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聖縁剣  作者: フジスケ
第6章 双玉
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第97話 足りないピース

 皆さんこんばんは。腹の嫌なグルグル音は友達、フジスケです。


 約1ヶ月程お待たせしてしまい、申し訳ありませんッ! 超重要な課題に割くリソースで手一杯になったり、難産に難産が重なったりしましてね……グハッ(吐血)。


 そんな乾燥で掻きむしり、かさぶただらけの脚に耐えて書いた第97話。お楽しみ頂ければ幸いです。


 それでは、どうぞ。僅かながら久しぶりにドタバタします。


 

「――戻った」

「おや、早いご帰還であるな。ネザティール殿」


 どことも分からぬ地で言葉を交わすのは件の男と、かつて鎚で太陽達と一本交えた魔神軍、ラビノ。


 後者としては掴みどころはないが、危害を加えず部下に陰ながらサポートをしてくれるのは大助かりであり、仲は険悪とは程遠い。寡黙で志はどこか違うようだが、持ちつ持たれつの関係であることは間違いない。


「して、そちらの目的は?」

「――順調だ。先日も町村を3ヶ所潰して来た」


 不快感を滲ませ、淡々と告げられた蹂躙に、眉を八の字にするラビノ。だが彼は知っている。ネザティールの核を。故に、殴ってでも止めることを許されないし他ならぬ自身も許さない。


「……そうであるか。チサキ殿は、元気であったか?」

「――自分らの手から離れた者の心配か?」

「左様。あれは見ていて少し悲しくなった。嫉妬だと己で分かっていながら止められない。揺れながら突き進む様を見せられては」


 だから深くは追求せず、別の事に方向転換する。体外に漏れ出ていた威圧感はそれにて鳴りを潜め、代わりにどこか柔らかな雰囲気が溢れ出す。


「――無事、神緑と行動を共にしている。今はパグンジにて仕事に悩殺されるのを楽しんでいるようだ」

「……それはそれで問題では?」

「――心配は無用だろう。山吹の狐、空草もそちらにいる。何かあればドタバタ周囲を巻き込んで解決するだろうさ」

「なるほど、それなら……む? 余計心配すべきな気が……」


 一瞬納得しかけて、ミサイルがヘアピンカーブして自分達に飛んで来るような気分に陥る。余計な波風が立つと分かりきっているような口調だ。そう考えるのも道理である。


「――ツケを払っているだけに過ぎん。こう言っては何だが、あそこにも少なからず膿はある。だが彼らなら、こっちの手がなくとも乗り切るだろう」

「そう言う物か」

「――もう子供ではないのだから、自らで汚した部屋は自分で片付けさせるべきだ。……む、すまないが、そろそろアロイスに指定された時間だ。今回はこの辺で失礼させていただきたい」

「おっと、それは申し訳ないことをした。ではいずれ、生きていたら会おうぞ」

「――ああ。確か明後日は休みが重なっていたな。続きは雑談がてら、その時に」

「うむ。其方の作る酒と肴、楽しみにしておこう」


 軽く手で会釈をしながら、一寸の隙も見せずに歩き去るネザティール。その後ろ姿を見て、ふとラビノは思ったのだった。


「……彼らには介入しないのか。……おや? 前は『私』と自身を呼んでいたような」


 膿呼ばわりするからには何か手を加えるべく動くと思ったし、一人称を変えたのにも少々驚いた。それだけ神緑達のことを信頼しているのか、あるいは。ラビノも統率者の端くれなので、そちらに取り掛かるためにその疑問を一旦打ち切る。


「しかし、ネザティール殿の立ち上げた刹在隊(せつざいたい)……我らもおこぼれに預かったが、1人毎にそれぞれ合ったアドバイスの仕方をしていたのは驚いた物だ」


 歩きながら、独り言を零す鎚使い。目が回りそうな理論に基づいて説明をする時もあれば、感覚に物を言わせるべく心と身体に叩き込むこともする手腕はとても真似出来そうにない。


 余談だが魔神軍も軍と付く以上、階級だったり掟だったり何番隊だったりと色々ある。中でも彼の仕切る部隊はとりわけ彼含め異質で、この場にいる誰も隊長である彼の素顔を知らない。


