第4話 魔法適正
暗い樹海の中。普通ならば強い魔除けの結界によって魔物は寄り付かない場所に1人の少年がいた。無事身体を結界内にねじ込めたのだ。
その際少々ヒビが入ってしまったがすぐに直ったので、気に病む必要はないかと気持ちを切り替える。
『よし、それじゃあ遺跡に入ろうか』
少年、三日月龍聖の左手首についている腕輪のリーフ=ラルドニアが、遺跡に入るよう促す。
「あ、ちょっとストップ」
『む? どうした?』
いざ遺跡に入ろうとした時、龍聖が待ったをかけた。彼にとっては大事なことを失念していたからだ。
「俺、どんな魔法が使えるんだ?」
『知らないのか……? いや、貴様は異世界人だったな。知らなくても不思議ではないか』
リーフは呆れた声を出すが、彼が異世界人であることを思い出し、1人納得する。
呆れた声を出したのには理由がある。遺跡に魔法で作動する仕掛けが数多く存在するのは、この世界では常識だからだ。
『仕方ない。私が貴様の魔法適正を調べてやろう』
「助かる。備えあれば憂いなしだからな」
その会話の後、龍聖の中に何かが入ってくる感覚がする。だが決して不快ではないそれは3分程度で終わり、身体から腕輪へと戻る。
『…………………』
「お帰り。どうだった?」
『……貴様、本当に人間か?』
「は?」
リーフの突然の人外ではないのかと言う質問に、龍聖は呆けた返事をする。だが、その声質は冗談ではなく本気だった。
『下手をすれば貴様、魔王と呼ばれるかもしれんぞ……』
「えっと、どれくらいの適正だったんだ?」
『……属……だ』
「え? 何て?」
かなり小声だったため、静かであるにも関わらず聞き取れなかった。そのためついつい聞き返してしまう。
『全属性だと言ったのだ! おまけに魔力の量も質も並みの人間の数十倍以上だ!』
彼のヒステリックな口調からすると、とてつもなく稀な人材のようだと言うことはまだ異世界事情に詳しくない龍聖にも理解が及ぶ。
「でも、使う方法が分からなきゃ意味ないだろ」
『……なら、自身が使いたい魔法を想像してみろ。それで貴様がいかにお前がぶっ壊れてるかわかる』
「分かった。んーと、それじゃあ……」
深刻そうな口調でリーフは告げ、それに対してあまり深刻に思っていない龍聖は目を閉じ、手のひらを正面に差しだして想像を始める。
(欲しいのは水、水分補給用の水球だ。直径は約20センチ)
そう念じ終え、目を開ける。すると彼の手のひらの上には、念じた通り直径20センチ程の水球が、ふよふよと浮かんでいた。
「おぉ、想像通りだ」
今度は目を閉じないで念じ、公園の水飲み場と同じくらいの勢いの水流を自身の口目掛けて放水する。水道水とは違う、純水が龍聖の口と喉を潤す。
「ふう、美味いな。生き返った気分だ」
彼は自身の世界で出発する直前に自宅の洗面所で水道水を飲んで以来、一滴も水分を摂っていなかったのだ。
食料は弁当やゴブリンキングの肉があるので心配はいらなかったが、学校にウォーターサーバーが設置されているために水は持っていなかった。
そのため水を出せるのは、彼にとって実にありがたいことだったのである。
『本当に何でもありだな、貴様は……』
「ん? 何でだ?」
龍聖の発言にリーフはため息をつきながら説明する。
『はぁ……お前は想像通りだと言ったな?普通なら想像と実際に発動する魔法には、必ず少しは規模にズレが生じる。例えば、お前が想像したであろう大きさの水球を作ろうとすると、大抵一回りは小さくなるのだ』
「へぇ、ほとんどは想像通りにはいかないってわけか。現実って厳しいな」
リーフから告げられる知識にふざけた返事をする。シリアスさんは戻って来て、どうぞ。
『ふざけてる場合か。それ以前に貴様は、もっと高度な技術を使っているんだぞ』
「ん? 何のことだ?」
『……貴様、無詠唱で魔法を使っただろう』
「え? 本来は呪文がいるのか?」
『無自覚だったのか……そんなことが出来るのは数百万人に一人だけだ』
こちらも深刻なことらしい。だが龍聖は――
「おぉ、やったぁ」
ここでもふざけた。全く焦った様子は見られず、どこまでも楽観的だ。あっ、ちょっとシリアスさんどちらへ? 職務放棄? 追え、追うんだ!
『やったぁ、ではないッ!』
「いや、呪文で何をしようとしてるか、相手に気づかれないじゃん?」
『そっちではない! 最悪貴様は、魔法研究者のモルモットになるのだぞ!?』
「その研究者たちにバレないよう詠唱を普段はすれば良い。大丈夫だ、そういうのには慣れてる」
『……もう好きにしてくれ』
今置かれている状況に全く動じない龍聖に、リーフはツッコむのを諦めた。嗚呼、唯一の歯止めが。
「さて、コツは掴んだし、いざ遺跡へとGO!」
『はぁ、先が思いやられるな……』
そんな感情に凸凹が露見しまくっているやりとりの後、彼らは遺跡の中へ足を進めるのだった。
――その遺跡の最新部では、中心に刺さる剣が、僅かに光を湛えていた。