場を盛り上げてくれる。
私はお酒が入っていることもあり、麻衣の話を笑顔で聞いていた。
そして、一通り話終えた麻衣が話を切り出す。
「で……美咲は何かあった?」
私は一瞬の沈黙の後、これまでのできごとを話した。
麻衣は話を聞き終えて「……辛かったね。」と言う。
その言葉を聞いて、またあの時の気持ちが蘇ってきて涙が溢れる。
向かいに座っていた麻衣は、無言で私のそばに来て抱きしめてくれた。
私は甘えてばっかりだ。
思う存分泣いた後、麻衣と閉店時間まで居酒屋に居座り朝方まで過ごした。
私は家に帰り、決意した。
もうしばらく恋はしない、と。
朝也と別れてから2年近くが経った。28歳になった私は仕事を必死に頑張り、来年の春から店長を任されることになった。
私は嬉しくて麻衣に電話をかけ、報告する。
「麻衣聞いて!私、来年から店長任されることになった!」
すると麻衣は自分のことのように喜び、今から会おうということになった。
私は麻衣の家へと向かう。
部屋の前に着きチャイムを鳴らす。
すると麻衣が出てきて、いきなり私に抱きつく。
「おめでとう、美咲!美咲が頑張ったから神様がご褒美をくれたんだね、きっと。」
と、可愛いことを言う麻衣。
私は圧倒されながら「ありがと、麻衣」と言うと、麻衣は私から離れる。
顔を見ると泣いていた。
私が驚いていると麻衣は「良かった、本当に……。」
と泣きながら言った。
私は麻衣の優しさに思わずもらい泣きをしながら部屋へと入る。
落ち着いた私達が近況を話していると、奥の方で「うわぁぁぁぁぁん!」と声が聞こえる。
麻衣は「はいはい、どうしたの~!」と言いながら奥の部屋へ入っていく。
麻衣はこの2年の間に結婚して、男の子が産まれていた。
しばらくして麻衣が戻ってくる。
「ごめんね、美咲。」
「全然!柊斗くん大丈夫だった?」
「うん、たまに怖い夢でも見てるのか突然泣き出すんだよね~」
と笑いながら言う麻衣。
「いいなぁ~子供って可愛いよね~」
「まぁ、大変だけどねぇ~」
そんなことを話しながら、時間はゆっくりと流れていく。
麻衣と別れて、家に帰るとなんだかちょっぴり寂しい気持ちになる。
私もそろそろ恋愛、したいな…。
特に焦る気持ちはないけれど、そのうちひょっこりと素敵な王子様が現れないかな…とそんなことを考えていた。
それから数ヶ月間、特に王子様が現れることもなく、私は相変わらず仕事漬けの毎日を送っていた。
そんな時家でくつろいでいると、スマホの着信が鳴る。画面を見ると、麻衣だった。
電話に出ると、麻衣は焦ったように喋り出す。
「……美咲?落ち着いて聞いてね……?」
「どうしたの?急に。」
「あのね、朝也くん…….亡くなったって……交通事故で……」
……………………………嘘でしょ。
私は言葉が出てこない。
「お通夜は明日らしい……美咲…大丈夫……?」
私は固まって動けない。
耳に当てていたスマホを降ろしその場に座り込んだ。
しばらくボーっとした後、涙が溢れてくる。
私はご飯も食べられず一睡も出来ないまま次の日、葬儀場へと向かう。
葬儀場に着くと、朝也の笑顔の遺影が飾られていた。
そして、お焼香をし朝也の父親の顔を見るとすごく憔悴しきった表情をしていた。
私はいてもたっても居られず、その場をあとにした。
それから私は、会社に電話をし溜まりに溜まった有休を使い休みをもらった。
家に引きこもりテレビも電気も付けずボーっとする日々。
しかしこんな時でもお腹は空くらしく、グルグルとお腹が鳴り仕方なくご飯を作る。
そんな日々が3週間ほど続いた時、ピンポーンとインターホンが鳴った。
玄関をあけるとそこに麻衣が立っていた。
「……美咲……大丈夫…?電話しても全然でないから心配で……」
麻衣は不安そうな表情をして私の顔をのぞき込む。
「ごめんね……なんか頭回らなくて……」
「そうだよね…ご飯はちゃんと食べてる…?コレ一緒に食べない…?」
そう言って弁当を渡す。
私はそれを温め、麻衣と一緒に食べ始める。
しばらく沈黙があり麻衣が口を開く。
「実はね、美咲には言わない方がいいと思って黙ってたんだけど…私の旦那の取引先が朝也くんの父親の会社で、朝也くんの父親にも色々良くしてもらってるみたいでさ…それで今回のこと知ったらしくて…私にも教えてくれたの…。」