 どのような経緯でここを訪れたのかも判明していない。単に猫の手も借りたいから雇われた傭兵に過ぎなかったのである。


 ――そう、過去形だ。


 邂逅当初に不審者だと突撃をかました警備部隊を一息入れる頃にはそれぞれの鞘に収まった剣を挟み、全員を皿回しのようにグルングルン回転させ無力化させる戦いのセンス。


 ラビノの元々名の知れた職人の逸品であった大鎚も、改良が加えられてより一層扱いやすくなる程のマイナーな物まで網羅した知識。


 加えて、廃墟まで秒読みだったこの地を立て直したのも彼だ。聞けば彼の部隊には魔神軍、人族に限らず生きる情熱を失った者が集い、強迫観念でも何でもなく彼の持つカリスマ性に魅入られ、一度消えた炎を再び呼び起こし命を預けるのだとか。


 まあ、心酔されるに相応しい存在の名に違わず、捨て駒には決してしない。福利厚生もしっかりしているともっぱらの噂だ。当の本人があまり多くを語らないので真実は霧に包まれているが、それが真であれ偽であれ、もはやこの地になくてはならない男だ。


「……救済(きゅうさい)、か」


 思わず口に出ていた呟きは、彼の部隊に所属している隊員達の敬礼によって搔き消された。




   ◇




 1度かなり危ない時がありつつ、無事死線を潜り抜けた5人。傷は深い物も全て美姫の【癒しの風】で塞がり、痛みとはオサラバした。


 だがそれでも全員、どこか上の空のままだ。ネザティールの発言を噛み砕こうとしてリソースを割き過ぎているのである。


 気が付けば討伐証明部位どころかブレイブリーサウルスとライオニュートを全身丸ごと持ち帰るべく、太陽、美姫、朱音が大半を請け負っている。国に近付けば大騒ぎになることを予期出来ない程に、心ここにあらずだった。


(……何故、彼は武器すら抜かなかったのだろうか)


 カールはそんなことを思う。聞いた情報から判断して、こちらは本気で彼を殺すつもりだった。太陽の話し方からして強さは折り紙付きだ。殺気には人一倍敏感だろう。


 なのに何故? 取るに足らない相手だったから? タイヨウさんが止めると分かっていたから? 後述の、報いを与える対象ではなかったから? 疑問は尽きない。


 報いと言うからには、何かトリガーがあったはずだ。理解が足らなかったとしても怒り心頭に発する銃弾を弾倉に込め、引き金を引いたのはアシュリーだと彼は言った。何だ、何が彼の原動力なのだ。


 それだけが撹拌機のように高速回転して、納得の行く答えの出ない自問自答を繰り返す。他4人も概ね似た反応だ。ロネス勇者が憎ければアシュリー以外もやられているはずだし、そもそも助けたりなんてしない。


 憎しみを向けられると分かっていながら、ネザティールは2人に助け舟を出した。「自分のためにした」とのことだが、彼にとって都合が良い理由をカールはまるで解き明かすことが出来ないでいた。


 一方、美姫はそんな空気を柔らかくするべく太陽と朱音にずっと思っていた疑問をぶつける。防寒着が自動修復ではないために見るも無残なズタボロぶりだ。


「……それで、咲野くんと朱音ちゃんもボクと似たりよったりな感じでやられてたのは何で?」

「ああ〜……アイツ、切り傷付けられるまでオレ達のこと舐めてたらしくてさ。まさに油断も慢心も捨てた暴君ってヤツ? やることなすこと先読みフェイント全力広範囲で避けられないったらありゃしない。狩りゲーもびっくりだよ」

「それまでは……ちょっと手強いかなーって程度だったんですけどね。左腕に噛み付かれた時は血の気が引きましたよ……。まぁ、卑怯な手合いではありませんでした。最後も横槍が入ってトドメを一瞬ためらったんですが、確かに起き上がらずこちらに頷いたんです。『気にするな、やると良い』って言わんばかりに」


 そうなのだ。実はああなる以前も、人の神経を逆撫ではしたが戦いに関しては自身の持ちうる物を真摯にぶつけていた。技術は紛れもなく、己の手で磨き上げられた物。美姫のやらんとしていることを察しながらも一度としてそちらへ向かう空気を見せなかった。


