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第五話

小さな春香(といっても今はこのネットワーク上のリソースを取り込んでかなりの大きさになっている)は、問題のPCを登録しているサークルを観察している内に、同じ部室にもう一台のPCがある事に気付いた。

そちらは例のPCに比べてスペックが低く、また使い方が粗かった様で、最近それなりのセキュリティが入った様だがそれ以前の様々な攻撃で生じたセキュリティホールの痕跡がいくつも残っており、それを利用して侵入する事は容易かった。

その操作履歴を確認した結果、こちらのPCは例のPCが入る前に使用されていた物で、例のPCが入ってからはサブ機として時折使用されるだけとなっている事が判った。

彼女はこのPCを乗っとると、シャットダウン動作を無効にして終了操作が行われたら画面と電源ランプを消灯して電源断状態を偽装し、常時可動し続ける様にした。

これで、言わば彼女専用の監視カメラを確保したのである。

それからPCの中を探っていると、会報誌のデータが見つかった。

日付順に内容を確認していった所、面白い記事があった。

「有望な新人来る!」

赤い太字で特筆されたタイトルに続き、新入生の永田政弘の素晴らしいPCスキルについて、面白おかしく記述されていた。

データのバックアップからOSの入れ換え、最新のセキュリティソフトの導入に至る鮮やかな手並みをユーモアたっぷりに称賛する内容であった。

更に次々と会報誌を読み進んで行くと、ついに決定的な記事を見つけた。

「太っ腹!永田君に全員最敬礼!」

というタイトルに続き、永田という例の新入生が自分のPCを提供した事に対する感謝の記事が、同じ様なユーモラスな調子で綴られていた。

これで、問題のPCの出所は永田という学生である事が確定した。

その後は造作もなかった。

このPC上に置かれている(放置されていると言った方が適切かもしれない)会員名簿から永田政弘の情報を探すだけである。

それはごくありきたりのデータベースツールに保存されている。

一応パスワードは掛かっているが、それを保持する管理情報はデータベースの一部に過ぎないので、見るべき場所を知っていれば簡単に読み出せる。

扉に錠前を掛けて(それも大した錠ではない)も、その横に鍵をぶら下げてある様な物だ。

すぐに永田の学籍番号から住所、携帯番号までが手に入った。

後は、ひたすら待っていた。


「お早う御座いまーす。」

その声に、木田は顔を挙げた。

「よう、加藤。今日は一人なのか?」

加藤は、いつの間にか自分が永田とコンビを組んでいると見なされている事に気付いていた。

お笑い等のコンビは、多くの場合『の方』(特徴的な外観その他によりコンビのアイデンティティを担っている方)と『じゃない方』(特筆すべき特徴を持たない、言い方を変えれば他の人間で置き換え可能と見なされる方)に分けられる。

その上で、俺はどう見ても『じゃない方』だよな、と内心で苦笑いしていた。

「政弘は今は倫理学1に出てますけど、僕は次の文学1を取ってるんで、時間割が違うんですよ。」

まあ、俺はあいつの様なPCスキルは持ってないし、運動神経はあいつ程壊滅的でも無い(実際の所は、彼のレベルは高校時代にバスケットで全国大会に出た程であり、間違いなく『大したもの』なのだが、全国大会の二回戦敗退で引退が決まった時、ガッツリと体育会系でやる以外にもスポーツと青春を楽しむ方法があるのではないかと思う様になった)。

そういう意味では良くも悪くも『キャラ立ち』(外部から見た明確な特徴を持つ事)していないし、永田程にこのサークルで役に立ってはいないから仕方ない事ではあるが、と特にその事に不満を感じておらず、むしろ永田を素直に尊敬しているといえた。

入学式後のオリエンテーションで着席した時、加藤はたまたま右端の席だったので、隣は左側の永田だけであった。

その時の永田は、見るからに内向的な『オタク』オーラを放っていた。

加藤の高校時代の友人関係には、オタク系の人間も含まれていた(彼の最大の自慢はその優れた運動神経ではなく交遊関係の広さなのだ)が、ここまで濃い、まるで煙が出るまで煮詰めた様なオタクは見た事がなかった。

興味をそそられた彼は、ついいつもの癖で話し掛けていた。

永田は声を掛けられた事自体に驚いていたようだが、それでも拒絶する事なく、むしろいじらしいほど懸命に受け答えをしてきた。

そうしてぎこちないやり取りを続ける内に、永田が意外に悪いやつではないと感じられてきた。

もっとも、加藤の恐ろしく広い基準で見て『悪い』やつというのは滅多にいないのだが。

「この後、多分ここに来ると思いますよ。」

そのとき部屋の隅で電源が入っていない筈の古いPCが微かに唸り始めたが、その事に気付く者はいなかった。


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