第9話『牙、牙、牙』-3
「敗北宣言でも聞かせてくれるのかァい?」
「勝てばいいだけの話だろうが……」
痛みで指先すら動かない。身体の自由がきかない。
「おうおうおう、じゃあ言ってみろよ、死ぬ前にカッコイイ最期のセリフでも吐いてみろよ、レンガ! レンガ! 壁無レンガァァァーッ!」
だから言ってやった。
声を、言葉を絞り出す。
「ここがお前の最終回だ」
叫ぶ。
「発動しろ……<ブレイク>!」
ヒビだらけのデバイスが反応した。
自分が瀕死の時のみ発動できる<ブレイク>と、画面に触らずに発動できる<ノータッチ>。これで二種類のリキャスト。俺が使えるアプリは、あとひとつ。
「なに言ってやがる。お前が死んで終わりだろーがァァァーッ!」
アプリ発動。その効果によって青き竜。ザラ消滅。
<アプリ/ブレイク>
ブルードラゴンが一瞬で消えた。
「なんだとォォォーッ!」
まだ終わらない。ヨルコの絶叫。
「行っけえええーっ、レンガあああーっ!」
もう止めることのできない、自分を中心に広がった血の池。
「ヒール、ヒール、ヒール、ヒール、ヒール!」
コピーによる回復量、五倍。
血管が、肉が、骨が、ちぎれた細胞が、飛び散った血液すらも吸い込んで、俺の全身が再生していく。まるで映像を巻き戻したように、制服すらも再生した。
失った身体を取り戻す。瞬時にすべてが再生された。
自分の足で立ち上がり、一歩、一歩、近づく。
「ここに来る前に確認したんだよ。他にコピーできるアプリがないのか」
キバに歩み寄る。
もうシャッコウもいない。五ブロックのザラもいない。
「たった一回の回復じゃあ、俺は死んでた。でも回復量が五倍なら話は別だ。完治は無理でも、ほとんどの傷を塞ぐことができる」
「オレ様が負けるわけねえだろ……こんなザコに……」
「負けるんだよ、お前は負ける」
キバを守るスキルもない。
「たった一ページで世界が変わるなら、俺がその一ページになってやる」
一対一。邪魔するものは何もない。
「お前は命の重さを知らない。俺を殺した時点で、お前の負けは決まっていた」
たった今、俺を殺したことによって<ブレイク>がはじめて発動できた。
「俺を殺さなければ、お前の勝ちだったよ、キバ」
ちぎれた身体がひたすら痛む。かろうじて接合しているだけなのか、なんとか足を引きずり奴に近づく。
「あと十秒だ。あと十秒もあればシャッコウのブレイクが終了する。そのツラ見るのもあと数秒だぞ。砕くぞ、このオレ様が砕くぞ!」
「それは無理だ」
ここにいる。
壁無レンガがここにいる。
「もし俺が一枚の壁なら、その壁は決して壊れ無い」
そして告げる。
「折れないんだよ。俺の心は」
目の前にキバがいる。
多くのデバイサーの命を奪った男。溢れるほどの罪を吐き続けた男。
「オレ様が……こんな、こんな所で……」
顔中にびっしり汗を浮かべるキバ。
「負けるわけねえだろうがァーッ!」
さきほど周囲に飛び散ったシャッコウの牙。鋭いナイフとも思えるその破片を拾って、切りかかってくる。
こちらは丸腰。武器もなく、もはや避ける気力も体力もない。
対してキバは、あり余る殺意をもって俺に迫る。




