第10話 儀式
第2章、始まります。
時は龍聖がサニエ村に滞在していた頃に遡る。
この世界、エネロは今窮地に晒されていた。
世界を脅かす魔物達。そしてそれらを時に統率し、こちらもまた世界に反旗を掲げ、魔神を崇拝する魔神軍が、冒険者達だけでは手に負えない力を付け始めたのだ。そして、その力を付け始めた魔物の対策についての対話が人間国・アスラトニアで行われていた。
「王よ! 今こそ勇者を召喚すべきです!そうしなければ、この国に残された運命は滅亡だけです!」
小太り気味の男、ラディーノ・ノムケイスは王に詰め寄り気味にそう告げる。それに対して、40代くらいの痩せぎすな現人間国王、メルト・アスラトニアは渋りながら返答する。
「む……しかしだな、この世界のために何も知らない少年少女を連れてきても、はいそうですか、わかりましたとはならないだろう」
その言葉にラディーノは顔を真っ赤にしながら反論する。
「何を呑気なことを! こちらは世界の存亡の危機なのです! そんなことを言っている場合ではありません! これだけの大事となると対応出来るのは勇者だけ! 貴方がやらないなら私が彼らを脅してでもやらせます!」
「なっ! 待てっ! 貴様、気は確かか!?」
ラディーノの発言は下手をすれば国際問題になりかねないものだった。アスラトニアでは、王になる資格はその身体に宿す魔力が群を抜いて多いことと、それに伴う学力が高いことだ。
勇者召喚とは、別世界の人間を時空を歪めて無理矢理連れて来る物であり、時空を歪めるには莫大な魔力が必要になる。
魔力とは一種の生命線だ。それが尽きればこの世界の生物は瞬く間にその命を落とす。
勇者はこの国では3人存在するとされている。3人の別世界の人間を召喚するのに必要な魔力は、王と大臣を除いてしまうと、城にいる全員が命を落としてやっと何とか召喚出来る、と言った代物だったのである。
但し、王をその中に入れると全員が数日体調不良になるくらいに被害を軽減出来るのだ。
「えぇ、この国の滅亡を善しとする貴方よりは遥かにましです!」
ラディーノは本気だった。勇者を召喚するためならば、自分と王を除いた城にいる人間達を皆殺しにするつもりだ。綺麗事を言ってはいるが、彼の本来の目的は【世界を救うため】と言う口実で自分が死から逃れるためである。
「くっ……分かった、やろう」
(すまない、少年達)
メルトは苦渋の判断を下し、顔も知らない者達に謝りながら、席を立つ。その言葉を聞くとラディーノは嫌らしい笑みを浮かべ、
「じゃあ、行きましょうか」
と言い、自身も席を立った。
第2章 勇者召喚
◇
メルトが儀式に使用する魔法陣が置いてある広場に着くと、既に家臣達は準備を済ませていた。
「それでは、これより勇者召喚の儀式を行う」
彼は威厳ある王の顔でそう家臣達に告げると、魔法陣に魔力を流し始める。家臣達も同じように魔力を流し出す。しばらくすると、自分の体から魔力が急激に魔法陣に吸い取られていく。
「ぐぅぅぅううう……」
メルトは思わず苦悶の声を出す。顔は苦痛で歪み、額には玉のような汗が浮かび出す。
周りを見ると家臣達も同じように顔を苦渋に歪めている。光輝く召喚陣の上で魔力を流している者達は、魔力が規定値に達したことで魔力の吸い取りがなくなると、一斉に膝を折るか倒れこんでしまう。
光がより一層強くなり、しばらく経つと、3人の少年少女が呆然としながら座りこんでいた。
◇
龍聖が異世界へ召喚された頃、地球では小学校からの付き合いの咲野太陽と後輩の中宮朱音、そして彼のクラスメイトである滝山美姫が、普段から待ち合わせの場所に使っている人通りのない空き地で、彼を待っていた。
