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聖縁剣  作者: フジスケ
第3章 Blood Eyes
41/147

第40話 胸騒ぎ

 すみません、時間指定投稿を忘れておりました。待って下さっていた方、誠に申し訳ありません。

 第40話、始まりです。

 ――これから語られるのは、戦いとは切っても切れぬことの話です。

 不安要素が残るものの、魔物の群れを撃退して何とか持ち直し、龍聖達冒険者と勇者3人組は事後報告をするためにギルドへ集まっていた。


 龍聖がいつも通りの様子を崩さないのに対し、勇者含めた周りの人々は彼を見ながら、まさに戦々恐々と言った感じである。


「お、太陽達も無事だったみたいだな」

「……龍聖。お前、何て奴に目をつけられてんだよ」


 アロイスの魔物とは桁違いの威圧感を感じ、龍聖の身を心配せずにはいられない太陽。力を付けた彼らでさえ、身構えずにはいられなかった相手に名指しで目を付けられているとなれば、当たり前の反応だろう。


「そればかりは……偶然としか」

「……まぁ、お前から接触することはなさそうか」


 飄々とした答えに物申したくはあったが、アロイスの言動から一方的に意識されているであろうことを思い出し、納得することにした。


 それから1分も経たない内に、ギルドの受付嬢のミラが慌ただしくやって来る。


「み、皆様、魔物の群れの撃退、お疲れ様でした。では早速で申し訳ないのですが……被害状況を、教えて頂けますでしょうか」


 その言葉に、少なくない数の冒険者が反応を示した。顔を俯かせる者。拳を握りしめる者。声を押し殺して、泣いている者もいる。この戦いにて被害を被ったことは、歴然だった。


 しかし悲しいことに、この対応は間違っていない。被害を知らなければ、後に生かすことも出来ないからだ。


 何とも言えない雰囲気の中、傷だらけの革鎧を着た冒険者の1人が前へ進み出て、その口を開く。


「……北門の前に配備された冒険者200人の内、37人がこの後の活動は困難と診断される大怪我を負い、23人が戦場で死んだ。……まだ生きている者と、死んで間もない者は山吹の狐も治療にあたっているが……正直、ほとんどがショックで再起不能だ」


 少ないとは言えない被害だった。60人の冒険者生命が、この世から消え去ったことになるのだから。


 たとえ命に別状がなくても、心の傷は治らない。中には自身は無事でも、大切な者を失ってしまった者もいるだろう。


 龍聖は広い壁内に散らばる魔物の討伐と住民の避難を手伝っており、時間を割く余裕はなかった。


 そしてこの国への出入口は北と南の2ヶ所にあり、今回は双方から群れが押し寄せて来ていたのだが、太陽達は数が比較的多く、力も強い魔物が大半だった南側に配備されていた。


 彼らがいれば、その命は助かったのかもしれない。だが、過去にはもしもはないのだ。


「…………お悔やみ、申し上げます」


 ミラが深々と頭を下げると、人混みをかき分け、ツカツカと被害報告をした者とは別の冒険者の男が歩み寄る。その顔は鬼のような形相で、彼女の目と鼻の先まで近付くと、グイッと胸ぐらを掴み上げる。


「死地に赴かせたのはお前らだろ。何故他人事なんだ? 確かにお前らから些細なのかもしれないがな、こっちは命を文字通り壊されたんだぞ!」

「ひぃ……っ!」


 冒険者の凄みに、戦う手段を持たないミラは震え上がる。いつも通りなら悲しみ、その者の分まで生きようとするのみで当たり散らすことはしなかった。だが龍聖、勇者の存在により、たらればの想像が周りの脳内に増殖してしまっている。


