第39話 漂う暗雲
皆さんこんばんは。フジスケです。
何と何と、本作品、瞬く間に2000PVを突破しておりました。皆様、この場を借りてお礼を申し上げます。どうもありがとうございます!
そして、話は全く変わりますが雨が再び降り始めましたね。涼しいのは良いのですが、湿気で布団がカビないか心配な今日この頃です(去年経験済み)。
「君には私からの指名で、別国へ調査をお願いするよ」
ギルドの扉を開けた途端、すぐさま彼は応接室に通される。応接室の中には、ギルドマスターであるティレウスが深刻そうな表情でソファに座っていた。
急ぎ足で促され、向き合う形でソファに座ったところに、先程の話となった次第である。
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~指名依頼とは?~
指名した冒険者でなければ達成が困難であるとギルドマスターが判断した場合、ギルドマスター権限でその冒険者を呼び出し、依頼を本人の意思に関係なく受託させられる制度である。
もちろん強制的に受託させる代わりに、ギルドマスターはある一定以上の支援をしなければならず、報酬金も一回り高い。
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「えっと、具体的な依頼の内容は……」
「あぁ、そうだった。肝心な部分を忘れていたよ。済まないね、私らしくもない。目的地すら言わないなんて」
「『私らしくもない』と言うことはつまり、貴方らしくなくなってしまう何かがあったと」
ティレウスの言動から普段はこんなことはしないであろうことは、龍聖にとって想像に難くなかった。深刻そうな表情から察するに、少々取り乱していたのだろう。
「察しが良いね。実はつい先程、これが届けられたんだ」
ティレウスはそう言いながら、約2センチの容器らしき物を見せる。これは窓から謎の虫によって届けられた物である。
虫についてぼかしたのは、自分でも何なのか分からない存在を引き合いに出しては信憑性を欠いてしまうと考えたからである。例えるならば宿題をサボる口実として「UFOがノートを持って行った」と言う子供の嘘と同じ。「何だそれは」となることを危惧したのだ。
ちなみにその虫の正体は、龍聖が放ったコクワガタの魔導機だったりする。
「これ、確か【狼の爪】のアジトで見つけた物と同じですよね?」
「あぁ、そして中に僅かだが液体が残っていてね。それを分析してみたら、なんと“ラギン”だったのさ」
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ラギン
地球で言うところの違法ドラッグ。薬理作用や副作用もまるっきり同じで、服用すれば束の間の幸福を得られるが、効果が切れれば不安や苦悶に襲われ、その束の間の幸福にすがろうとするようになる。
服用するたびに耐性が付くために量が徐々に増えて行き、ストックがなくなるとどれだけ散財しようとこれを求める。結果、家族関係や自分自身の生活すら跡形もなく破壊する、地獄への片道切符となる。
もちろんこの世界でも持っているだけで違法であり、売人の場合は捕まれば某国に似て即刻斬首刑。
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「ラギン……しかし盗賊なら常套手段なのでは? あいつらにとっては金を稼ぐ良い手段なんですから」
「確かにこれが盗賊関係なだけだったなら、君に指名依頼なんてしないさ。問題はこの容器の底にあるんだ」
龍聖が見えやすいように傾けられた容器の底を見ると、そこにはたなびくマントに魔法陣が描かれた、紋章らしき物が彫られているのが分かった。
明らかに細部まで作り込まれており、盗賊が彫ることはまずないだろう。やるだけ時間の損だからだ。
「この紋章は確か……」
「あぁ、これは魔法国・ベアトレーゼの物だ」
ベアトレーゼ。魔法国と言われるだけあって、魔法の技術に関して右に出る場所はない国。だがそれ故に、剣術や格闘術と言った武術を、あまり良く思わない傾向がある国でもある。
「この紋章は王家の許可が出た魔法を使うことでしか彫れない。しかも過程も複雑だから、偽造はまず不可能なんだ」
「……あれ、でもトップがわざわざそんなことをするでしょうか? いくら何でも見え見え過ぎますし、誰かが罪を着せようとしていると考えるのが濃厚では?」
