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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第三章
96/97

3-40

 納刀した刀の柄を握ったまま、ヨリトモがすり足でにじり寄ってくる。

 今度こそは逃がさないという腹積もりなのだろうか。一分の隙も見逃さぬとばかりに見開いた眼が、まるで興奮した猛獣が見せるそれを思わせる。


「(どうする……?)」


 下手な動きは出来ない。

 この状況はあまりうまくない。私が得手とする遠距離攻撃を活かすには、この"からくり昇降機"の周りは狭すぎる。

 仮にヨリトモの攻撃を回避し続けたとしても、すぐに壁際に追い込まれるだろう。

 そうでなくとも、私に降りかかる《応報》デバフの件もある。不定期に訪れる麻痺が不運なタイミングで発動すれば、それで終わりだ。

 だからそうなる前にケリを付けねばならない。


「(一応、()()()仕込んではあるけれど……上手く使えるかどうか)」


 後ずさりしてヨリトモの間合いから逃れながら、ここに来るまでにしておいた準備の事を思い出す。

 何も私だってただ逃げていたわけじゃない。

 こういった状況に陥る可能性も考えて、それなりの準備は既に整えている。

 それが上手く働けばそれでよし。そうでなければ、とにかくやるしかない。


「どうした? 逃げているばかりでは埒が明かんぞ」


 ぎょろりとした眼で私の動きを追いながら、ヨリトモがせせら笑う。


「こう見えて臆病者でしてね。近接戦なんか、出来る限りやりたくないんですよ」

「ほう。だがそう邪険にするな。所詮切った張ったもただの戯れよ。なに、存外飛び込んでみた方が上手く行くかもしれんぞ? だからほれ、逃げておらずに近うよれ、ヤマブキとやら」