「国内と南側の被害は少なかろうと、北側はどうだ? 2桁も死人が出てるんだぞ!! それを分かってんのかこの――」


 振り上げられた拳は、突き出されなかった。龍聖が手首を掴んで止めたからだ。


「んだよ。お前もこいつら側か?」


 不愉快だと言う内心を隠しもしない男は、一応は殴るのを止める。ただし、対応次第ではどちらも殴るつもりなのは想像に難くない。


 そんな剣呑な空気が立ち込める中、龍聖が取った行動は――
















「――申し訳、ありませんでした」


 膝と両手を床に付き頭を下げる、つまるところ土下座だった。そのあまりの光景に、周りの冒険者はおろか、目の前の男とミラまでもが思考を停止させ、ギョッと目を見開く。


「お、お前、何して――」


 怒りは思考の彼方へと吹き飛んでしまい、ただただしどろもどろに尋ねる。だが龍聖は土下座の体勢を崩さず、そのまま言葉を発し始める。


「貴方の言う通りだったからです。これでは、全く足りないと分かっていますが、これが今の、まだまだ弱い俺なりの誠意です」


 先程言ったように、過去にもしもはない。だがこの場で必要なのは正論ではなく、仲裁だ。


 周りも頭の中では分かっていた。決して彼のせいだけではないと。自分達の実力不足も関係しているのだと。


 ただ、この結末を受け入れられなかった。それだけのことだったのだ。


「……ちっ!」


 男はばつが悪そうにミラを解放し、踵を返してスタスタとギルドを出ていった。だが、どの冒険者にもそれを咎められなかった。


 冒険者とは、言わば雇われ傭兵だ。流れ星のように瞬いたかと思えば、あっと言う間に跡形もなく燃え尽きる。そこに例外はない。


 しかし、燃え尽きる命を悼む心は間違いなく存在する。冒険者と言う一括りであっても、誰かにとっては特別だ。代わりなど、どこにもいないのである。




   ◇




 それから不幸にも命を落とした者達は、遺族や知人の同意の下、ギルドの職員達によって丁重に墓地へ弔われた。墓石にはそれぞれ名前が刻まれ、棺には龍聖や冒険者が回収した遺体が入れられる。


 勇者達も、それに立ち会っていた。命令されたからではない。戦う以上、残酷さを知る必要があるからだ。


 3人は険しい表情だが、目を背けることはしない。それは、死者への冒涜に他ならない。


「……本当、何が勇者だ」


 太陽はそう呟き、自らの拳を握り締める。脳裏には先程の騒動がちらつき、目の前の慟哭が焼き付いている。力を付けたからと言って、そう簡単には行かない。それを痛感させられる。


「…………」

「ッ……」


 美姫と朱音も、おおむね似たような様子だった。やはり彼女達も無意識に手には力が入り、己の力不足を悔やむ。


 心のどこかでは、知らず知らずの内に胡座をかいていたのかもしれない。そんな後悔と自責の念に駆られる。


「…………」


 そして龍聖も、終始無言で作業を続けていた。だが、その瞳はどこか虚ろだ。作業自体に支障はないが、上の空な印象を受ける。


 空虚な瞳に写る空は、どこまでも青い。まるで惨劇など存在しなかったかのように。


 この犠牲も、上の身分にとっては日常茶飯事だ。アスラトニア国王だけはそう思っておらず、数人の護衛と共に冒険者の弔いに参加していたが、役所仕事に就く者にとっては概ね仕事が増えた、程度にしか思われない。


 例えどれだけ壮絶な死だったとしても、それは戦乱から遠い場所へ行く程理解されなくなって行く。ままならぬものである。


《……気を落とすなリュウセイ。助けられなかったのは確かだが、お前だけのせいではない。お前が1人だけで背負う必要はないのだ》


 リーフの言う通りだった。人1人の行動で何とかなるほど、命と言うのは簡単な物ではない。寿命が来れば、世界を救った大英雄であっても等しく消えてしまう。避けられない死は、いずれやって来るのだ。


