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聖縁剣  作者: フジスケ
第2章 勇者召喚
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第17話 ガールパニック

 特異個体のポイズンフロッグを無事捕獲して依頼主である研究者に引き渡した夜。


 太陽、美姫、朱音の3人は何もしていないからと遠慮したのだが、龍聖は一向に気にせず彼主催の依頼達成の打ち上げを行ったあと、4人はそれぞれの寝床へと戻り、それぞれの時間を過ごした。


 これはその翌日に起こった、少々ハチャメチャな出来事である。



   ◇




~太陽side~


――7時 冒険者ギルド――




「くぅ~。今日も良い朝だぜぇ」

「……あ! 咲野くん、おはよう!」


 冒険者ギルドの入り口で、龍聖の幼馴染みであるオレ、咲野太陽が思い切り伸びをする。


 オレよりも数分程前に来て、テーブルの椅子に座っていた龍聖のクラスメイト、滝山美姫が朝の挨拶をして来る。


「おう、おはよう滝山。……中宮も」

「……おはようございます。SUNさん」

「おはよう、お前は朝っぱらからオレをヒートアップさせたいんだな、そうなんだな?」


 滝山と同じタイミングで冒険者ギルドにやって来て、椅子に座っていた後輩、中宮朱音はいつものように普通とは少し違う朝の挨拶をし、それにいつものようにオレがツッコむ。だがいつもと違って、どこかムスッとした表情をしている。理由はすぐに分かった。


「そう言やぁ、龍聖まだ来てねぇのか?」


 普通ならいるはずの龍聖の姿が今日は見えず、辺りを見回しながら2人に質問する。アイツにしては珍しい。


「うん、そうなんだ。龍聖くんなら普段はもう来てるのにね」

「やっと龍聖先輩が来たのかと思ったら、変人先輩だったって訳です」

「おぉそろそろいい加減にしねぇと、本気でお前に鼻フック食らわすぞコノヤロー」


 やけに今日はコイツの毒舌が光る。そしてオレの怒りゲージも徐々に上がって行く。マジでどうしてやろうか……。


「止めて下さい、変人体質が移ります」

「よぉし分かった、今から本気でお前をシメる!!」


 ついに怒りのメーターが爆発し、中宮に鼻フックを食らわせようと近付くが、滝山がオレの前に立ち塞がる。ぐぬぅ、小癪な。


「咲野くん落ち着いて! 龍聖くんに会えてなくて機嫌が悪いだけだから!」

「一昨日龍聖に落ち着けと言われても、聞かずにわんわん号泣してた奴のセリフじゃねぇんだが」

「そ、それはもう忘れてよっ!!」


 顔を赤くして言って来るが、この時忘れても、あそこにいた誰かが広めてるはずだから手遅れだろうと、あえて口にしなかったオレは誉められても良いと思う。


 とまぁ、こんな風にこれまたいつも通りのバカ騒ぎをおよそ10数分していると、冒険者ギルドの扉が勢いよく開かれた。

 そこには同い年くらいだろうか、見覚えがない女性が息を切らし、両手を膝について立っている。


 オレと同じくらいにかなり長身、顔は少し日焼けしていて、その上にはウェーブヘアになって背中まで伸びている茶髪。


 その中で何より目を引くのは膨らんだ胸元だ。おそらくスイカ程の大きさがある。しかも膝についている腕で、それが余計に強調されていた。


 そんな10人中10人が声を揃えるであろう美人が、驚くことにあの龍聖のジャケットを着て、普段から下げている、妙に威圧感を出す刀が右腰に携わっていたのだった。

 



   ◇




~3人称~




「……ん?」


 龍聖のジャケットと極彩丸を身に付けているのを不審に思う太陽。


 その一方で美姫と朱音の顔が、まるでビーカーからこぼれた過冷却水のように凍り付き始め、目を徐々に死なせて行く。


 当たり前である。見知らぬ女性が想い人の服と武器を身に付けてやってきたのだから。

 そして、龍聖と何か関係がある女性と考えると、思い付くのは1つだけ。














 