「……遅いですね、龍聖先輩」
不安そうな顔で朱音は呟く。外見はスレンダーだが、どこかマスコット染みた庇護欲を掻き立てられる。服装も彼に似て、少し着崩しているところが背伸びしているようで可愛らしさを醸し出す。
気持ちなしか、龍聖に憧れて染めた茶髪のボブカットの上にあるアホ毛が、少しへにゃっとしている。
「そうだね……龍聖くんはボク達を待たせるくらいなら、『すぐに追い付くから先に行っててくれ』って電話くらいしてくるのに」
同じく、心配した顔で腰辺りまでのオレンジベージュをツインテールにした少女、美姫が続く。
こちらは細いところは細く、出るところは出ており、手足もすらりと長い所謂モデル体型だ。しっかり1番上までボタンを留められたブレザーで押さえられていても、その魅力が隠しきれていない。
「珍しいよな。あいつが寝坊なんて……ふあぁ」
そして赤みがかったスパイキーヘアを掻きながら、ある程度がっしりした体型の太陽は、2人に向けてあくびをしながら言う。彼に関してはブレザーを腰に巻いており、ファッションへの無頓着さが窺える。
「何で咲野くんは龍聖くんが寝坊したって決め付けるのさ……」
美姫は呆れながら太陽を見る。肩を落としたのか鞄が少しずり落ち、さりげなく位置を直す。
「つーかお前こそ、ここにいて大丈夫なのかよ? お前今超売れてるアイドルだろうが。成績に響くぞ」
「大きなお世話!」
両手を振り上げ、大声でおせっかいに反論する。彼の言う通り、何を隠そう美姫は老若男女問わず、絶大な人気を誇っているアイドルグループ「pure」のリーダーなのである。
そんな有名人が何故ここにいるのかと言うと……
「あぁそうだよな。愛しの龍聖くんを待ってるんだもんな」
「ふわっ!? そ、そんなことはないよっ!?」
太陽のニヤニヤ顔の口から言葉が出た瞬間、美姫は顔を真っ赤にしながら慌てて否定しようとする。まあ、御察しの通りである。彼女が太陽を名字で呼び、龍聖を下の名前で呼ぶのはそのためだ。
「……むぅ」
「あぁ、お前もそうだっけ? 中宮」
「っ……」
その光景を見て、朱音は面白くなさそうな顔をしたのを太陽に指摘され、頬を赤く染める。まあ、御察(以下略)。とにかくそんな訳で、2人は龍聖にベタ惚れなのだ。
「龍聖先輩は咲野先輩みたいに、変態ではありません!」
「おいこら、何でオレは変態扱いされなきゃなんねぇの?」
「えっ! 違うんですか!?」
「違ぇよ!? 何それ初耳、みたく言うんじゃねぇよ!!」
「私、ずっと咲野先輩は変態だと思ってました!」
「お~し、分かった。変態じゃないことを証明してやる! こっちに来い! チョップしてやるから!」
「やめて下さい! 変態!!」
「変態じゃねぇっつってんだろうが!」
2人は静かな空き地でコントを始める。
「……それにしても遅いね龍聖くん」
「スルー!? ……っておいちょっと何してるんだ中宮!? 滝山! こいつを止めろ! 遂に制服のボタン外し始めたぞ!?」
学校のブレザーを脱ぎ捨て、シャツのボタンを外そうとする朱音の手を慌てて止める太陽。
「これで先輩を変態だって証明しま~~す!!」
「やーめーろー!!!」
抵抗する朱音の手を、力を強くして止め続ける。などと下らないことをやっていると、足元に複雑な見覚えのない模様が現れる。
「え?」
「あれ?」
「んあ?」
呆けた声を出す三人の足元に現れた模様が、明滅を始める。その光は三人の意識を即座に飛ばしすと同時、そこには三人の姿は空き地のどこにもなくなっていた。
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