 確かに生き延びるのを最優先としたならば褒められた行為ではない。乱戦に乗じて逃走を図れば楽なのだ。果し合いの観点で見たならば厄介であったのは変わりない。


 しかし最後は潔く負けを認め、屍になることを選んだ。機会があるならば、今度は終わったら食卓を共にでもしたいと思うくらいに別れは名残惜しかったと言えるだろう。


「そうなんだ……ん? あ、龍聖くんから電話」


 何気ない一言。されどその一言は、とある人物を穏やかじゃない心境にするには十分だった。


「へ? 龍さん? え? 何でここで龍さんの名前が出て来るの?」

「そりゃお前、オレ達の師匠は三日月龍聖だからだ」


 いたずら大成功、みたいなしたり顔。理解に若干時間を要し、しばらくしてライラは実兄に掴み掛かる。さもありなん。


「何で隠してたのバカあにぃぃぃぃぃぃ!!」

「はっはっは、いつもの行いに対するささやかな復讐です♪」


 ぐわんぐわんエンストを起こしたマニュアル車みたく揺さぶられる太陽だが、もうこんなのは慣れっこだ。主に師匠とか師匠とか師匠のせいで。何ならライラの両脇腹をがっしり掴み、竹とんぼよろしく大回転。


 そうなれば、勝敗など火を見るより明らかだ。千鳥足に似たふらつきを披露するのは、妹だけである。


「あっ、これダメウェェェ! 吐きはしないけど気持ち悪い」

『……えっと、大体情報は把握したよ。万里奈ちゃんがロネスにいて、太陽が俺のことを隠してたんだな?』

「はい。理由はさっき咲野先輩が言った通りみたいです。それと凄かったですよ。わざと背後で早く叫んで、振り向かせてシールドバッシュ」


 誰かと話している最中だと不審がられるやも、と電話での連絡を選んだ龍聖は苦笑をするしかなくなっている。


 こうまで近くに騒ぎまくる人がいると、逆に周りは冷静になる物だ。衝撃の真実だったが、別方面のインパクトがデカ過ぎてリアクションも薄れてしまう。


『そうそう、準備と休憩が終わったんで料理をたっぷり入れた足輪付きのハヤテを向かわせた。20分も掛からずに着くはずだ』

「うわ、そうなんだ! 献立は?」

『メインはオーソドックスに、なおかつそっちの気候に合わせてカレー。おかわりのことも考えて多めに作ったし、念のためカレー以外にもメルフィードの一押しのチャーハンとか色々用意してある。当然、サイドも充実させてるよ』


 ――ぐるるるるる~……


 実態を知り、激戦を終えたばかりの胃が大きく唸った。ただし考え事にまた夢中になっていて何から何まで着いて行けていないカールを除いて。


「えっと、その……神緑さん、でよろしいですか? 僕はロネスの勇者、カールと申します」

『ご丁寧にありがとうございます。リュウセイ・ミカヅキ、おっしゃる通り、神緑と呼ばれています』


 アシュリーが恐れるとはとても思えない柔らかい物腰。あわよくば本当に危険なのかと丸一時間問い質したくなる程に、ネザティールとは比べ物にならない。こっちは少なくとも話は通じそうで、あちらから仕掛ける光景がまるで思い浮かばない。


「……その、大変申し上げにくいのですが『主、おかわり』『速ッ!? まだ3人は一皿目すら食べてないのに!』」


 太刀でひそかな冒険は見事にぶった切られた。良く見てみると顔は後ろを向いているので分からないが、ほつれの見えない山吹色は聞いたことがある。氷のように冷たく、仕留める時は水のように柔らかい。


 本当に山吹の狐だ。あの細い体格で何人、何体もの筋肉の鎧を穿ち抜いた逸話はカールの憧れである。


『すみません。えー、何の話でしたっけ? 随分覚悟を決めた声色でしたが』

「では、率直に。貴方は何故それ程の力を?」

『……あー、そう言う。では簡潔に。身に降り掛かる災いを振り払い、皆と一緒に故郷に帰るためです』


 すこぶる強いらしいけど良く分からない人、と言うカールの評価はこの時完全に一変した。恐れられるのは反撃が強烈なのであって、侵略を目的にしているようには見えない人。


 内容から察するにこっちから手を出さなければ、特に何か被害と言う名の応報を受けることはなさそうだ、むしろ場合によるかもしれないが頼ったら力を貸してくれそうと言うのが結論だった。


