令和七年九月
自家発電により、俺のLED化が進んできた。
マイ・リトル・サンも「ちょっとは、休ませてくだされ」と言っている。
一週間休めば、電力も元に戻ると思うのだが、それを拒んでしまう私。
何とも馬鹿馬鹿しい話である。
そんな近況報告は、どうでもいいのである。本当にどうでもいい。
重大な試練が今月にあったのだ!
それは、私の三十四歳の誕生日にあった障害者枠の市役所試験。
八月から応募で、色々四苦八苦しながら、電子メールに自分のプロフィールを載せて送った。
それだけで、大変だった、障害者手帳を撮るとき、手が震えて画角定まらず、母上にして貰った。母上も写真の撮り方がわからず、操作は私がして、母上が携帯の固定役だった。
汗かきながら、したようなしてないような。遠い昔のような、最近のような。
その数日後に書店へ行き、勉強するための試験対策本を買ったのだが三日で止めてしまった。
何故なら、頭がおかしくなりそうなくらい激難だったのだ。
母上が「頭おかしくなるくらいならするな!」との鶴の一声で勉強から解放。
「今年は記念受験のつもりでいけはいい」とのお達し。
まあ、遊びますわな。
そのしわ寄せが、試験三日前くらいに来た。
突然、私の受験拒否発言。
母上それを受けて「翔ちゃん、私に夢も見せてくれないの?」
次の日、やっぱり受けますの掌返し。
当日、無事受験。
手応え無し!
十月三日の発表日も待つ意味も無いだろう。
来年期待するのみ。