「……そうだったんだ…」
すると麻衣が言いづらそうに話を続ける。
「朝也くんの父親、今休職してるみたいなんだ…。大丈夫かな……。」
そう言われて、私はお葬式の時の朝也の父親の表情が浮かぶ。
「そっか……」
ご飯を食べ終えたあと、麻衣は「いつでも連絡していいんだからね。」と言い残し部屋をあとにした。
それからさらに3週間が過ぎ、朝也が亡くなってから1ヵ月が経った。
私は、まだ心にぽっかり穴が空いたままだ。
スマホを手に取りカメラロールを開く。
中には朝也との写真がたくさん入っている。
私は朝也と別れた後も写真を残していた。
スクロールしていると、朝也と朝也の父親と3人で撮った写真が目に入る。
「朝晴さん……大丈夫かな……」
私は無意識に呟いていた。
私は悲しい時に麻衣が居てくれたことで、心が救われた。
朝晴さんにも誰かがそばに居るかもしれない。
でも、もし一人だったら…?
そう思うと居てもたってもいられず急いで支度をする。
私は、タクシーに飛び乗り朝晴さんの家へと向かう。
部屋の前まで来ると、深呼吸をしてインターホンを鳴らした。
朝晴さんは出てこない。
少し経って、もう一度インターホンを鳴らす。
すると、玄関が開く。
1ヵ月ぶりに見た朝晴さんは、頬がこけ目は虚ろで明らかに様子が違っていた。
「お久しぶりです……少しお邪魔してもいいですか……?」
朝晴さんは私を迎え入れる。
部屋に入ると、以前の綺麗な状態が嘘みたいにゴミ屋敷のようになっていて、テーブルや床には無数のお酒のビンや缶が転がっていた。
朝晴さんはフラフラしながらイスに座り、テーブルに広げられたアルバムを見ながらお酒を飲む。
私は、そんな朝晴さんを見ていられずキッチンへ行きコップを取り水を入れる。
そして、お酒を飲み終えた朝晴さんが新しいビンを取ろうとする手をつかみ、水を渡す。
「俺……お酒飲みたいんだけど……」
「ダメです、これ以上は。お水、飲んで下さい。」
朝晴さんは不満そうな顔をしながら水を飲み、そのままテーブルに頭を乗せ寝てしまった。
…それから5時間以上が経ち、朝晴さんが目を覚ます。
「ん……頭いて……あれ……?美咲ちゃん……?」
「台所お借りしてます。たまごがゆ作ってるんですけど、食べます?」
「うん……ありがとう。……部屋も綺麗になってる……」
「勝手なことしてすみません。」
「いや、謝らなくていいけど……むしろありがとう。」
私は出来上がったたまごがゆをテーブルに置き、帰り支度をする。
「え、一緒に食べないの?」
「え……いや、私は大丈夫です。」
そう言ってバッグを手にした瞬間にお腹が鳴る。
「一緒に食べよう。」
朝晴さんは少し笑顔を見せながらそう言った。
静かに食事を終え、私は食器を洗おうとキッチンへ向かう。
朝晴さんは「そんなことまでしなくていいよ。」
と言ってくれたけど「ついでなんで……これ終わったら帰りますね。」
と言い食器を洗い始める。
私は意を決して、朝晴さんに声をかける。
「朝晴さん…大丈夫ですか…?」
しばらく間が開き朝晴さんは言った。
「大丈夫……じゃないな。」
「そう…ですよね。」
食器を洗い終えた私は今度こそ帰り支度をし、玄関へと向かう。
「美咲ちゃん、色々ありがとな…。」
「いえ……あの、ご迷惑じゃなればまた来てもいいですか?」
「…もちろん。」
朝晴さんはそう答えてくれ、私は家をあとにした。
それから私は毎日朝晴さんの家へ行った。
まだ何をする気も起きないらしく、私がご飯を作り、朝晴さんと一緒に食事をしていた。
最初はお互いに話すことがあまりなかったけれど、毎日一緒に過ごしていると、だんだんと会話も増え少しづつ2人とも笑顔を取り戻していった。
朝晴さんの家に通い続けて、もうすぐ1ヵ月が経とうとしていた。
もう仕事にも復帰していた私は、この日社長に呼び出された。
「実はさ、新しい店舗をオープンさせる予定があってな、星野にはその店舗の店長になって欲しいんだ。」
「え…ありがとうございます。」
「うん、でもその店舗は今働いてる所から結構離れてるから引越しが必要になってくるかもしれん。」
「いざとなれば引越しでも何でもします!」
