第2話 旅立ちの前準備
「ふぃー、終わったー」
『随分規格外だな、貴様……』
龍聖は力を抜き、ストレッチを始める。その姿には全く疲れの色が見えない。
ゴブリンたちは、自分たちのボスがやられたと分かると一目散に逃げだした。どうやら尻尾を巻いて逃げる方だったようだ。
『………………』
「ん? どうした?」
『……ものすごく今更なことだが、言って構わないか?』
腕輪は恐る恐る訊いて来る。これを聞いたら死ぬ、とでも言わんばかりに戦々恐々とした口調で。
「? 良いけど?」
『それでは……貴様、名前も名乗っていない私を、何故信用した?』
腕輪は深刻そうな声色の問い。半端な答えは許さないと、その声色は少し音程が下がる。それに龍聖は、
「勘」
たった一言で切り捨てた。半端を通り越して、いっそ清々しいレベルである。
『勘、じゃなああああぁぁぁいッ!!!』
周りは静かでもお構いなしと言わんばかりに、腕輪は思い切り叫ぶ。あまりにふざけていた答えだったのだ。叫ばずにはいられなかったのだろう。
『何なんだお前は! 人が勇気を出した質問をたった一言で終わらせるなァッ!!』
「ははは、嘘嘘、ちゃんと理由はあるから」
『ぜぇぜぇぜぇ……何?』
腕輪の声にも全く怯まず、龍聖は笑いながら流す。腕輪の中の声が落ち着くと龍聖は説明を始める。
「だってあんた、ゴブリンキングが出てきた時、逃げろ、とか俺を気遣ってたし、何よりここが危険だって教えてくれたじゃないか。俺を殺すつもりなら、ここが危険だって出るように促す必要もないだろ? あっちが出口だとか嘘言って魔物の巣窟の場所を教えて、勝手に死ぬのを待てば良いんだから」
『……ちゃんと考えてはいたのか』
腕輪は思いの外しっかりした理論に感嘆する。
「そして決め手は、何故自分を信用したかを恐る恐る訊いてきたことだ」
『……続けろ』
「敵なら『何故信用出来たのだ? ハァーハッハッハ!!』とか言いそうだし」
決め手の方は少し……いや、かなりふざけていた。だが納得も出来るのが余計に腹立たしい。
『……貴様が思っている私の人物像については、一度じっくり話をするとしてだ。貴様は私を信用する、と言うことで良いんだな?』
「さっきも言ったけど、チャンスがあっただろ。何回も」
龍聖はとうの昔に、信じる決断をしていたようだ。その姿に腕輪は、完敗だと含み笑いをする。
『フッ、そうか。……では私も名乗らなくてはな。私の名は、リーフ。リーフ=ラルドニアだ』
腕輪は龍聖に、自身の名前を告げた。名字まであるとは、前の持ち主は随分とこの腕輪、リーフに愛着を持っていたらしい。
「男にも女にもありそうな名前だな」
『茶化すな、私は男だ』
「文字だけだと読者に分からないからさ」
『色々と危ないからやめろ!』
世界観を壊しかねない発言はNGだ。ただし龍聖はその限りではない。
「まあそれはさておき」
『置くなッ!』
「何で…………
俺が名乗ったとき、名乗らなかったんだ?」
『……』
質問への返答はないが、龍聖は続ける。
「あんなふうに訊いて来るからには、人に名乗らせたらこっちも名乗る、と言う常識は知っているはずだ。なのに名乗らなかったのは、何か事情があるんだろ?」
『……………………』
リーフは答えない。いや、答えたくないと言った方が正しいだろう。その場を沈黙が支配し、重々しい空気を漂わせる。
「……まあ、無理には訊かないさ。今聞き出すのは無理だろうし」
そのまま数十秒過ぎた後、最終的に龍聖が折れた。こうなると意地でも話さないことを理解したからである。
話したくないことを話させるには、それ相応の情報がいる。龍聖はここに来て1日も経っていない。当然、情報など持ち合わせているはずもなかった。
『……すまない』
「良いって良いって。リーフが話したいと思ったときで構わないさ」
『ありが……いやちょっと待て』
リーフは謝罪を笑って受け流した龍聖に、お礼を言い掛けてそれを制する。
「何だ?」
『貴様、私を連れて行く前提で話をしていないか?』
「そうだけど?」
『即答だな……』
龍聖は悪びれもせずに言い切った。腕輪の意思に関係なく、龍聖はこの腕輪を連れて行くつもりであった。この世界の知識が欲しかったのもあるが、もう1つ理由がある。
「じゃあこのままここに放置されて、魔物にグシャッ! と踏み潰されでもするのか?」
そう、腕輪の状態ではまず自衛手段などは持ち合わせていないだろう。いつか魔物に気付かれぬうちに、無残に踏み潰されるのがオチである。
その光景を想像したのか、表情は分からないが嫌だと言う気持ちが伝わる。
『やめてくれ、生々しい……』
「はは、どうやら選択の余地はないみたいだな。ちょうどこの世界の知識が欲しいと思ってたんだ。よろしくな、リーフ」
『はぁ……わかった、宜しく頼むぞリュウセイ』
リーフの承諾の返答に龍聖は微笑みを浮かべる。すると腕輪の汚れは残らず消え去り、煤けた灰色だったカラーリングは高級感漂う翠色に変わる。そして先程まで手首でグラグラと揺れていたはずだったが、今はそう言った隙間もない。
「うん、さっきまで違和感があったけど、今は完璧にフィット。そして新品同様になった。魔法みたいだな」
『魔法だからな』
「あ、やっぱり魔法なのか?」
『驚かないのか?』
龍聖の反応は、魔法を知らない者の反応ではない。少なからず驚くものなのだが、リーフの疑問に龍聖は頷く。
「しゃべる腕輪がある時点でそんな気はしてたからな。着ける前に調べた時、腕輪に機械が組み込まれた形跡は見つからなかったし」
魔法に関しては今さらであった。種も仕掛けもなく、腕輪がしゃべっていたのだ。魔法が存在していると判断しても何ら不思議ではなかった。
『それもそうか。……あぁそうだ、私を腕につけられた貴様なら、この先にあるあれも使えるかもしれないな』
「他の人じゃリーフすら着けられないのか?」
『あぁ、触れもしない。今はまだ言えないが、条件がある』
龍聖以外には付けられないと言うことに興味を引かれるが、どうやらリーフにとって詮索はしてほしくない話題のようだ。
「そっか。じゃあ質問を変えよう。あれって何だ?」
『この先の遺跡にある台座に封印されている――
――名刀だ』
コメント、誤字脱字報告大歓迎です。私自身でも確認はしているのですが見逃すことも多々ありますので、お手間をお掛けしますがどうかよろしくお願いいたします。