第12話 ただ一人の少女として
今回は2人目のヒロイン、滝山美姫のお話です。
一つだけ言っておきますと、今までよりもなっがいです。ご了承ください。
ボクこと美姫は生まれてからずっと、アイドルとして生きるのだと言われていた。小さい頃のボクは、そのことに疑問を抱かず、小さいなりに死に物狂いで努力した。
そのおかげで今では人気グループのリーダーになれたけど……いつも心のどこかで、普通の人として見てもらいたいと考えていた。
実の両親にすらアイドルとしてしか見てもらえなかった。アイドルは楽しかったけれど……やっぱりクラスメイトと同じように、一人の女性として見てもらいたかった。
そんな中、初めて一人の女性として見てくれたのは、現在の想い人である三日月龍聖くんだった。
そんな彼とボクが初めて会ったのは2年前。6月頃に久しぶりの休日を使い、一人で外出していた時のことだった――
「ふぅ……よし」
目立たないために黒い鍔付きのニット帽で、お母さんから受け継いだオレンジ色の髪を隠し、サングラスを掛けて周りと似たような服装で市街地に来ていた。
ウィッグも試してみたけど、頭からすぐにずり落ちるのでアウト。髪を染めるのも、仕事が出来なくなってしまうので出来ない。
そのため帽子が取れるとバレてしまうが、これがボクにとっての最善策だった。
「……久しぶりに一人でお出かけだなぁ」
ボクは現在、休憩時間に読む本を探すため、市街地へやって来ていた。持っていた本を全て読み尽くしてしまったからだ。両親は今日はどちらも仕事で出払っていて、目立つことを防ぐために頼むことも出来なかった。
「えっと………書店の場所は……うわっ!?」
スマホのマップを見ながら書店へ向かっている最中、いきなり吹いて来た強風に驚きの声を上げてしまい、咄嗟に腕で顔を覆う。
しばらくして風が止み、腕をどかすと周りはボクを驚いた目で見ている人、こちらを指差してはしゃいでいる人、中にはスマホのカメラを向けて来る人もいる。明らかにボクがアイドルのミキであるとバレていた。
「えっ……何で……ちゃんとニット帽を……」
頭に手をやると同時に凍り付く。ないのだ、ニット帽の感触が。どうやら先程の風で飛ばされてしまったらしい。
「ミキちゃあああん! 結婚してくれぇぇ!!」
「一緒に写真撮ってぇぇぇ!!」
「握手して下さいぃぃぃいいい!!」
老若男女問わない沢山の人が叫び声と共に追いかけてくる。まるで百鬼夜行のようだ。
「う、うわぁぁぁあああ!!」
ボクは必死に逃げた。だって追いかけて来る人達の目がギラギラ光っていて物凄く怖かったから。
「だ、誰か……誰か助けてぇぇぇぇぇ!!」
誰でも良いから助けて欲しいと切に思いながら、無駄だと分かっていても必死に逃げた。
◇
~龍聖side~
俺は三日月龍聖、普通の高校1年生だ。
え? お前は普通じゃない? ははは、面白い冗談だな。普通上には上がいるだろ? 父さんが具体例だぞ? 何言ってるんだ。
……おっと話が逸れた。俺の日課は平日は竹刀の素振りや組み手のみなのだが、今日は休日なのでそれらを済ませた後に、青い上下のランニングウェアを着てジョギングもしていた。今回のコースは市街地を横切る道だ。
「うん、こういう晴れた日のジョギングは最高だな」
俺は一人ごちながら息を切らさないようにゆっくり時速40キロくらいで走っていると、俺と同い年くらいであろう女の子とすれ違う。
その子はオレンジ色のロングヘアーが乱れているのも構わず、随分慌てた様子で俺が走っている方向とは逆方向に走っていく。
