第6話 方針
歴史に名を残す名刀をあっさり手に入れてしまった龍聖は、もうここにいる理由もないだろうと、遺跡を後にすることにした。
「……」
遺跡の中を歩いている最中、龍聖は何かを考えている様子だった。
『どうした? 考えごとか?』
「いやぁ、今さらだけど、とんでもないものを手に入れたって言う実感がわいてきてな……」
『遅すぎだろう……』
今さらな発言にリーフは呆れる。
「それと、俺のこれからのことを考えてた」
『……!』
だがその言葉を聞くと、呆れている場合ではないと様子を一変させ、真剣な雰囲気を出した。
「当面は帰る手段の模索。こっちは最優先事項だ。それとさっきも言ったけど、極彩丸を狙ってくる奴は大勢いるだろう。リーフ、冒険者以外にどんな奴が狙ってきそうなのか教えてくれないか?」
前者は異界の人間であるために当然の判断であり、後者は国どころか世界の宝を持つ故の真っ当な懸念だった。
よくよく考えれば、その可能性の方が高いだろう。龍聖は現在、身分証も何もない一般人だ。何かに託つけて奪うのは、権力者であれば簡単に出来てしまう。
『そうか、冒険者以外も注意すべきだったな。……そうだな、武器好きの貴族や王などが部下に奪いとるよう命令して仕向けてくる可能性もあるな』
「力尽くで俺が負けて逃げたら、おそらく調子に乗って追いかけるよう指示するだろうな」
帰還方法は今考えた所でどうにもならないので、リーフは後者のみに思考を回して答えを返し、龍聖は注意すべき身分を脳内に箇条書きにして記録する。
『まぁ、全てのものが極彩丸を狙ってくるわけではないだろうがな』
「だが、そういう奴が来たときに何も出来ずにやられました、では困るからな。俺が今どれくらい戦えるかを知っておきたい」
龍聖はこう見えて、用心深い部分も持っているのである。無詠唱云々の楽観ぶりとは真逆だが、これは対策法が明確だったためだ。
『まぁ、体術に関しては心配はいらんな』
「え、どうしてだ?」
『あのなぁ……ゴブリンキングと言うのは熟練の冒険者が10人くらいでやっと一体倒せる魔物なんだぞ。それでも、半分は犠牲になってしまう』
「それを俺はたった一人で、しかも無傷で倒してしまったんだったな」
『そういうことだ』
どうやら体術に関しては心配無用のようだ。まぁ2メートル超の偉丈夫を蹴手繰り倒した時点でお察しである。
「だが、問題は魔法だ。俺は魔法に関しては全く知識がない。こっちの世界では夢物語だったからな」
『心配はいらん。今から私がお前に魔法について教えてやる』
「お、それは助かる」
そこからリーフの魔法講座が始まる。魔物に関しては、極彩丸の放つ気迫でまず近付いて来ないので問題ない。
『まず最初に、魔法は魔力を媒体にして、想像を現実にする物だ』
「つまり、イメージが鮮明であればある程良い、と」
こうして薄暗い森の中で、マンツーマンの異世界講義が開講され――早1時間後。リーフから魔法について一通り聞き終えて理解すると、龍聖はステータスを出現させ、パネル右下にある〔技能〕のボタンをタッチしパネルを別のタブに切り替える。
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リュウセイ ミカヅキ
魔法
火属性
・ファイアバレット
消費MP 5
直径約15cmの火球を放つ。
・フレイムリフレクター
消費MP 15
火から作りだした板を出現させ、攻撃をある程度無効化する。
・ブレイズナックル
消費MP 10
両手に火を纏う。
・火炎の陣
消費MP 20
術者の周りに火を放つ、約半径2メートルの魔法陣を出現させる。
水属性
・ウォーターボール
消費MP 8
直径約20cmの水球を目標に向けて放つ。作り出した水球から水流を放つことも可能。
・アクアブレード
消費MP 12
術者の任意の手に水の刃を生み出す。長さや形は自由に変更出来る。
・ウォーターウィップ
消費MP 16
自在に操作が出来る水の鞭を出現させる。