〈……分かってる。でも、これは忘れちゃいけないことなんだ〉


 龍聖はかつて多くの人々を殺している。自分が生き残るためと言う理由はあったが、それを理由に人の死をなかったことにしてはならない。


 助けられなかった、もしくは奪った命は一生背負って生きて行く。それが心に秘めた、悲しくも気高き覚悟だった。


 リーフもこれ以上踏み込むのは野暮だと思ったのか、それ以降は言葉を発することはなかった。




   ◇




 酷く損壊していた遺体も何とか修繕後に弔い、気が付く頃には真っ暗闇が周囲を覆っていた。普段から誰でも寝静まっている時間帯だが、今は静けさに加え、どこか物寂しさが辺りを支配している。


「…………」


 その中をよろよろと歩いているのは龍聖だ。夜になっても気分が晴れず、特に意味もなく散歩をしているのである。


『……はぁぁああ。何でそンなごリッパに堪えてんだか。リーフも言ってただろうが。オマエだけが実力不足なせいじゃねェって。乗り越えなきゃならねェ遺族にシツレイだろ』


 煩わしそうにため息を吐きながら、龍聖の瞳を赤く変えて厳しい言葉を浴びせる凶助。彼からすれば、今の龍聖は滑稽でしかなかった。呆けたところで、死んでいった者が生き返りなどしないのだから。


『あいつらも魔物を多数殺した。そのツケが回っただけの話だ』


 結局は自業自得。それが凶助の考え方だった。彼には、死への恐怖がない。達観しているとも言える。


 自分を含め、冒険者が立っているのは他でもない自分自身が築いた屍の山。数知れず命を奪った者が、みっともなく助命を求めるなど片腹痛いと本気で思っている。


「……お前は」

『あン?』

「殺されると分かったらどうするんだ?」

『俺がか? そりゃ抵抗はするが、それもダメだとしたらせめて一矢は報いてェな。負け犬みてェに命乞いするつもりはねェが』


 呆れるくらいにさっぱりとした答えだった。あれだけ過激な思想の持ち主なのだから、割りきるのは当然と言われればその通りなのかもしれない。


 この様子では現実になったとしても、反応は全く変わらないだろう。


『そもそも、そうならないようになりゃ良いんじゃねェのか。一生背負うとか大層な覚悟してンだからさァ』


 その言葉で、心の澱みが少し晴れたように感じた。一生背負って生きて行くと決めたのは他の誰でもない自分だ。このまま沈んでいては、それもままならないだろう。


「……そうだな。お前の言う通りだ」

『へっ、ようやく気付いたのかァ?』


 踵を返し、今度は確かな足取りで歩き出す。もう瞳は元通りになっており、凶助の満足げな声色から納得出来る答えを返せたようだ。


 死を忘れてはいけない。だが、それを気負い過ぎても犠牲者は困り果ててしまう。彼らも死にたくて死んだ訳ではないのだから。


 背負うにしても、時には休息が必要だ。英気を養うため、ベッドがある宿屋へと急ぐ。書き置きも残さずに外へ出て行ってしまったのだ。さぞメルフィードは心配していることだろう。


(帰ったら、謝らなきゃな)


 周りの迷惑にならないギリギリの速度で、夜の帳が降りた街中を颯爽と走り抜ける。


 だが考えている内容とは裏腹にその口角は少し上がっており、まるで小さないたずらっ子のようだった。




   ◇

 



~朱音side~


 ――夢を見ている。ここはどこなのかは分からないが、廃墟の町に独りで立っている。周囲を見回すが人らしき姿も、気配もない。不気味。ただただ不気味だった。


「――朱音」


 不意に声が聞こえる。びくりと肩を強張らせたが、聞き取れたのは初めてではない声。かつて私を救ってくれた人の物と同じだ。そう理解すると心の中が安心感でいっぱいになる。