「「あなた、龍聖くん(先輩)の何なんですか?」」

「ヒッ!」


 恋人もしくはそれ以上の関係である。周囲に殺気を撒き散らしながら、質問と言う名の威圧をする。さすがは恋する乙女、容赦が欠片もない。


 その姿は昨日の龍聖が放った物を優に越えている。隣で太陽が怯えているがこの際無視だ。


「え、えっと……信じられないかもしれないけど……」


 女性は額に冷や汗を浮かべながら、前置きを述べる。

 相対する美姫と朱音の目からはハイライトが完全に消え失せており、えもいわれぬ威圧感が生まれている。まるで全てを吸い込むブラックホールのようだ。


「「……けど?」」













「――私は、三日月龍聖なんだ」

「「……は?」」


 女性はとんでもないことを口走った。2人は訳が分からないと首を傾げ、周りの冒険者達も同じ反応をしている。それはそうだろう。三日月龍聖は男だ。決してこんなグラマラスなボディをお持ちの女性ではない。


「そんな訳ないでしょう。龍聖先輩は男ですよ」


 朱音は冷えきった目で自分を龍聖だと名乗る女性を見る。

 龍聖と名乗る女性と美姫を除いた周りの人々は、朱音の周囲に燃え盛る炎を幻視する。


「……じゃ、じゃあ証拠をみせよう」


 女性は冷や汗の量を増やしながら、目の前にステータスを出現させる。表示されたステータスの名前の欄には、間違いなくリュウセイ ミカヅキと表示されており、彼女の身分を証明していた。


 ステータスの偽造はどうやっても不可能であるため、これは紛れもない証拠になる。


「……え? 本当にりゅ、龍聖くんなの?」

「う、うん……」

「「「「…………えええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!??」」」」


 戸惑いがちに肯定した龍聖の声を皮切りにギルドには大勢の大絶叫が響き渡り、しばらくの間木霊した。大人気ロックバンドのコンサートもかくやと言ったエコー具合である。


「ほ、本当に!? 本当に龍聖先輩なんですか!?」

「な、何で女の子になってるの!?」


 朱音と美姫は慌てふためきながら聞いてくる。それ程に今起きている状況が予想外だったのだ。


 彼女達の心情が分かりにくいならば、先日まで使っていたペンケースがすずり(墨入り)と筆になっている状況を想像してみてほしい。どう考えても超常現象だ。


「美姫の質問に関しては、こっちが聞きたいくらいなんだ……」


 そう龍聖(女性)は意気消沈しながら、ここに来るまでのことを話し始めた。




   ◇




~龍聖(女性)side~



 打ち上げの翌日。


『おい、おい! 起きろリュウセイ!!』

「んん……? 何だよリーフ……」


 身支度しようと起き上がってベッドから降りると、違和感がした。なんだか視線がいつもより少し低く感じる。いや、それ以前になんだか肩が重い。


 何事だろうかと【ストレージ】から手鏡を取り出し、自身の顔を見てみる。


 ――そこには美姫でもなく、朱音ちゃんでもない、見慣れない女性の顔が映っていた。


「……は? って、あれ?」


 おかしい、『私』は男だったはずだ。だが今の呆けた声と起きた時の声は、紛れもなく自分の口から出した声であり、目の前の女性も同じように呆けた顔をする。


 目線を下に下げる。足下が自身の胸から突き出た二つの半球状の物で、完全に遮られて全く見えない。


 試しに自身に付いているそれに手をゆっくりと近付ける。悪い夢なのかもしれないと言う淡い期待と共に。


「……感覚がある」


 だがその淡い期待は脆くも打ち砕かれ、胸に手が触れた瞬間、ムニュウッと柔らかい感触が手に伝わった。間違いない。三日月龍聖は――女性になってしまったのである。


「嘘だろ……」

『そう私も思いたいが……現実だ』


 部屋の中に、女になった『私』の呆然とした声が零れた。




   ◇




「……と、言う訳なんだ」


 テーブルの椅子に座った龍聖が、同じように座っている3人へリーフのことはぼかした説明を終えると、朱音は難しい顔をしながら考え込む。


「うーん、龍聖先輩でも原因が分からないんですね……」

「そうなんだよ……何でか1人称も気が付いたら『私』になっちゃってるし、ステータスも魔力関係以外は滅茶苦茶下がってる。極め付けにさっきからずっと胸が重いから、これ以上ない程肩が凝るんだ……」


