第1話『戦場学園』-1
べつに人生を悲観しているわけじゃない。悪い予感が当たっちまったら、舌打ちひとつで済む話さ。
ま、その暇があればな。
ステンレスのドアノブに手をかける。
無造作にドアを開けた先、間接照明が柔らかに広がる見慣れた光景。
学園の図書館。
ただし普通の図書館ではない。ここは国内トップクラスの規模を誇る巨大図書館だ。
視界を埋め尽くす大量の本棚。それはそれは抜群のラインナップで小説、雑誌、地図に辞書。さらにマンガまである。
マンガ好きの俺としては非常にココロ踊る環境だ。なんせ週刊マンガまでキッチリ毎週置いてある。先生、分かってんなー。
授業が終わって放課後。まだ数人の生徒の姿があった。俺と同じやたら白い制服。この制服は清潔感を手に入れた反面、カレーとミート・スパが全校生徒の天敵となった。毎日、昼の食堂でたいがい誰かの悲鳴があがる。
が、この場所には関係ない。
ここはいつでも静かな図書館だ。自分の靴音だけが遠慮がちに広い空間に響く。
自然と目にとまるのは、床から天井まで高く伸びた複数の銀の柱。
銀書学園。
名前の由来となった大きな銀の柱で、学園のいたる所に太い柱がそびえ立つ。まるでなにかを封印する結界にも見える。
この学園は小中高一貫のエスカレーター式。創設者の教育方針とかで、書物を愛しなさいって意味でこの名前が付けられたらしい。
俺は壁無レンガ。銀書学園の高等部二年だ。
今日は前回借りていた少年マンガを返しにきた。
カウンターで貸し出しカードを整理していた女性の図書先生に本を渡す。
「最近、生徒の行方不明事件が多発しているから。帰る時、気をつけなさいね」
返却の手続きをしながら小声で先生が言った。
この街で毎日話題になっている事件。夕方のニュース番組でレギュラーコーナーまでつくられている。
どういうわけか、ウチの学校の生徒ばかりが狙われていた。学年も性別も関係なし。ここ一ヶ月くらいのことだ。とにかくウチの生徒が姿を消している。警察も捜査しているが進展なし。誰一人、発見されることなく帰ってこない。おかげで学園の周辺でパトカーを多数見かけるようになった。
本人みずから失踪したのか、誘拐されたのか、それすら不明。
仮に誘拐事件だとしても、犯人からの連絡もなく身代金の要求もない。
かと言って消えた生徒が遺体で発見されることもない。文字通り消えてしまったのだ。
日常と隣り合わせの異常。
事件を恐れて休みがちの生徒も多少増えたが、ほとんどの生徒は「自分は大丈夫」と楽観的に登校してくる。身近な事件すら日常の一部らしい。メンタル強いよなー。
あ、俺はマンガ目当てな。のんびり休んでらんねーっての。
「次は何、みよっかなー」
新たな獲物を求めて、高く大きい本棚の隙間をめぐる。
不意に足が止まった。
「……レンガ君」
声。聞き覚えのある少女の声。姿は見えない。
かすかな呼び声に誘われ足が向く。
本棚の奥。声をたどった先に気配があった。
そこにいたのは幼なじみの少女、照喜名アサヒ。もともと家が近所で、子供の頃からずっと一緒にいる存在。かなり小柄で到底同い年とは思えない。小さい頃から小さかった、成長してもやっぱり小さなプチ女子高生。
「どうした、アサヒ」
足下に散らばる大量の本。あまり見慣れない古そうな皮表紙。ツノの生えた動物の絵が表紙になっているが、一見しただけではジャンルまでは分からない。
全体的に黒い本だった。不思議な威圧感がある。
「アサヒ?」
なぜか空気が重い。息苦しい。背後から押さえつけられているような感覚。
もう一度、幼なじみの名を呼ぶ。
今にも泣きそうな表情だった。ただならぬ雰囲気にこっちまで緊張が走る。普段からおとなしく小声で話すため、必然、こいつが喋る時だけ俺は聞き耳を立てるクセがある。かろうじて聞こえたアサヒのかぼそい声。
「ごめんね、レンガ君。私……」