私はそう言いショップをあとにする。
私は引越しうんぬんよりも新しい店舗を任せてもらえることが嬉しかった。
さらに頑張ろうと思えた。
そして朝晴さんの家へ行き、少し元気になった朝晴さんと料理を作り一緒に食べながら今日のできごとを話す。
「それはすごいな…。おめでとう。」
「ありがとうございます。それで、私これから少しバタバタしそうなのでしばらく朝晴さんの家には来られないかもしれないです…。」
「だよな。俺もそろそろ仕事復帰しないとなぁ…。」
食事が終わり帰り支度をし、玄関へと向かう。
靴を履きながら「また、来ますね。」と言う。
……その時だった。
朝晴さんが急に後ろから私を抱きしめる。
続けてこう言う。
「行かないで欲しい……。」
と蚊の鳴くような声で。
私は驚きすぎて声が出ない。
しばらく固まっていると、朝晴さんがパッと手を離す。
「ご、ごめん急に。ビックリしたよな。俺なんでこんなこと……ごめん。」
朝晴さんもパニックになっていた。
でも、私はそれ以上にパニックになっていた。
私は無言で部屋を飛び出す。
心臓がバクバクしている。
あの時の気持ちがどんどん蘇ってくる。
封印したはずなのに。
もう、あんな思いは二度としたくないのに。
私は震える手で麻衣に電話をかけ、助けを求める。
「麻衣……どうしよう。もうあんな思いしたくないのに、それなのに、なんで今……わからない……どうしたらいいのか……」
自分でも何言ってるのかわからない。
麻衣は「…落ち着いて、美咲。何があったの?」
と優しく聞き返す。
私は深呼吸をし、ゆっくりと話しだす。
一通り話をしたあと、黙って聞いていた麻衣が口を開く。
「何それ……美咲が今までどんな気持ちで2年間過ごしてたか……それを今になってさ……。美咲はどうなの?」
麻衣は怒った様子で私に聞いた。
「私は……正直今の今まであの時の気持ちをもう、封印してたし、朝也の父親にも恋愛感情なく接してた。でも……抱きしめられた時…封印してた気持ちが溢れそうになったというか…私、まだ好きだったのかな…。」
私も急なことで感情の整理ができていない。
「もしかすると、朝也くんの父親も朝也くんが亡くなって寂しくて、美咲の優しさに甘えてしまってるだけかもしれない。これが恋愛感情なのか、ちゃんと話合った方がいいと思う。これ以上美咲を悲しませたら、美咲には悪いけど私朝也くんの父親許せないから。」
ときっぱり言う麻衣。
私もその言葉を聞いて、しっかりしなきゃと自分に喝を入れる。
麻衣にお礼を言って、電話を切ってすぐにまた着信が鳴る。
画面を見ると朝晴さんだった。
「はい…もしもし。」
「……美咲ちゃん?さっきは本当にごめん…。いきなり抱きついたりして。」
「いえ……あの、今からまた家に行ってもいいですか?」
朝晴さんは驚いた様子で了承してくれた。
まだ朝晴さんの家からそう遠く離れていなかったため、5分程で着いた。
部屋の中に入り、2人で向かい合いながらイスに座る。
「あの、さっきの……あれはどういう……」
いざ顔を合わせると、口ごもってうまく話せない。
「ごめん……。」
ごめんって…。
「どうして謝るんですか?意味がわからないです……私のこと何とも思ってないですよね、なのにどうしてあんな事するんですか?寂しいからですか?」
やばい、私泣きそうだ。
「もう…朝晴さんへの気持ちは封印したんです。なのにあんな事されたら私…また気持ちが揺れます……もう傷付くの怖いんです。あんな思いしたくな…」
「好きなんだ。」
私が言いかけた言葉を遮るように朝晴さんは言った。
「……え?」
私は聞き間違えたかと思い聞き返す。
「美咲ちゃんのこと……好きなんだ。」
朝晴さんははっきりと言った。
涙が私の頬をツーっと流れた。
「ごめん、あの時気持ちに答えられなくて…。あの時は、朝也の彼女である美咲ちゃんをそんな目で見ることは出来なかった。あの時は、朝也と付き合ってるのに父親に好意を寄せるなんて…正直美咲ちゃんがそんな真剣な気持ちで俺に告白してるとは思ってなかった。」
「そう…ですよね……。」
「ごめん、でも朝也の話を聞いてから俺の気持ちは変わった。」
朝也……?どうしてここで朝也が……?
