大野慎介 2
誤字脱字報告をして下さった方、ありがとうございます。
お礼を何処に書いて良いのかわからないので、前書きの方に書かせてもらいました。
「ここは……ッ!」
ガバリと勢いよく起き上がった慎介は、部屋の中を見渡す。
何でも良いから近くにあった物――掛け布団を両手で持ってゾンビに備える。
幸い、しーんと静まり返った部屋にはオフィスディスクやソファがあるだけで、ゾンビの姿はない。
身体の力を抜くと同時に、安堵のため息が漏れた。
「ふぅ……大丈夫……か?」
二度三度息を吸って生きてる事を確かめた慎介は、傷がないかチェックした。
これといって目立った外傷はない。勿論、噛み傷もなかった。
慎介は、昨日の出来事を思い出す。
メイド服を着た少女のゾンビと出会った後、慎介は気を失ってしまった。
あのままゾンビに喰われていたと考えると、ゾッとする。
しかし、こうして生きているという事は誰かに助けられたのだろう。
本当に運がよかったと慎介は思う。
お礼を言いたい所だが、生憎助けてくれた人間は外出中のようだ。
机には置手紙と一緒に、慎介のリュックやピッケルが丁寧に置かれている。
手紙には「どうぞご自由に」と書かれており、その横に水と乾パン、缶詰が数個置かれていた。
その一つを何となく手に取ると同時に、扉を叩く音が聞こえた。
一瞬身構える慎介だが、続いて聞こえてきた人の声に安堵する。
「起き、て……ますか?」
抑揚のない少女の声だった。
何処かで聞き覚えのある声だと慎介は思ったが、深く考えずに返事をする。
「あぁ、君が俺を助けてくれたのか?」
「一応……そう、かな……そう、ですね」
何だか引っかかる言い方だが、助けて貰ったのなら気にしない。
お礼を言うべきだと慎介は思い、口を開く。
「ありがとう。この恩は一生忘れない」
扉越しではあったが、慎介は深く頭を下げた。
彼女には命を救ってもらった。返しきれないほどの恩がある。
しかし、慎介には彼の帰りを待っている家族が居る。
チラリと壁に掛けられた時計を見てみれば、既に約束の時間は過ぎており、早めに帰らなければ二人を心配させてしまう。
「すまない。俺には帰りを待っている家族が居る……だから帰らなければならない」
「か、ぞく……かぞ、く……かぞく、ですか」
抑揚のない声だが、少女は明らかに動揺していた。
しまったと慎介は思い、己の失言を悔やむ。
パンデミックで愛する人を亡くした者は少なくない。きっと少女もその一人だ。
全員無事な慎介たちが、この世界ではある意味奇跡に近いのだ。
直ぐに謝るが少女から返答はなく、ブツブツと小さな声で何かを呟いている。
聞き取れたのは「きおく」という言葉だけだった。
暫くお互いに無言の時間を過ごし、慎介が声を掛けようかと思った瞬間。
扉の向こうから少女の声が聞こえた。
「家族は、大事ですよね……」
ゆっくりと静かに、しかしとても聞き取りやすい声だった。
何と言っていいのかわからず、慎介は短く「あぁ、大切だ」と答えた。
「帰っても、大丈夫ですが……ゾンビがいます」
「ありがとう。なに、意地でも帰ってやるさ。俺は運が良いからな!」
「それでも、心配ですから、私が貴方を無事に……家まで送ります」
「え?」
少女が言った意味がよく分からなかった。
暫くの間、彼女の言葉を頭の中で繰り返し再生した慎介は、慌てて断った。
このご時世? 一人より二人の方が安心だが、自分の為に少女を危険な目に合わせる訳にはいかない。
それに、慎介は片道だが少女が往復だ。とてもじゃないが許可できる内容ではなかった。
もしかしたら、あのゾンビもいるかもしれない。
今更だが、慎介は昨夜出会った走るゾンビを思い出した。
突然走り出して向かって来る姿は、今思い出してもゾッとする。
奴一人が走れるのか、それともゾンビは全員走れるのかはわからない――まだ前者であって欲しいが、そんな奴が近くに居る状態では、絶対に慎介一人で帰った方が良い。
彼女は走るゾンビの事を知っているのか?
