第9話『牙、牙、牙』-5
「ただ、召喚の儀式が不完全で、ワタシはこの世界に現出できなかったのです」
悪魔は語る。
「そうやって力を取り戻し、ようやく今日、この世界に現出したわけですよ。ただ少しばかりワタシの力が強すぎて、カラダを具現化させることができなかった。そこでさらにエサとして大量のイケニエを準備していただきました。新鮮な血液と人間の絶望。まことに甘美でございました」
こいつが用意したステージの上で、俺たちはただひたすら踊るしかなかった。
「デバイサーほぼ全員が勘違いをしていたんだ」
デバイスに表示された最初のメッセージ。
「最初のルール。生き残れ、勝利せよ。そう言われた俺たちは、他の人間を皆殺して最後の最後まで生き残りを賭けたサバイバルだと思った。最初の言葉を思い出せば分かる。本当は違ったんだ。デバイスを使い、デバイサーバトルに勝ち、そしてお前にたどり着く勝者を選ぶ。それが本物のルール」
そして銀色悪魔に告げる。
「俺たちは生き残り、勝った。言われた通り条件は揃った。たどり着いたぜ、お前がゴールだ」
拍手だった。悪魔が満面の笑みで拍手を繰り返す。
「いやあー、そこまで計画を理解している人間がいるとは。これはお見事! ワタシの完敗です!」
「お前、アサヒをどうした?」
「なにをおっしゃる、人間。アナタには最初に答えを見せてあげたでしょう?」
あの時、図書館で飛び散ったアサヒ。
つまり、あの瞬間、本物のアサヒは……。
「ワタシに喰われた。それだけですよ」
握り締めた拳。自分の手の平に爪が食い込む。
「楽しませてもらいましたよ。最高だったでしょう、ワタシのゲームは。遊びにきた甲斐がありました」
「遊びだと……」
声が震えた。
「どれだけの人たちが犠牲になったと思ってんだ。どれだけの痛みが、苦しみが、この街に溢れたと思ってやがる!」
「あらあら、悪魔に説教ですか」
もうアサヒは帰ってこない。
「……なんてこと……」
ヨルコのかすれた声。
俺は言葉を絞り出す。
「もうお前の目的なんて興味はない。だが何度やっても同じだ。この俺が必ずお前の計画をぶち壊す。必ずだ、必ず絶望させてやる」
「この銀色悪魔に絶望、とは……」
両手を広げ、天を仰ぐ。
「見事です! その意志も覚悟も殺意すらも素晴らしい!」
悪魔が深々と頭を下げた。
「勝者へ、そのデバイスは差し上げます。お好きにどーぞ。なにか望みがあれば、お聞きしますが?」
「…………失せろ、悪魔」
「承知しました。あとで取って置きのプレゼントを贈りましょう。期待してください」
そして悪魔は消えた。
完全に消失した。
マップに表示された生き残りデバイサーの人数が『二』と表示される。俺とヨルコだけだ。
デバイサー全員のアプリもデバイスもその機能を停止したのだろう。
俺たちの戦いは終わった。
アサヒはいない。
あの笑顔を見ることもできない。
あの声も聞けない。
もうアサヒは絶対に帰ってこない。
「ごめん、アサヒ。俺は……俺は助けてやれなかった」
「だって、レンガ。アサヒは……」
本物の悪魔が相手じゃ、どうしようもない。頭の奥では、ぼんやりと理解している。
それでも。
納得できるわけがない。
自分の無力さをひたすら呪った。
泣いていた。ただひたすら、涙が溢れた。
そっと肩に、ヨルコの手が添えられた。
「……レンガ」
彼女の声は、いつだって強い。
「お願い。立って、レンガ」
俺の背中を支える声。
「まだ終わってないわ」
ヨルコの言葉に、俺は顔を上げた。
「……まだあたしたちに出来ることがある」




