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拠点  1

 

 愛莉が拠点として選んだのは、ホームセンターだった。

 敷地内は丈夫な金網で囲まれており、広い駐車場に豊富な物資。

 そして、同じ敷地内にはおまけのドラッグストアがある。

 

 一通り外周を歩いて確認した愛莉は、虚ろな表情で満足げに頷く。

 金網はどこも破れていない。

 勿論それだけでは心許ないが、駐車場の入り口から見て左右と後ろの金網は、隣接する建物を挟んで細い通路にある。その出入口を塞いでしまえば、ゾンビが金網のある通路に入ってくることはできない。

 入り口も、トラックやコンテナなどを置いてしまえば入ってくるのは不可能だろう。


 愛莉はゾンビだから襲われることはないが、安全面で見たらホームセンターの立地は及第点に達していた。

 ただ、問題があるとすれば、敷地内にもゾンビが居るという事だ。

 広い駐車場にはかなりの数の車が止まっており、それと比例するようにゾンビの数も多い。

 大方、物資を求めてやって来た所をゾンビに襲われたのだろう。

 何台かの車が入り口付近で事故を起こして、道を塞いでいた。

 当然、入り口を塞がれているのでゾンビも出ることが出来ない。

 これをどかせばある程度は何処かに行くだろうと思った愛莉は、事故車両の一つに近づき、ひび割れたフロントガラスから中の様子を伺う。

 そこには、若い男のゾンビがいた。

 腕を噛まれたのか、巻かれた包帯から血が滲んでいる。


 「ごめん……なさい」 


 愛莉は、運転席に座っていた若い男のゾンビを引きずり出して運転席に座る。

 期待を込めてキーを回すが、エンジンがかかる事はなかった。

 じゃあどうやってどかそうかと考えた愛莉は、ふと自分には異常なまでの力がある事を思い出す。

 車から出た愛莉は、流石に持ち上げられないと思いながらも、バンパーを持って上にあげる。


 「……そう」


 車が簡単に持ち上がった。

 出鱈目な力に遠い目をした愛莉は、そのまま引きずって車を邪魔にならない場所に移動させる。

 そして、二台の車は左右の金網のある通路の入り口に置いて、完全に塞いだ。

 これで、こちら側からはゾンビは侵入できない。

 満足げに頷いた愛莉が入り口を見ると、解放されたゾンビたちがフラフラと駐車場から出て行った。

 しかし、まだまだ沢山いる。

 

 駐車場へと足を踏み入れた愛莉は、その荒れ具合にげんなりする。

 ゾンビは勿論だが、そこら中にカゴやらカートが放置されている。

 ホームセンターから運ぼうとした物資もかなり落ちていて、これを片付けると思うと痛むはずのない頭が痛くなる。

 とりあえずはゾンビ同様に放って置いて、愛莉は車の中を一台一台丁寧に見ていく。

 わかってはいたが、車の中にはゾンビがおり、生存者はいなかった。

 彼らも車から出さなければいけないが、他にもまだ確認するべきことがある。

 こちらもとりあえず放って置くことにした愛莉は、ホームセンターの入り口に向かう。


 ホームセンターは二階建てだが、二階部分は屋上駐車場になっているので、まずは一階から探索する。

 駐車場の荒れ具合やゾンビの数から覚悟はしていたが、店内も酷いありさまだ。

 入って来た出入口の自動ドアは破壊され、中にはゾンビが大量にいた。

 床には様々な物が散らばり、愛莉の身長以上ある陳列棚が倒れている個所もあった。

 それらを避けながら店内を見て回っていると、四肢の欠損しているゾンビや、頭にバールが刺さっている死体が転がっている。 

 少なからず、ゾンビと戦った人間がいたのだろう。

 しかし、ここにゾンビが大量にいるという事実で、その人たちがどうなったかなど安易に想像できた。


 店内を一通り見て周った愛莉は、バックヤードへと足を運ぶ。

 まず確認したのは、資材搬入口兼倉庫だ。

 床には血痕が付着しているが、ゾンビの姿はない。フォークリフトが一台と、手つかずの物資が積まれていた。

 そして、頭を破壊されたゾンビの死体が一つ。

 近くには薪割りようの斧が落ちており、血の足跡が奥の扉の方に続いている。

 

 もしかしたら、あの先に生存者がいるかもしれない。

 愛莉は、ゆっくりと扉を開けた。

 扉の先は短い通路になっており、スタッフルームと書かれた部屋と、男女で別れた更衣室があった。小さな給湯室もある。

 足跡は、奥のスタッフルームに続いていた。

 一応、手前二つの更衣室を開けて中を確認するが、誰もいなかった。

 そして、スタッフリームに続く扉の前に立った愛莉は、扉を数回ノックした。


 「あの……誰か……いる?」


 中から反応はない。

 しかし、部屋の中から物音が聞こえる。誰かがいるのは確実だった。

 ゆっくりと扉を開けて、隙間から部屋の中を覗き込む。

 窓はなく、電気が消えているので暗い。

 しかし、どういう訳か愛莉にはしっかりと中の様子が見えた。

 正面にあるオフィステーブルを挟んだ向こう側。そこに、若い男が腕から血を流して立っていた。

 

 「そう……貴方……も」


 若い男の顔を見た愛莉は、寂しそうに呟く。

 男の瞳は、暗闇の中で蒼く輝いていた。

 

