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01 死にたがり屋と内気

「私と死んでくれない?」

話は一週間前に遡る。こんな言葉を言われた原因は私にあるのだ。

私は自他共に認める臆病者である。その上重度のドジで、何も無い所で転ぶ。だから他人に迷惑をかけないよう毎日一人で過ごしていた。そんな私は、ある日奇妙な少女に出会った。


中学二年の春、屋上で昼食を摂っていた時、一人の少女が現れた。腰まで伸びた黒髪、透き通るような肌。整った顔立ちの彼女は迷わずフェンスに足をかけて、登り始めた。

「待って下さい!」

「…離して」

私を見たその目は何も映していなかった。

「嫌です!」

「私は退屈だから死にたいの。だから放っておいて」

全てを拒絶するような言い方だった。その今まで見た事のない暗い色を称えた目が恐ろしい。私は恐る恐る呟く。

「…楽しい事 、探しましょう…これから」

「ある?楽しい事」

「私はあるって信じてます。それに、一緒に探せば見つかりますよ」

とにかく、彼女を説得しようと必死だった。


彼女は花が綻ぶように微笑み、

「じゃあ約束ね」

と言った。


「どぇ、それで皆瀬ユウキは止めたって訳?」

「あの子、皆瀬ユウキって名前なの?」

教室に戻り、友人の早紀に話すと、信じられないと言いたげに紙パックの牛乳を啜った。

「この学校であの子知らないのアンタ位のもんよ。と言っても私も皆瀬の奇行を目にした訳じゃないけど、変わった子ってのは本当みたいね」

「奇行って、例えば…?」

「とにかく何かにつけて死にたがるのよ。一番の理由は退屈みたいだけど、色々あるわ。退屈に過ごす人生なんて無駄の極みだ、下らない、そんな下らない人生は嫌だ−−とか前に聞いたわ」