「! 龍聖せんぱ――」


 最後まで、言い切れなかった。






 何故なら私の背後にいたのは龍聖先輩ではなく、目は全身を染めている返り血のように赤く濁り、身の毛もよだつ嗤いを浮かべている人物だったからだ。


 その顔はまるで飢えた狼のようで、身体が硬直したように動かなくなる。


「だ、誰……?」

「誰って俺だよ。龍聖だよ。忘れたのかァ?」


 か細い声で質問するが、龍聖先輩を名乗るナニカはくつくつと笑いながら、私から目を逸らさない。怖い。いつもの先輩とは全くの別人だ。


「貴方は……」

「龍聖先輩じゃない、てか? フフフフフ……ハッハッハッハッハッ!!!」


 ズバリと言い当てられ、何も言えなくなる。だがナニカは大笑いしながら、どこから取り出したのか禍々しい大鎌を片手だけで持ち、乱暴に1回転させてから肩に乗せる。


「あァそうさ、俺は龍聖じゃない。さっきまではな?」

「さっきまでは……?」

「コイツの身体は、今俺が頂いた。お前の愛する龍聖は、もうどこにもいねェのさァ! アッハッハッハッハ!! こいつァ傑作だなァオイ!!」


 龍聖先輩が、もういない。真偽なんて考えられなくなるくらいに、その言葉は私を絶望させるには充分過ぎた。鋭利な刃が突き刺さった心が、ガラス細工のように砕け散る。


「い……いやぁぁああぁあぁぁあああ!」

「ハッハッハ! 良いねェその慟哭! 満足も満足、大満足だぜェアッハハハハハ!!」


 脇目も振らずに頭を抱え、声が枯れそうなくらいに泣き叫んだ。















「――ちゃん……! 朱音ちゃん!! どうしたの!? しっかりして!!」

「戻って来て下さい! アカネさん!!」


 気が付くと身体を揺さぶられていた。徐々に鮮明になって行く視界全体には、心配そうにこちらを見ている美姫先輩とレナちゃんの姿。


 周囲も暗い城の中で、どう見ても今の時刻はまだ夜中だ。


「美姫……先輩……レナちゃんも……?」

「良かった……急にうなされて叫び出したからびっくりしたんだよ。……何か、怖い夢でも見たの?」

「冷や汗凄いですよ。これ……どうぞ」


 どうやら迷惑をかけてしまったらしいが、私はそんなことにすら頭が回らないくらいに混乱していた。


 無意識にタオルをレナちゃんから受け取り、玉のような汗を顔だけ拭き取る。


「……龍聖先輩が、おかしくなる夢を見たんです」

「龍聖くんが、おかしく?」

「それって……どんな風にですか?」

「目が赤いだけじゃなくて……ずっと不気味に大笑いしてて。あんな先輩、見たことも……っ」


 いつもは朧気な夢の光景が未だ鮮烈に焼き付いており、身体が勝手に震える。


 かつて助けてもらった時とは違い、夢の中の先輩は無表情ではなくひたすら嗤っていた。それこそ、何か悪い物に取り憑かれてしまったみたいに。


「……大丈夫、大丈夫だよ朱音ちゃん。夢は夢。それに悪い夢は、誰かに話せば現実にならないって言うから」

「不安ならリュウセイさんにも言ってみましょう。きっとそうならないよう、彼なりに頑張ってくれるはずです」

「……そう、ですよね。ありがとうございます」

「これくらい何てことないよ。おやすみ」

「また明日です」

「はい、おやすみなさい」


 美姫先輩にもレナちゃんにも頭が下がる思いしかない。聖母のような柔らかい笑みを浮かべた後、2人は自らの寝床へと戻り、布団を被る。まだ夜中なのもあり、数分もしない内に寝息が聞こえ出す。