 龍聖は朱音の言葉を肯定しながら、がっくりとテーブルに突っ伏す。すると豊満な胸がテーブルに強調するように乗せられるので、周りにいる男達を若干前屈みにさせる。


「いやでもすごいですよ龍聖先輩! プロポーションも、ばつ……ぐん……」


 朱音は励まそうとするが、テーブルに乗せられた龍聖のでかいおっ(蹴)……失礼、スイカ並みの物を見つめたあとに視線を自分のまない(殴蹴)……龍聖のそれとは比べ物にならない慎ましい胸元を見つめて無表情になる。


 そして間髪入れずに両手を使って、左隣に座っている龍聖の右胸を揉み始める。


「んぅっ……あ、あの……朱音ちゃん?  何で私の胸を揉むんだ?」

「……」


 龍聖は突如襲ってきた感覚に肩をビクンッと震わせて少し起き上がり、何も言わないまま胸を揉んでくる朱音の方を心配そうに見つめる。


「……だ……い」

「え?」


 小声過ぎて龍聖にはよく聞き取れなかった。だが、その疑問もすぐに彼方へと忘れ去られることになる。


「……この胸を私に下さぁぁああい!!!」


 朱音がいきなり龍聖の右胸を両手で鷲掴みにして立ち上がり、力一杯引っ張り出したのだ。龍聖は身体能力と共に反射神経も鈍っているため、反応が出来なかった。


「痛ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!??」


 あまりの激痛に龍聖は悲鳴を上げ、少しでも痛みを和らげるために朱音と同じように立ち上がる。だが胸は鷲掴みにされたままなので痛いのは大して変わらず、目尻に涙を浮かべてしまう。


「この膨らみが、この膨らみが欲しいんですぅぅぅううううう!!!」

「ひぎゃあああああああああ!!」


 朱音は自身のどこがとは言わないが、自身の体にコンプレックスを抱えていたのであった。ただし、本人がそう思っているだけで、決してない訳ではない。


 だが、そんなことは知る由もない朱音は、胸を掴んでいる手を止めない。それどころか引いてダメならば押してみよと言わんばかりに、今度は子供がオモチャを無理やり詰め込むように押し始めた。


 そしてしばらく押し込むと、再び全力全開で引っ張り出すの繰り返しである。対抗手段を現在持ち合わせていない龍聖は、乙女らしからぬ悲鳴を上げることしか出来ない。


「痛い痛い痛い痛い!! 朱音ちゃん、ギブギブ、参った! ちょ、ギブしてるよ!? 止めて!? もげちゃうもげちゃうっ……いや押すのもやめて潰れちゃうからっ……痛たたたたたた!!」

「く~~だ~~さ~~い~~!!!」


 龍聖の懇願する声は朱音の耳には届かず、朱音は再び龍聖の胸を押し込む。この後、我に返った美姫が朱音を羽交い締めにして止めるまで、龍聖は約3分間やりたい放題された。


 実は一番早く正気に戻ったのはリーフだったが、何も出来ず歯噛みすることしか出来なかったのだった。




   ◇




「はぁ……はぁ……」


 美姫が朱音を止めた後、龍聖は荒い息を吐きながら頬を上気させ、両手を床に付きながら、違和感のない女の子座りをしていた。言葉では言い表せない、ピンク色の物凄い色気が漂っている。天然たらし、ここに極まれりである。


