拠点 2
次の日、愛莉は種をまいたプランターに水やりをしていた。その数なんと三十個。
発芽しない種もあると思うが、それでも一人では到底消費できない野菜が収穫できるだろう。
「ふふ……はやく、生えてこない……かな」
虚ろな表情で、しかし笑顔でプランターの一つ一つに水をあげる愛莉。
頭の中で、大量の野菜を収穫する自分を思い浮かべる。
まだまだ先の話だが、絶対に幸せな気分になれる。
ふへへ。と虚ろな表情で笑った愛莉は、プランターたちに手を振り、ローリータンクの方へ向かう。
水道が止まる前に、全てのタンクに水を溜めることが出来た。ついでに、店内のアウトドアコーナーにあった小さなタンクにも溜めてある。
水漏れがないかチェックした愛莉は、満足げに頷く。
これで、暫くは生活用水に困る事はない。一睡もしないでやったかいがあった。
時刻は朝の五時。初秋独特のひんやりとした空気が満ちている。
全身で浴びるように大きく伸びをした愛莉は、ぐるりと頭を回す。
夜通し作業をしていたが、頭はスッキリとしていて、疲労感もない。
やっぱりチートだと思いながらも、愛莉は自分の変化に感謝した。
今日やる事は、駐車場にいるゾンビの排除と生活スペースの確保だ。
時間があれば、駐車場の物資も整頓したい。
愛莉は駐車場へと移動して、周りを見渡す。
駐車場の入り口を開けてあるので、かなりの数のゾンビを街に解き放ってしまった。
この辺りにいるゾンビの数からすれば微々たるものだが、それでも人間からすれば脅威だろう。周辺に人間が生存していればの話だが。
愛莉としては、拠点がある程度完成したら人間の避難所を探そうと思っている。
人数や場所の把握は勿論、持っている武器や物資なども調査したい。
そして、一番大事な事――その避難所が脅威か脅威ではないかという判断も出来ればしたい。
初めはゾンビの方が脅威だが、次第にそれは人間に代わっていく。映画でよくある話だ。
だから、なるべく早く拠点を完成させて周辺の調査をする。
脅威と感じた拠点があれば――その時にまたどう対処するか考える。
愛莉の頭の中で一瞬殺すという選択肢が浮かんだが、馬鹿な考えだと直ぐに消した。
「やめ……よ。今……やること、ある」
いるかもわからない生存者のことより、今は拠点を作る事に集中する。
愛莉は、駐車場の入り口まで歩く。
途中。ゾンビがいようが居まいが、通り過ぎた車両のドアを全て開けていく。
鍵がかかって開かない車は、強引にドアを破壊した。
そうして駐車場に残っている全ての車両のドアを開けた愛莉は、次にゾンビたちを駐車場の出入口から外に出す作業に移る。
これが、とても骨の折れる作業だった。
ある程度は昨日の内に自力で外に出たので、駐車場にいるゾンビは車両の中にいたゾンビを含めて三十体程だった。
初めの内は一体ずつ手を引いて外に誘導していたが、店内から出てくるゾンビや、逆に街から駐車場に入って来るゾンビがいて、終わりの見えないおかわり状態だった。
このままでは埒が明かない。
一旦ホームセンターとドラッグストアの出入口を塞ぎ、駐車場にいるゾンビを片付けることにした。
駐車場の出入口も車両で塞ぎ、一時的に外からゾンビが入って来れないようにする。
そして、駐車場にいるゾンビたちを両手で一体ずつ強引に引きずり、出入口を塞いでいる車両の反対側に投げ捨てた。
ドン、と硬い地面に叩きつけられる音がして、暫くするとゾンビが何事もなかったかのように立ち上がる。
しかし、両手があらぬ方向に曲がっていた。
愛莉の中に罪悪感が浮かぶが、必要な事だと頭を振り、機械的に処理をしていった。
一時間後、駐車場にいる全てのゾンビを外に出し終わった愛莉は、ホームセンターの屋上駐車場にいた。
目の前には、種を蒔いたプランターが二十四個ある。
水やり用のローリータンクも既に持ってきている。
何故屋上に持って来たのかというと、ゾンビのせいだ。
駐車場のゾンビを片付けている時、最後の一体が園芸館近くに置いてあったプランターを六個もめちゃくちゃにしてしまった。
プランターの場所にバリケードをしていなかった愛莉が悪いが、そのゾンビは愛莉に頭部を破壊され、無造作に投げ捨てられた。