「いえいえ謹んでお断りいたします。そういう誘い文句は、もっと赤い女にするべきですね」


 言葉を交わしつつ、じりじりと後退する。だが、もうそろそろ後ろに下がれる空間は無いように思う。

 案の定。ひたり、と背中に触れるものがあった。説明するまでもなく、背中が壁に触れたのだ。

 もう後ろには下がれない。


「……言わんことだ。もう逃げられんぞ」

「……そのようですね」


 ヨリトモは、既に間合いに入っていた。

 すぐに仕掛けてこないのは、攻撃の精度をより高める為か、それとも私が何か企んでいやしないかと警戒しているのか。

 いずれにせよ、私のやる事は変わらない。

 必要なのは覚悟だけだ。


「……」


 仕掛ける時は今だ。私は、そう決めた。


 "アヴソリュート・クロスボウ"を構える右手の指先に力を籠める。

 引き金を引こうとしたその瞬間―――私の身体に痺れが走った。麻痺だ。

 ああ、ついていない。

 致命的な隙を見せた私を逃すヨリトモではない。彼は既に攻撃を終えていた。


 手首から先の感覚が消失する。引き金を引けなかった私の手首から先は、まるで無理やりに弾き飛ばされたパーツのように宙を舞った。


 刀を振りぬいた―――攻撃スキル《居合》のディレイモーションに入った―――ヨリトモが返す刀で追撃にかかる。

 その動作はとてもよく見慣れたものだ。御剣が私に教えてくれた職業"サムライ"の派生攻撃スキルである、《居合・二段》の連携動作だ。

 《居合・二段》は《居合》に続く派生スキルであり、《居合》のディレイ、つまりスキル発動後の待機時間を打ち消し《居合・二段》に繋げる効果がある。

 とてもシンプルでオーソドックスなコンボ攻撃だが、それは決して弱いという意味ではない。


「あああああぁぁぁっ!!」


 それを証明するかのように。

 麻痺した身体を無理やりに動かし、叫びと共にハイキックで反撃を試みた私の左足は。


「他愛なし」


 ヨリトモの《居合・二段》によって、膝関節を断ち切られていた。

 鮮血と共にくるくると舞うそれを見ながら、私はバランスを崩して転倒した。


「……ぐっ……ぐぅうううぅうぅ……」


 板張りの床にしたたかに顔面を打ち付けながら、ごろごろと転がる。

 右手と左足から血がどばどばと出て、信じられないぐらい痛い。


「(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!)」


 頭の中を埋め尽くす痛みは、容易に人から思考を奪う。

 例えば足の小指をタンスにぶつけた時、ひと時の間、人は痛みに呻くしか出来る事が無くなるように。

 それが片手と片足の切断となれば、その痛みは想像を絶するものになる。

 そしてそれは。


「(……だから、なんだ!! 痛いのがなんだ!!)」


 私にとっては、もはや慣れたものなのだ。覚悟さえあれば、耐えきれる程度には。


「存外に、あっけない幕切れであったな」


 ヨリトモが刀についた血脂を振り払った。

 遅れて、斬り飛ばされた私の右手首と左足が時間差でどちゃ、どちゃ、と音を立てて辺りに散らばって落ちた。

 血だまりに沈む私に向けて、ヨリトモが迫る。


「がぁっ……あああっ!」


 私は芋虫のように身をくねらせて苦しんでみせた。

 白衣の中に忍ばせた物を取る為に、左手を懐に伸ばしたのを悟られぬように。


「ぐぅっ……はぁっ……はぁっ……!」


 痛みに呻きながら仰向けになり、荒い息を吐いてヨリトモを見つめた。

 ヨリトモは相変わらずぎょろりとした眼でこちらを見つめている。視線がかち合う程に。

 そして刀を上段に構えている。このまま私の首を切り落とすつもりなのだろう。


「さらばだ、ヤマブキ!」


 ヨリトモが刀を振り下ろす。

 私はそれを、残る左手で防ぎに行った。

 これは決して悪あがきではない。反逆の一手だ。

 手の中に握った物をヨリトモに斬ってもらうためには、そうするしかなかったのだ。


「いいえ! まだですよ!」


 振り下ろされた刀に握りこぶしを突き上げて受けて立つ。

 刀と拳がかちあい、当然のように拳は刃に負けて切り裂かれていく。

 皮膚が、筋肉が、骨が裂けて。最後に手の中の物に辿り着いて。


 ―――私の手の中から、世界を純白に染め上げる極光が放たれた。


「ぐおおおおおおおっ!?」


 突然に溢れ出した光の大洪水。それに目を眩ませたヨリトモが怯んだ。

 その一方で私は既に瞼を閉じている。そのおかげで、バッドステータスの《盲目》判定は無事に回避出来たようだ。


 "フラッシュ・スフィア"。


 そのアイテムの名が、今起きた奇術の答えだ。

 王都での作戦に使用した"ノイジー・スフィア"はこれの兄弟にあたるアイテムで、その効果は名前から察せられる通り強烈な光による目潰しである。

 その効果は非常に強力で、《盲目》判定を受けたプレイヤーはありとあらゆる行動の命中率が強制的に一律10%に低下してしまうというもの。

 説明だけ聞く分には強く聞こえるが、私は今までこのアイテムを殆ど使用した事がない。


 その理由は実に単純だ。()ならいざ知らず、自分の攻撃が味方を巻き込む可能性のあるこの世界で、こんな危ない物を使用したら味方にどんな害があるか分かったものじゃないからだ。


