天文学少女
指先が真っ赤になるほどの寒さに震えながら、ボクは駅前のロータリーを通り抜けて、クリスマスの飾りが目映い二階建てを目指す。
大きな望みを抱いていたわけではないけれど、
「やあ、また会ったね」
カウンターに頬杖をついてオリーブをかじる女性の隣にボクは滑り込んだ。
「どうも」
澄んだ瞳の色をこちらに向けながら、彼女は頷いた。
マスターがお通しを運んでくる。その間もずっとボクらは見つめ合っていた。
あれは先月のことだ。上司に誘われて仕方なくやってきたこの店に、彼女が今日と同じようにカウンターでひとり座っていた。
終電で帰る同僚たちを見送ったボクは、
「一緒にどうでしょう」
とボトルをかざして挨拶した。
実は大学生だという彼女は頬を赤くしてよく飲みよく食べた。快活な彼女とのひとときは一回り歳の離れた妹と話しているような懐かしさが押し寄せ、胸が苦しくなった。
それからボクはこっそりこのバーに通っている。
「もうすぐラストオーダーです」
マスターが言った。もうそんな時間かと、ボクは大変残念がった。見かねた彼女は次に会う約束を設けてくれたのだが、
「まさか本当にいるとは」
「だって約束したでしょう」
微笑む彼女が首を傾げる。それからグラスを幾つか空けている内にまた閉店時刻を迎えた。
「タクシー乗り場まで送るよ」
ボクらは駅まで歩くことにした。凛とした空気に酔いが冷めていく。
「キレイね」
彼女につられて見上げると、満点の星空が広がっていた。
「ワタシ天文部なんです」
いかにも学生らしいな、とボクは言った。
「星座が好きです。特に神話が。例えば今は冬ですからふたご座の話をしましょうか」
「それならボクも知っているよ。仲睦まじい二人は残酷に引き裂かれる」
「そうです。不死身の弟ポルックスは最愛の兄を戦で失ってしまいます。悲しいですね」
マフラーに埋めた顔をチラリと覗かせる彼女が呟いた。
「でも二人は星になって永遠に一緒だ。現実はそうはいかない」
ボクが死んでも妹は戻ってこない。頬を涙が伝う。
「泣いているの?」
聞き馴染みのある声に顔をあげる。
そこには怪訝そうにボクを見る妹がいた。
「お前、一体どうして」
嬉しさや驚きが混ざり合いボクは困惑してしまった。妹が手を差しのべる。ボクは右手を伸ばす。
しかしボクが掴んだのは冷たい雪だった。重いまぶたを開けると、街灯に照らされた地面が白い。うつ伏せになったボクの背中を覆い隠すように粉雪はまた降り積もっていく。