 ――それはそれとして、少々気になる箇所が異名絡みであったが。


「なるほど……それとつかぬことをお聞きしますが、貴方の服装が緑と言うより明らかに白なのは何か理由が?」

『期待した顔のメルフィードにペアルック、ペアルックと着せられたんです』


 龍聖が着ていたのは異名とは程遠い、清楚さを強調した白を基調に金色の刺繍が作られた神官服であったのだ。分かりやすく言えば、メルフィードの着ている服の男性版。


 特段忙しい訳でもなく、男性用にはメルフィードの履くスカートのような切れ込みこそあれど、その下にズボンが付いている。


 少し恥ずかしさはあったものの、キワモノを往来で着こなせと言われているのではない。なので慣れない装いだが龍聖は現在の服に身を包んでいるのである。


 着せた本人が満足げだったのは語るまでもないだろう。その手があったか、と乙女二人は悔しがり、ライラは「龍さん、またなの?」と言いたげな複雑な視線を向けている。彼女は美姫や朱音の現状を知った時、どんな反応をするのだろう。


「ライラ、今お前は相当出遅れてるぞ」

「へ? どゆこと?」

「どうも何も、滝山と中宮は龍聖に思いの丈をぶちまけて理解されているからでぃす」


 よって太陽、巨大ミサイル発射。「何ですと!?」と美姫と朱音を見ると、体勢は幾分か違うが、共通して頬を赤らめもじもじしている。真偽は明らかだ。


 そして、さりげなくカールの情熱も終わりを告げる。グッバイ。そりゃ勝てないわこの人には。


「龍聖~、思い出したか? 大分前に話したこと」

『……あっ、アレってそう言う意味!?』

「他に何かあるなら是非とも教えて欲しいモンですな」


 オレの妹も落としている。当時は意味が分からなかったが、現状を垣間見れば答えは一つである。心の準備がまるで出来ていなかったライラは顔のすべてのパーツをひっくるめて熟れた桃色にし、にっくきあん畜生にテレフォンパンチ。


 だが上記のことから分かるように予備動作が丸出しなので、ノールックで避けることは容易い。そして腕を決め、無理やり龍聖の前に立たせるまでがワンセットである。


「イダダダダッ! あにぃストップ関節砕ける肩が捻じれるゥゥゥゥ!!」

「おらおら、今断言しねぇといつ手遅れになるか分かんねぇぞ? ネザティールが来てくれなきゃあの世行きだったろうに」

『……は? どう言う意味?』

「アッ」


 太陽、しくった。余裕綽々な表情は一瞬で飛び去って行き、事情説明に精神をすり下ろすことになる。


『……また、助けられたか』

「うん。多分ベスネリアなら、銃弾に銃弾を重ねるなんて逆立ちしてても出来る精密さだね」

『ネザティール……か。似た様相の人物なら聞いたことがある。一時期チサキちゃんと行動を共にしていたんだと』

「えっ本当!? それで、何て?」

『行動原理に関しては、自分の隊員にも話していなかったそうだ』

「そっかー……」


 美姫が声のトーンを上げるも、また調査は振り出しに戻った。棚から牡丹餅、と思っていた一同は上げて落とされた気分になる。――だが、そこでまた上げるのが龍聖クオリティだ。


『ただ、アスラトニアで寝ている時に夢の中で干渉して来て、ここに標的はいないと言ってたらしい』

「!」


 新情報、ここにあり。夢で傷を負わせたのはネザティールで確定。だが余計に分からなくなってしまった。


 ライオニュートを殺せるのは勇者だけ。だが勇者なら、何故破壊行為をするのか、アシュリーを含む標的とそうでない者の線引きは何か。守ってくれた明確な理由は結局何なのか。考えるべきことが倍増した気分だ。


『ともかく、聞いた話ならロネス全体は現状心配なさそうだ。だけど今ここにいないアシュリーさんだっけ、は注意した方が良いな。被害に遭ったのが彼女だけ、って言うのも手掛かりになりそうだ』