「まぁ、その、なんだ……大丈夫か?」

「……逆に聞くが、私のこの状態を見て大丈夫だと思うか?」


 太陽は戸惑いながら恐る恐る尋ねるが、龍聖は恨みがましそうに太陽を見る。


 美姫が助け船を出すまで、彼(女)は少年のヒーローフィギュアのような扱いを受けたのだから、当たり前と言えば当たり前だ。


「……すまん、今のはオレが悪かったわ。えーと……朝起きたらそうなってたんだよな? 例えば、そうだな……オレ達が帰った後何か変な事をしたか?」


 記憶を思い起こさせるため、頭を掻きながら謝罪をしつつ、はぐらかすように昨日の彼女の行動について質問する。


「……ちょっと待ってくれ。変な物を飲んだかもしれない」


 どうやら龍聖には思い当たることがあるらしく、龍聖は座り込んだ状態のまま額に左手を当てている。


「多分その予想は正解なんだろうな。それは何だ?」

「研究者の人からもらったジュースだ」

「ん? あのジュースか?」


 そう、龍聖達はポイズンフロッグの捕獲を依頼した研究者から、


「偶然出来た物なんだけど、良かったら飲んでくれ。ビンは中身がなくなったら好きに使ってくれて構わないよ」


 とポイズンフロッグを渡した時に、何のジュースかは良く分からなかったが、薄い黄色のジュースが入ったビンを渡されたのである。


 研究者の顔には特に変なことを考えている様子はなく、ビンの中身も怪しい匂いはなかったため、試しに飲んでみたら案外美味しかった記憶が龍聖にはあった。


 ちなみに勇者3人は飲んでいない。自分達は何もしていないからと、龍聖は報酬の3分の1を渡そうとしたが断固として受け取らなかったのである。


 その報酬の中に件のビンも含まれていたのだが、これに関しては何が起こるか分からないので飲みたくなかったと言うのが本音である。何せ農家ではなく研究者が作ったジュースだ。せっかくの厚意に申し訳ないが、進んで飲もうとは思わないだろう。


「研究者さんから悪意は感じられなかったから、おそらく何か別のビンと間違えたのかも」

「随分傍迷惑だよな……」


 悪意に敏感な龍聖が言うのならば間違いはないのだろう。

 と、こんな感じでそんなことを話していると、冒険者ギルドの扉が再び勢いよく開かれた。


 そこには過呼吸気味で、件の男性研究者が汗だくで立っている。よっぽど急いだのか髪はボサボサで、眼鏡は少しズレていた。


「あの……はあ、はあ……リ、リ、リュウセイ君はどこに?」

「あ、あそこにいますよ。……大丈夫ですか?」


 美姫は汗だくの男性研究者を若干心配しながら座り込んでいる龍聖を手で示す。


「え、どこに……あ! 遅かったか!!」


 男性研究者は床に座り込んでいる女性が龍聖だと気付くと、すぐさま研究者は龍聖のところへ向かって膝を着き、手を合わせて必死に謝罪してくる。


「本っ当にごめんね!? 中身の色が似てたもんで、うっかり間違えて『性転換薬』が入ったビンを渡しちゃったんだ!!」


 研究者にはわざと違う物を渡した様子は龍聖と太陽には感じられなかった。この研究者は誠心誠意、龍聖に謝罪している。どうやら龍聖の予想通り、彼は本当に渡すビンを間違えてしまったようだ。


「えっと……どれくらいで私は元に戻るんですか?」

「の、飲んだのはいつ頃かな?」


 研究者は息を整えながら薬を飲んだ時間を聞いて来たので、昨夜の薬を飲んだ時間の記憶を呼び起こす。


「確か、昨日の22時頃です」

「それなら、明日目が覚める頃には戻ってると思うよ。この薬は効果が出るのが飲んでから2時間掛かって、効果が出てから24時間経過すれば元に戻るはずだから」

「あぁ、良かったぁ……」


 研究者の言葉に、龍聖は心底安心した顔で呟く。そこには男ならば惚れているだろう美しい笑顔があった。


「うっ……」

「うわぁ、すごい色っぽい雰囲気だ……」


 周りの冒険者達はもちろんだが、その色気をモロに当てられた太陽と研究者は、龍聖が元男だと分かっているにも関わらず頬を赤くしてしまう。それ程の色気であった。




   ◇




 それから数分後、龍聖達は城下町の中を歩いていた。現在貼り出されている冒険者ギルドの依頼の全てが、家の建設作業の人員などの龍聖が男の状態でないと、達成が難しい力仕事ばかりだったからだ。


 そして龍聖は誰かに任せっきりにするのを嫌う。そのため今日は潔く依頼を受けず、町の中を歩くことにしたのである。


「……まぁ、何はともあれ私は元に戻るらしい」

「うん、本当に良かったぁ。元に戻らないなんてことになったらボク、どうしようかと思ったよ……」

「そんなことになったら、ホントに笑い話にもなりませんよね……」


 2人は苦笑いしながら同時に安堵の息を吐く。龍聖に惚れている2人からすれば、彼がずっと彼女のままであるのは些か、いやかなり困ったことになるのは誰であろうと分かるだろう。


