まつ
りりは以前の同僚だった。
「神社とかいきますか?」
「うん。いくよ」
「なんでですか?」
「うーん……つよくないから?」
「ふーん」
そういうことを話したこともあったし
「わたし、大人になるまでに死にたかったんです」
「そっか」
「いまも死にたいです」
「そっか」
と話したこともあったし
「りり、ラインおしえて」
「わたし、職場の人とプライベートでかかわりたくないんですよね」
と話したこともあった。それから少し経った。
街のどこかのエレベーターを上がった先にきみがいた。りりはこちらをちらりとみて、スマホに視線を戻した。ぼくはその瞬間、なにが起きたのかわからず、さっきのがりりだと理解したのは、少しあとだった。
りりもぼくも、大人になりつづける。それがなんだかすこしこわい。りりもぼくもこのまま憂鬱のなか生きつづけるのか。りりはきっとぼくとおんなじくらい生きることが嫌いで、それってつまり、だれかの生と、だれかにとっての死は、おんなじで、けれどそんなことだれかはわかってくれないし、或いはこれからわかる日が来るのかもしれないし、実はもうわかっているのかもしれない。
けれども、ぼくは______たぶんりりも_______
なにかが起きるのをまってる。厭世的で気分屋なりりもおそらくその瞬間をまってる。その日がおとずれることと、それを受け入れる素直さがちょうど重なる日をまってる。
はやくその瞬間がおとずれてくれ、とおもう。おもにぼくにだけれど、りりにもおとずれたらいいのにと、そう、きまぐれに、他人になってしまった今でも、ほんのたまにおもう。