重ねて網状にすると、敵の攻撃を防ぐことも出来る。
・アイスバインド
消費MP 18
氷の鎖で敵を拘束する。
風属性
・ウィンドナイフ
消費MP 3
風の短剣を目標に向けて発射する。
・ストライクハリケーン
消費MP 9
術者の目の前に旋風を巻き起こして、敵を吹き飛ばす。
・エアアッパー
消費MP 6
術者の前方斜め下から、敵の顎に向けて密度の高い空気弾を放つ。
・癒しの風
消費MP 15
自身と味方のみを回復させる風を発生させる。
効果は低くなるが、範囲は広げることが出来る。
土属性
・ストーンアロー
消費MP 6
岩の矢じりを目標に向けて発射する。
発射せずに槍の穂先などにも使用可能。
・斬岩脚
消費MP 18
自身の任意の足の裏に、岩で作られた鋭い刃を生み出す。長さや形はある程度調整が出来る。
・鋼岩の盾
消費MP 24
術者の前方に強固な岩の盾を出現させる。
サイズは調整出来ないが、形状は変更出来る。
魔法を解除すると盾は砂になって散って行く。
・岩槍の陣
消費MP 30
敵が踏むと、岩の槍が突き出す魔法陣を仕掛ける。
雷属性
・サンダーショック
消費MP 4
術者が触れているものに電流を流す。
・プラズマフック
消費MP 8
電気で作られたフックで対象を引っ掛け、引き寄せる。
・エレキバズーカ
消費MP 20
高威力の雷弾を対象目掛けて発射する。
・痺れの雷陣
消費MP 26
敵が踏むと発動し、体を痺れさせる魔法陣を配置する。
光属性
・ホワイトフラッシュ
消費MP 12
その場でまばゆい光を放つ。
・フェイクウェポン
消費MP 24
光で武器を作り出す。敵をすり抜けるようにしたり、中に別の武器を包みこむことも出来る。
・フラッシュアクセル
消費MP 36
術者を光と同じ速度で活動出来るようにする。速さの代償に、身体への負担が莫大なので注意が必要。
闇属性
・ドッペルゲンガー
消費MP 15
術者と瓜二つの幻影を生み出す。実体があり、物に触ったり、攻撃も出来る。
痛覚やダメージは共有しないが、一定以上のダメージを受けると霧散する。
・シャドウハンド
消費MP 15
対象の足元に闇の手を生み出して拘束する。
・闇の隠れ刃
消費MP 30
術者が刀剣を使っている場合のみ使用可能。
この魔法を使ってから敵に刀剣でダメージを与え、鞘に収めると追加ダメージを与える。
鞘に収める前に命中させた攻撃の数に応じて、追加ダメージの量も増える。
発動するのは3回まで。
・スニーキング
消費MP 25
影の上か暗闇の中にいる場合のみ使用可能。闇の中に術者の身を隠すことが出来る。明かりで照らされると、地上へ引き戻されるので注意。
技能
・疾走居合い
自身が刀剣を使っている場合のみ使用可能。
目にも止まらぬ速さで急接近し、横薙ぎを対象へと放つ。
・防御反撃
防御に成功した場合のみ使用可能。
敵の攻撃力が自身の攻撃力(どちらも武器の攻撃力は含まない)の1,5倍以下だった場合、敵の攻撃を弾くか逸らして隙を作り反撃する。
・受け流し
敵の攻撃力が自身の攻撃力の2倍以下(どちらも武器の攻撃力は含まない)だった場合、敵の攻撃を逸らし、体勢を崩させる。
・遠距離攻撃弾き
自身が武器を使っている場合のみ使用可能。
威力が低い遠距離攻撃を弾くことが出来る。
・滅魔六段
自身が刀剣を使っている場合のみ使用可能。
右上、右、右下から目にも止まらぬ速業で全くの同時に刺突を繰り出し、その後間髪入れずに左下、左、左上から同時に刺突を入れる。
・荒鷲乱舞
敵の物理耐久が自身の物理耐久の1,5倍以下で、自身が刀剣を使っている場合のみ使用可能。
敵の防御を全て弾き飛ばした後、突進しながら連続回転斬りを放つ。
・峰打ち
自身が刀を使っている場合のみ使用可能。
敵を殺害しないように峰で叩く。敵は使用者がこの技を使っている状態では、どれだけ攻撃されても必ずHPが1残る。
・鎌鼬
武器や腕を使って、風の刃を作り出し、対象へ飛ばす。
・??????
