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王子様のお砂糖

王子様のお砂糖は溶けない

作者: 八箱

オリジナルで書いたのを上げるのは初めてです。なろうも初めてです。



「エミーリア嬢。私は貴女を愛することはない」

 辺境伯の忠誠をより強いものと見せるための、政略結婚。第三皇子より一つ下の息子と、二つ下の娘は王家に差し出すために辺境伯夫人に産ませたと言って間違いないだろう。最初に男の子が生まれたのは仕方のないことで、辺境伯の三男に当たる彼は第二皇子の補佐として差し出された。そして次に生まれた辺境伯長女にして一番末の娘は、生まれた瞬間から第三皇子に嫁ぐものとして育てられてきたのだ。


 互いに情勢と貴族の関係、構造を全て理解し、揺るぎない婚約であると納得させ、そうして初めて顔を合わせたのは婚約を正式に結ぶ日。第三皇子シャルロット十二歳、辺境伯令嬢エミーリア十歳の頃だった。


 婚約の儀を終え、茶会の後。婚約者らしく庭の散策へ誘い出した皇子が、人払いをした東屋の椅子に腰掛け、不意に甘やかな顔を消し囁いたのが、冒頭の言葉である。


「まあ」

 ふわん、と深い針葉樹の幹のような深い茶色の髪が揺れ、ゆったりとした瞬きがエミーリアの森の木々が映り込んだ湖畔のような瞳を一瞬隠す。

 さて、このお嬢様はどんな反応をするのだろう。幼い頃よりその地位を持つために、沢山の令嬢を見てきた。自分こそ美しい、私が世界の中心だ、私こそが第三皇子の妻になる。そんな意気込む女を、上は二十離れ、下は四つの幼女まで見てきた。人間を知れ、とは母である王妃の言葉であり、言葉の裏を読め、とは姉であり皇太子たる第一皇女の言葉だ。

 だからこそ、シャルロットは目の前の、情勢が著しく変わらない限りは今後一生を共にする女がどんな人間なのか知るべく、彼女のこぼす言葉の一つを聞き逃さぬよう、真っ直ぐにエミーリアを見た。

 そして、エミーリアは口を開いた。








「シャル様!」

 学院の中庭を歩いていると、駆け寄る姿がある。見事な金髪に赤い瞳の、庇護欲をそそるような娘だ。しかしそれでも、シャルロットの近衛兵であり、三つからの付き合いでもある幼馴染の男は近寄る娘を止めた。

「レディ、むやみに殿下に近付いてはなりません」

「まあ、ルイス様ってば。学院の中で危険なこともないでしょ。それよりシャル様、よろしければ一緒にランチにしませんか? 裏庭の木の下でご飯を食べようと思って!」

 シャルロットは困ったように微笑んで口を開く。

「申し訳ありませんが、この後婚約者と約束をしているのです」

 普通ならば、ここで引き下がるだろう。けれども娘は悲しそうな顔をした。

「シャル様ったら可哀想。学院の中では自由に好きな人と過ごせばいいのに」

 シャルロットが口を開くよりも早く。

「確かに彼女の言う通りかも知れませんわね」

 さらり、と衣擦れの音。靴音一つ立てず、侍女を連れて現れたのはエミーリアだ。

「御機嫌よう、殿下、ルイス様」

 見事なカーテシーはドレスの布の流れ一つとっても完璧である。ああ、とシャルロットが返し、ルイスもサッと礼をする。

 そしてエミーリアは娘の方を見るが、娘は何を思ったのか、切実な顔をしてエミーリアに向かった。

「エミーリア様! 学院は王家に戻られる前の、シャル様の最後の自由な場です。もっと羽を伸ばさせてあげてください!」

 さて、とシャルロットはエミーリアを見る。彼女は珍しいほどに困った様子を一瞬見せたが、すぐにそれを隠し、そっと丁寧に口を開く。

「まず、礼儀として爵位など身分が下の者から名乗りを上げます。従者などは主同士の名乗りと挨拶が終えてからになりますのでまた変わりますが、そこで初めて相手の名前を口にする権利を得るのですよ」

