ヒールは轍なき道を踏む
これでいい。これでいいのだ。
既に言い切ったとこの場を去る王子。その傍らには彼と愛し合う御令嬢。やがて野次馬達もいなくなり、残ったのは私と私の従者だけ。
「ふふ、ふふふふふ……」
ようやく「終わった」から笑いが零れっぱなしだ。従者は眉を潜めているけど関係ない。せめて内から溢れるこの喜びは味あわせてほしい。
私にとって、ここはゲームの世界だった。
いわゆる乙女ゲームで、ヒロインと攻略対象の恋愛を楽しむゲーム。世界観は魔法や幻獣などが存在する中世ファンタジー。
ファンタジーが好きな私はそういうジャンルばかりやっていた。ロールプレイングも、シミュレーションも、乙女ゲームも。
そして乙女ゲームの中でも一番に好きなこのゲームの世界に私は転生した。
──悪役令嬢として。
ゲーム内の悪役令嬢は目立つヒロインに対して数々の嫌がらせをしていた。それはもう出る杭を徹底的に打つ勢いで。悲しいかな、その一つ一つが愛を育む糧になっていた訳なんだけど。
最後には断罪イベントを経て社交界から姿を消す。よくある話では婚約破棄やら没落やら果ては殺されるやらあったろうに、彼女は特にそんな末路はなかった。まぁ、社交界に出ないだけでも貴族には大きいか。
私は彼女と同じではないから嫌がらせなんてしないし。仮に断罪イベントがあったとしても細々と暮らしていける程度だし。だから気兼ねなく第二の人生を満喫しようと意気込んだ。
そんな日が私にもありました。
ジャンル一番に選んだだけあって私はその乙女ゲームを凄く気に入っていた。攻略対象はもちろん、ヒロインだって。
だからヒロインが誰と結ばれるのか知りたいし、その過程を微笑ましく見守りたかった。
あのゲーム、出会いのきっかけすら悪役令嬢であることを思い出すまでは本気でそう思っていた。
彼女どれだけ踏み台なの。彼女が何を思って嫌がらせをしたのか分からなくなる。自分が行動を起こすたびに望むものとは逆の結果になったというのに。
違う。重要なのはそこじゃない。
私が! やらなきゃ! 始まらないし終わらない!
そうして彼女がやった嫌がらせを必死に思い出し、軒並み実行したのだ。良心がじくじく痛むがこれも御令嬢の、ひいては私のためだと演じ切ってみせた。
全ては微笑ましい未来を見るために! と。
「少しいいか」
あの場から家へ帰ると兄様がいた。
兄様も攻略対象だ。兄ルートは妹に手を焼く兄がヒロインに癒やされるうちに……ってな感じの話だった。別ルートでは本当の妹そっちのけでヒロインにシスコンしていたような。
「御機嫌よう兄様。なんでしょうか?」
「話は聞いた」
あら早い。どこから聞きつけたのだろう。
「これ以上殿下と御令嬢の邪魔をしてくれるなよ」
わざわざ兄様が出迎えと思ったけど、なるほど念を押しに来た訳か。
もちろん、という言葉は飲み込んでおいた。
「しかし殿下も大変になってくるな。相手が男爵令嬢だと周りが黙ってはいまい」
「…………あ」
そういえば。
続けて呟かれたそれは恐らく独り言だろう。でもお蔭で気付いた、大変なことを忘れていたことに。
考えみれば、男爵の位を持つ御令嬢の家は王家へ嫁ぐにあたって荷が勝ちすぎている。王子の王位継承権が二位以下だったならまだましも、残念ながら継承権第一位かつきっちり王太子だ。
これはまずい。
野心を抱く輩が私の比じゃないくらいに出た杭を打ちにかかる。最悪の場合なんてどう考えても刺客を送り込まれて一刺しですよね。全然笑えない。
ああもうハッピーエンドはどこですか。私が御膳立てした恋路を台無しにするのはどこの誰ですか。
「兄様」
「なんだ?」
……いいでしょう。
幸いにも、私はもう悪役は致しません。
決められた道はもうすぐ轍が途切れるのだから。
「私、このたびその彼女を全面的に支援しますわ」
「は?」
訝しむ視線? 知るか。
何か企んでる? そうでしょうとも。
王子と御令嬢のハッピーエンドは誰にも邪魔させないんだから!
「そうと決まれば善は急げです!
ああでも何をすれば喜んでくれるかしら。まずは──」
「おい、落ち着け──」
兄様の言葉むなしく私はヒールに躓いた。