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崩壊

 今年二十歳を迎える平塚愛莉(ひらづかあいり)には、前世の記憶がある。

 それを思い出したのはつい最近の事だが、正直な話し、今世においては特に役立ちそうにない。

 何せ、平凡な社会人の記憶だ。これといって秀でたものはない。

 これがもしファンタジーな世界に転生しただとかなら、もしかしたら何かしらの知識が役に立ったのかもしれないが、今世も平和な日本に生まれた。

 

 前世の記憶と同じ日本。同じ世界。

 時代もスマホやインターネット等が普通の時代だ。

 戦国時代だとかに生まれなくて本当に良かったと愛莉は思う。

 ただ、前世と違うのは、日本人でも髪の色や瞳がカラフルな事だ。

 アニメの様なイケメンや美少女もいる。

 

 愛莉もまた、髪の色が薄桃色という変わった色をしている。

 前世では黒髪だったのでかなり気にしているが、この世界では普通の事だから誰も気にしていない。

 むしろ、綺麗な色だと周囲から羨ましがられていた。

 顔もかなりの美少女だからか、最近ネットで話題になり、TVの出演や取材の依頼などの電話が頻繁に来ていた。


 「申し訳ありません。とてもありがたいお話ではありますが、そういったお話は全て断らせて頂いております」 


 ペコペコとスマホに頭を下げる愛莉。

 二度三度問答をしたあと、スマホの通話終了ボタンをタッチする。

 平凡な生活を望む彼女にとって、芸能界デビューは遠慮したい。

 

 ここ最近、映画やドラマの主演にどうかという電話がかかってくる。

 顔が良いだけの一般人に、いきなり映画やドラマの主演なんて無理な話だ。

 前世の記憶を思い出す前ならわからないが、今は都会を離れて田舎でのんびり生活したいと考えている。

 そんな人間が、TVに出演するなんて。


 「無理だよなぁ……うん、無理無理」

 「なに? また依頼の電話?」

 「そうそう、私がドラマの主演なんて無理だよ」

 「でもさ、成功すれば一躍有名人になってお金持ちにもなれるかもよ?」 


 同じ店でバイトしている友達の言葉に、少し考える愛莉。

 確かに一理ある。

 しかし。


 「あたしゃ、田舎で畑を耕してた方がよっぽどいいわ」

 「うへぇ……美少女の口から出た言葉とは思えませんなぁ」

 「うるさい」


 やはり、愛莉は平凡な人生を歩みたかった。

 目指せ田舎でスローライフ。である。

 

 「さーて、そろそろ開店時間だね。愛莉ちゃんご主人様を迎える準備はどう?」

 「出来てますよ……そろそろこのバイト辞めたいわぁ……」


 そう言って姿見を見ながらホワイトブリムを頭に付ける愛莉。

 今の服装は黒を基盤としたメイド服で、コスプレ様の安物ではなく。上質な生地を使った本格的なものだった。

 

 愛莉がバイトしているのは、所謂メイド喫茶と呼ばれている所で、彼女はその店一番の人気を誇っている。

 彼女が美人だと世間で話題になったのも、メイド喫茶で撮られた一枚の写真がネットに出回ったのが原因だった。

 そのせいで、今では愛莉を一目見ようと大勢のお客でにぎわっている。

 お店の売り上げもどんどん伸びており、辞めると言っても暫くは辞めさせて貰えないだろう。


 「はぁ……そういえば、まだ木村さん来てないね」


 ため息をついた愛莉は、まだ来ていないバイト仲間を思い浮かべる。

 茶髪の髪をポニーテールにした可愛らしい少女。

 真面目で、遅刻をするような子ではないのだが、今日はまだ来ていない。

 

 開店時間まで残り十分。

 愛莉は心配になって木村に電話をかけてみるが、どういう訳か回線が混み合っているという機械音声が流れた。

 

 「ねぇ、ちょっと木村さんに電話かけてみてくれない?」

 「ん? いいよ」


 スマホの不調だと思った愛莉は、友達に頼んで木村に電話をかけるようにお願いした。

 しかし。


 「うーん、繋がらないみたい」

 「そっか……」


 友達の電話も木村には繋がらなかった。

 どうしようかと考える愛莉たちの耳に、サイレンの音が響く。

 人口が多い都市ではある意味身近なその音だが、今回ばかりは違った。

 全方位からサイレンの音がするのだ。

 何十にも重なった音が、不気味に愛莉たちの鼓膜を揺らす。


 「……事故?」

 「愛莉。何かヤバいみたい」


 スマホを見ていた友達が、愛莉に一つの動画を見せる。

 三十分前に投稿されたそれには、この先にある交差点が映し出されていた。

 どうやら目の前で事故が起こったらしく、撮影者の興奮した声が聞こえる。

 事故車両は黒煙を吐き、横断歩道には血を流して倒れている女性がいた。

 うつぶせに倒れ、ピクリとも動かない。両手があらぬ方向に向いている。

 その人の安否を確かめようと、数名の男女が近づく。

 そして、スーツ姿の男性が、倒れている女性に触ろうとした瞬間。


 突然、それまでピクリとも動かずに倒れていた女性が、スーツ姿の男性に襲い掛かった。


 折れた両手をプラプラとさせて、そのまま男性を押し倒した女性は、あろうことか男性の首に嚙みついた。 

 突然の出来事に周りの人たちは付いていけず、男性の苦しそうな叫び声と、女性の唸るような声が聞こえ――。 

 そこで動画は終わっていた。


 「…………」


 あまりの異常な光景に、愛莉は言葉を失う。

 動画は数十秒という短いものだったが、情報量が多すぎる。

 初めはただの事故に遭遇した動画だと思った。

 しかし、後半は明らかに異常だ。異常としか言いようがない。

 

 あの女性は何故動けた。どうみても重傷だった。

 それなのに、いきなり立ち上がって男性に噛みついた。

 何故噛みつく必要がある?