「ん? どうしたんだろう………『あっちだ!! 絶対に逃がすな!!』な、何だぁあ!?」
目の前から凄まじい形相で走って来た老若男女に驚き、思わず俺もUターンして女の子が走っていった方向へ逃げる。どうやら女の子はこの人達から逃げていたらしい。
老若男女の集団を引き離し、必死に走っている女の子に追い付いて右隣を並走する。
「ちょっと君」
「わぁ!? な、何?」
女の子は追い付いた俺に驚いたようだ。変質者にでも見られたのだろうか、ちょっとショックだ。
「あの人達から逃げてるんだろ?」
「う、うん。ボクの追っ掛けさん達から」
焦りがちに答えてくれる。どうやら変質者とは思われていなかったようだ。良かった。
「あの人達から撒く手助けをしようか?」
「え……どうやって?」
「こうやってさ!」
「えっ、えっ? わあっ!?」
女の子の右腕を掴んで引き寄せておんぶし、人通りの少ない路地裏へ行く。ここならばあいつらもすぐには来ないだろう。
隣にある高層ビルの屋根に向かって跳躍し、一気に屋上まで向かう。顔を叩く風が気持ち良い。
「うわぁぁぁぁぁああああああ!!??」
俺の背中から叫び声が聞こえる。随分大袈裟だなぁ、これでもかなり抑えてるのに。
高層ビルの屋根の少し上に着いたところで上昇は終わり、今度は下降する。
「………きゅう」
狙いを正確にするための訓練としてビルの屋根の端っこに敢えて着地すると、背中に背負っている女の子が急に静かになった。
だが今はそんなことを気にしている場合ではなく、すぐに屋根の中央でうつ伏せになって身を隠す。下からは見失った、必ず見つけ出せと騒がしい声が聞こえる。
追っかけと言うよりは、警察と犯人のチェイスと言われる方がしっくり来た。
「……どうやら連中は俺達を見失ったみたいだ。このまましばらく身を………って気絶してる!?」
女の子は眠るように気絶してしまっていた。どうやら数10メートルを一気に上昇するのは、この子には刺激が強過ぎたみたいだ。
「……とりあえず下が静かになったら、俺の家に運んで寝かせてあげるか。この子の家の場所を聞いて置けば良かったなぁ。そうすればこの子に気を遣わせずに済んだのに……」
俺はこの子に更に迷惑を掛けてしまうことを悔いた。名前も知らない男の家なんて恐怖以外の何ものでもないだろう。
実際何人かの女子のクラスメイトが家に遊びに来た時は、全員1時間は顔が赤かった。男の家だから変な気を遣わせてしまったんだろう。
「はぁ、この子が目を覚ましたら謝らなきゃな……」
助けようとして気絶させてしまっては本末転倒だと、自分に呆れてため息を吐いたのだった。
◇
~美姫side~
「んん……」
ボクは微睡みから覚めて目をゆっくりと開ける。まず目に映ったのは知らない天井だった。どうやら布団で寝かされていたらしい。
「……って、ここどこ!?」
元々いたのは屋内ではなく市街地だったことを思い出し飛び起きるが、ここはどこなのかすぐに予想は付いた。
先程(一応)助けてくれた茶髪の男の子が、少し遠くにある勉強机の椅子に座ってノートに何かを凄いスピードで書いていることから察するに、ここは男の子の家なんだろう。そして静かな室内で叫べば、当然男の子も気付いてこちらを向く。
「おっ、気が付いたか」
「う、うん……さっきは助けてくれてありがとう」
お礼を言うと、彼は困ったように苦笑いしながら首を横に振る。
「助けたとは言えないよ。ごめんな、君を気絶させてしまった」
そう言って申し訳なさそうに、立ち上がって深々と頭を下げる。