「よく解らないです…」

「私だって理解できないわよ。あの子の思考を理解出来る人なんて、そうそう居やしないわ」

彼女が変わり者だという噂なら耳にした覚えがある。ただ、廊下で見掛けた際美しく聡明そうな人だったのでとてもそんな突飛な言動をするとは思えなかったのだ。

腹立たしくストローを噛む友人を見ながら、私はことりと机に頭を乗せた。彼女は何が望みなんだろう。


放課後、校門の横でUFO研が背中を向け合わせて話していた。

城金中学には部員5人のUFO研究部が存在する。実の所私も少しばかり興味があり、未だに入部しようか迷っている。

「何してるの?」

振り返ると皆瀬ユウキだった。端正な顔に柔和な笑みを浮かべている。

「あれ、UFO研の人達ですよね…」

「また学校に忍び込むとか話してるのね」

私は頭を傾げた。

「忍び込んで何するですか?」

「直接聞いてみましょうよ」

ユウキは悪い笑みを浮かべた。


夜。

懐中電灯を持って学校の前に立ち尽くしている自分はとても滑稽に映るだろう。しかし、何故か悪い気は起こらなかった。

「お待たせ−って、あれ?懐中電灯だけ?仕方無いわねぇ…はいこれ」

穏やかな笑みを浮かべて現れたユウキは私にナイフを渡した。思わず取り落とした私にユウキは人差し指を立て横に振る。

「ふふ、油断しちゃダメよ。人生何があるか解らないんだから。うっかり敵にやられて死ぬなんて、つまらない目に遭いたくないでしょ」

片目を閉じてそう告げたユウキの笑みは一発で男子生徒が惚れてしまいそうなものだった。が、少なくとも校内では必要がない。私はナイフをポケットにしまい後を追う。

「皆瀬さん」

「ユウキでいいわ」

「ユウキさん。私ユウキさんが退屈しないように、頑張ろうと思うんです」

これから、と呟くと奇妙なものを見るような目で凝視された。両手の人差し指を突き合わせ、目を泳がせる。

「私も、ユウキさんみたいに自分に出来る事を精一杯やりたいんです。だからその…、一緒に居ていいですか?」

ユウキが独特な甲高い笑い声を上げた。

私をよそににこりと微笑む。

「私を相手に選ぶ辺り貴女も変わってるわね。元より放すつもりなんてないわ。貴女が逃げようとしてもね」

踵を返して校舎に足を踏み入れる。その私がついていく事が既定事項のような足取りで、要望が許可された事に気付いた。


暗い廊下を進むと、妙な唸り声が聞こえて来た。

ふと窓の下を覗くと、UFO研がグラウンドで輪を成して俯いていた。

「何かしら、あれ」

「何か呼んでるみたいです…」

となれば決まっている、UFO研の人達だろう。彼らはUFOを呼んでいるのだ。

「よくやるわね。今日はなるべく止めといて欲しかったんだけど」

「こんな夜中に危ないです…」

的外れな私の意見を無視して、ユウキは踵を返して廊下を戻り始めた。

「どこ行くですか?」

「なんか嫌な予感がするわ。その前に止めさせないと」

彼女の言う嫌な予感、の定義が分からなかったが、先程から校内に嫌な雰囲気が漂っている事は知っていた。彼女はその正体を知っているのだろうか。


「貴方達、今すぐその意味不明な事を止めなさい」

ビシ、と人差し指をグラウンドで輪を成しているUFO研の面々に突き付けたユウキに訝しげな視線が突き刺った。台詞を代弁するなら

「何故皆瀬ユウキが此処に」

という感じだろう。

「意味不明なりにも少しは効果はあるみたいだけどね。でも、このままじゃUFOは降りて来ないわよ」

「なんだそれ!」

「そっちの方が支離滅裂じゃないか!」

尤もなUFO研の言葉にユウキは動じない。

怜悧な微笑を称えるだけである。

「皆さん、止めましょう。こんな事を言い出した私が悪かったのです。元より危険が伴うと分かっていたのに」

一人の小柄な少女が悲壮に言った。幼くかわいらしい外見とは裏腹に大人びた口調だ。

「貴女が言い出したの?でも多分大丈夫だわ。これからはしない事ね。得体の知れないものに襲われるなんて私は嫌だもの」

悠然と踵を返すユウキを呆然とUFO研は見送り、噂に違わず変わった少女だとの噂を残しただけのはずだった。


だったのだが。

「戸田さーん、お客さん」

あまり話した事の無い快活そうな少女に呼ばれた。廊下に出ると落ち着いた面持ちでドアに凭れて立っている彼女は紛れも無く昨日の少女だった。

「…戸田さん」

下手すると小学生で通ってしまいそうな外見とは裏腹にひたすら穏やかな表情で言葉を紡ぐ。

「昨日は迷惑をかけてしまってすみません。けれど私達が行おうとしていた事を理解して頂きたくて」

彼女はUFOや超能力の類いをとても愛していると言う。


「私は野崎 陸。貴女と皆瀬さんを勧誘に来ました」

「勧誘?」

「我がUFO研は常に部員を必要としています。私が思うに、貴女達が昨日学校へ来たのはオカルト的なものを求めてだと思うのですが」

「えっと、…」

私はともかくユウキは恐らく違う。彼女はひたすら退屈でなくなる術を探しているだけだ。そして私は、彼女を自殺させない為に行動を共している。

「普通と違うという事は悪い事じゃありません。その点では皆瀬さんは良い人材です。少し極端過ぎますけれど」


そう言って陸はくすくすと笑った。その顔が悪戯好きな子供のようで、思わず微笑む。

「私もUFO研に入ってみたかったんです。後で皆瀬さんにも話して置きますね」

「じゃあ、放課後部室で待っていますから」

陸が嬉しげに笑った。


昼休み。

最近ユウキと此処で昼食を摂るのが日課と化している屋上で爆弾発言を聞いた。

「貴女は私と死んだ方がいいと思うの」

「死なないって約束ですよぅ!」

「死なないとは言ってないわ。それに楽しい事なんて一つしか無いもの」

「?」

「貴女と遊ぶ事」

そんな事は無いと思った。

本当にそんな事は無いのだ。ユウキが私を選んだ事自体不思議だが、私と行動を共にしている理由も不明だ。困惑が顔に出ているであろう私を見て、ユウキの表情が緩んだ。

「楽しいわ、安心するしね」

明るく笑う。

「だから、」

「私と死んでくれない?」



「で、カイトさんは何と?」

「もちろん止めました…」

陸が可笑しそうに肩を震わせる。放課後、私はUFO研の部室に立ち寄った。ユウキも誘ったが用事があるからと断られてしまった。

「皆瀬さんはよっぽどカイトさんを気に入っているのでしょう」

「…そう、かな…」

「その謙虚な所、充分気に入るに値する理由だと思いますが」

「皆勘違いしてます。私はそんな人じゃないよ」

「私には貴女は自分に対する認識を改めるべきだと思いますが」

悪戯っぽく笑って、陸が写真が数枚入ったアルバムを本棚にしまった。

「皆瀬さんはどうしてもカイトさんを側に置いておきたいのでしょう」

本当にそうなら、とても嬉しい事だけれど。

校舎の角に存在する此処はUFO研とは名ばかり、野崎以外の部員が来る事は稀らしい。今日も野崎の思惑通り部室の扉が開かれる事は無く、私と彼女の二人で下校になった。


「昨日のは、言葉で宇宙人に居場所を伝える手筈だったのですが」

上手く行きませんね、と嘆息して肩を竦めた。活動も、学校等を探索しているが未だに超常現象なるものは見つけていないらしい。けれど情け無くなんかない、と私は思う。別に何が見つからなくてもいい。皆で捜す事に意味がある。

それを言うと、

「貴女は他人にはとても優しいのに、自分の事になると卑屈なんですね」

と笑われた。

「けれど、やっと見つけたかもしれません」

「え?」

陸が私を見た。

「ユウキさんには何か人ならざるものを感じます。…注意した方がいいかも知れませんね」

好奇心に溢れた陸の目を、私は呆然と見ていた。


その夜、私は再び学校を訪れた。ユウキも携帯で呼び出したのでじきに来るだろう。

その時野崎は嬉しげに私の隣で顔を緩ませていた。

「何かいいことありました?」

「UFO研に人が来る事は稀だと言ったでしょう。普段は殆ど私と文香だけですから」

「文香さんは今日来るんですか?」

「恐らく」

陸が困ったように眉を下げた。

「文香はあまり口を聞かない子なんですよ」

「どうしてですか?」

「それは直接聞いてみたらどうでしょう」

くすりと陸が笑った。その存外意地悪な表情に目を見開く。

「…陸さん…さっきの話なんですけど」

「ああ、その事ならどうか忘れて下さい」

少し早口で言った。

「ユウキさんが人間じゃないという保証はない。仮に人間じゃ無かったとしても、悪い人じゃない。そう思いませんか?」

「そう、ですよね」

ユウキには何処となく変わった雰囲気がある。そして、私の周囲も変化しつつある。まるで何かが忍び寄るような感覚だ。私が変わらざるを得ないような事態が、近々起こるのではないか。

そんな予感がした。


その夜、ユウキは来なかった。がっかりして帰る私達に校内探索の成果が無かったのは言うまでもなく、今夜会えなかった文香という少女の事を寝る前に私はぼんやりと考えた。

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