「? 龍さん、それはどう言う……」

『明確に手を出したことに何かありそうな気がする。見せしめなら、もっと被害が出ていてもおかしくない』

「そう、だね……手を出された中で、今生きているのはアシュリーさんだけみたいだし、何か分かるかも」


 なるほど、確かにその可能性は考慮すべきだ、と言う考えに受話器を握る双剣士も至る。今後のためにも申し訳ないことだが、傷口をほじくり出してもらう必要が出来た。


「なるほど、聞いてみます。知恵をお貸しいただきありがとうございます」

『いえいえ、こちらもお力を借りるかもしれないので、その前払いですよ』


 実態を知らなければどこか胡散臭さを感じさせ、実態を知っているならマシュマロのような柔らかさを感じる笑顔で龍聖は締める。


『それじゃあ皆、また。……ああそうだ、万里奈ちゃん』

「誰それ? 私はライラ」


 ムフン、と頑張って考えたんだぞ感を発する彼女であったが、龍聖はその様子に眉を八の字にする。


『言って良いのかな、とは思ったんだけど……太陽との小競り合いにカールさんが介入せず疑問も抱かない辺り、君のそれはとっくにバレてると思うよ』

「え"」

「まぁ、バレてるわな。アシュリーさんなんて初めっから気付いてたりするかもだぞ。盗み聞きされた時に『あんな一面があったとは』と言われないくらい、お前のそれ大抵ムラだらけだし」


 想い人と実兄の指摘に、ギギギギギと油の切れた機械の如くカールを見やるライラ。口から出たのは質問と言うよりはバレてませんようにと言う願望に近い。


「えっと、カールさん?」

「……すみません」

「せめてはいかいいえで答えて欲しかったなぁ!?」


 雪が積もっているにも関わらず、ライラ……もうこの偽名も不要だろう。つまり咲野万里奈は、かなり長い間知らぬが仏よろしく一人芝居しているに過ぎなかったのである。


 その事実を痛感した当人は「ああああぁぁぁぁアアぁぁァァんもおおおおおおお!!」と頭を掻きむしり、不格好な尺取り虫のようにくねくね蠢く。


 雪が彼女を濡らしているが、それすら気に留めることも出来ない。実の兄でさえ見慣れない光景が広がる。


 だが反応するのがとてつもなく面倒なので、と言うのは建前で、図らずも万里奈に右ストレートをかましてくれた龍聖とカールに心中で親指を立てるのに忙しくてその太陽は見向きもしていない。


「ありがとよ。ダメージはデカいが、今ので済んで良かった気がする」

『もっと時間を置くと、気付いてる側はますます言い出せなくなると思ってね……』


 朱音と美姫も苦笑いで頷き、無言で肯定。気遣いとは、時に残酷になる物。何気ない会話で互いがバレたと青ざめるよりは、こうして面と向かって露見した方が蟠りは生まれにくい。


『……ってまずい! ハヤテは今皆が出払ってることを知らない! 早く現在地を伝えないと敵襲扱いで迎撃される!』

「「「!!」」」


 龍聖により、由々しき事態が発覚した。単眼鏡が存在するこの世界だ。ロネスには辿り着く前に警戒されることは火を見るよりも明らか。すぐさま比較的魔法に精通し精神的疲労が少ない朱音がハヤテに声なき言葉で現在地を伝える。


 ――どこからともなく「ピィィィイイイイイ!」と聞こえる。了解の意だろう。あえて龍聖と同じく念話より周囲に状況を事前連絡しやすくなる。


「な、何の声です!?」

「これがハヤテ、龍聖のテイムしたマッハイーグルの声っす」

「マッ、マッハイーグルぅ!?」


 噂には聞いていたがまさか本当のことだったとは。カールはその驚愕を隠そうともしない絶叫ののち、目をOの字にし口をあんぐり。


『良かった、間に合ったみたいだな。じゃあ、俺はそろそろ仕事に戻るよ。腕が鳴るな』


 その言葉の直後、彼が手に取るのは玉鋼だ。一見形以外に違いはないように見えるそれらを見比べて、難しい顔をする。


「お前……地球に帰るっつーのにいつでも辞められる冒険者以外に副業してんの?」

『違うよ! ちょっと刀の新調を頼まれただけだ!』

「それを副業って言うんじゃねぇかよ! 明らかに刀鍛冶の仕事だろ!」

『な、名指しで頼まれちゃったんだから仕方ないじゃんか!』

「……それ、武器職人としての腕を知られてるってことですよね」

『ぐっ』


 太陽と朱音の容赦ない追撃。実のところ龍聖も否定出来る材料どころか自身も「あれ、もしかしてそう言うことか?」と己に問うていたので、名指し云々の返答で迷いが浮き彫りになっている。