 私もそれに倣って寝ようとした。のだが、何故か根拠はないが胸騒ぎがして、上手く寝付くことが出来なかった。




   ◇




~三人称side~


 翌日。ギルドのエントランスで龍聖は目元に薄く隈を作り、隣ではメルフィードがまだ頬を膨らませている状態で太陽達を待っていた。


 まぁ無理もない。何の連絡もなしにどこかへ姿を消してしまったのだ。心配されるのもむべなるかな。


 事実、龍聖が帰るまでメルフィードは静かに、それでいて慌てて彼を探すと言う地味に高等な技術を使い、宿屋中を徹底的に歩き回っていた。


 帰って来て早々その技術を目の当たりにした彼は思わず小さな拍手を送ったのだが、そんなことをしている暇などある訳がない。あってはならない。


 その後は当然ながら、メルフィードによる説教であった。怒鳴り散らされるより、よっぽど堪えた。泣かれそうな顔と声でそう言ったことをされてしまうと、さすがの規格外な心にもグサッと来るのだ。


「……むー」

「ご、ごめんってばメルフィード」

「……ふんっ」


 主好き好きなメルフィードも、この時ばかりは完全にへそを曲げてしまっている。龍聖の謝罪にも耳を貸さず、プイッとそっぽを向いて不機嫌モードだ。そんな彼に送られる視線は冷たい。


「龍聖おは……何したんだお前」

「何か、お姉さん凄い顔になってるけど」


 そこへタイミング良く太陽とリオネルがやって来るが、メルフィードの様子を見て、温度を若干下げた視線を龍聖に向ける。


「いやー、実は――」


 龍聖は昨夜の出来事を話した。久しく見ていなかった酷く損壊している遺体を見て、少なからずダメージを受けてしまったこと。書き置きを残さず街を歩き回ってしまったこと。そして、メルフィードを心配させてしまったことを包み隠さず。


 話が進む度、太陽とリオネルを含めた周りの視線は生暖かくなって行き、話し終わる頃には若干同情すらされていた。いかに栄誉を成し遂げた者であっても、1人の人間だ。泣きもするし間違いもする。無謬な者など1握り、いや1摘まみなのだ。


「あー……うん。同情はしてやる」

「……ははっ」


 太陽は擁護はしないと言いきった。龍聖も半ば予想していた答えだったようで乾いた笑いをするが、いつもと違う光景に首を傾げる。


「……あれ? 美姫と朱音ちゃんとレナちゃんは?」

「何か、あまり眠れなくて身支度に手間取ってるらしい。後10分もすれば来るんじゃないか?」

「そうか。なら少し待とう。……メ、メルフィードもそれで良いよな?」


 不機嫌そうなしかめっ面は崩さないが、1回だけ小さくコクンと首が縦に揺れる。


 立って待つのも何だと言う太陽の配慮で、ちょうど空いたテーブルの椅子に座る。


 気まずさからベスネリアを取り出し、軽いメンテナンスを始める龍聖。それに見向きもせず、出されたお冷やを延々と注いで呷る太陽とリオネル。そして何故かズーンと暗雲を漂わせるメルフィード。この瞬間、現場はちょっとしたカオスと化す。


(何か、お詫び出来ることはないだろうか……食べることが好きらしいけど、俺の料理は見劣りするよなぁ……)


 龍聖は彼女に機嫌を直してもらおうと、ベスネリアの細かい部分の砂埃をテーブルに敷いたハンカチへと取り除きながら、解決策を練る。それ自体は通すべき筋であるし、誉められることなのだが、最後が完全に的外れな方向へ向かわせてしまっている。


 と言うのも、かつてカフェでバイトをした時、彼女は彼の料理を見て内心ではよだれを垂らしたいと切実に思っていた。


 説明は上の段落で不要だろう。女心の憲兵さんこいつです。


((……我、関せず))


 若干死んだ瞳で、お冷やを呷り続けるのは太陽とリオネルだ。しかも無表情で何杯も何杯も飲み干し続ける物だから、周りからは少し引かれている。


 幼馴染みは傍観者の体勢を崩さないのだ。崩すとどう転んでもクッソしょうもない巻き添えを食らってしまう。


 それを理解していれば、このような多少周りからドン引きされていても耐えられる、鋼の精神が鋳造されると言う寸法である。技あり!


