第2話『刑事発砲』-3
が、いつまで経っても痛みがない。
真っ白な髪が目の前でふわりと揺れた。
メクリだった。
俺のデバイスが、アイコンが点滅している。
そこには『スキル発動』のメッセージ。
「スキル発動……?」
俺は何もしていない。自動的にスキルが発動したのか?
「銃弾より速いだと……」
トザンが愕然とした表情でメクリを見ていた。
「速いのではありません。割り込んだのです」
彼女の小さな手から、受け止めた銃弾がこぼれ落ちる。
「私はコマのアプリ、メクリ。左ページの最後に割り込む。それが私のスキル」
説明が続く。
「あのままではマイトリガーが死んでいました」
まさか、たった今……現実をねじ曲げたのか?
「よってスキルを発動。マイトリガーの最期を否定しました」
未来否定。俺の死亡条件のみ強制キャンセル。
できるわけがない。
それが人間の常識なら、できるはずがない。
「そういうことか……」
普通に考えりゃ不可能なことも、このデバイスは可能にする。
悪魔が造った最高に危険なアプリ。
「とんでもねえスキル持ってたな、メクリ」
「ですが一度発動すると一時間スキルは封印されます」
「スキルにもリキャスト時間があるのか」
「その時に死なれると何もできません。どうかワタシのおっぱいを揉む前に死なないでください。マイトリガー」
「がんばります」
「がんばるな、ヘンタイ」
ヨルコに耳を引っ張られた。
「あたしたちに戦意はありません。意味なく殺し合う必要もないはずです。トザンさん」
「ああ。……だな」
どこか諦めた様子で拳銃をホルスターにしまい込む刑事さん。
「銃を無効化するなんて、とんでもねぇオモチャだな、それ」
確かにとんでもない。銃弾よりよっぽど危険だ。
「いきなり撃つのはどうかと思うけどな」
「すまんな、察してくれ。こっちも簡単に死ぬわけにはいかないんだ。自分の命を懸けているなら先手必勝だろ? この辺りバケモノしかいないんだぞ」
同感だ。死にたくなければ普通は先手を取りにいく。ただし俺のようなゴミアプリしか持ってない奴がどんどんネタバレで先手を狙うと自爆する。
勝つためには、あえて後手からの逆転を狙うしかない。
「で、ちなみに刑事さんはどんなアプリ持ってます?」
参考までに情報収集をしておこう。
「ああ、オレの腕に噛みついてるヤツな……なにぶん、オレはケータイも満足に使えないオッサンだからよう、この、でばいすってヤツの使い方が分からねえ」
それは致命的だ。なんでこの人デバイサーに選ばれたんだ……。
「刑事さん、このデバイスが使えなきゃ生き残れないぜ。絶対に」
「べつにオレは、悪魔に叶えてほしい望みなんてないんだ。ここから無事に脱出できればそれでいいんだが……」
ヨルコが首をかしげる。
「車は? パトロール中ではないんですか?」
「真っ先に吸い込まれた。デカイ洗濯機に」
どんなアプリだよ……。
車を飲み込む洗濯機。いまいちイメージできない。
「小石を蹴り飛ばせばバケモノに当たる。この街は狭すぎる」
「平和な日常が地獄に変わった。俺たちも存分にそれを見てきたよ」
「ああ、たった一時間でここまで狂っちまったな」
ボサボサの髪をさらにかきむしる。
「署の連中とも連絡取れねえし、街中このありさまなのに外部から応援も来ない」
確かに警察が動いている様子がない。まさか真っ先に潰されたのか?
「最近ニュースでやってたから知ってるだろ? 学校の生徒が行方不明って話。見回り中だったんだが……」
皮肉げに薄く笑う。
「巻き込まれて、このザマよ」