海外旅行が出来ない今、「妄想トリップ」してみませんか?
成田空港
旅立ちの日。
ここは群馬、前橋。
深夜2時。
僕は新品のバックパックを背負って、33年間過ごした部屋のドアを開ける。
人生での経験は、何回ドアを開けたかで決まる。
なんて言葉を聞いたことがあるが、今回ばかりは帰ってこられる保証はどこにも無くて、このドアを開けるのは、今夜が最後になるかも知れなかった。
そう思うと、長年愛用していた家具達はもちろん、この部屋を彩り、共に過ごしてきた埃をかぶった雑貨や色あせたポスターさえも急に愛おしく思えてきて、1つ1つに目配せをしてお別れを告げ、僕は静かにドアを閉めた。
故郷前橋から成田空港まで深夜バスで向かう。
途中、極度の興奮と不安により、何度も何度もスマホに入っている香港行きの航空券の画面に表示されている日付と時間をチェックした。
一ヶ月前、エクスペディアなるサイトで購入したこの航空券。
何でもスマホに入っているこの航空券の画面を見せれば飛行機に乗れるらしい。
「怪しすぎる……」
本当にこんな画面一つで大丈夫なのだろうか。
もしカウンターで画面を見せて受付のお姉さんに、
「は?」みたいな顔をされたらどうしよう。そもそも日本語は通じるのか?
一睡も出来ぬまま、バスは成田空港に到着し、幾人かの乗客をプシューっと言う小気味いい音と共に吐き出した。
先ずは多分チェックインだよな。
しかし、ここでまた、新たな不安が襲って来た。
「あれ?俺、片道券しか持ってないけど、大丈夫なのかな。」
もう分からない事だらけ。半ばヤケクソで突入したのだが、超余裕でチェックイン完了。
すごいです。エクスペディア様。もう超スムーズ。エクスペディア様とスマホがあれば、こんなクソ田舎者でも飛行機なんてへっちゃらなのだ。
成田空港の中に入ると様々なレストランがある。旅の日数は全く決めていなかったが、最低でも一年は帰らないと決めているし、ここはやっぱり和食だろうと、出発前に最後の寿司と日本のビールを愉しむ事にしよう。
しばらく日本食はお預けなんだなぁ。そう思うと、寂しさというよりも、これから本当に旅に出るんだと実感が波の様に押し寄せて来て、隣で同じく寿司を愉しんでいる老夫婦に、
「僕これから世界一周するんです。いいでしょう?ねえ、どう思います?」と話しかけたくなる。ニヤニヤが止まらない。
胸をズンズンと踊りまくらせていると、いよいよ出発時刻が迫って来た。後20分で出発だ。
僕は搭乗口の前のロビー的な所で暖かい緑茶を飲みながら、飛行機に乗り込むのを今か今かと待ち構えていた。
飛行機に乗るなんて高校で沖縄に行った修学旅行以来だ。
あぁ、早く乗り込んで外国に行きたい。
すると、アナウンスが流れた。
『ジェットスター○○便で香港国際空港へご出発のせきねのたけし様。当便は間も無く出発致しますので至急、搭乗口までお越し下さい』
まじか。もう乗っていいの?早く言ってよ。どうゆう仕組み?
そうか。飛行機に乗るには搭乗口に行かなくちゃ駄目なのか。
群馬の学校では教えてくれなかったなぁ。
さて、急いで乗り込むと皆様お揃いでいらっしゃる。
申し訳ない気持ちと、途方も無い恥ずかしさに内心身悶えしている僕の心情をよそに、飛行機は動き出し、その轟音とは正反対に優しくフワリと浮かび上がって、僕の旅は始まった。
アンコールワットやグランドキャニオン。オーロラだって見たいし地平線も見てみたい。
ああもう!ワクワクする!だって、初めての海外旅行なんだから!
では……。
「世界一周旅行、行ってきます!」