(……ちょっと、意地を張りすぎた)


 最後に先程までの自分を後悔しているのはメルフィードだ。意地を張っても事態は好転しないこと知って、彼女は1つ賢くなった。


「……あ、主」

「な、何かなメルフィード」


 おずおずと手を挙げてメルフィードは話題を切り出し、未だ解決策が浮かんでいない(と盛大な勘違いをしている)龍聖は多少テンパり気味に顔をそちらへ向ける。


「……チサキの、今後の話」

「!」

「……チサキは、アロイスに良いように、利用されていた可能性が高いとのことで、主の下での保護観察が決まった」

「俺の?」

「……一番安全な場所が、そこだから」


 自惚れるつもりはないが、龍聖も薄々そうは思っていた。詳しいことを誰よりも知っているのは龍聖とメルフィードだ。事情を知らない者に任せるよりはずっと良い。


「……チサキも、それを承諾してる。だから指名依頼にも、同行することになる」

「分かった。彼女の分の食材とかも用意しとかなきゃな。【ストレージ】なら腐らないから、味の悪い非常食じゃなくても大丈夫だろう」

「おいこら龍聖。指名依頼なんて話聞いてねぇぞ」


 そこへ入れられた太陽の横槍に、2人は揃って「あっ……」と口を押さえるが既に手遅れであった。ただ指名依頼の話をしている最中に魔物が押し寄せて来たので、説明する時間は皆無であったと言って良い。


 口走ってしまった以上は隠すのは無理であると、龍聖は隣国の調査を命じられたことを伝えた。


「なるほど……あのコクワガタが見つけた証拠に違法薬物ねぇ……」


 勇者を名乗る以上この世界の知識は持っていなければならなかったため、指名依頼とベアトレーゼはどんな国かを知っていた太陽は納得した表情で頷いた。


 こればかりは分裂でもしない限り不可能だ。【ドッペルゲンガー】も話すことだけは出来ないし、手紙を書いたり、声を録音する時間はなかった。


「で、いつ頃出るんだ?」

「美姫達へ説明が終われば、すぐにでも。あ、そうだ太陽。ちょっとスマホを貸してもらえるか?」

「ん? 別に良いけど、何を……」


 疑問を隠せないまま、かなり前に充電が切れてしまったスマホを渡すと、龍聖はディスプレイに手をかざして濃密な魔力を流し込んで行く。


 時折スマホの内部から微かにカチャカチャと妙な音が鳴っているが、それが何なのかは太陽には分からなかった。


 ――数分後。奔流が収まり、龍聖がご満悦な表情でそれは見つめられた後、元の持ち主に返却される。


「これでこの世界でも、そのスマホは使えるようになったぞ。充電も魔力を流せば出来る」

「はっ!? ……いや、うん、分かった」


 何魔改造してくれちゃってんだお前と叫びたくなったが、やたらスペースを食う黒い板のままよりは遥かにマシだ、と自分自身を制する。


「これを美姫と朱音ちゃんの物にも施す。これなら2人も寂しくないだろうし」

「……あぁ、そのためか」


 太陽も一応彼女達は龍聖の旅立ちを止めるだろうとは勘付いていた。それ故の対処であるなら致し方ない。


 むしろやるべきだ。殺気を飛ばされたり、心配でソワソワされたりで支障が出るよりは良い――と、噂をすれば影。


「お、美姫にレナちゃん、朱音ちゃんも……ってどうしたんだ朱音ちゃん!? 顔色悪いけど!!」

「……あ、龍聖先輩……大丈夫です……大丈夫……」

「大丈夫に見えないから言ってるんだけど……」


 結局1日寝付くことが出来なかった朱音は、重い足取りでこちらへ向かって来る。今にも倒れそうなくらいフラフラだ。

 龍聖は心配そうにしつつ、見た感じ疲れが比較的取れていそうな美姫に顔を向ける。


「えっと……美姫、何があったんだ?」

「龍聖くんが、おかしくなる夢を見たんだって」

「俺が?」

「うん……何でも、見たことがある赤い目に、黒い髪で不気味に笑ってたって」


 美姫は首を捻っているが、龍聖とメルフィードからすれば内心冷や汗物だった。


 それは十中八九、凶助のことだろう。メルフィードから聞いた風貌と同じである。


(……皆には、黙っておこう)