「そう言うことだ。紋章があろうとこの疑問が残る以上、調査へ赴く必要がある」
つまりは不自然な点が多過ぎるのである。密売をするために、こんな紋章は邪魔どころの話ではない。私は悪人になっていますので捕まえて下さい、と明言するような物だ。
別の誰かが、ベアトレーゼに罪を着せようと画策していると考える方が、まだ現実味があった。
「でも騎士団を派遣すると大騒ぎになりかねない。騎士団は王が統率する物なのでね。だがこのギルド冒険者の魔法使い達は、戦士とコンビやパーティを組んでいることが多い。だから君に頼みたいんだ。ランクもつい先日2番目に高いAランクになった君にね」
騎士団を別国へ派遣すると言うのは、この世界では王が喧嘩を売るのと同じことなのである。
もちろんそんなことをされたベアトレーゼ側は疑いの真偽に関係なく憤り、最悪戦争沙汰になる可能性がある。こうなっては、調査どころではなくなってしまうだろう。
だが冒険者は冒険者で、別の問題が起こる。パーティの戦士が主力だった場合、追い出されたり迫害を受けたりして、多大な支障を被る可能性が極めて高い。
魔法使いのソロなど指で数えられるくらいしかいないし、現在全員が別の依頼で遠出をしている。さすがに現在の依頼を諦めてまで、ここへ戻って来いと言うのは土台無理な話だった。
「分かりました。では我々のみの連絡手段を確立させて置きましょう」
「話が早くて助かるよ。……でも、私達のみの連絡手段と言うのは何かな?」
「これです」
龍聖は懐から縦15センチ、横5センチの薄い板を取り出した。
「……これは?」
「スマートフォン、略してスマホです」
「スマホ……君たち異世界人が良く持っている物かな?」
「はい。それをこの世界でも使える物を作ったんです」
「……やはり規格外は伊達じゃないね。ずいぶん高度な技術が使われているようだ。下手をすれば、君を脅してでも手に入れようとする者も出て来る」
ティレウスは渡されたスマホをまじまじと見つめているが、何故このような大事になる可能性がある物を渡したのか。その答えは、この世界の連絡手段にある。
「この世界での遠くへの連絡手段は、ギルドマスターが持つ水晶玉のマジックアイテムのみでしょう? しかし毎回あちらのギルドマスターのお世話になるのは、色々とデメリットがありますから」
「そのデメリットと言うのは、連絡の遅れや情報漏洩の恐れかい?」
「そうです。情報は、早く伝わるに越したことはありません。これなら、数回の操作だけで手続き要らずです」
これならば、最悪龍聖が捕まる直前にティレウスへ最大限の情報を渡すことも可能になるし、咄嗟の相談にも使えるのだ。
それに加え、いちいち定時連絡のために【テレポート】を使っていては、何か企んでいるのではと怪しまれてしまうことも理由の1つである。
「分かった。責任を持って預からせてもらうよ」
「お願いします。では、いつからですか?」
「準備さえ出来ているのなら、明日にでも頼みたいくらいだね」
たとえ別国であろうと、不祥事を見つけ出すのもギルドマスターの仕事である。いや、別国だからこそだろう。
不祥事は当事者ならば必ず隠蔽する物だ。仮にベアトレーゼがやらかしてたならば、ギルドマスターも一枚噛んでいると見て良いだろう。
「了解しました。では、出発は明日で」
「よろしく――」
頼むと言おうとした時だった。バァンッ!! と応接室の扉が開かれ、そこからは息を切らした受付嬢が入って来る。
「失礼しますっ!! はぁ……はぁ……」
「……ミラ、何かないきなり? 今は彼と対話中なんだが」
「はぁ……はぁ……南東から、Bランク以上の魔物の群れが南北から、このアスラトニアに多数接近中っ! 既に何体かは壁を破壊し国内へ侵入していますっ!」
対話を遮られたことで不愉快そう表情だったが、受付嬢ことミラから発された言葉の意味を理解した瞬間、思わず立ち上がってしまう。
――その言葉が、戦う手段を持ち合わせない国民にとって、死の宣告を意味していたためだ。
並みの冒険者20人で、やっと1体を討伐出来るBランクの魔物が群れを成してやって来るなど、国民からすれば災害以外の何物でもない。
「今この国に滞在している冒険者、および勇者達を現場に派遣し、民間人が避難するための時間稼ぎを行うよう伝達。リュウセイ君は避難の援護へ回ってくれ」
「分かりました、すぐ伝えます!」
再び大急ぎで走って行くミラ。その一方で、迎撃ではなく避難の方へ回されたことに疑問を持った龍聖。冒険者が派遣されるならば、自分も迎撃に回されると思っていたからである。