 丁寧な説明には言外に名乗りもせずに名前を呼ぶのははしたない、と言っているが、しかし娘はムッと顔を作る。

「身分身分って、ここは学院です! 全ての人に開かれた場所です。地位なんて関係ないわ」

 エミーリアの鉄仮面の侍女がとても珍しく顔を歪めた。それをぱちん、と瞬き一つで諌め、エミーリアは口を開く。

「ここは全ての人に、学ぶために開かれた場所です。学びを求めるものに、求める学びを与える。そこに身分は確かに関係ありません。しかしわたくし達は貴族であり、貴族の礼儀を学ぶためにここにいるのです。貴女の行動は全てに開かれた学びを否定することになります」

「その通りだと私も思います」

 シャルロットの肯定に、何故か娘が目を見開き、どうして、と呟く。それをシカトして、シャルロットはエミーリアを見つめる。視線に気付いた彼女に、シャルロットは砂糖のように甘い笑みを浮かべた。

 そんな主人に呆れた様子を見せながらルイスが代わりに口を開く。

「そもそも、貴女が殿下を名前で、よもや短略化して呼ぶなど、本来であれば不敬罪に当たるものです。しかしここは学院であり、まだ学びの足りない子供なのだと殿下は見過ごしていましたが、そもそも学ぶ気が無いのならば話は別です」

 ルイスが一息に言うと、学院内にいる見張りに声を掛ける。連れて行け、と一言言えばずっと様子を見ていたのだろう、心得たとばかりになにかを必死に取り繕う娘を連れて行った。

「すまない、昼に遅れてしまうね」

「いえ、まだ時間はありますわ」

「それでも、君と過ごす時間が少しでも短くなってしまうのが惜しいんだ」

 シャルロットが甘い台詞を言いながら腕を出せば、自然にエミーリアがそこに手を添える。連れ立って歩けば、生徒達はすぐにさっと道を開け頭を下げる。それを見ながら、やはりこれが普通ですよねぇ、なんてルイスがエミーリアの侍女に話しかけていた。





 昼が用意されている部屋に入り、シャルロットは思いっきり伸びをした。

「ああまったく。あれでおとなしくなってくれれば良いんだが」

「ご友人ですの?」

「まさか。ミラが名前を知らないような娘だ。血筋も繋がりも重要度は全くもって無い。ルイス、あの娘は何処の誰だ?」

「子爵の娘だ。なんでも夜逃げした子爵夫人が平民として育てた娘で、ようやく見つけ出したら夫人は亡くなってたとかなんとか」

「子爵の血は流れてるのか?」

「それが見た目が子爵の祖母そっくりで、子爵家特有の赤い瞳だとか」

 運ばれてくる食事をエミーリアの侍女とルイスが毒味をし、ようやくシャルロットとエミーリアが食べ始めた。

「ランチに誘われてましたわね。暗殺者などではなくて?」

「暗部に調べさせたが、繋がりは全くない。子爵は少しでも令嬢らしさを身につけて欲しくてここに送ったらしいんだが、多分呼び戻されるだろう。やらかすたびに謝罪と爵位返上の話が来てたんだが、姉上が止めるのに必死だ」

「ミシェーラ殿下がお止めになるのならば、子爵は立派な方なのですね。……お父様のお心遣いを汲めないなんて、親不孝者と言われてもおかしくありませんわ」

 呆れたようなエミーリアに、シャルロットはいたずらげに笑いかけた。

「ミラと共に過ごす時間こそが一番の息抜きだと気付けて無いのだから、人の心が分からない娘なんだろうさ」

「まあ、ありがとうございます」

 照れることもなく、ふわりと笑ってエミーリアは軽く礼をする。恥ずかしがる様子も、嬉しがる様子もない。

「ミラ。君と過ごす時間が、本当に私にとっての救いなんだ」

「そう思って頂けるなんてとても光栄ですわ」

 完璧な令嬢、お手本のような婚約者。花のように微笑むエミーリアに、シャルロットも同じように微笑むことしかできない。


 何もかも、最初からシャルロットは間違えてしまったのだから。





「エミーリア嬢。私は貴女を愛することはない」

 今思えば、きっと幼い反抗期だったのだろう。基本的に「いい子」だったシャルロットはその反抗期を、初めて会う婚約者、という比較的よく知らない人であるが近しい人である彼女に向けてしまったのだ。

