第14話 謎の仮面
お待たせしました。今作の1つ目のキーパーソン、登場です。
「っよし! グールジェネラル、討伐完了!」
「やりましたね、咲野変態!」
「おっと中宮お前随分さりげなく罵倒したなコラァァァ!!」
「す、すごいです……気付くなんて」
「あんなモン誰でも気付くわ毒舌後輩ィィィイイイ!!」
「あ、あはは……」
太陽達3人が異世界エネロに召喚されて2週間が経った頃。彼らは着実に拙さこそあれど何とか死線を何度か乗りきり、それぞれレベルを太陽が48、朱音は37、美姫は42に上げていた。
この世界流で言うならば中堅の下、もしくは初級の最上と言われるラインである。目覚ましい成長速度だ。
そして、現在それぞれがつけている装備は以下の通りだ。質は能力に合わせられているが、それを越える勢いで成長しているのだそう。
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太陽
武器
グレートソード
攻撃力+1350
防具
鉄の鎧
物理耐久+850
鉄の靴
物理耐久+460
敏捷-20
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朱音
武器
魔導師の杖
(先端に白い魔石が付いた1m半の杖)
攻撃力+140
魔力+1650
防具
魔法使いの服
(赤色のローブ)
物理耐久+320
魔力+890
皮の靴
物理耐久+110
敏捷+30
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美姫
武器
鋼鉄の双剣
攻撃力+950
防具
旅人の服
(レモン色の服と膝上までのズボン)
物理耐久+480
敏捷+570
俊足のサンダル
(白いフラットサンダル)
物理耐久+80
敏捷+900
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「そろそろダンジョンへ潜って見ましょうか。今の皆さんならば、良い線を行くと思いますよ」
彼らの訓練を担当する騎士団長、ルジートは彼らにそう告げた。彼は齢24にして、その座を勝ち取った猛者である。培われた観察眼は決して節穴ではない。
恐怖心はあったが、ここでやられていたら魔物になど勝てるはずがないと考え、全員その申し入れを受けることにした。
1時間程歩いて、アスラトニアの近くにあるダンジョン、「ハスケノの洞窟」へと一同はたどり着く。
「気をつけて下さいね。勝ち目が薄いと分かったらすぐに逃げて下さい。命と体が無事ならば何度でも挑戦出来ますから」
「はい!」
「分かりました!」
「了解です」
上から朱音、美姫、太陽の順番に返事をし、それぞれの武器を構える。そうして一同は岩肌の洞窟の中へと足を踏み入れた。
洞窟の中はところどころに、魔力を使って火を生み出す松明のマジックアイテムが設置されているので、薄暗くはあるが決して真っ暗ではない。
しかし隠れられるような場所も数多く存在するので、決して気は抜けない。階段も螺旋階段なので敵とばったり鉢合わせする可能性がある。油断は禁物だ。
――そのはずなのだが、彼らは全く魔物と遭遇せずに、全10階の洞窟の3階に降りて来ていた。
「……おかしいですね」
「おかしい、ですか?」
ルジートが顔をしかめて突如呟き、美姫がそれに反応して尋ねる。
「3階に来ると、一体くらいは魔物に遭遇する物なのですよ」
「………うーん、たまたまじゃないすかね?」
ルジートの経験談に、推測を話すのは太陽だ。原因が分からない以上、出来るのはこのような推測だけだ。
「そうかもしれませんね。ですが、気をつけて行きましょう」
そう切り上げ、4階の階段へ足を進めようとした矢先――強烈な威圧感が彼らを襲った。
「「「「!!」」」」
全員が咄嗟に身構えてしまう。あまりに強烈な威圧感にルジートと太陽は冷や汗を流し、美姫と朱音は少し震えてしまっている。
「この威圧……まさか4階にミノタウロスが来ているのか?」
ルジートは武器である長剣を4階の階段に向けながら1人ごちる。ミノタウロスは討伐ランクがBの魔物だ。一番戦闘慣れしているルジートでも、1人だけでは奮闘むなしく殺されてしまう強さである。