「えっと、避難ももちろん大事なのですが、私が迎撃に回されないのは何か理由が?」
「そうなんだ。最近ここは、神緑こと君に頼り過ぎているきらいがある。大臣にも、君を指名依頼に出向かせるのを反対されたよ」
「……? 何か僕に問題がありましたか?」
「いやいや、大臣は私にこう言ったのさ。“神緑は我が国の貴重な戦力。手放すなど考えられない”ってね。つまり彼は君を、自分の所有物だと思っているんだよ」
龍聖はこの言葉を聞いた瞬間、酷く不機嫌になった。
「まさか、勇者に見向きもしていないなんてことはありませんよね?」
「そのまさかさ。自分で召喚させておいてこれだ。私もつい殴り掛かりそうになってしまったよ」
ティレウスは形だけの微笑みを返した。と言うのも、明らかに頬が引き攣っており、平常心を装っているのが歴然としている。内心は実に怒りで、腸が煮えくり返る思いなのだろう。
「そこで君には今回、後手に回ってもらって、勇者達に先陣を切ってもらう。それで君ではなくてもこの国が守れることを証明するんだ。正論で返しても、あちらは逆上するだけだろうからね」
太陽達を利用するようであまり乗り気がしなかったが、血が上った者は正論で返されるとイラッと来る物だと思い出し、納得することにした。
「……了解です。では、急ぎますね。騎士団の方々の援護をしなければ」
「重ね重ね申し訳ないけど、お願いするよ」
その思惑に乗ることを決め、応接室の窓から外へ飛び出し、【ワイヤー】に設定したベスネリアを片方だけ使い宙へ飛び上がる。それか、高度を確保するとすぐにしまい、火属性魔法【バーンブースター】を行使。
手のひらから放たれるジェット噴射のような炎で角度を調整しつつ、一際ザワザワとしている場所へと向かって行く。
そこはある意味当然と言うべきか、国民達が我先にと他を押し出して避難場所である闘技場へと向かうのが見えた。
その80メートル程後ろには、Bランクの魔物であるマッドグリズリーと、Aランクのデュラハンウォーリアがそれぞれ2体ずつおり、それらを騎士団一番隊隊長のルジート率いる騎士達が迎え撃っている。数が少ないのは、恐らく別の場所に散らばっているのだろう。
しかし30人程いる中、騎士達全員の鎧がマッドグリズリーの引っ掻き傷であったり、デュラハンウォーリアのメイスによる破損であったりと浅くない傷を負っている。また悪いことにじわじわと後ろへ押されているので、このままでは全滅するのは時間の問題である。
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魔物ライブラリ
・マッドグリズリー
3メートル程の赤い身体と、背中に入った1本の白い筋が特徴。生産性はなく、食料は魔物や人間の肉。オスは一時的に爪を肥大化させることが出来る。
・デュラハンウォーリア
志し半ばで力尽きた兵士の鎧に魂が宿ったとされる、傷だらけで黒ずんだ鎧が特徴の高位アンデッド。
敵と見なした者には息絶えるまで攻撃を止めない。本体に実体は存在しておらず、物理攻撃では本体に何ら影響はない。通用するのは魔法のみ。
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「ッ、ハァ!!」
物理攻撃が通用するマッドグリズリーの1体を第1ターゲットに定めると、即座に両手にベスネリアを構える。
銃口から発射されるワイヤーをマッドグリズリーの前後の床へくっ付けると、落下速度とワイヤーを巻き取る勢いを利用し、側頭部にドロップキック染みた踏みつけをお見舞いした。
「グルゥッ!?」
予想だにしない衝撃を受けたことで、驚愕の呻き声を上げながら床にめり込む。かなり深くめり込んでしまったようで、抜け出すことが出来ないようだ。
それを一瞥もせずにブレーキを掛けて着地し、ベスネリアを手放すと呆けて動かないもう1体の顎に風魔法【エアアッパー】を食らわせる。それから流れるように、のけ反ってがら空きになった腹部へと限界までひねりを加えた左フックを放った。
その一撃は周囲の人々の腹に響く鈍い音を鳴らし、被害者は腹を押さえて蹲り、路地に血と吐瀉物が混じった物を大量に吐き出す。
「皆さんご無事ですか!」
デュラハンウォーリア2体を回収したベスネリアの銃弾で牽制しながら、怪我を負った騎士達の下へ駆け寄る。