「え、あの、でも……そうだ! あの人達に捕まったら、ボクはもっと酷いことになってたよ? だから頭を上げて?」
具体的には瞬く間に噂が広がり、外出どころではなくなっていただろう。そう考えれば助かったとお礼を言いたいくらいだった。
「……ありがとう。あぁそう言えば、まだ名乗ってなかったな。俺は龍聖。三日月龍聖だ」
「ボ、ボクは……滝山美姫だよ」
頭を上げながら、自己紹介をして来る。ボクは本名を名乗ることに、若干恐怖を覚えながら答える。広まったら物凄く面倒なことになるのは想像に難くないから。
「へぇ、良い名前じゃないか。それじゃあいきなりで悪いけど、質問があるんだ」
「? 何?」
「なんで滝山さんは、あんなに大勢の人達に追い掛けられてたんだ?」
「……え? ボクを知らないの? 結構テレビとかに出てるはずなんだけど」
普通の人が言えば自意識過剰が過ぎるセリフだけど、何度もあんな風に追いかけられた経験があることもあり、そう聞かずにはいられなかった。
「あぁ、タレントさんなのか。俺は見るテレビ番組のバリエーションが少なくてね、あまり世間について詳しくないんだ。ごめんな」
「あぁ、そうなんだ。それなら知らなくても不思議じゃないね。あの人達はボク達の熱狂的なファンの人達なんだよ」
「ボク"達"ってことは他にもいるのか?」
「うん、ボク達はアイドルグループなんだ」
「それは大変だな。追いかけられることは日常茶飯事なのか?」
「正体がバレるとね」
それからは三日月くんとの他愛ない話を楽しんだ。話すことが楽しいと思えたのはいつ振りだろうか。両親と話しても楽しいとは思えなかったのに。
しかも周りもアイドルとしてしか見てくれないので畏まってしまい、あまり上手く会話が繋がらないことが多かったので、メンバー以外とこんな風に、対等な関係のように世間話が出来なかった。
ボクはこの時この瞬間を、心の底から楽しいと思えた。
◇
大体40分位経った頃、彼は壁に掛けられている時計を見て何かに気付いたような顔をする。
「おっと、そろそろ時間だ」
「? 何かあるの?」
「この後すぐに父さんと鍛練でね、木刀でお互いを容赦なくしばきまくるんだ。心がスッキリするぞ?」
首を傾げるボクに龍聖くんが聞き捨てならないことをにこやかな笑顔で説明して来る。優しげな彼はいずこへ。
「…………え? 容赦なく……し、しばきまくる?」
その言葉に自分の耳を疑った。日常生活ではまず出て来ない発言だったからだ。
「君も参加するか?」
「い、いや……遠慮しておくよ……」
体育会系ではないので遠慮する。それ以前にビルを飛び越えるレベルの脚力を持っている人に木刀の試合を挑むなど、自殺行為も良い所だ。
「まぁそうだろうな。他の人はまずやらないだろうし、無理に参加せずとも大丈夫だよ」
三日月くんはその答えを予想していたのか笑って承諾する。ダメ元ではあったのだろう。
「じゃあ行って来るけど、疲れが取れたら呼んでくれ。帰り道に付き添うから」
「うん、ありがとう」
「どういたしまして。それじゃあまた後で」
ボクのお礼に微笑みながらそう言い残すと、彼は部屋を出て階段を降りて行った。
「……初めてだなぁ、あんな風に接してもらえたの」
彼の足音を聞きながら一人呟く。周りからすれば当然なのかもしれないけど、両親にもあんな接し方は物心が付いた時からしてもらえていなかったから、三日月くんみたいに接してもらえたことが嬉しかった。
それからしばらく経って、そろそろほとぼりも冷めているだろうと彼の同伴の下、家に帰ることにした。けれど――
(……ん? なんだろう……?)
