第8話 宴と復旧
「おーし! ジャンジャン持って来い! この村の英雄の歓迎会だ! 住民の皆も沢山飲んで食えよ!?」
サニエ村の村長であるゼティアが、大きな声で宴が始まる合図をし表面張力が働いたジョッキを掲げる。当然中の酒は飛ぶが、器用なことに一滴もこぼれることなくジョッキに戻る。
イェーーーーーーーーーーーイ!!!
村人達はそれに負けない大きな歓声を上げて、負けじとそれぞれの飲み物が注がれたジョッキやコップを高く掲げた後、一斉に飲み始める。
そこでは無事だった部分が多かった広場で、村の救世主である三日月龍聖の歓迎会が盛大に行われていた。
この村で取れた野菜や魚から作られた料理が所狭しと並べられ、龍聖もその宴のど真ん中にいた。その顔を幸せそうにしながら、目の前の料理を頬張っている。
「ふふふ、楽しんでますか? 英雄さん」
龍聖に助けを求めた少女、レナはその様子を見てニコニコしながら問い掛ける。龍聖は口の中に入っていた料理を飲み込みレナの方へ向くと、微笑みながら応える。
「あぁ、もちろん楽しんでるさ」
「っ……そ、それは何よりです。まだまだ沢山ありますからねっ」
レナはその微笑みを見て顔を赤く染める。何故なのかは、この手のラノベを読んでいる人は簡単に分かるだろう。……爆発してしまえ。
「ん? どうした?」
「いえ、何でもないんです、何でも……」
「……?」
レナは龍聖の問いかけをはぐらかすと、その顔を赤くさせながら、とてとて他のところへ向かって行った。龍聖は何故レナが顔を赤くしているのかを理解していない。ギルティ。
龍聖はレナを見送ると、飲み比べをしている者、既に酔い潰れて寝てしまっている者、肩を組んで大笑いしながら話している者を見る。
「ハハハッ」
たまにはこんな風にばか騒ぎするのも良いと笑いながら、彼は再び目の前の料理に手を伸ばした。のほほんとし過ぎである。
だがそんな声は届くはずもなく、宴は夜が明けるまで続いた。私は悲しい。
◇
~龍聖side~
翌日、いつの間にかテーブルに突っ伏して寝ていた俺は目を覚ますと、村人が遠慮するのを聞かずに、
「これぐらいはさせて下さい」
と言って皿を集めたり、床を掃除したりと勝手に片付けの手伝いを始める。
その手際は、先に片付けを始めていた村人達に遅れを取っていないと思う。少し経って俺はポカンとしている村人達に笑顔を向けて――
「競争しましょうか?」
と言って片付けるスピードを上げた。村人達はハッと我に返ると、笑いながら負けじとスピードを上げる。
競争の結果は引き分けで、中々興味深い結果となった。俺もまだ修行不足かな。
しばらくすると他の村人達も次第に起き出し、朝食を食べ終えるとそれぞれの家を修理し始める。
ある者はノコギリで木材を切り、ある者は木材同士を組み合わせて、金槌で釘を打って行く。
そこでも神出鬼没の俺ありだ。ノコギリと金槌を片手に、修復作業をしている村人の中へ自然に紛れ込んで作業の手伝いをした。
「皆さーん! 少し休憩しましょう!」
村人達は作業が一段落した後、レナちゃんが持って来てくれたドリンクとクッキーを食べながら、俺の働きは間違いなく自分達を越えていた、と苦笑い気味に話していたとかいなかったとか。
何故曖昧な話し方なのかと聞かれれば、こう答えるしかない。美味しくて気が付いたら自分の分を全部平らげてしまっていたので、作業を再開していたからと。レナちゃんに「食べるの速くないですか!?」と驚かれた時も同じ言葉を言ったら、「そ、そうですか……それは、良かったです……」と何故か赤面された。
話を戻そう。その仕事の合間に設けられている休憩時間を使って、俺は子供達の遊び相手を請け負うこともあった。
現在はサッカーに似た、と言うかほぼサッカーのリエブと呼ばれるスポーツがブームらしく、僭越ながら猿真似のリフティングを披露してみた。
「リューセー兄ちゃんすげー! おれまだ4回しか続けられないのにー!」
「練習あるのみさ。地道に続ければ、こんなことだって!」
