第3話『メイドもどき』-6
途中まで吸い込まれていたので、俺だけが空中に投げ出された。そのまま落ちる。
まだだ、カリン本人が動ける以上、このバトルは終わらない。
次のアプリがくる前にトドメを刺す。とにかく走った。数メートル先にカリンがいる。
だが、ここからどうやって仕掛ける?
奥義は無理、足止めのホールドも無理、幻覚のハルシネも無理、どれもリキャスト中で発動できない。
だったら<ノイズ>で強烈な騒音でも出すか?
ダメだ、インストールしてない。
おそらくあと数秒でテーブルクロスのブレイクが解除される。ここであれを出されたら逆転される。
「レンガ! 水、出して!」
背後。聞き慣れたヨルコの声。
考えるより先にデバイスをタッチ。<飲料水>アプリを発動。
それは五百ミリリットルのペットボトルで出現した。たっぷりの水。「出せ」ってことは、このままじゃ意味がない。それを空中にばら撒く。
デバイスに表示されたヨルコのアプリ<氷結>。言いたいことは分かった。
「<氷結>発動!」
すかさずヨルコがターゲット設定。ターゲットにされた水が、空中で槍のような状態で氷結した。
凍りついた凶器。鋭く尖った先端。念願の武器が目の前にある。
「もらったあああーっ!」
迷わず氷結の槍を掴んで突っ込む。
接近戦。カリンの左腕、デバイスに槍を突き刺す。
衝突の勢いで倒れるメイド。同時にあっけなく砕け散る槍。
デバイス本体にブロックルールなんてない。タブレットの防御力なんてたかだか知れている。
「たとえ悪魔が造ったデバイスでも……」
カリンのデバイス画面に亀裂が走った。
そのヒビはデバイス全体に広がり、もろくも砕け散る。
「同じ悪魔が造ったアプリなら破壊できると思ったんだよ」
デバイスが破壊された瞬間、マップに表示されていたデバイサー、白花カリンの名前が消えた。サバイバルの権利消失。
「自分から突っ込んでくるなんて……」
役目を終えたデバイスの破片が足下に転がった。
「無茶苦茶するわね。私よりクレイジーだわ」
「それがイイ男に見せる演出ってやつさ」
「惚れちゃうわよ」
カリンの腕をとって助け起こす。
「悪いな、ハーレムエンドは好みじゃない」
「ってか、あれだけの大ケガして死なないって、アンタどんだけ強いのよ」
「ちげーよ。死なない奴が強いんじゃない。死ねなかった奴が強いんだ」
諦めた様子で、メイドが目を閉じた。
「みんな命がけよ、殺しなさい。それがルールでしょ」
デバイスを失った途端、すっかり毒が抜けておとなしくなった。
「なに勘違いしてんだ。銀色悪魔はそんなこと言ってねえよ。どいつもこいつも死んだ殺した。それしか考えてない」
銀色悪魔シルバーエンカウント、あいつは最初に<生き残れ、勝利せよ>と言った。
「皆殺し、なんて言ってないんだよ」
カリンがハッとした表情を浮かべた。
「確かに……そうね」
「こうやってデバイスぶっ壊せばバトル終了だ」
「あの悪魔の影響を受けないなんて……もしかしてアンタは特別かしら?」
「いや、単純な話さ。俺は正義のヒーロー気取ってみたいだけだ」
「だったら成し遂げてみなさい。この戦いをアンタが終わらせてよ。……楽しみにしているわ。正義のヒーローさん」
カリンが軽く拳を突き出してきた。
こっちも拳を突き出し、コツンとお互いの拳がぶつかった。
「……新しいご主人様を探すのもメイドのたしなみよ。こんな戦場でくたばるつもりなんて無いわ」
「バイトだろ、メイドもどき」
「もどき言うな」
ま、こいつなら自力でなんとかするだろう。
「デバイサー同士のバトルはハデだからすぐ分かる。巻き込まれないようなルートを選べば街から脱出できるだろ」
「……ちなみに次に会った時、なにかご注文はあるかしら?」
隣りのヨルコと目が合った。
「じゃあ、クリームソーダで」
ミニスカートをふわりとひるがえし、背中を向け去っていくカリン。
離れていくメイド服。
そしてデバイスの隅にメッセージが表示された。
『残りデバイサー、五十五』