慎介は疑問に思い、昨夜の出来事を少女に話した。
「走る……ゾンビ、ですか」
「あぁ、君が俺を助けた時に奴は居なかったのか?」
「他のゾンビは走れない、と思いますが、心配しなくて……大丈夫です」
やはり何か引っかかる言い方だが、慎介はそれ以上追求しなかった。
今はそれよりも少女を説得する方が大事だ。
「俺一人で帰れる。だから、君は来なくて大丈夫だ」
「……そう、ですか」
「わかってくれたか。ありがとう」
「いえ、私の同行を許可、出来ないなら……ここは開けません」
「いや……それは」
「開けません」
少女は本気で言っているのだろうか。
慎介はドアノブを見る。
彼女は外から鍵を掛けたつもりだろうが、内側から簡単に鍵を開けれる。
ちょっと抜けてる子だと慎介は微笑み、鍵を外してドアノブを回す。
しかし。
「開かない……だと」
扉は、ピクリとも動かなかった。
慎介が力一杯押しても、体当たりや蹴ってみても駄目だった。
まるで壁だ。
暫く頑張ってみたが、どうしても開かない。
一瞬ピッケルで破壊するという考えが浮かぶが、流石に時間が掛かるし体力を消耗するだけだ。
「本当に大丈夫だ。君を危険な目に合わせる訳にはいかない!」
「開けません」
どんなに必死になって説得しても、少女は頑なに扉を開けようとしなかった。
慎介は困ったように頭を掻き――やがてため息と共に口を開いた。
「はぁ……わかった。一緒に行こう」
「はい」
「でも」と続ける少女の約束事を聞いた慎介は、彼女に反対の声を上げる。
しかし、守れないなら扉を開けないと言われてしまい、納得するしかなかった。
内容は。
『一、何があっても少女の前を歩かない。行かない』
『二、詮索はしない』
『三、少女の服装は気にしない』
三つめは正直要らないと言ったが、聞き入れて貰えなかった。
今は、慎介の家に行くという事でお互いにその準備をしている。とはいっても慎介の持ち物はリュックとピッケルだけなので、直ぐに終わった。
一応、食べておくか。
慎介は、机の上に並べられた乾パンや缶詰を見る。
食料や水は貴重だ。
初めは食べるのを遠慮していたが、少女が折角用意してくれたものだ。残す方が、彼女に失礼だろう。
「いただきます」
手を合わせ、用意してくれた彼女と食品に感謝をして食べる。
何時間ぶりの食事ではあったが、妻の手料理のように美味しかった。
用意された食品を全て食べ終わり一息ついていた頃、扉を叩く音が聞こえた。
そして、慎介の返答を待たずに、少女の声が聞こえる。
「お待たせ、しました……行きましょう」
「あぁ、行こう……ご飯美味しかった。ご馳走様」
「良かった、です」
扉がゆっくりと開く。
てっきり扉前に居ると思った少女の姿は見えない。
慎介は慌ててリュックを背負い、ピッケルを手に持つと、部屋を出た。
殺風景な廊下の先――扉の前に、少女の後ろ姿が見える。血だらけのメイド服を着た少女の姿が。
「っ!?」
「どう、しましたか?」
一瞬、慎介はピッケルを構えてしまった。
少女の服装が、昨日見た走るゾンビと同じメイド服だったからだ。
しかし、少女の抑揚のない声が廊下に響く。
大丈夫。昨日のゾンビじゃない。
慎介は、長く息を吐いて身体の力を抜いた。
こうなる事を予想して、少女は慎介に服装は気にするなと言ったのだろう。
確かに必要な約束だったなと慎介は笑い、少女の元へ急ぐ。
扉を抜けた先は、倉庫だった。
慎介は、少女を追いかけながら周りを見渡す。
手つかずの資材がある。それに、食料も。
店内にもまだ沢山物資が残っている。これだけあれば、一年は余裕で暮らせるかもしれない。
ここには少女一人で住んでるのか? それとも他にも仲間が? 自分たち家族もここに移住しても……。
慎介は色々と考えるが、直ぐに止める。
そうやって考えていたから昨日は危険な目にあい、少女に助けて貰った。
同じ過ちは繰り返さない。
もし、ゾンビが襲ってきたら今度は自分が少女を護る。
慎介はピッケルを強く握り締めると、彼女の後に続いた。
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