踵から頭、足の甲へと戻して行き、フライングリッパーから、ピックアップクロスオーバーにつなげる。動画サイトを見ただけで再現した本物とは程遠いけど、どうやら彼らは楽しんでくれている。
リフティングにも意味はある。ボールのコントロールを鍛えて、ドリブルの精度を上げられる。これはゴールキーパーだろうと例外ではない。パスを遠くにいる味方へ、的確に渡すくらいにはなっておくべきだろう。
実際、これには俺も十分助けられた。母さんが手を滑らせて落としそうになった皿を、咄嗟にストールする要領で受け止めたのは懐かしい思い出だ。あれはこの練習をしていなければ出来なかった。
「ねーねー! 他は他は!?」
「そうだなぁ……じゃあ次はこれだ!」
――と、こんな風にしていた時だった。
「……ッ!」
「? 兄ちゃんどうしたの?」
生まれつきの虫の知らせ、とでも呼ぶ物がけたたましく警鐘を鳴らした。これがあった時は決まって何かが起こる。それも、悪い物だけだ。
「くっ!」
「えっ、ちょっとどこ行くの!?」
子供達の戸惑いつつの声も無視し、衝撃波が起きないギリギリの速度で走る。
復元途中の住宅が並ぶ方角で、1人の男の子が泣き叫んでいるのが聞こえるが、大人達は何やら浮かぬ顔でざわざわしているのが見えた。
「ん? おぉリュウセイ殿か」
「ゼティアさん、何があったんですか? 喧嘩した訳ではないようですが……」
「……うむ、実はこの子が最近、あの森を探険したいと言い出して聞かなかったんだが……」
あの森とは、俺が出て来た森だ。ゴブリンキングだけでなく、リーフ曰く災害に近い魔物達がうようよしているらしい。俺でも分かる。あの森に子供が行くのは危険過ぎると。
「オレ達も危険だと毎回止めていたんだが、どうやら今回ついに我慢出来なくなったらしくてな……1人では心細かったが、大人に同伴を頼めば十中八九断られ止められる。だから『自分と同年代に頼めば良いのでは?』と考えたそうだ」
……待て。つまり――
「レナちゃんがここにいないのは……」
「……あぁ、彼が同伴者に選んだのはレナだった。彼女はとことん真面目だが、押しには滅法弱いのが周知の事実でな。先に行くよと走り出せば、追い掛けてくれると踏んだんだろう」
ここにいないと言うことは、その目論見は成功したのだろう。いや、してしまったのだ。
「リューセー、兄ちゃんっ、お願っ、レナをたすっ、えぐぅっ」
「……どの辺りのことだ?」
「あの、辺り……っ、ここにいる、誰よりもおっきい、黄色いクモがいた……っ」
《オオグイグモか……だがあやつは多く食いはするが、すぐには食わん。ゆっくり悠々と食べ進めるはずだ》
ならまだ間に合う。すぐに向かう。鞘から抜くのも面倒だったので、極彩丸を抜き身にし、肩に担いで今もなお泣きじゃくる彼に語りかける。
「必ず助ける。だから待っててくれ」
「う、ん……!」
「オレからも頼む。レナはオレ達の誇りの1人だ。だから、どうか……!」
「分かりました。任せて下さい」
そう短い対話を終えて、俺は再び、あの森へと足を踏み入れた。
◇
~三人称~
時折襲い掛かって来る魔物や邪魔な草木などは走りを止めずに斬り捨て、落ちたら死ぬであろう崖も飛び越え、龍聖は目的の方角へと急ぐ。
「リーフ! そのオオグイグモは糸で巣を作るか!?」
『いや作らん! 糸こそ吐くがそれは獲物を逃がさないためだ。それも地中を掘ってそう目のつくところにはない場所にな』
「くっ……」
残された時間が少ないと言うのに、見つけるのに時間が掛かる生態が明かされ歯噛みする。
「なら――」
――次善の策を取るまで。そう呟いて途端に立ち止まり、目を閉じる。リーフもこれには心当たりがあった。達人が、微弱な気配をも感じ取るための姿勢だ。
風や木々の擦れる音を全て遮断し、気配のみを探る。もちろん猿真似や素人では不可能だが、龍聖には可能だった。
(………………! 見つけた、衰弱から来る弱い気配と、あえて弱くしている気配!)