帰り道を歩きながら彼と話していると、心臓が急にドキドキと鼓動を速め出す。
止めたくても止まらない。家に着いても止まってくれない。それから戸惑いつつ明日に備えて早めにベッドに入ったけど、中々胸の高鳴りが収まらず、しばらく寝付くことが出来なかった。
今思えばチョロ過ぎると言いたくなるけれど、何せ自分の感情だ。面と向かって否定など出来るはずもなかった。
◇
「うぅ、眠い……」
翌日、結局あまり眠れず、少し寝不足な状態で虔汕高校へ向かう。ボクはその高校の1年生なのだ。
偏差値は周りと比べて普通くらいだ。幼少期から勉強浸けなので授業は簡単だけど、名門校よりは肩身の狭い思いをしなくて済むのは気楽だ。主にハードルの問題で。高いと高いままを維持しなければならないから。
「ふあぁ……」
欠伸をしながら校門を通る。今日もいつものように、アイドルとして見られ続ける1日が始まる。
――おい、あれが本物のミキさんだぞ。
――本当だ、サインもらおうかな……。
――凄いよね、私達と同い年なのに……。
校舎に入ると周りの生徒達がボクを見ながらヒソヒソ話を始める。これもいつものことなのでもう慣れてしまった。だけど、今日はいつもとは違うことがあった。
「あっ、滝山さんおはよう!」
それは昨日会った男の子、三日月くんがボクと同じ学校の制服を着て校舎内にいたことだ。
「えっ……み、三日月くん!? どうしてここに!?」
「俺? ここの生徒だからだけど」
「そうなの!? し、知らなかった……」
本当に驚きだった。昨日助けてくれた人がボクと同じ学校だったなんて。
そんなやりとりをしていると、ボク達と同じ制服を着た赤みがかった髪の毛で、がっしりした体型の男子が人混みを突っ切ってズカズカとやって来る。その男子は三日月くんの右肩を掴んで引き寄せた後に険しい表情で詰問した。
「おい龍聖、お前今度は何やらかした。大物アイドルに名前知られるなんてまずないことだぞ」
「やらかすってひどいな太陽。俺は昨日滝山さんをファンから匿っただけだよ」
下の名前で呼んでいる辺り知り合いだろうか。三日月くんは左の耳たぶに手を添える。
「その今も治ってない癖、まだ何か隠してるな? 匿った後は?」
「気絶しちゃったから布団で寝かせた」
太陽と呼ばれた男子は、三日月くんの肩から手を離すと呆れたように右手を顔に当てる。
「一応聞くけど……お前アイドルを気絶させることって何した?」
「数10メートル跳び上がって、ビルの屋上に着地した」
その言葉を聞いて、あの時の恐怖を思い出してしまい、青ざめて身体が勝手に震えてくる。
――え? 数10メートル?
――いや、さすがにウソだろ……。
――ちょっと待て思い出せ、この前の体育。三日月は100メートルを3秒だった気が……しかもあれで加減してたらしいぞ……。
周りは三日月くんのことでザワザワし出す。どうやら昨日のようなことは今に始まったことではないらしい。
咲野くんは青ざめて震えているボクを見て俯きながらわなわな震えた後に、キッと三日月くんを睨んで息を大きく吸い込むと……
「……普通の高校生はなぁ、数10メートルも跳び上がることは出来ないんだよッ!!!」
大きな叫びに混じってツッコミを放った。そのツッコミはだよ、だよ、だよと周りに木霊する。
「えっ、マジかよ!?」
「マジだよ!? ミキさん青ざめて震えてるから本当にやったんだな!? 本当にやりやがったんだなお前はァ!! と言うかお前は常人の跳躍力はどれくらいだと思ってるんだ!?」
叫びに近い問いに三日月くんは少し考えると……
「え~と……10メートルくら――」
「70センチちょっとだッ!! そんなんじゃ超人だぞ!? 楽々ギネス認定だぞ!?」
「えっ! 何それ低すぎない!?」
「お前が高すぎるだけだよッ!!」
「他の人も俺と同じように抑えてるんじゃなかったのか! 知らなかった!」
「何大発見しちゃったみたいなリアクションしてんだよ!! それに今まで気づかなかったお前のバカさ加減の方が大発見だぞ!? 余裕でノーベル賞取れるぞ!?」