「リュウセイ殿、ご助力感謝します! 第1隊、マッドグリズリーは一旦後回しだ! 今は全力でデュラハンウォーリア2体を食い止めろ! 第2隊は住民の護衛へ回れ!!」
「「「了解!!」」」
ルジートは感謝しつつも、騎士団達に新たな行動方針の指示をする。心強い味方が来てくれたからと言って油断しないのは、まさに団長である。
「状況はどんな感じですか?」
「まず騎士3人が重傷、79人が軽傷です。国民も数人が怪我を……」
顔を歪め、歯噛みするルジート。国民に怪我をさせてしまったのもそうだが、部下に後遺症が残るであろう重傷を負わせる片棒を担いだのが、彼には悔しくて悔しくて仕方がなかったのだ。
「……とりあえず、治療をしましょう。魔法を使いますので、怪我人を1ヶ所に集めて下さい」
牽制を続けながらそう言うと、さすがは鍛えられた騎士団と言うべき迅速な行動で、傷を負った騎士と民が1ヶ所に集められた。
「……メルフィード様様です。役に立つと思って回復魔法の練習に付き合ってもらっていたので。それに、欠損してしまった人の部位が残っているのは不幸中の幸いですね」
「いつもは何かにやむを得ず悪用されないかハラハラ物ですが、今となってはありがたい。お願いします」
ルジートはそう言い残し、龍聖と立ち位置と仕事を入れ換えて敵陣へ突っ込んで行った。その一方で龍聖は目を閉じて精神を集中し、無言で魔法を構築し、風魔法【命の大風】を発動させる。
周囲にはどこからともなく強く、だが不思議と息が止まらない風が吹き、虫の息であった騎士すらも瞬時に癒し意識を回復させた。
「こんなところだろう。それじゃ、俺もこの防衛戦に参戦させてもらうとしよう」
「……待って、くれ」
戦場へ身を投じようとした時、背後からか細い男の声が耳に入る。振り返ると、1人の騎士が血にまみれた籠手に包まれた手を、1本だけ垂らされた蜘蛛の糸を掴もうとするようにこちらへと伸ばしていた。
「どうしました? 今は安静にしていただけると、こちらは助かるのですが」
「俺も、戦う……」
戦意を見せていたのは、命に関わる重傷を負っていた騎士の1人だった。だが立ち上がろうとはせず、ひたすら腹這いで進んでいる。
いや、立ち上がろうとしないのではなく、出来ないのだ。今、彼は重度の貧血に悩まされ、意識が朦朧としているはずだからだ。
「傷は治っても、血は戻りません。次傷を負えば、貴方は終わりですよ?」
「俺は、アイツらと戦わなければ……」
忠告するも会話になっておらず、騎士は無謀にも戦いを挑むつもりなのは嘘でも誇張でもないようだった。
しかしヨロヨロと立ち上がるが、再びドサッと糸が切れたように膝立ちになる。この状態では何も出来ず、すぐにやられてしまうだろう。
「すみません、先に謝っておきますね」
「俺は……ガッ」
グリップで騎士の眉間を最小限の力で叩いて意識を手放させ、避難を援護している別の騎士に身柄を預けた。
彼の手で気絶した騎士は、一度に多く人を移動するために用意された台車に乗せられ、あっと言う間に遠くなって行く。
「同僚を守ってくれて感謝します。このままだとアイツは犬死にしそうでしたので」
「他にも似たような方がいるかもしれません。警戒はしておいて下さい」
立場が近いであろう騎士にそう言いながら、未だ劣勢の戦線に急いで向かい、騎士の合間を的確に縫って【スナイプ】の銃弾を発射する。
銃口から放たれた先の尖った歪な魔力球は、螺旋を描きながら吸い込まれるようにデュラハンウォーリア達の肘と膝を破壊し、それらを魔力が宿るだけのがらくたに変えてしまう。
「マッドグリズリー1体は僕が引き受けるので、皆さんは残りの1体とデュラハンウォーリア2体の対処をお願いします!」
「すごい……これが、神緑か……」
騎士の誰かがそう呟くが、その言葉はこの場にいる全員の心情を表していた。
だが件の彼は手を休めず、全身のバネを使って高く跳び、重力に従い落下する身体の勢いを利用して2対の刃を縦に振り下ろす。
するとマッドグリズリー1体の両腕は一寸遅れて下にずれ、ドチャッと生々しい音を立てて落ちた。
「しっ!」
痛みで絶叫する暇さえ与えず、手がぶれたようにしか見えない早業で、両脚も一瞬で細切れにしてから飛び退く。ここでようやく断面から血が吹き出し、急速に命の炎を小さくさせて行った。
両手両脚をなくし、不恰好な達磨になったマッドグリズリーは前のめりに倒れ、うめき声すら出せず、小刻みにピクッピクッと痙攣した後に動かなくなった。