大切な宝物を目の前で壊された気分だ。
ゾンビにも腹が立つが、それよりも無造作にプランターを置いていた自分に腹が立つ。
もう二度と味わいたくないと思った愛莉は、プランターを屋上に移した。
まだ店舗内にゾンビはいる。
屋上の店舗出入口と、駐車場の入り口を車両で塞いだので、間違いが起こってもゾンビが上がってくる心配はない。
防鳥ネットも張ったので、鳥が種に悪戯する心配もない。これで安心だ。
思わぬ事態に時間を使い、貴重なプランターと種を失ったが、将来的には屋上駐車場を農園にするという名案が浮かんだので、良かったと愛莉は思う。
屋上駐車場を後にした愛莉は、ホームセンターとドラッグストアの出入口を塞いでいたバリケードを外す。
こうしておけば、店内のゾンビが数体は駐車場に出てくるだろう。
そして、明日には店内含めて全てのゾンビを外に出す予定だ。
とりあえず、愛莉にとってゾンビは害がないので放って置く。
次にやるのは駐車場の整理だ。
間違ってゾンビが車両の中に入らないように扉を閉める。勿論、閉めれるものだけ。
車内にある物資は後回しにして、今は外に放置されている物資を一派所に集める。
これには、貸し出し用の軽トラックが役に立った。
片っ端から落ちている様々な物を乗せていき、ホームセンターを正面から見て左側の駐車場エリア――据え置き倉庫が沢山置いてある場所に置く。
そして、全ての物資を集め終わる頃には、日が沈み夜が来ていた。
まだ電気は生きているようで、ホームセンターや周辺の建物、街灯が暗い夜を明るく照らす。
その下を、ゾンビたちがゆらゆらと彷徨っていた。
ライフラインはまだ生きているのに、それを使う人間は死んでいる。
何処かで生きているだろうが、少なくとも愛莉の視線の中にはいない。
何とも言えない気持ちになり、愛莉はホームセンターの中へと入っていった。
店内のゾンビの数はかなり少なくなっており、パッと見た感じ十数体しかいなかった。
陳列棚の間を行ったり来たりする者、壁に寄りかかっている者、フラフラとその場で立っている者。
各々が好きなように過ごす中、愛莉は店内の電気を消してバックヤードのスタッフルームへと向かう。
電気を消した理由は特にない。
ただ、ずっと点けているのもどうかと思ったからだ。
愛莉の手には買い物かごがあり、その中には食品コーナーで見つけたカップ麺とミネラルウォーターが数本入っている。
小さな給湯室でカップ麺にお湯を入れて、スタッフルームのオフィスディスクに座る。
三分待っている間に、ミネラルウォーターのキャップを開けて一口飲む。
普通の美味い水だった。当たり前である。
ホッと一息ついた後、時間になったのでカップ麺の蓋を開けた。
その上で温めていたスープを入れて割り箸でかき混ぜる。
魚介スープの独特な匂いと、醬油の匂いが愛莉の鼻腔に広がった。
忘れていた空腹が、呼び起こされる。
「いただき、ます」
フーフーと麺を冷ました後、すする。
そして、温かなスープを一口飲む。
冷たい愛莉の体に文字通り染み渡る旨さだった。
「おい、しい……」
たまらず感激の言葉が漏れる。
しかし、何かが足りない。
とても大事な事を忘れているような気させする。その何かがわからず、不愉快で気持ち悪い。
ゴクゴクと乱暴に水を飲んだ愛莉は、誤魔化すように夢中になって麺をすすった。
夕食を食べ終わった後、愛莉は家具コーナーから運んできたマットレスや布団をスタッフルームに敷く。
その後、部屋で見つけた救急箱の中から包帯を取り出した。
店内で見つけた鏡をディスクに置き、包帯を取って傷口の確認をする。
まだ塞がっていない。
もう一度清潔な包帯を巻くが、また直ぐに血が滲みだした。
メイド服も変えたいが、どうせ変えても血で汚れるので暫くはこの服で良いだろう。
ピチピチの享年二十歳な女の子として終わってる気がするが、ゾンビだからと自分を納得させた。
そして、靴を脱いで布団に入ろうとした瞬間、何かの気配を感じた。
ゾンビとはまた違った何か。
愛莉は気配の正体を確認する為に、店内へと向かっていった。
読んで頂きありがとうございます!!