 とりあえず、彼をここから出そう。そうすればバックヤードにゾンビはいなくなる。

 愛莉は迷子の子供の手を引くように、若い男のゾンビを店舗内に連れていく。

 そして、ゾンビが入らないように、バックヤードの入り口を近くの家具コーナーで見つけてきた机で塞ぐと、別館の園芸館へと向かう。

 

 その途中、愛莉はある物に気付いて立ち止まる。

 それは、大きな貯水タンクだ。

 ローリータンクという名称で、「農業は勿論、災害時の生活用水の貯水にも使えます」という広告が近くに貼られていた。

 容量は千リットル。そのタンクが五つもあり、一回り小さい五百リットルのローリータンクも三つあった。

 まだ水道から水が出る内に、出来るだけ溜めておく必要がある。

 愛莉は周囲を見渡す。

 主店舗と園芸館の丁度間に挟まれているこの場所は、タンクの他にも鉢植えやレンガなどの園芸用品や、野菜や花などの苗が、ポットに入って陳列されている。

 そして、苗があるということは、近くに水道もある筈だ。

 

 「み……つけた」


 水やり用のホースが付いた水道を見つけた愛莉は、足早に近づいて蛇口をひねった。

 そして、水が出ることを確認した愛莉は、ローリータンクの置かれている場所までホースを引っ張り、その中に水を入れる。

 これが全て満タンになれば、暫くは水に困らないだろう。

 愛莉は「よろしくね」という意味も込めてコンコンと二回タンクを鳴らし、園芸館の中に入る。


 まず愛莉を出迎えたのは、肥料と土が混ざった独特な臭いだ。

 血生臭いよりは、かなりマシではある。

 店内はそれほど広くはなく、目線ほどの陳列棚が八つと、様々な種類の観葉植物が置かれていた。

 人間の姿は勿論だが、ゾンビの姿もない。

 種や肥料といった商品も荒らされておらず、綺麗なままであった。

 

 まぁ、非常事態に種や土を買いに来る人間はいないだろう。

 

 愛莉は、様々な種類の野菜の種が置かれているのを確認して、満足そうに頷く。虚ろな表情で。

 これで、種を植えて野菜を育てることが出来る。それだけの道具が一通り揃っている。

 ホームセンターを拠点として選んだ一番の理由がこれだ。

 もしかしたらもっといい場所があるのかもしれないが、愛莉が知っている中で野菜の種がある場所と言えばホームセンターだった。


 まだ、電気や水道といったライフラインは生きているが、それらは何時なくなってもおかしくない。

 水は川があるので何とかなるが、電気が止まれば食品を保存する上で欠かせない冷蔵庫や冷凍庫も機能しなくなるという事だ。

 そうなれば、肉や野菜は勿論、牛乳なども直ぐに駄目になる。

 冷凍庫は暫くは持つが、それも有限だ。

 そうなってくると、食料は限られてくる。

 保存の効く缶詰やレトルト食品、インスタント麺などだ。

 しかし、それらも消費し続ければ何時かはなくなる。

 この付近に何人の生存者が居るのかはわからないが、将来を考えれば自給自足の準備をする必要がある。

 その第一歩が、野菜の種まきだ。


 愛莉が壁に掛けられた時計を確認すると、時刻は十時半を示していた。

 まだ夜まで時間はある。


 早速、愛莉は種まきをすることにした。

 適当に種を選び、指定された肥料や土を持って外のプランター売り場に行く。

 こちらも適当な大きさの物を選び、小石を底にひいてから土を入れる。

 小指で穴を開けて、その中に小さな種を一粒入れて、土をかぶせた。

 その作業を黙々続ける。

 時々、ローリータンクの水の量を確認して、満杯になったら次のタンクに水を入れる。

 

 並々とタンクに注がれた水を見て、愛莉はふと思う。

 自分は、飲食を必要とするのかと。

 他のゾンビたちは水も飲まず、人間の肉以外には興味がない。餓死という概念もないだろう。

 では、人間の意識を持つ自分はどうだ。

 おそらくだが、食べ物を摂らなくても生きていける。

 三日間何も口にしていないのに、食欲が全くと言っていいほどないからだ。

 更に、あり得ない事だが水も不必要で、代謝も止まっているのを確認した。


 だからといって、食事をしないという選択肢はありえない。

 止めてしまえば、本当の人間ではなくなるような気がするからだ。

 

 「いまさら……かな」


 正直、自分は「チート」という言葉が似合う存在だと愛莉は思う。

 飲食不要で、超人並みの身体能力。人間の意識を持ったゾンビ。

 この世界では、どれもチート級の能力だ。

 そんなゾンビが、今更人間らしく振舞う事が馬鹿げているように思えた。


 愛莉は考える。

 この力を使えば、ゾンビから人間を守ることが出来る。ゾンビの根絶も出来るだろう。

 そうなれば、自給自足に備えなくてもいい。拠点だって作らなくていい。

  

 しかし、その後は? 


 ゾンビという脅威が脅威でなくなった後、人間たちが次に目を向けるのは、チートゾンビである愛莉だ。

 絶対に、面倒な事が起きる。

 そこまで考えた愛莉は、今の選択肢を完全に頭から排除する。


 チート級の能力を持っていようが、ゾンビだろうが、自分は自分だ。

 ゾンビのいる世界で、のんびりと暮らす。

 その為に必要な事を、一つずつやっていこう。

 それが、愛莉の決めた当面の目標だった。

読んで頂きありがとうございます!

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