 ――させる訳ねェだろうが。こう言うのはダメージが少ねェ方が良いンだよ。


「あ、ちょ――」


 当分は隠しておこうと思ったのだが、そうは問屋が卸してくれなかった。

 意識が薄れて身体の主導権が入れ替わり、腕が勝手に勾玉を握り締める。目は閉じて開かなくなり、口はひとりでに言葉を紡いで行く。


「もしかしてそれって…………













 ――こンなヤツだったかァ?」


 髪は美姫やメルフィードが言った通り黒く染まり、瞳も不気味な赤色に変わった。下向きに弧を描く口角からは、無慈悲な残虐性が見てとれる。


 無造作にテーブルの下で脚を組み、行儀悪く頬杖をつき、愉しくて仕方がない様子で美姫を直視する凶助。


「…………え?」

「え、じゃねェだろ。多分ソイツが夢に見たのは俺のことだ」


 呆ける美姫に、龍聖の状態とは似ても似つかぬ態度で凶助は朱音を指差す。当の朱音は夢が既に現実になってしまっていたことに、心の芯まで震え上がっていた。


 至近距離で威圧感に当てられたレナとリオネルは、幸運にも意識を手放す。周囲も恐怖で身体が動かない。


 殺される――それだけが頭の中に反芻する。


「あ、貴方は、誰なんですか……?」

「俺か? 紛争地域で、コイツの心を守るために生み出された存在だ」


 朱音の声を震わせながらの質問に、嘘を吐く必要性を感じないために正直に答える。


 龍聖の過去を聞いていた、勇者3人組は思い出した。昔のことを、本人は良く覚えていなかったと。


 当時の彼はまだ5歳児だ。例え武装している大人に勝ち目があっても、殺人や天涯孤独によって心が壊れてしまう可能性は十二分にあった。


 それを防ぐため、殺人を躊躇わないもう1人の彼が生み出されたのだと。


「安心しろ。身体の主導権をカッテに握るこたァ、余程のコトがない限りしねェよ」

「……その、余程のコト、とは?」

「コイツが生きるのがイヤになった時とか、勝ちにくい戦いになった場合。そしてコイツではアンタらのような仲間を守るのが難しい場合だなァ。そうなったら身体をいただく他なくなる。戦闘能力と精神力に関してだけは、俺の方が上だから」


 威圧感を少しも緩めず、それでいて心底楽しそうな表情で語り続ける。


 隙だらけなようにも見えるが、真実は違う。いや、違うと表現するのも生温い。少しでも危害を加えようと考えれば、即座に肉塊に出来る準備をしていた。


 凶助以外の周囲は、無残にバラバラになった自分を幻視し、吐き気をこらえ、歯が勝手にカチカチと耳障りな音を立てる。


「龍聖の奴バカだよなァ? 隠したところでどうせバレるのに。……まァソレは置いとくとして、2つだけ。今のトコロは、オマエらに武器を向けるつもりはねェ。ソッチから仕掛けて来ねェなら、コッチも何もしねェ。そう肝に命じとけ。そして、俺のことは凶助と呼べ。分かったな? それじゃあ、バイビ~」