「…どういうことですか?」
「実は、朝也は美咲ちゃんの気持ちに気付いてたみたいでさ。」
まさか……。
「で、朝也のお祝いをした日に美咲ちゃんがベッドで俺に好きって言ってたのを聞いてたみたいで…」
いや、待って。私が告白したのはあのお見合いの写真を見た時のはず。頭が混乱する。
「私……あの日朝晴さんに告白してたんですか?」
「え……覚えてないの?」
「はい……。」
「え、俺あの後から美咲ちゃんに会うの気まずかったのに…」
そういえばあのお祝いの翌日、朝也の様子がおかしかった気がしていた。そういう事だったんだ…。
「で、朝也がある時言ったんだ。美咲ちゃんのことどう思うかって。でも美咲ちゃんに恋愛感情あるわけがなかったし、何とも思ってないって言った。」
朝晴さんの言葉はちょいちょい傷付く。
「そしたら朝也が、もし美咲ちゃんを好きになっても自分に遠慮するなって言ってさ。俺が10年以上朝也の世話と仕事しかしてないことを心配して、俺にも幸せになって欲しいって……」
そう言う朝晴さんの目に涙がうっすら浮かぶ。
「それでも美咲ちゃんを好きになるつもりはなかったし、そんな時にあのお見合い話が来て……お見合いをして俺がその人と付き合うことになれば、朝也も安心して美咲ちゃんと付き合えるかなって。そう思ってた時に……」
「私が、告白しちゃったんですね。」
「うん……」
私、何も知らなかった。
朝也に別れを告げたあの時、朝也は私の気持ちをすでに知っていた。にも関わらず、優しくしてくれたんだ。
朝晴さんだってそうだ。
普通、息子の彼女に好きになられて困らないわけがない。あの時の私の告白に対する朝晴さんの返事は、優しさだったんだ。
私は感情がうまくコントロールできなくて、相手のこと全然考えてなかった……。
「でも、だからと言って美咲ちゃんの気持ちには答えられなかったから傷付けてしまってごめん。」
「……じゃあ、どうして私のことを……?」
「……美咲ちゃんが俺のこと心配して家に来てくれて…一緒の時間を過ごしてるうちに、美咲ちゃんが帰る瞬間…寂しい…もっと一緒に居たいって気付いたら思ってる自分が居た。」
「……でも、それってやっぱり朝也が居ない寂しさじゃ……」
「俺も最初はそう思ってた。でも美咲ちゃんのふとした瞬間、何気ない仕草にドキドキしてる自分が居た時好きになったって気付いたんだ。」
なんか…ドラマの台詞みたい。真剣に言ってくれているのはわかるけど、つい笑ってしまいそうになる。
そんな私の表情に気付いた朝晴さんが言う。
「え、なんか俺変なこと言った?」
「なんか…俳優さんが言う台詞みたいなこと言うなーと思って……」
と笑いながら言う私に、朝晴さんは顔を覆いながら言う。
「うわー恥ずかし……俺。おじさんが何言ってんだって話だよな……」
可愛い。とてつもなく、可愛い。
私はつい、朝晴さんに抱きつく。
「そんなことないですよ。すごく…嬉しいです。」
朝晴さんは「うぉ」とびっくりした声をあげた後、私を優しく抱きしめる。
私……今、幸せだ。
10秒ほど抱き合った私たちはゆっくりと体を離す。
そして、キスを………
……と私は思っていたんだけど、というか目を瞑って待っていたんだけど一向に感触がない。
あれ……?と思い目を開けると、朝晴さんはいつの間にか正面を向いていた。
私が目で訴えると朝晴さんは言った。
「そう言えばさ…俺たち外にあんまり出かけたことないよな。」