「……とりあえず、龍聖は元に戻るまで宿の部屋にでも待機しておいた方が良いだろうな」


 太陽は眉間にシワを寄せながら女性になった龍聖を見る。その顔は安心している3人に対してどこか深刻そうである。


「ん? どうしてなんだ?」

「お前な……いくらなんでも自分に興味が無さ過ぎだ。今のお前は大抵の人が、口を揃えて美女だって言われる姿になってるんだぞ。お前が何の対策もなしに外に出てみろ。元男だと知ってなきゃ、襲い掛かって来る奴が出るぞ。確実に」


 目をぱちくりとさせながら龍聖が尋ねると、太陽が呆れたように肩を落とす。美姫と朱音は太陽に賛同の意思を示しながら揃って首をうんうんと縦に振る。今の彼、もとい彼女はそれ程の美貌を持っているのである。それを本人は全く自覚していない。


「う~ん、私は他人から見たらそんな感じなのか…………ん?」


 龍聖は腕を組みながら思慮に耽っている最中、自分の臀部に何か違和感を覚えた。まるで何かに撫でられているような感触だが、太陽達3人ではなさそうだ。何事かと龍聖は後ろを向くと、


「……ふへへっ」


 そこには小太りの男性が気持ち悪く笑いながら、龍聖(女)のズボンに包まれた尻を両手で触っている光景があった。男性は誰もが嫌悪感を抱くであろう顔をしながら、龍聖に痴漢行為をしている。もちろん男性と龍聖には面識などない。


「………」


 予想だにしない光景に後ろに、振り向いたまま凍ったように固まってしまう。太陽達も状況を理解出来ずに固まる。


 男性は龍聖が抵抗したり叫ばないのを良いことに、彼女の尻を撫で回すスピードを上げる。


「…………っ」


 そのスピードに比例して、フリーズしていた脳内が何が起こっているのかを理解し始め、彼女の顔は次第に恐怖で青ざめて行く。


「う、うっ……うわぁぁぁぁぁあああああっ!?」

「ふひっ、逃がさないぞぉ」

「は、離せぇっ! 離してぇぇっ!!」


 やっと現状を理解し、思い切り恐怖に歪んだ顔で絶叫しながら逃げようとするが、男性は逃がすまいと右腕で龍聖の腰を掴む。


 龍聖は男性の手を振りほどこうと暴れるが、魔力と魔力耐久以外のステータスが男性時の状態に比べて約95%ダウンしているため、振りほどくことが出来ない。取り乱している状態なので、魔法を放つための魔力を集中させることも無理だ。


「悪いけど、静かにしててもらうよ……!」

「むぅ!? ふむぅぅぅぅ!?」

「うふふふふふ……!」


 遂には口を左手で塞がれてくぐもった声しか出せなくなってしまう。裾を出したシャツから、腰を掴んでいた右手が中に潜り込んで行く。


 言い様のない感覚が身体中を駆け巡り、徐々に意識が薄れ出す。


「むぐ……ぅう……」


 とうとう龍聖は自身を駆け巡る言い様のない感覚に耐えきれなくなり、脱力するとそのまま意識を手放してしまう。だが男性はお構い無しに、龍聖の身体をやりたい放題している。