バッ! と目を向けた所は、目を凝らさないと分からない誤差で土が盛り上がっている。あえてそこに足音を立てて、次なる獲物が来たと思わせる。
「キシャアアアッ!」
「うるさいぞクモガタ綱!」
のこのことやって来た標的の糸を躱し、複眼に向けたトーキックで確実に目を潰す。視界の約半分を完全に死滅させ、そこへ追い討ちとして8本の足を【鎌鼬】で根元から切断する。
「……セイッ!」
気を動転させる暇もなく、残すは胴体と不自然にひしゃげた顔のみとなったオオグイグモを上に投げる。その後霞の構えを一瞬取ったかと思えば、瞬きする頃には極彩丸を突き出した状態で残心する。だが、放ったのはたった突き1発ではなかった。
――6発だ。がら空きの胴体へ、わずか0.3秒の内に隼のように速く、確実に命を奪うそれが寸分違わず急所を脅かしていた。
「――滅魔六段」
その言葉と同時。ビチャチャチャアッ! とおぞましい音と共に傷口から、名状し難き色合いの汁が飛び散り辺りを汚す。
もちろん龍聖も例外ではなかったが、浴びる価値すらないと、全てを極彩丸で振り払っていた。
「……温いな」
一際大きくドチャア! と音を立てる骸となったオオグイグモにそう吐き捨てた後、主が肉塊と化し役目を失った巣穴から、全身を糸に包まれ、顔を生気が感じられない紙の色にしてぐったりしていたレナを救出した。
他は最初からこの森に住んでいた魔物ばかりで全てが死んでおり、せめてもの手向けとして心の中で合掌をしつつ、その場所を後にする。
「まだ生きてる……!」
微少とは言え呼吸をしているのを確認し、リーフから毒も使うと教えられた龍聖は、噛まれたであろう首筋を水で洗い流し、延々と【癒しの風】を放ち続けながら、オオグイグモの毒線から毒を採取し水筒へと入れる。
少しずつ呼吸こそ戻ってはいるが、危ないことには変わりない。すぐにサニエ村へと戻り、レナを清潔なベッドへと寝かせ、邪魔しないよう退出する。
ゼティア達も治療の準備を進めて待っていたが、ここでも逆風が顔を覗かせて来た。
「血清はどうなっている!?」
「手配するとしても、少なくとも2日は掛かるかと……」
「くそっ、それではとても間に合わないじゃないか!」
村人の報告に、ゼティアは頭を掻きむしる。森に行く者が少ない。その事実があろうことか災いすることとなったのである。普通は受けることのない毒だ。血清など普段から持ち合わせていない。せいぜいが質が低い薬草だ。
今もレナには懸命の治療が行われているが、状況は芳しくない。活路もなくはない。しかしそれも、通るには代償が伴う茨の道である。
「何とか、なるかもしれません」
「何!? それは本当か!」
「はい……彼が採取してくれた、あの毒を使えば」
「……待て、まさかお前」
「ですが、これしか、方法がありません」
「……村の誰かに毒を投与して、抗体を作るつもりなのか?」
抗体及び解毒剤は毒を経由して作られる。ただしこれは、とんでもなく分が悪い賭けだった。
「大人でも、可能性は3割あれば奇跡だと言われている毒だぞ。出来るとは到底思えない」
「ですが……彼なら」
ぼかされてこそいたものの、ゼティアは心当たりがあった。ただしその選択は出来る限り避けたいことであったがために、眉間には深いシワが寄る。
「……あろうことか、この村を救ってくれた英雄にか?」
「出来るとすれば、彼だけです。彼もその可能性を視野に入れて、毒を採取して来たと思われます」
