第3話『メイドもどき』-4
「殴って良し、刺して良し。しっかり赤いモノが出ちゃうわよう!」
テーブルクロスを無造作に掴んだカリン。真っ白なテーブルクロスが細長くまとまり、突然ガッチガチに硬質化した。
大型アプリだけでなく、接近用の武器アプリまで常備してんのか、このメイド。
長さ、大きさ、さながら野球のバットだ。それを楽しそうに振り回している。
伸びる、広がる、刺さる、次の動きを予測しづらい。
なにより先にメクリを始末した演出に『押されて』いる。気圧されている。
死にたくないという恐怖が、本能が、チャンスを逃し俺を後退させる。
そこへ踏み込んでくる白花カリン。動きにくいメイド服とは思えない俊敏な足さばき。
「こいつのどこが淑女だよ!」
こっちは素手だ。武器がない。あの凶器を受け止めることはできない。簡単に指の数本は持っていかれる。
破損した道路。足場が悪い。
よけたつもりがバランスを崩した。
テーブルクロスが急激に伸びる。長いリーチ。笑うメイド。
「痛いの、痛いの、飛んでけー!」
バットのフルスイング。
回避できない。
顔面に強烈な一撃をくらって転倒した。痛みで数秒、起き上がれない。鼻の奥も口の中も血の味でお祭り騒ぎだ。
「レンガ!」
「前、出てくんな、ヨルコ。サポートは後衛でしっかり俺の背中、見てろ」
「……さっきの<飲料水>いれといて」
すぐそばまで来たヨルコが耳元でささやき、素直に下がった。なにか策があるってことか。
さっきハルシネを入れたので俺のデバイスは五ブロック。とりあえずそのままハルシネを削除。アプリのデリートは一瞬で済むので、さきほどの<飲料水>をインストール。
まだ発動はさせない。
「さあて邪魔なモブはお掃除しなきゃでしょ!」
「言ってろ、このクレイジーが!」
口の中の違和感。舌の上に転がっていた異物をペッと吐き捨てる。
「無理しないで、ヒールもあるんだからね!」
後ろの相棒に言ってやった。
「心配すんな。奥歯、一本!」
立ち上がり、ビシっと親指を立てて勝利宣言。たぶん右の奥歯が砕けた。ちょー痛ぇ。
「見てろ、俺が勝つ!」
「ふん、負けないわ。このメイド人生のプライドに懸けて」
「バイトメイドがなに言ってんだ。俺だって負けるわけにはいかないんだよ。来週、マンガの続きを読まなきゃいけない。俺のマンガ道にお前のプライドは含まれていない! 俺の命、俺の人生、俺の生きざま、すべてはマンガから錬成されている!」
まだすぐそこに巨大洗濯機がいる。うかつに近づけない。あれの射程距離がどれくらいなのか判断つかないが、もし吸い込まれたら溺死確定。
あれに接近してはいけない。
「アプリを使っても勝てない。自力でも勝てない。それでもまだ立つの?」
「明日、歩けなくてもいい。今を生きなきゃ意味ねえだろうが!」
「熱いわねえ、マンガ少年……。じゃあ今、現在をもって冷たくなりなさい!」
フェンシングさながら迷いのない突き。
一撃だった。
真っ白なテーブルクロスが俺の腹に刺さっている。
カリンが怪訝そうに眉をひそめ、止まった。
「…………なんてこと。赤いモノが、出ない!」
「ちょいと踏み込みが甘かったな」
テーブルクロスを掴み、片手で制服の中から分厚いマンガを引っ張り出す。
「いつでもどこでもマンガ読めるように、制服に週刊マンガ忍ばせておくのは男子学生のたしなみだろうが!」
「メイド業界にそんなたしなみは無いわ!」
邪魔になったズタボロの週刊マンガを投げつける。もったいないが命が優先。
不意をつかれ一瞬たじろいだカリン。そのタイミングでテーブルクロスを両手で握り、自分の全体重を乗せて引っ張る。
カリンの手を離れた瞬間、硬質化が解けてただの布になった。
<アプリ/ブレイク>
白い布が消滅。
「自分の手を離れたらブレイク。そういう条件の武器もあるのか……」
まずはこのメイドもどきを沈黙させなければいけない。
すると近くで<全自動メイド革命>がピーっと鳴った。
「なんだよ、今度は」