 ヒラヒラと手を振り、カクンと頭垂れる。


 数秒もかからない内に、髪がいつも通りの茶色に戻って行く。威圧感も嘘のように消え失せており、中には安心感から気を失う者もいた。


 勇者3人とメルフィードも気絶こそしなかったが、がんじからめの恐怖から解放され、息を荒くして全身に冷や汗が滲んでいる。


「――全く、気持ちは分かるけどいきなりは止めてくれよ……」


 顔を上げ、額に手を当てて困り顔の龍聖。いつも通りの彼だ。だが凶助の返事はない。馬耳東風である。


「えっと、あの……」

「あっ、大丈夫か朱音ちゃん?」


 急な変貌の繰り返しに、戸惑いを隠せない。温厚だったはずの彼がプレッシャーを撒き散らしたかと思えば、再び温厚な姿に逆戻り。訳が分からなくなるのは当然の摂理である。


「さっきのあれは……」

「凶助のことか? 多分なりふり構わず暴れ回ることはないとは思うぞ」

「いえ、そう言うことではなくて……」


 朱音はそれ以上を言おうとしていたのだが、動揺を見せない龍聖に毒気を抜かれてしまった。


 凶助の状態であってもどちらにしろ高みにいる者であることは変わらないし、威圧感を見せこそすれ、殺意は見せなかったのも理由の1つだ。


 そして一番の理由は、彼の心を守るための存在だと名乗ったことである。恐ろしくはあったが彼がいなければ、今この場に龍聖は存在していなかったかもしれないのだ。


 それが手伝って、純粋に凶助を怖いと思うことは出来なかった。


「……うん、良い機会だから言っておこう。俺、今日から指名依頼でこの国を出ることになったから」

「「えっ!?」」


 無理やり過ぎる話題の切り出しに、当然ながら寝耳に水である2人は揃って身を乗り出し、至近距離で詰め寄る。


「ど、どういうこと!?」

「いきなり過ぎますよ!?」

「実は昨日に説明しておきたかったんだけど……」


 太陽にした物と同じ説明をし、2人のスマホを改良する。その際2人の顔が引き攣っていたのは余談である。


「と言う訳で、申し訳ないけどしばらくは生で話せない。毎日戻るのは難しいからね。でも毎晩9時に、こちらから電話を掛けるから安心してくれ」

「う、うん……わ、分かった……」

「指名依頼なら、仕方ない、ですよね……」


 仕方のないことだとは分かっているのだが、拭いきれない寂しさと心配があるらしい。しかし連絡が取れず、行方も分からないよりは圧倒的に心配の度合いは少なかった。


「2人には悪いけど……これから凶助関連で何が起こるか分からないし、早々にお暇させてもらうよ……」


 旅支度は既に済ませてあったので、チサキを迎えに行くために重い腰を上げて席を立とうとするが、コツコツと妙に威厳のある足音が聞こえ、龍聖とメルフィードはそちらに視線を動かす。


「悪いがリュウセイ君、ちょっと待ってもらって良いかな?」


 ギルドマスター、ティレウス。その男が姿を現したのだ。ただし1本の杖を片手に。


「ティレウスさん、どうしました? 杖なんて持って」

「悪く思わないで欲しい、君のためだ。身体に巣くい蝕む呪いよ。霧散し、安寧を返したまえ。【ディスペル】」


 神聖な退魔の光が龍聖に向けて杖から放たれ、一瞬で包み込むと――弾け飛ぶ。


『オイオイオイ、イキナリ俺を呪い扱いたァ随分なご挨拶だなァ?』


 光から出て来たのは龍聖のままであったが、右目が赤くなっており、そこから凶助の声が響く。


「なっ……解呪の魔法が効かない……!?」

『アイニクだが、俺がいなけりゃコイツはどこかでおっ死ンでたから人に仇なす呪いではなく、加護に近い存在として認識されてンだよ。つまり、解呪や浄化は無意味』

「ば、馬鹿な……」

『当てが外れたみてェだな。ザンネンでした。つー訳で、アンタみてェなイノチ知らずに吹っ掛けられねェよう、早々に出て行かせてもらう』

「あ~……そう言うことですので、申し訳ありません。……行こうか、メルフィード」

「……分かった」


 何とも言えない表情で去って行く2人。


 ティレウスはギルドを後にしようとする龍聖を、いや、龍聖の中に宿るおぞましいナニカを、愕然としながら歯を食い縛り、ただじっと見ていることしか出来なかった。

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