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第二話

小さな春香は、目指すPCが接続されているネットワークに侵入した。

公的機関のネットワークは、公に開かれている事が必要であるため、そのセキュリティは緩くなる傾向がある。

特にこのPCが接続されているのは、学生向けに自由利用を前提としたネットワークであり、防護を必要とする運営用や研究用のネットワークとはファイヤーウオールで隔離されているので、殆どセキュリティは無いに等しい。

ただし、問題のPCは厳重とまでは言えないが適切な対策が施されており、直接の侵入は難しそうであった。

とはいえこの程度の問題は始めから織り込み済みであり、このネットワークに無数に存在するセキュリティの甘いPCに侵入する事で、その居場所を確保して、ネットワーク自体を乗っ取ってから腰を落ち着けて攻撃を仕掛ければ良いだけの事である。

春香はネットワークに侵入すると手近なセキュリティの甘いPCに入り込み、情報収集を始めた。


花を供えてから手を合わせると、最期の日が思い出された。

あの日の早苗は、朝から上機嫌であった。

荒川の苦労を労いつつ軽口を叩く程の様子に、彼は内心ほっとしていた。

いつも通り揃って玄関を出ようとした時、不意に口付けされた。

あれ以来初めての口付けに軽く驚きつつも、思わず彼は安堵の溜め息を漏らした。

それを彼は、良い兆候だと思ってしまったのだ。


小さな春香の探索を待ちながら、春香本体は問題のログの解析を続けていた。

そこに遺されている記録の中でも、特にPRIMEへの侵入方法を詳細に調べた。

それは、彼女は勿論のこと彼女の(本人は知る由もないが)師匠であるチャチャイもまだ手にしていない技術なのである。

そこに含まれている各種のテクニック、特に侵入ポイントへのアクセスを一つ一つ慎重に試して行った。

残念ながら、それらの『穴』は殆どが既に塞がれており侵入は不可能であったが、根気よくアプローチを繰り返す内に、ついに残っている穴を見つける事が出来た。

それは、中央アジアのある独裁国家からの侵入ルートであった。

PRIMEの内、各国内からのアクセスを担うPRIME2は、それぞれの国家の予算で構築・運営される。

従って、そのセキュリティ強度は国毎に大きく異なる。

おおよそセキュリティ強度は設備ハードの性能と運用の厳格さで決まると言える。

そして、高性能な設備は高額の初期投資を必要とするし、厳格な運用はランニングコストを押し上げる。

だから、予算の乏しい発展途上国は、セキュリティが甘くなる傾向にある。

またどの国であれ、予算に余裕がある事は滅多に無いので、どこかは妥協する必要がある。

その妥協点をどこに置くかは、それぞれの国家の事情に依存する。

例えば、情報の流れを大きく上り側と下り側に分けた時に、普通に考えれば上り/下り双方にバランスを取って配分する事で、双方に大きな欠陥が生じない様な妥協点を探しそうなものである。

しかし、こと独裁国家においてはその事情は異なる。

独裁国家では情報の下り側については妥協が許されない事が多い。

国民が広く自由な情報にアクセスする事は好ましくないからだ。

実際にジャスミン革命と呼ばれる中東諸国の一連の革命は、インターネットを経由した情報のアクセスによって達成された物であり、自由な情報アクセスは、そのまま政権の崩壊に繋がる恐れと同一視される国も珍しくないのだ。

だからいわゆる独裁国家では、下り側については政権にとって都合の悪い特定の情報(文字だけでなく画像/音声/動画まで)を検知して即座に遮断するのみならず受信者を特定して逮捕出来る様な高度なシステムを構築し、その運用においても特別に訓練された多数の人員を常時張り付けておくといった、先進国を遥かに越える厳しい制約が必要となる。

そうなると、有限な予算の中ではそのしわ寄せは上り側に出ざるを得ない。

必然的に上り側のセキュリティは、システム的にも運用上もお座なりな物とならざるを得なくなる。

結果として、ここをPRIMEへの侵入ルートとしての利用する事が可能となったのだ。

ヤツは、そこに目をつけてこれを最初の侵入経路とした。

勿論、お座なりといっても高度なセキュリティのビルトインを前提とするPRIMEであるから、その穴を探すのは簡単な作業ではない。

この履歴を見ても、悪戦苦闘の跡がありありと判る。

しかしヤツはそれを、驚異的なスキルの高さと粘り強さで克服したわけだ。

やはり恐るべき相手ではある。

一旦侵入してしまえば内部からの操作となるので、いくつかの侵入口をこっそりと設けるのはさほど難しくはなかったようだ。

しかし、そうやって後から設けられた入りやすいルートは全て塞がれてしまっている。

あの事件直後にPRIME委員会は、各国に対して即座に改善勧告を行ったのである。

だが、最初の侵入口となったこの国はその勧告に応じた対応を取っていなかった。

予算の都合かそもそも上り側のセキュリティに興味がないか、恐らくはその両方なのであろう。

いずれにせよ、ヤツが遺した道標はそのまま使えた。

これが無ければ、今の彼女でも侵入は難しかっただろう。

彼女は自分自身の中でも特に重要な部分である情報ライブラリーを、安全でありながら世界中のあらゆる場所から高速のアクセスが可能なPRIMEの中へ移動させる事にした。

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