「……珍しいんですか?」
「えぇ、まずなかなか出現しません。さすがにミノタウロスは我々の手には負え……まずい、近付いてくる!!」
「「「ッ!!!!!」」」
撤退しようとしても既に手遅れだった。
「グオオオオオオォォァァァァアアアアアアア!!!!!」
咆哮を上げる牛頭の怪人が螺旋階段から姿を現し、1番非力そうな朱音に向け、棍棒を振り下ろそうと突進して来ていた。
◇
~美姫side~
「風よ飛び交え、【ウィンドナイフ】!」
「セイヤァッ!!」
それに素早く反応したボクが風の短刀を放つとミノタウロスの棍棒は少し右に逸れて、硬い地面に大きなヒビが入る。その隙に咲野くんが先陣を切って袈裟斬りを放つが、それは薄皮一枚を切り裂くだけに止まる。
ミノタウロスは狙いをボク達に変える。その目には小癪な手を使ったことへの怒りが含まれていた。
「ハアッ!」
ルジートさんがその背後を突いて、両手で構えた剣で放たれる心臓目掛けた刺突。が、こちらに至っては着ていた革鎧に阻まれ、剣が中程から折れてしまった。
邪魔に思ったのか、ミノタウロスはルジートさんに向けて棍棒を振り上げ、4階へ続く階段へと蹴り飛ばす。かろうじて受け流しはしたみたいだけど、しばらくはこの場へ戻って来られないだろう。
「ルジートさ――ガッ!?」
「咲野先輩!!」
咲野くんもそれが原因で注意が逸れ、その隙にミノタウロスのラリアットを食らい、形の悪いバック宙をさせられた。首元を覆うタイプの鎧であったのが幸いしたようで、気絶しているだけのようだ。
朱音ちゃんが出した声のおかげで逆に冷静になれた。落ち着いてこちらも背後を取り、双剣をその大きな背中に突き立てる――
「う、嘘……全く刺さらない」
――が、想定以上に皮膚が硬く切っ先すら通らなかった。煩わしく思ったのか、ミノタウロスはしかめっ面で振り向くと棍棒を持っていない左腕で裏拳を放ち、双剣を2本とも弾き飛ばしてしまう。
「! しまっ……ぐぅっ!」
毛むくじゃらな左手に作られた親指と人差し指の輪っかで、首を掴まれ持ち上げられる。
身体は徐々に宙に浮いていき、足は地面から遠く離れる。身体が天井近くまで上昇すると、ミノタウロスの手が首をギリギリと絞め始める。
く、苦しい……! 息が出来ない……っ!
「う……ぐぁ……っ……か……は……っ」
体内の酸素がどんどんなくなって行く苦しみの中、ミノタウロスの手を掴み、足をばたつかせて必死にもがく。
だけどその手はびくともしない。
(このままじゃ……このままじゃ……死んじゃう……!)
逃れられない死。それが刻一刻と足音を立てて近付いて来る。死に物狂いでの抵抗も空しく、解放されるまでには至らない。
「が……ひゅ……は、ぁ……っ」
苦し紛れに握り拳で腕を叩くが、まるで硬いゴムを叩いたような感触で、効果があるとは到底思えない。そもそも剣すら通らなかったのだから。
その醜態を嘲笑うかのように、獰猛な笑みを浮かべながら、ギリィッ! と更に力が強まる。
「うぁ、あ……っ」
もう口からは、か細い呻き声しか出なくなっていた。それに伴って全身の力も抜けて行く。
そして、とうとうミノタウロスの手を振りほどけずに1分が経過してしまった。意識を失うタイムリミットだ。
「う、うぅ……(い、息が……もう……ダメ……)」
「美姫先輩耐えて下さい! 必ず、私が……私がぁっ!!」
「間に合え……間に合ってくれっ!」
酸欠で目が霞み始めた。ミノタウロスの腕を掴み叩いていた手はダランと垂れ下がり、脚は勝手に膝を上げたかと思えば、すぐに脱力して動かすことも出来なくなってしまう。
その感覚が消える直前の蝋燭のようだ、と他人事みたいに思った。
朱音ちゃんと戻って来たルジートさんは死に者狂いで猛攻を仕掛けているみたいだけど、全て防がれるかそもそも通用していない。手詰まりだった。
(りゅうせ……いくん……ごめん……ね)
薄れ行く意識の中で最愛の人への謝罪を遺すと、ボクはその短い命を終える……
はずだった。
「!? グガァァァァァアアアア!!!」
意識が完全になくなる直前に、ミノタウロスの左腕が凄まじい速度と威力で放たれた刃物によって、肘から先を切断される。
