第9話『牙、牙、牙』-4
だが。
「お前の物語を」
俺はデバイスに触れた。
「<閉じる>」
アプリ発動。
握りしめたシャッコウの刃が眼前に届く直前、足下から本が出現した。
一冊の本が大きく口を開き、キバを丸飲みにした。
それだけ。たったそれだけだ。
あいつを飲み込んだ本が地面に消える。
デバイスから名前が消えた。
もうキバはいない。
悲鳴すらなく。この世界から消えた。完全に。ひとカケラも残さずに。
あいつは消えた。
体力の限界を超えて、俺も膝から崩れ落ちる。
「レンガ!」
駆け寄ってきたヨルコに抱きとめられた。
「無茶しすぎよ、あんた」
「仲間がいるから無茶できる」
「もー、やりすぎだよー、レンガ君」
「本当に死んだらどうするのよ」
「誰か一人くらい俺のために泣いてくれりゃあ、それでいいさ」
「バカ、あたしが百人分、泣く」
「そんな泣いたら枯れちまうな」
「じゃあ、泣かせるな」
「おう」
パシャというシャッター音。
ユウトがスマホで写真を撮っている。
「ウチのお姉ちゃんが発情中……」
「こら、ユウトーっ!」
「元気だなー、お前ら」
あいにくこっちはボロ雑巾だ。
そしてデバイスに表示されたメッセージ。
『残りデバイサー、二十』
「さあ、あと二十人だよー」
やけに明るいアサヒ。
「いや、もう終わりだ」
「もー、なに言ってんの、レンガ君」
「終わりなんだよ、このバトルは」
事実を晒す。
「姿カタチは同じでも、中身がまったく別物なんだよ、お前は」
言い放つ。
「お前、アサヒじゃないだろう?」
アサヒはこんなヤツじゃない。
こんなデバイスを手に入れたからって、はしゃぎ回るヤツじゃない。
もう現実は否定できない。
「五本市で吹き上がった血の柱。もう封印は解けたはずだ。銀色悪魔、シルバーエンカウント」
喉の奥でアサヒが笑う。低く低く。
「ククク。ワタシがこの地に封印されていた悪魔……って説明は不要ですよねえ?」
アサヒの姿をした悪魔が、アサヒの顔で、アサヒの声で笑う。
「正体、現せよ。悪魔」
「いつから……お気づきでしたか?」
あいつはいつも大人しくラノベ読んでるような奴だった。
性格も仕種もすべてが違う。
「……最初から違和感はあった。どんな呪いだか魔法だか知らないが、人間の絆を舐めるなよ悪魔」
「クク、ばれてましたかー。負けだよ、負け! 認めましょう、ワタシの負けです!」
悪魔が目を見開く。
「せっかくだ、教えてあげましょう」
銀色悪魔が指を一本立てて、講師のように説明をはじめた。
「もう分かっている。あの学園そのものが巨大な結界だった」
「その通りです。……ですが所詮人間がつくった封印なんて時間と共に色あせる。そして緩くなった結界の隙間から、ワタシは人間を喰いはじめたのです」
それが行方不明事件のはじまり。すべてのきっかけ。
「お前が原因か」
「おいしくいただきました」
おそらく興味本位だったのだろう。
銀書学園で最初に召喚の儀式をした生徒が最初の犠牲者。最初の行方不明者。