校門のど真ん中で男子2人による漫才が幕を開ける。周囲は大爆笑しているから止める人はいないだろう。
朝のSHRが始まる時間まではまだ余裕があるけど、この状況をスルーは出来る訳もなく。漫才を止めるために間に割り込んで引き離す。
「ちょっと2人共ストップ! 周りに凄く見られてるから!!」
周りには笑いながらスマホで動画を録っている人もいた。さりげなくボクも録られている。
「うわっ、マジだ……龍聖、続きは昼休みの屋上でだ」
咲野くんは周りの様子に気付き、続きは後でと三日月くんを睨みながら告げると、速歩きで校舎内へと向かっていく。
「別に俺は気にしないぞ? 悪いことしたのは間違いなく俺なんだから公開処刑してくれたって構わないのに」
「オレが気にするの!! 何でお前はここで潔さを出すの!?」
三日月くんは咲野くんの発言の意図が分からなかったらしく頓珍漢な発言をし、再び咲野くんのツッコミが響き渡った。
まぁ……ゴタゴタはあったけど、そんなこんなで何とかこの場は収まった。……朝から疲れた。
◇
それからは、先生の話を聞いていなくても答えが全部解ってしまい、当てられた場合は正解を答えるだけ、と言ういつも通りなつまらない授業がいくつか終わり、昼休みになった。
「ハァ……ハァ……」
何故か待ちきれなくなって、昼休みになると弾かれるように屋上へ続く階段を駆け上がっていた。息を切らしながらやっと屋上に着くと、屋上の扉を思い切りガチャンッと開ける。
「あ、滝山さん。こんにちは」
そこには屋上の床に胡座をかき、手作りだと分かるラップにくるまれたサンドイッチを膝に乗せている三日月くんがいた。サンドイッチには型崩れを防ぐために、ラップ越しにつまようじが刺してある。
「ハァ……ハァ……来てたんだ……」
「あぁ、一階から跳んで来たからな」
「……」
どこまでも文字通りぶっ飛んだセリフに何も言えなくなった。よく見ると彼は下靴を履いている。ここの校舎は4階建てで、ボク達1年のクラスは2階にある。彼からすれば2階から跳んで来た方が早いんだろう。
「気にしたら負けだぞミキさん……」
「うわぁっ!?」
警戒していなかった時に、すぐ後ろから彼の疲れ切った声が聞こえ、思わず飛び上がってしまう。
「よっ」
「ふごぉ!?」
「わっ!? え、ちょっと!?」
それと同時に顔の横を何かが掠める。それはラップは剥がされているけど、つまようじはそのままのサンドイッチだった。
彼はそれを口に突っ込まれ、そのまま仰け反って階段をゴロゴロと転がり落ちて行く。ボクは予想だにしない光景に再び驚いて、サンドイッチが飛んで来た方向を向く。
そこには三日月くんが左手を突き出していた。声から察するに彼がサンドイッチを投げたのは間違いない。ここにはボクと咲野くん以外は三日月くんしかいないし、何より剥がされたラップが三日月くんの膝の上にあるし。
「ごめん、驚かせた? 初対面の人を驚かすとか何やってるんだアイツは」
謝罪しながら三日月くんは顔をしかめる。階段を転げ落ちた彼を心配している様子は微塵も感じられない。
「ボ、ボクは大丈夫だけど……あの人は……」
「あいつか? 名前は咲野太陽。俺の幼馴染みだ」
「いやいや、名前よりも彼の容態は……」
ボクの心配する声とは裏腹に、三日月くんは少しも慌てる様子を見せない。
「心配はいらないよ。太陽は不死身だからあの程度じゃ傷一つ付かない」
「おいこらぁ! むぐむぐ、オレはお前みたいにモグモグ、人外じゃねぇぞ!」
「飲み込んでから喋れ」
「お前の手作りサンドイッチ美味いんだよ!!」
三日月くんの言う通り、咲野くんはケガ一つしていなかった。しかも時折サンドイッチを頬張っているあたり堪えている様子がない。
……どっちがボケだかツッコミだか分からなくなって来た。このままでは話が進まないので、現在サンドイッチを頬張っている咲野くんに話題を振る。
「えっと、咲野くんで良いかな?」
「ん? あぁ良いぞ、好きなように呼んでくれ」
「三日月くんって……いつもあんな感じなの?」