 龍聖を見ていると、本当に冒険者とは何なのか分からなくなるから不思議だ。魔物討伐をしたかと思いきや、今のように職人の顔になる。


 根無し草も裸足で逃げ出す仕事を選ばないスタンスに、冒険者ギルドは目の上のたん瘤とまでは行かずとも彼の扱いを決めあぐねている次第である。主に本職からのスカウトやクレームだったりで。


 冒険者の観点で見れば何ら問題は皆無であり、なおかつ粗悪な類似品ではなく、上質な物を提供するのがますます質が悪い。別の働き口を紹介したり、詐欺だと訴えることが出来ないからだ。


『と、とにかく! もうすぐハヤテも着く頃だ。良いランチタイムを! それじゃあね!』

「あっ、龍聖くんちょっと待って!」


 勢いに任せて通話を切ろうとする龍聖に、待ったをかけるのは美姫だ。


『何だ?』

「その……時間が空いた後で、ボク達と同じとまでは行かなくても、似た服装の写真って、送ってもらえないかなぁ、なんて。ごめん、何言い出すんだろボク」

『いや、構わないよ。多少時間は掛かるのと、万里奈ちゃんの姿も映してもらえると助かる』


 こんなことで引き止めるなんてと自己嫌悪する彼女だが、願望に応えるのは想いを告げられた者の役目と快諾。しっかりメルフィードの1件を話した際、抜かりなく美姫と朱音、万里奈の表情を見極めていたのだ。


「あ、ありがとう……」

『こっちとしても、義務は全うしなければならないからね。……よし、覚えた。それじゃあ、また』

「うん、楽しみにしてるね」


 新しく出来た楽しみに、頬を思わずふにゃりと綻ばせる。通話が切れて30秒程だろうか、ドビュンッ! と風を跳ね除ける音を響かせて、音速を超える速さを纏う猛禽が到着する。


「ピィッ!」

「おう、ご苦労様」


 身体の構造と速度の2つから、料理の類は全て【ストレージ】を付与された足輪に入っている。太陽が肩を掴んでいるそれに巻かれた件の物に触れると、中身の内容がゲームのアイテム欄形式で頭に送られて来る。


「カレーに、チャーハンに、うお、寿司とかお握り、それの付け合わせらしき味噌汁もあるぞ」

「わあ……!」


 朱音は知らず知らずの内に期待満載の声を上げる。久しく食べていなかった主食。それがあの龍聖の手で作られた物なのだ。不味いはずがない。


「……あ、サイドメニューってこれか。ビーフ、クリームシチューにバゲット、白パン、オムレツとかもある。どんだけ作ってんだ」

「それでも、ボクらは食べきっちゃうんだろうなぁ……最近目に見えて燃費が悪くなってる気がするし」

「強さには代償がある、ってところでしょうか。増えてる体重も筋肉なのは確定ですから」


 嬉しいような、後が怖いような。そんな懸念を混ぜた半笑いに、同調するしか道はない太陽である。入浴中、ふと下を見たらバッキバキのシックスパックスがナイストゥミートゥーしていた時の衝撃は忘れられない。


「…………」


 その少し遠くで。万里奈は大の字で地に寝転がり、無言で物思いにふけっていた。


(……あの人の背後、何だろう。怖さと一緒に、何か悲しく見えた)


 ネザティールの背後。兄や執事のようなナニカが顔を出していた。


 見えたのは、鍔広帽を目深に被り常に歯を食いしばる老人の姿。強く握りしめられた両手の甲には、ひび割れた珠が埋め込まれていた。


 あまり詳しくは見られなかったが、握手を交わす2つの手と、ハートマークが描かれていたような気がする。


 ――それが何を意味しているのか。この時は誰も、真実にたどり着くことは出来なかった。

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