 

 あれでは――まるでゾンビだ。


 そこまで考えた愛莉は、バカバカしいと首を振る。

 前世でそういった映画やアニメを見たせいで、思考がおかしくなっている。

 

 ゾンビなんてありえない。

 きっとあの女の人は、事故の影響で錯乱していた。

 だから、男性に噛みついたのだろう。 

 それしかないと自分を無理やり納得させようとした愛莉だったが、そこでふと思った。思ってしまった。


 転生した世界が現代でも、普通の世界とは限らない。


 ゾワリと愛莉の身体中を悪寒が走り、震える手で肩を抱く。

 

 前世では、色々な小説を読んできた。

 定番の異世界転生。恋愛小説。ゲームやアニメの世界――ここがもし、ゾンビ系の世界だとしたら。


 止まないサイレン。飛び交う悲鳴や怒号。

 何時の間にか、愛莉の平凡な生活は終わりを迎えていた。

 

 「どうしよう……どうしようどうしよう!!」


 愛莉は、頭を抱えて考える。

 今もまだ鳴りやむ事がないサイレンの音や、人々の叫び声。

 

 「愛莉、これヤバいよね! どうする?」


 明らかな異常事態に、友達が涙目で愛莉を見る。


 「とりあえず、ここから離れよう」


 もしこれがゾンビによる混乱だとすれば、初日をどう過ごすかでこの先大きく変わってくる。

 必要なのは水や食料の確保。

 そして、長期的に生活できる場所を見つけることが大切だ。

 だが、それよりもまずはここから逃げることが最優先。


 愛莉たちは、部屋から出ると直ぐに店内の裏口へと向かう。

 途中、店長や他の従業員に声をかけるべきかと悩んだが、どうやらそれは杞憂だった。

 既に店には愛莉たち以外誰もおらず、裏口から慌てて出て行った形跡がある。

 

 愛莉たちも直ぐに出ようとした所で、開かれた裏口からゆっくりと入って来た人物がいた。

 スーツ姿の男性で、何処かで見覚えがある。

 それは、先程の動画で女性に襲われていた男性だった。

 噛まれた首は肉が抉れ、流れ出た血がワイシャツを紅く染めている。

 表情は虚ろで、明らかに異常だと言えた。

 

 「ひっ……」

 

 小さく悲鳴を漏らしたのは愛莉か、それとも後ろにいる友達かはわからない。

 だが、その声に反応した血だらけの男が、妖しく光る蒼い目を向ける。

 そして、男と目が合った瞬間、彼は腕を前に突き出してフラフラと覚束ない足取りで向かって来た。

 愛莉の全てが、目の前の男は危険だと警笛を鳴らす。


 「逃げてっ!!」


 愛莉は咄嗟に叫び、横にあった積まれたダンボールを崩す。

 体勢を崩したゾンビが、そのまま転ぶ。

 振り返ると、友達は既にいなかった。

 彼女は曲がり廊下の先に行ってしまったようで、姿は見えない。

 

 愛莉も後に続いて走る。

 体力には自信があるのに、既に呼吸は荒く、心臓がバクバクと動いていた。

 よりによってゾンビの存在する世界に転生してしまった。

 これからどうすれば――。

 

 「きゃあああああっ!?」


 突然、友達の悲鳴が聞こえる。

 嫌な予感しかしない。

 愛莉は立ち止まり、曲がり角から廊下の様子を伺う。


 そこには、数人の男女が何かに覆いかぶさっていた。

 全員が血だらけで、腕がない者もいる。

 しかし、そんな事など気にもせずに、彼らは何かを一心不乱に貪り食っていた。


 愛莉は呼吸も忘れ、その光景を見つめる。

 

 廊下に響くのは、汚い咀嚼音と獣のように唸る彼らの声。

 そして――。


 「あっガっ……あいりったずげ……だずげて」

 「っ!?」


 彼らの下から友達の声がした。

 必死にこちらに手を伸ばす彼女の手は血で染まり、中指が欠けている。

 その手にもゾンビの一体が喰らい付いた。

 

 恐ろしくなった愛莉はその場から逃げようとして、不意に後ろから肩を強く掴まれた。

 咄嗟に振り向くと、そこには先程のスーツ姿のゾンビが居た。

 彼の蒼く光る瞳と目が合う。

 

 「あ……あぁ……」


 ゾンビが大きく口を開ける。

 愛莉は何とか逃げ出そうと抵抗するが、そのまま首元を噛まれた。

 そして、乱暴に肉を噛みちぎられた愛莉の意識は、そこで途絶えた。

読んで下さりありがとうございます。


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