その理由を表すように、体表と同じ色をした鉄錆の臭いを放つ水溜まりが、辺り一面に広がった。
「一丁上がり。太陽達は大丈夫だろうか……」
ベスネリアをガンモードに戻し、まだ住民がいる場所からは遠い魔物の気配へと向かう。
背後では騎士達が激闘の末、地面にめり込みつつも肥大化させた爪を振り回し、激しく抵抗していたマッドグリズリーを何とか討伐し終え、デュラハンウォーリア達も動けない以上、討伐は時間の問題だった。
◇
――その頃、アスラトニアの城門前では。
「セイハァッ!」
太陽がその豪腕で、刀身を燃え盛らせているバルジュラを使い、なだれ込む魔物の大群をたった1人で一網打尽にしていた。
魔物達は刀身に触れると身体をズタズタに切り裂かれるか、全身を業火で焼かれるかの二択であり、数で押すとしても太陽に近付かなければどうにもならないが、刀身を包む炎のせいで迂闊に近付けない。
「龍聖はあれか? 未来予知でも出来るのか?」
「悪い予感ばかりが当たるのは勘弁して欲しいですけどね!」
一方で朱音も負けてはおらず、ついに習得した龍聖直伝の無詠唱を使い、自分で編み出した火と土の混合魔法【ヒートスティング】で赤熱した岩の棘を、敵陣のど真ん中へ飛ばしている。
「太陽くん! 離れて!」
「了解!」
太陽が飛び退くと同時。クラウチングスタートのような姿勢をとった美姫が直進して行き、縦横無尽に駆け回る。
だがただ走るだけではなく、風魔法【フリーエア】で空気の抵抗をなくしてタイムロスを減らしつつ、モンスターとモンスターの間をすり抜ける際に、数を揃えれば容易に命を奪える深さの傷を無数に与えて行く。
しかし今回は討伐することではなく、動きを止めるのが目的なので、膝や手首など移動や攻撃に必要な部分だけを狙っている。
「朱音ちゃん!」
「了解です!」
美姫の声を合図に、手甲状態のタウラスを構えた朱音が上空へ飛び上がり、力を溜めた両腕を振り下ろすとすぐに離脱する。
地鳴りがする程の力で叩かれた固い地面は易々と砕け、後に朱音の魔力によって塵となり、モンスターの辺りに漂い始める。
「お2人共、今です!」
「咲野くん、調整完了だよ! LA~♪」
「おっしゃあ! 【スカーレット……スマッシュ】!!」
短いやり取りを終えると、美姫の風魔法で調整された砂嵐が吹き荒れる中に、【オフェンスソング】が上乗せされた一撃を放った。もう一度言おう、辺りに砂塵が舞う中にである。
粉塵は瞬時に1つ、また1つと赤熱して行き、極めて大規模な音と破壊作用を引き起こす。
そう、彼らが起こしたのは粉塵爆発と言う現象であった。ちなみに太陽はちゃっかり脱出済み。
もちろん、逃げ遅れた大群は無事では済まない。ほとんどが全身に重度の火傷を負って息絶えており、かろうじて生きている個体はいたが、もはや立ち上がることは叶わないだろう。
こうなってしまえば後は完全試合である。これらの経緯を以て無傷で勝利した太陽達勇者は、自分達の力を大いに知らしめた。
――しかし、勝鬨を挙げる冒険者達に、暗雲が差し掛けられた。
――フフハハハハハハハハハ!!!
「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」
どこからともなく高笑いが響き、冒険者達は一斉にパニックになりながら慌ただしく辺りを見 回す。
それは国内にも届いており、騎士達も厳戒体勢を取り、いつでも対応出来るように周囲に気を配っている。
だがその一方でただ1人だけ、魔物の屍が転がる中、表情を険しくするだけで見回さない者がいた。龍聖だ。
「アロイス……!」
血を吐き出すように、苦々しい顔でそうこぼした。
――面白い、実に面白いぞリュウセイよ! 勇者3人も面白いが、貴様はずば抜けて面白い! あれらも一瞬で掃討するとは、やはり神緑の名は伊達ではなかったか!
歯を食い縛りながら確信する。アロイスは書物通り、相当に狡猾であると。チサキを操ったことと言い、Bランクの魔物を使役することと言い、傍観に徹しながらこちらへ着実に侵攻している。
いや、大笑いしていることから今回は戯れだったのだろう。つまりアロイスにとって、この事態も余裕の範疇だったことになる。
――ますます気に入ったぞ、貴様は必ずこちら側に着かせてやる。覚悟しておけよ? ハーッハハハハッ!
再び一方的に言い終えて、最後に残ったのは微かに木霊する含み笑いだけだった。
危機は去った。しかし、誰1人として、歓喜の声を上げることが出来なかった。