 二つ年下の彼女は瞬きをした後、幼いながらも花のように微笑んだ。


「かしこまりました。ではわたくしも、間違っても殿下を愛してしまわぬよう気を付けます」


 それからその言葉の通り、エミーリアはシャルロットに対して、恋や愛を一切感じさせない。

 エミーリアは完璧な婚約者だった。そうであるよう、辺境伯にしっかりと育てられたのだ。だからこそ婚約者たるシャルロットが望むのならば、それを必ず叶える。


 だからといって冷たくあしらう訳でもない。戦友のように、共通点のある仲間のように、婚約者でありながらも良き友としてエミーリアはシャルロットを支え続けた。

 第三皇子としての重圧に負けそうな時も、勉学にどうしても躓いてしまった時も、姉である王太子への劣等感に苛まれてる時も。エミーリアは婚約者として友として、静かに叱咤しながら励まし、ともにどうすればいいのか考えてくれた。


 そんなエミーリアに、シャルロットは静かに恋をした。ああ、彼女と結婚するのならば、きっと幸せになる。彼女と、結婚したい。


 そう思い直したのは、十六の時。学院に入る前の茶会で、シャルロットは初めて会った時のことをきちんと誠心誠意を込め、謝罪した。そして正直に、エミーリアに恋をしてしまった、と告げたのだ。

 その時もまた、まあ、と声を上げ。そしてエミーリアは、珍しくも困った顔を一瞬した。


「……わたくしは、殿下がわたくしを愛せないと正直に仰って下さったあの日から、殿下の友になろうと誓いました。今もその誓いは胸にあります。ですので、その。……申し訳ありません、正直に申し上げますね。殿下のこと、婚約者として好ましくは思ってますが、恋をできるか、と言いますととても難しいですわ。だって、わたくしは殿下に忠誠を誓ったのです。敬愛するべき主人であり、これから共に歩む戦友に恋なんて、本当に考えられませんの」


 申し訳ありません、と穏やかに頭を下げる彼女に、彼女が心から困りきっていて、心から正直に言葉を告げてくれたのだと知って、シャルロットは酷く後悔をした。けれどももう遅い。

 エミーリアは、鉄の忠義と言われる辺境伯の娘である。それも、第三皇子に嫁ぐことが生まれる前から決まっていた娘だ。正式な理由があるならばエミーリアは、シャルロットの命令で辺境伯を裏切ることすらするだろう。もちろんその前に理由を問いただし、本当にするべきなのかどうか話し合いを重ねるだろうが。

 そんなエミーリアと初めて出会い、言葉を交わして六年。彼女の鉄の忠義を変えることは、恐ろしく難しいのだろう。


「……では、これから私は君が私に恋をしてくれるように願って、君の迷惑にならない程度に口説かせてもらおう。それくらいは許してくれるか?」

「殿下、貴方様がわたくしに与えて下さる行動に、許可など不要ですわ」

 そんな言葉も本音なのだろうが、しかし少しだけ困った様子もある。

 全て、全ては一番最初に間違えたのだ。

 せめて、せめて。ここから。


「ではまず始めにエミーリア。君を愛称で……そうだな、ミラ、と呼んでもいいか?」

「もちろんですわ。けれども、わたくしの愛称はエミリーや、エミィなのですが」

 控えめな言葉にシャルロットは首を振る。

「いや、私だけが呼ぶ君が欲しいんだ」

 お砂糖たっぷりの、うんと甘い言葉。けれどもそれが溶けた様子は無く、エミーリアはなるほど、かしこまりました、と素直に頷くだけだった。





 シャルロットも今年で十八になる。十八は一つの節目として、大人の仲間入りと見なされる。正式な成人は二十だが、婚姻は十八から許されている。

 エミーリアが十八になるまで、あと二年。学院に研究生として席を置くことを許され、その間は王族としての仕事が若干免除される。

 少しでも時間があり、婚姻を結ぶまでに。あと、二年。


「ミラ、君の午後の授業は確かお休みだっただろう。一緒に王立図書館に行かないか?」

「わたくしは構いませんが、殿下はお時間はありますの?」

「君との時間より優先するべきことは、今日はもうない」

 きっぱりと言い切れば、エミーリアが穏やかに微笑む。

「ふふ、ではお言葉に甘えて。わたくしも探したい書物がちょうどありましたの」

 告げる甘い言葉が、少しでも彼女の中に溶けるように。

 周りに第三皇子は婚約者にベタ惚れだと言われ、外堀をいくら埋めようとも。

 彼女自身に彼の恋が届くまで、シャルロットは砂糖を吐き続ける。



誤字脱字があったら教えていただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] シャルロットは女性名でないでしょうか。
[一言] 百合かと思ったのに…
[一言] 王子樣がシャルロットで、王太子が王女樣なので、男女逆転ものなのかな?と思いました。
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