第3話『メイドもどき』-2
どうやら手元を見ている。さすがに遠すぎて声が聞こえない。アプリ発動か?
「トリガー、下がりましょう」
「ん?」
急に空が暗くなった。見上げる。何か降ってきた。
「あっぶねーぞ、おい!」
「ひゃあああーっ!」
三人で猛ダッシュ。さきほどまでいた場所に巨大な食器棚が落ちてきた。いつの間にか相手のテリトリーに入っていたらしい。
マップに表示された情報を確認。二ブロック<淑女のたしなみ>アプリ。
「どこが、たしなみだよ!」
十メートルほどの食器棚。見上げるほどにデカイ。そいつの両開きドアがオープン。
中には洋風デザインの食器が並び、お皿やティーカップにはなぜか目が付いている。
奴らの目が、こちらを見た。
「このパターンは……」
「たしなみが走り出したわよ!」
食器棚、自走をはじめました。
巨大な棚そのものが目を開けた。
荒れたアスファルトの地面でガタガタ揺れながらこちらに突進してくる。
そしてナイフ、フォーク、お皿にスプーン、ティーカップ。目を開けたあらゆる食器が高速で飛んできた。
「この凶器のどこが<たしなみ>なんだよ!」
次々と地面に突き刺さるたしなみ軍団。なんとか回避しながら少しでもデバイサーに接近をこころみる。
普通の民家、マンション、コンビニも、どこもかしこも半壊、全壊。
電柱は倒れ、道路は砕け、ついさっきまでここが戦場だったと思い知らされる。
その中で、なぜか相手デバイサーはメイド服だった。
「さあ、クレイジーにきれいサッパリ死になさい!」
敵がクレイジーってことだけはよく分かった。
巨大な食器棚を観察する。
ターゲットに直接、投下、追尾、攻撃。二ブロックにしては優秀なアプリだ。
そして当たり前のようにメクリではダメージを与えられない。
いきなり<奥義>という選択肢は無しだ。
もしその一発が外れたら詰み。終わり。ゲームオーバー。
ヨルコともども、ぶっ殺されて打ち切りエンド。
あいにく俺はまだ次のページをめくりたい。
「どうするの、レンガ」
確実に俺たちを追ってくるあの動き。<淑女のたしなみ>ってアプリは、どうやらデバイサーの指示で追跡、攻撃を繰り返しているわけではなさそうだ。
目だ。
あのアプリはターゲットを目で認識して追ってくる。
「視覚を奪う……」
だとしたら俺のアプリでも対抗できる。迷わずあれをインストール開始。
「もっと赤いモノを出しなさぁい!」
「メイドがクレイジーなこと言ってるぞ!」
どこかで見たことのある格好だった。
確か近所のメイド喫茶の衣装だ。客寄せのために学園近くでチラシを配っていたのを覚えている。
「殺せ、殺せ、みな殺せい!」
どうやらデバイサー全員に共通している症状だが、極端に殺意衝動が増加している。
キバもトザン刑事も、このカリンとかいうメイドも同じ。
すべてあの銀色悪魔の影響なのか。
「さあて、反撃と行こうか!」
インストール完了。
たった五秒の幻覚効果。
「<ハルシネ>発動!」
どんな幻を見せられているのか、食器棚が急ブレーキをかけた。とはいえ、十メートルほどの巨体、棚の下段は動きを停止しても上段は止まれない。
スピードを殺せなかった食器棚が、勢いそのまま前のめりにぶっ倒れた。
「なんてこと! これから色彩豊かな前菜が並ぶというのに、テーブルマナーを守らないご主人様は……漂白してやる!」
コンクリートの道路にナイフもフォークも刺さってるんですけど。
テーブルに並べるつもりないだろ、こいつ。