「……あぁ、あいつは学年上がる度にこうなるんだ。新しい学年には自分より優れた人なんていくらでもいるって思ってるんだよ。……この前の体力測定なんて握力計を壊したし、ソフトボールを2つ行方不明にしたんだぞ。あいつは間違いなく人外だ」
咲野くんは遠い目をしながら教えてくれる。良く分からないけど、凄いことになったと言うことは良く分かった。
「人をエイリアンみたいに言わないでくれるか?」
「だったら常人の握力答えてみろ」
「100キ――」
「不正解だ」
常軌を翻した答えに素っ気なく言い捨てると、サンドイッチのつまようじを抜いて三日月くんに向けてダーツのように投げ、サンドイッチの残りを口に放り込む。
三日月くんは学校のウォーターサーバーから汲んで来たであろう水が入った紙コップを傾けている中、飛んで来たつまようじを見もせずに空いている右手で摘まむようにキャッチ。なるほど、人外と呼ばれるのも分かる。
大抵の人は握手してとかツーショットしてとか結構言って来るけど、この2人はそう言うことに興味がないらしい。あまり気を張る必要がないのは助かる。
「滝山さんも食べる? 味は保証するぞ」
物思いに耽っていると、三日月くんが立ち上がってサンドイッチを差し出してくる。ラップの隙間から漂って来る匂いが食欲を刺激し、ボクのお腹からはクゥ……と音が鳴る。
そう言えば今日は朝から何も食べてなかったし、お弁当も忘れてしまってたんだっけ……。
「ん? 何か音がどこからか……」
「うぅ……」
三日月くんは辺りをキョロキョロし始めるのに対し、ボクの顔はどんどん熱くなる。は、恥ずかしい……音を聞かれちゃった……。
「まぁ良いか。とりあえずどうぞ」
今は目の前にいるボクの方が先だと思ったのか、再び差し出されるサンドイッチ。美味しそうな匂いに耐えきれずついつい受け取ってしまう。
耳が丁寧に取られた食パンには、スクランブルエッグ、ハム、レタスがふんだんに挟んである。
「はむっ……」
試しに一口食べてみる。
「……!!」
口の中に広がる素晴らしい味についつい顔が綻んでしまう。
スクランブルエッグの中にはチーズが入っていて、さりげなく塗られている辛子バターもハムの旨味を引き立てている。 レタスも作られてから時間が経っているとは思えない程にシャキシャキしていて、お店に出せるくらいに美味しい。
「どう? 口には合った?」
「うん、とても美味しいよ!」
「そっか。それは何よりだよ」
三日月くんの質問に、ボクはサンドイッチを飲み込むと素直な感想を述べ、彼は安心したように微笑む。
「――っ!!」
まただ。その微笑みを見た瞬間、胸の奥がドクンッと鳴り響いた気がした。鼓動が速まり、更に顔が自分でもどんどん熱くなっているのが分かる。熱い……全く止まらない……!
「……おいおい、大物アイドルまで落とせんのかお前」
「ん? 何の話だ?」
「はぁ……この朴念仁が」
咲野くんはボクの様子に気付き、呆れた視線を三日月くんに向ける。視線を向けられた本人は、咲野くんの言葉の意味が分からなかったみたいだけど、ボクには分かってしまった。
ボク、滝山美姫は――
――三日月龍聖くんに、恋をしているんだって。
「み、三日月くん!!」
「ん? 何だ滝山さん?」
三日月くんに詰め寄って声を掛けるけど、緊張を抑え切れずに声が裏返ってしまう。彼はそんなボクの様子に全く気付かずこちらに振り向いて来る。
「ボ、ボクのことを……下の名前で呼んでくれないかな? 出来ればさんもなしで。ボクも君を下の名前で呼ぶから……ダメ?」
人によっては回りくどいのかもしれないけど、これが今のボクにある精一杯の勇気だった。
「いや? 別に構わないぞ。美姫、これで良いか?」
「っ!?」
三日月くん……いや、龍聖くんの名前呼びで、頭からボフッと音が鳴る。
「み、美姫?」
「ダ、ダイジョウブだよ。り、龍聖くん……」
龍聖くんの鈍感にボクのメンタル、前途は多難だけど、ボクは………
――絶対にこの初恋を成就させてみせる!!
書いていて長さに反してきっかけが些細過ぎる、とも思ったのですが、ここから回想を何回か挟んで行くつもりなので、次からは複雑にして行けると思います。どうか温かい目で読んでいただけると幸いです。