「そうですね。2人で出かけたのってスーパーに行った時くらいじゃないですか?」
「じゃ……今度、デートに行きませんか?」
朝晴さんは、私の目をまっすぐ見ながらそう言う。
「あ……はい!喜んで!」
「…っぷ……居酒屋か!」
朝晴さんは笑いながら突っ込む。
……それから、私が念願のキスをできるのは3回目のデートの後だった。
朝晴さんと付き合い出してから半年が過ぎようとしていた。
私は仕事で離れた場所に引っ越さないといけなかった為、もういっそ同棲しようかという話になり私達は一緒に暮らしていた。
店長になった私は、前以上に忙しい毎日を送っていた。
前は目覚ましを3個かけないと起きられなかった私も、今は1個で起きられるようになった。私も店長になって成長した。
……いや、カッコつけた。ほんとは今でも朝が苦手だ。でも目覚ましの代わりに優しい声が私の目覚ましになった。
「…美咲……美咲……起きろー……」
「ん………」
目を開けると、そこにワイシャツ姿の朝晴さんが立っている。
私は眠い目を擦りながら言う。
「おはよー」
朝晴さんも「おはよー」と返し1階に降りていく。
2階の洗面所で顔を洗い、下に降りていくといい匂いがする。
「朝食用意してくれたんだ。ありがとうー。」
「うん、俺今日会社行かないといけないからさ、少し早く起きたから。」
「そっか、そっか。」
私達は、お互いに仕事が忙しいこともあり朝食は前の日に買ったパンなどで済ませることが多かった。
ほんとは朝食作りたいけど、店長になったばっかりの私にそんな余裕はなかった。
イスに座り、朝食を食べる。
じーっと朝晴さんを見ていたら、ふいに目が合う。
「何…?俺何かついてる?」
「あ、うぅん。朝晴さんのスーツ姿あんまり見られないから……。」
「あぁ、スーツってなんか硬っ苦しいよなぁー。」
そう言いながらネクタイを緩める。
そう、私はご存知の通りこういう仕草に弱い。
「カッコいいよ…スーツ…朝晴さんが着ると余計に…。」
朝晴さんは「そうかな。」と少し照れた表情を見せ、少し間を開け再び口を開く。
「そういえば…前にもこんなことあったような気がする…。」
「朝晴さんが仕事中に私が家に来て、座って待ってた時でしょ?私もちょうどあの時のこと思い出してた。」
「あぁ!そうだ。あの時も美咲が俺のことじーっと見てて、それが気になって集中できなかったんだよ。それで、居てもたってもいられなくて声かけたんだ。」
まさかの事実。あの時私の視線に気付いてたんだ、朝晴さん。
「知らなかった…ごめんね、あの時無意識に朝晴さんのこと見ちゃってた、私。」
なんか、懐かしい。
あの頃はまだ自分の気持ちがわからなくてもやもやしてた。それが今はこんなことに…。
ふと時計に目をやり驚く。
「あ!もうこんな時間!朝晴さん、時間大丈夫?」
「あ、やべ。」
朝晴さんは急いで立ち上がり、食器を台所へ持っていくと玄関へ行き靴を履く。
私も追いかけるように玄関へ行き、立ち上がって振り向く朝晴さんに抱きつく。
「お、え?どうした?」
驚く朝晴さんから私はすぐに離れ「ネクタイ、緩めたまんまだよ」と言い、ネクタイを直す。
朝晴さんは呆気に取られた顔をしながら「あ…ありがとう。」と言う。
そして「行ってきます…」と言って部屋を出た。
私は見送ったあと、玄関を閉め食べかけの朝食を食べようと席に戻る。
イスに座り、少し経って顔を覆う。