使用条件、効果、共に不明。
称号
世界に呼ばれし者
常に上を目指す者
剣豪
格闘家
大魔導師の卵
女性顔負けの女子力
万能の皮を被った規格外
歴戦の強者
楽観的
慎重
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この状態に対する二人の反応の違いは、
「おぉ、結構あるんだな」
『もう驚かん、驚かんぞ……技能と称号の欄を私は見なかった。魔法を一つ習得するには普通なら1週間はかかるが、こいつは予想を越える。それも遥かに。たった1時間で、ほぼ全属性の魔法を4つずつ覚えた程度では決して驚かんぞ!』
ご覧の有り様である。
「おっと危ない、一番大事なこと忘れてた」
『……忘れ物か?』
「いや、そろそろ服を何とかしないといけないなと思ってな。多分この服は浮くし」
今いるこの世界にはブレザーが存在しないらしいのだ。そんな中でブレザー姿の状態で街を歩こうものなら、奇っ怪な者を見る視線を向けられるのは道理だろう。
「なら早速作るか」
『あぁ、やはり《女性顔負けの女子力》の称号は見間違いではないのだな……』
「……そうは言ったものの、材料も道具もなかったな」
『始める前に気付け』
手遅れな発言に腕輪がツッコむ。慎重モードはどこか空の彼方へ吹っ飛んでしまったようだ。
「はぁ、手間と魔力はかかるが仕方ないな」
『む?』
龍聖はため息を吐きながら座り込み、両手を前にかざす。
「ちょっと今から俺――新しい魔法作るから」
『ちょちょちょちょっと待て! いろいろと待て!』
「何だ? 時間も押してるから早く取りかかりたいんだけど」
リーフの焦りまみれの制止に、龍聖はめんどくさそうに返事をする。
『いやいやいやいやいや! 新しい魔法を作るってお前な! 軽く言っているが、魔法はそんな簡単には出来ないんだぞ!? 今までの魔法も一つ編み出すのに軽く10年はかかっているのだから!!』
その発言に、何を言っているんだと怪訝な顔をする龍聖。リーフはちょっとイラッと来た。
「お前が俺に教えてくれたことじゃないか。魔法は魔力を媒体にして、想像を現実にしてるんだろ? それなら火や水と同じように、服の素材を思い浮かべて念じれば作れるんじゃないかなーって思ってさ。想像力は美術が得意な友達に教えてもらって鍛えてるし」
『む、むぅ……』
普通ならあり得ないと一蹴するだろう。だがしかし、この男の行動は驚愕のオンパレードであることを、リーフはこの短時間で嫌と言う程に知らされている。そしてその経験が告げている。
――この男は間違いなく成し遂げると。
『はぁ……好きにしろ』
「よし、お許しも出たし、早速取りかかるか」
リーフは諦めた。止めたところで代案は浮かびそうにない。その一方でルンルンな龍聖は、お構いなしに魔力を放ち始める。その魔力の奔流に驚いた動物や魔物達は悉く恐れをなし、遠くへ逃げ出して行く。
「……」
それに気づいた様子もなく、集中を続けて目の前の魔力を薄い形に整えて行く。だが、それだけだ。いくら待っても魔力は布地になるどころか、実体すら持つ気配がない。
「………………」
集中が途切れたことで魔力が霧散し、龍聖は目を開けて難しい顔をする。
『……ほっ』
リーフは安心した。この男にも出来ないことがあったのだと。
「あっ! 良いこと思い付いた!」
『……』
龍聖の相槌を打ちながらの発言に、その安心は易々と打ち砕かれた。再び魔力を放ち、今度はそれを無数の糸状にして糸同士を重ね合わせていく。すると次第に実体を持ち始め、やがて一枚の白い無地の布になった。
「よし、成功だ。次は色を着けよう」
『………』
もうリーフは話す気力もなかった。だが、そんなことは知らんと言わんばかりに鼻歌を歌いながら、完成した布地に魔力が流されると、先程まで白かった布地は次第に見る者を魅了する緑色に変わって行く。
布に色を着け終わり、今度は土属性魔法を使って鋏を作り、裁ち始める。
袖などに使う布地を確保した後は、縫い針である。糸は魔力を実体化させて緑色に着色したものを使い、迅速かつ繊細に縫っていく。
さて、ここで問題になるボタンだが、それも土属性魔法で集めた土から雷属性魔法で砂鉄を引き寄せ、火属性の魔法で溶かして作ることで解決した。
約40分で緑色のジャケットが完成し、この時下に着る白いシャツもついでに作った。シャツのボタンは、鞄のポケットの底に忘れられていた、学校指定のシャツの予備のボタンを使用する。
「よし、次はズボンだ」
一度作ればやり方を完全に理解することなど、龍聖には造作もない。数分で白い布地を作り、今度は布地の色を黒に変えていく。
チャックもジャケットのボタンと同じ要領で作り、今度は30分程で完成した。
「さて、最後はベルトだな。確か、ゴブリンキングの皮があったはずだ」
ベルトの完成は早かった。ゴブリンキングの皮は赤錆色で、ベルトにはぴったりの色である。そのため着色する必要がない。金具に使う金属も土属性魔法で集められる。
何より長さや穴の位置を現在龍聖が着けているものと同じにすれば良い。完成には10分もかからなかっただろう。こうして目立ちはするがブレザーよりはマシ、といった感じの新しい服が完成した。
丈夫かどうかは……作成者はあの少年である、とだけ言っておこう。