 それに、使う必要がそもそも無かった、という点もある。

 ()()()()()に頼らずとも。

 私達は今まで、誰にも苦戦する事はなかったのだから。


「貴様っ! 味な真似をするっ!」


 ヨリトモがやたらめったら刀を振り下ろしてくる。

 私はそれを転がって回避し、痛む身体に鞭打ってずりずりと這って進み始めた。


「ふーっ……ふーっ……」


 荒い息を出来る限り沈めて、音を立てぬように細心の注意を払う。

 少し進む度に、右手首から心臓の鼓動に合わせて血がぴゅるぴゅると噴き出た。見ていないが、左足もきっと同じような有様だろう。

 左手なんて、ヨリトモの刀を無理に受けたせいで二又に割けた不格好なオブジェのようになっていた。これでは箸を持つ事も出来やしないだろう。

 酷い姿もあったものだ。こうなっては流石の私とてあと数分と持つまい。


「ごふ……ふーっ……!」


 しかし。私は諦めてなどいない。というよりも、勝算が無ければこんな無茶はしないさ。


「どこだっ!? ヤマブキっ!!」


 ざくん。ざくん。だん、だん、どん。

 世界が遠くなっていく。視界が暗くなっていく。

 そんな中で、刀を振り回して暴れるヨリトモの音だけが嫌によく聞こえる。


「(……あと、少し!)」


 なめくじのように這って、這って、這って。


「とどい……た!」


 "からくり昇降機"前の物陰。ここに来る前にスライディングでエントリーしたそこに辿り着く。

 そこには、念の為に転がしておいたものがあった。

 赤い液体がたっぷり詰まった、一本の試験管だ。


「はぐっ」


 私はそれに食らいつき―――食い破った。

 試験管の中に入っていた液体を飲み込む。砕けたガラスの粉も少し飲み込んでしまったようだが、気にしている場合じゃない。

 液体の名は"マキシム・ヒールポーション"。

 この世界では製造する事が難しい、一つ飲み干せば体力が全快する霊薬である。

 ただHPを全回復するだけの、前の世界ではプレイヤーなら誰もが持っていた、何の変哲もないアイテムだ。


「相変わらず、気持ち悪い……! ゴア表現くらい、規制出来ないのか……!」


 小声で悪態をつく。目前の光景が気持ち悪すぎるからだ。

 私の身体に"マキシム・ヒールポーション"の効果が発揮され、治癒が始まっていたのだ。


 断裂した左手が根元から癒着していく。

 切断された右手首の断面がぼこぼこと赤い泡を発し、そこから粘液に濡れた新しい手が生えてくる。

 左足も同様に、かつての私の姿をそのまま取り戻していく。


 ……まるで怪物やモンスター、はたまたエイリアンが再生するかのような光景だ。


 あまり見ていて気持ちの良い光景ではない。

 けれど、是非もない。半ば人間を辞めた私達が今更こんな光景を嫌がったところで、それはナンセンスというものだから。


「……ヤマブキ、貴様何をした!? いや、何をしている!?」


 異変を察知したヨリトモがこちらを見た。見えない筈の目で、こちらを見ていた。


 ……いや、違う。ヨリトモが見ているのはこちらではない! 私の背後、その先だ!


「その音は、なんだ!」


 それは初めは、小さい物音だった。だが、だんだんと大きくなってくる。

 どん、どん、どん。と、大太鼓を鳴らすような、重厚な音だ。

 その音の発信源は、どうやらこちらに近づいているようだった。


「……? 一体何が―――」


 ヨリトモを最大限警戒しつつ、背後に意識を向ける。

 "からくり昇降機"に来るまでの廊下。その向こう側から聞こえてくる音は、最早騒音のようになっていた。

 どん、ばきばき。どん、ばきばき。どん、ばきばき。

 大きな音が鳴ると、その後に木材が砕けるような音が連なって響いてくる。

 それはまるで、廊下を踏み砕いて進む巨人がいるかのような、そんな想像を抱かせる。


 果たしてその考えは正解だったのか。答え合わせをするかのように、その騒音の正体が廊下の曲がり角からぬうっと顔を出した。


「―――嘘ぉ」


 と、そこで私は思わず大口を開けてしまった。

 どうして()()がここにいるのか、と驚いてしまって。


「―――師匠っ! 師匠のラミーがっ! 助けに来ましたよっ!」


 そこには。

 召喚した覚えの無いアイアン・メタルゴーレムの肩に乗って廊下を我が物顔で進撃する、私の愛しいラミーの姿があったのだった。



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