「……はっ!? 龍聖!!」

「まずい、気絶してる!」

「龍聖先輩!!」


 3人は龍聖の今置かれている状態にようやく気付いて我を取り戻し、太陽は慌てて男性を引き剥がして取り押さえる。


「手を貸すぞ!!」

「あぁ分かってる!」


 近くにいた買い物客達もそれに協力してくれる。美姫と朱音は支えをなくし、その場に倒れ込んだ龍聖を介抱する。


「龍聖くん! 龍聖くん! しっかりして!!」

「目を開けて下さい! 龍聖先輩!!」

「……」


 大声で呼びかけるが、龍聖に意識が戻る気配はない。


「……おいオッサン。オレの知人に随分面白いことをしてくれやがったな?」

「何考えてるんだ……!」

「あの子気絶してるじゃないか!」


 太陽達は烈火の如く燃え上がる怒りを男性に向ける。


「ちょっと触っただけじゃないか……それで何で自分がこんな目に……!」


 取り押さえられた男性には悪びれた様子もなく、全く反省が見られない。龍聖を気絶させる程に触っていようと、()()()()と言っている辺り、その様子が顕著である。


「っ! この野郎!!」


 取り押さえている男の反応についカッとなった太陽は、思わず拳を振りかぶる。


「ひぃっ!!」

「よせ! 今ここでこの男を殴れば、君はコイツと同類になってしまうぞ!」

「…………ちっ!」


 悲鳴を上げる男性を殴り付けようとする太陽を、買い物客の1人が制する。龍聖に痴漢行為をした男と同類扱いはいくらなんでも嫌だったのか、悔しそうに舌打ちしながら握った拳の力を抜いた。


 その後龍聖は太陽によって彼が現在寝床にしている宿のベッドまで運ばれ、男はやってきた騎士達に連行された。良くて高額の罰金、悪くて牢獄行きになるそうだ。


 言い逃れしても証人はいくらでもいる。この男の運命は決まったも同然であった。




   ◇




~龍聖side~



 暗い海の中にいるような感覚から、少しずつ明るい色が見え始める。体に感覚が戻って行き、ゆっくりと私は目を開ける。


「……う、うぅ」

「あっ、目が覚めた!」

「先輩、大丈夫ですか?」


 私の視界には、美姫と朱音ちゃんがベッドの左隣で椅子に座りながら、心配そうな顔でこちらを見下ろしている光景が写っている。


 周りの景色から察するにここは宿で私に割り当てられた部屋のベッドの上だ。……はて、なんで私はベッドで寝ているのだろうか。


 私は起き上がり、備え付けの時計を見る。時間は12時27分を指している。


 ……妙だな。私はいつもと同じように6時に起きて、女になった自分のことを驚きつつ冒険者ギルドに向かったはずだ。なのに今は私の部屋だ。分からない、何故私はここにいるのだろう。それに太陽の姿も見当たらない。


「……あれ? 太陽はどこに?」

「今は騎士の人達に事情聴取を受けてます」

「事情聴取? なんでまた……うっ」


 言い終わる前に思い出してしまい、私は頭を左手で押さえる。私は男性に身体中をまさぐられ、気を失ってしまったのだ。その時のことを思い出して、身体が恐怖でガタガタと震え出す。


「あああぁぁぁ……っ!」

「龍聖くん(先輩)!?」


 2人は頭を左手で押さえたまま、顔を青くして震え出した私を見てより一層心配した顔をする。


 美姫は急いでサンダルを脱いで素足になるとベッドに登り、枕付近に膝を入れてそこに私の頭を乗せる。朱音ちゃんはベッドの反対側に移動し、私の額にその小さな手を当てて来る。


「龍聖くん、大丈夫。大丈夫だから」

「そうですよ龍聖先輩。私達が付いていますから」

「……ありがとう」


 2人は私をあやすかのように優しい声を掛けてくれる。

 我ながら情けないとは思うが、この時くらいはと、彼女達の言葉に甘えることにした。美姫の柔らかな太腿の感触と、朱音ちゃんの手のひらの暖かさが私に安心感を与えてくれる。


 私はそのままゆっくりと、今度は癒されるように目を閉じた。それでもしばらくは、外に出られそうになかった。














 その翌日、()は元の姿に戻りはしたが、女の俺自身が酷くトラウマになってしまったのは言うまでもない。


 宿の一室に閉じ籠っていた俺の様子を見に来てくれた研究者は、この話を聞いて二度とこの薬は作るまいと心に誓ったそうだ。

龍聖「なんか、最後が物凄いシリアスな空気に……」

リーフ「ボツになった案では、女になったお前は薬を作った研究者以外の薬学者から、どんな効果なのか調べるためにもみくちゃにされる予定だったらしいぞ?」

龍聖「やめてくれリーフ! 今は考えたくない! 考えたくないんだ!」

リーフ「ふん、女になったお前が身体中をまさぐられる程に綺麗で、飲んだ薬が良く出来た代物であったこと、これでもう分かったろう」

龍聖「分かった! 分かったからやめてくれ! トラウマなんだッ!」

リーフ「もしかしたら再登場なんて話も――」

龍聖「うわぁぁぁぁアアアアア!!」

太陽「何だこの地獄絵図……」

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