そう。毒を採取したのはこのためだったのだ。彼は森に行く前から、この可能性を考慮していた。森に入る大人は誰もいない。では、もし万が一があった場合、対処はどうしているのかと。
――答えは単純明快、「どうしようもない」だ。
対処法とは、数々の検証の末に構築される物。この世界に限らず、そのためには自分から積極的に飛び込んで行く必要がある。
それがされていないならば、有効な手段を取ることは難しいのではないか。そう思ったからこそ彼はこうしたのである。したくはない。だが、背に腹は代えられなかった。
「……分かった、では早速説明を――」
「その必要は、ありません……」
最近聞き慣れて、かつ元気のなさそうな声。2人はぎょっとして声がしたドアの方面へと顔を向ける。そこには顔を青くした件の英雄、龍聖がドアの枠に力なく背中を預けていた。
説明する前に、自己判断で毒を自らに投与しているのは明らかだった。
「ッ!? 正気か君は!」
「大丈夫ですよ……もう5秒もすれば……ほら、この通り」
彼の言った通り、5秒が経つ頃には顔色も元に戻り、自分の足で立ってケロリとし出した。
ここだけの話、あの毒の症状は40度を越える発熱、立っていられなくなる程の強い倦怠感だ。それに苛まれているようにはとても見えない。
つまりやせ我慢などではなく、本当にあの毒を克服してしまっている。それも薬に頼らず、自らの免疫力のみで。間違いなく体内に抗体が作られているだろう。
「「……えっ?」」
「いやえっ、じゃないですよ。早くレナちゃんに僕の抗体を入れなきゃ」
つい数秒前まで毒に侵されていたとは思えない足取りで、治療所となっている場所へと急ぐ。
治療薬の確保にああでもないこうでもないとパニック状態と化している所へ龍聖が介入し、物凄く締まらない経緯こそあれど治療薬は完成することとなり、村の人々は狂喜乱舞。
毒を盛られてあまり時間が経っていなかったことも幸いし、レナの峠も無事越えた。
ご都合主義はあまり良くないとは言われているが、人の命が掛かっているのだ。早く救われるに越したことはない。苦難を乗り越えたところに生まれる感動などクーリングオフだ。
「――あれ、ここは……」
その2時間後には意識も回復し、会話も歩くことも出来るようになった。だが村人からの説明を受け、病み上がりであるのも構わずレナは龍聖のいる所へと駆け込んだ。
「リュウセイさん、どう言うことですか!? 私のためだけに毒を自分に入れるなんて!!」
「おっ、良かったなレナちゃん。その調子ならもう大丈夫か」
「はぐらかさないで下さい! 私は怒ってるんですよっ!?」
プンプンと肩を強張らせ、精一杯激怒していますとアピールするが、龍聖からすれば嬉しい以外の何物でもなかった。何故ならこう言うことが出来るくらいに、レナを救うことが出来たのだから。
「いや、自信はあったんだ。あれくらいなら大丈夫って」
「えっ、自信……? 何故ですか?」
「近所の子が間違って地中のスズメバチの巣を刺激した時、50ヶ所刺されてもピンピンしてたことがあるから」
「どんな状況ですかそれ!? すずめばちが何なのかは良く分かりませんけど、絶対懲りてませんよね!? もう! 許しませんよ!?」
その後もギャアギャアと夜まで騒がしくなったが、村人達は悉くレナの快復を喜び勇んでおり、目立つことはなかった。