それと同時に猛攻を仕掛けていた2人ではない何者かが飛び出し、切断されたミノタウロスの腕と共に落ちて行くボクを受け止め、首から腕を外してくれる。
髪と顔は黒いマントのフードと、不気味な薄ら笑いが描かれた白いフルマスクで隠されている。手元も黒い手袋で覆われているため、皮膚の色も分からず、男性か女性かすらも分からない。
「はぁ……っ……ゲホッ! ……ゲホッゲホッゲホッ!!」
空気が喉へ大量に入って来て激しく咳き込む。
朱音ちゃんはあんな高威力な遠距離攻撃は出来ない。もちろんボクも首を掴まれていたため無理だ。
この仮面の人物が、ミノタウロスの腕を切断したとしか考えられなかった。
◇
~3人称~
「……だ、誰ですか、あなた」
朱音が警戒しながら問い掛ける。杖を握っている両手には、緊張から汗が滲んでいる。
「……」
謎の人物は、まだ息は荒いがある程度は整った美姫をゆっくりと下ろすと、朱音の質問には答えずにミノタウロスへと対峙する。
「グルルルルァァァァァアアアア!!!」
ミノタウロスは自身の左腕を切断した存在に怒り狂い、咆哮を上げながら残った右手に持っている棍棒で、渾身の薙ぎ払いをお見舞いする。
「……」
――が、それはいとも簡単に右腕1本で受け止められてしまった。
「なっ!?」
「馬鹿なっ!?」
朱音とルジートは驚きの声を上げる。自分達でも武器で受け流すのがやっとの攻撃だったのだから。
「グルウウウゥ!?」
ミノタウロスも素手で防がれるとは思っていなかったのか、焦燥感が多分に含まれたでたらめな攻撃を何度も放つ。
だがそれも全て見切られており、全てを舞のように、時にはバック宙などのアクロバットも混ぜて優雅にかわされる。力関係は歴然だった。
しばらくすると攻撃をし過ぎて疲れたようで、素早く数歩下がる。
「……遅い」
が、それを越える速さでミノタウロスは肉薄され、手袋に覆われたストレートが放たれた。くぐもった声ではあったが、男性のようだ。
その手は茶色の毛に包まれバッキバキに割れた腹筋にめり込み、ついには腹部を貫通し、背中から血にまみれた拳が生える。ミノタウロスの背後には夥しい量の血液が飛び散り、周囲にむせ返るような鉄の匂いを充満させる。
白目を剥いてピクピクと痙攣し、口からは血の泡を吐いているミノタウロスの腹から、血塗れの右腕が勢い良く引き抜かれる。
「……全く話にならん」
そして体をしならせたかと思うと、時計回りで回転しながら跳び上がり、頭を狙った右の回し蹴りによって、ミノタウロスの首は体から分離した。
首がない状態では生きていられるはずもなく、その巨体をドズゥンッと仰向けに倒し、断面から血潮を吹き出して動かなくなった。
「……」
華麗に着地し、首から上が消えた遺体を興味がなくなったかのように一瞥すると、彼は倒れている太陽の横を通り過ぎ、ダンジョンの外へ向かおうとする。
「……待てよ」
その時、気が付いた太陽が倒れたまま引き留めた。太陽の声に謎の人物は何も言わなかったが、足は止まる。
「あんた……何者だ?」
恐らく全員が思っているだろう質問をする。その声色には若干の恐怖が含まれていた。ルジートは警戒し、朱音と美姫も感謝と恐怖が入り交じった複雑な目で謎の人物を見ている。
顔が分からないし、行動原理すらも分からない。そして何よりも、自分達では歯が立たなかったミノタウロスをあっさり素手で完封してしまったのだ。言葉や顔に恐怖が混じるのも無理はない。
「……」
その彼は振り向かず、無言で懐から白い石を自身の顔の横に出して魔力を流すと、目を開けていられなくなる強い光が石から放たれた。仮面をつけている謎の男性以外は目を閉じ、腕で顔を遮ってしまう。
その石は魔光石と言い、1回限りだが魔力を流すと、強い光を放つ性質を持っている石であった。
光が徐々に収まり、全員の視界が元に戻る頃には、そんな人物は最初から存在していなかったかのようにその姿を消し、役目を終えて土気色になった魔光石だけが残されていた。
読んでいただきありがとうございます。
突然ですがここでちょっと捕足を。太陽達は決して弱くはありません。これは言わば、ゲームで言うところの負け確定イベントです。
当然ながら彼らはここから更に強くなりますので、どうか今後の成長にご期待ください。