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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第三章
92/97

3-33

「では行くとしようか」


 宿を引き払った私達は、御剣の号令の下ゲンゴロウさん宅へ向かう。

 朝も早く気持ちの良い空気だが、少しだけ湿気ているのか空気が肌に纏わりつくような違和感を感じる。


「いい天気だけど、少し蒸すね」

「そうですね、師匠」


 王国と違い島国のジャポは日本のように湿度が高いようだ。海に近い土地だから余計にそうなのかもしれないが。


「タチバナよぉ、お前そのメイド服暑くねぇのか?」

「多少は。ですが通気性は十分に保たれておりますので、特に蒸したりはしません」

「ほーん」


 他愛ない雑談を交わしながら進んでいくと、目的地まではあっという間だった。ゲンゴロウさんの和風な家が見えてくる。

 庭先には準備を整えたと思しきゲンゴロウさんの姿があり。


「……誰?」


 その隣に、見知らぬ女の人が立っていた。


「御剣、あの人知ってる?」

「いや、まったく知らん。他に知っている者はいるか?」

「いいえ?」

「俺も知らねえ」

「私も知りません……」


 ゲンゴロウさんの関係者だろうか。黒髪が多いジャポの人にしては珍しく緑髪で、帯で結ばれたぴっちりとした着物が似合うすらりとした体形をしている。

 顔立ちが分かる距離まで近づいてみると、とても美人であるこ……と……が。


「―――え?」


 言葉を、失った。


「やっほ☆ お久しぶりっ☆ 山吹ちゃんっ☆」


 彼女は軽薄そうに笑いながら手を振っている。

 ノイズまみれのその表情は、一切うかがい知る事が出来ない。

 人ならざるモノが、無理をして人のフリをしているようないびつさが、吐き気を催す程気持ち悪い。


 そんな――― 一目見たら絶対に忘れる事の出来ない筈の、■■■■■■さんが、いた。


「ちょっとテコ入れしに来ちゃった☆ 展開遅いし、巻いてこ巻いてこ☆」


 ざらついた、精神に異常をきたす不協和音が垂れ流される。

 隣に立っていたゲンゴロウさんは足元から崩れ落ちて、そのまま動かなくなった。


 どさり。と人が倒れた音が背後から聞こえる。

 思うように動かない身体を無理やりに動かして音の出所を確認する。

 倒れたのはラミーとタチバナさんだった。二人とも、意識を失ってしまっている。


「貴様ッ!!」


 御剣が飛び出した。


「どーどー☆ 心配しなくても、御剣ちゃんとは今度遊んであげるから☆ またね☆」


 ■■■■■■さんと御剣の戦いは、その一瞬で決着がついていた。

 御剣は顔面を片手でわしづかみにされ、びくびくと痙攣している。やがて、その手に持っていた刀を取り落とし、脱力して地に伏した。


「な、んだ、テメェは……!」


 戦慄した様子のタタコさんが、それでもなお両手に"いちげきひっさつ"を装備して立ち向かおうとするのを、私は止めようとした。


「タタコさん止め―――」

「ノンノン☆ ちょっと待っててね、おじいちゃん☆」


 止められなかった。

 私の目ですら捉えられない程のスピードでタタコさんの眼前に躍り出た■■■■■■さんが、タタコさんの眉間を指で突いた。

 それだけでタタコさんは意識を失って崩れ落ち、動かなくなった。


 残されたのは、私だけだ。


「……あな、たは」


 記憶が、蘇ってくる。

 ■■■■■■さんに封印されていた記憶が、蘇ってくる!

 かつて―――屍鬼徘徊地下都市・リビングデッドアンダーシティで出会った、出会う筈のない人の記憶が!


「―――‡ゆうすけ‡さん、です、よね」


 絞り出すように、そう口にする。

 ただ口にするだけで、己という存在が穢れてしまうかのような、そのおぞましい名を。

 私をこの世界に連れて来た主犯の名を。

 存在の格が違う、別次元の生物の名を。


「いえっす☆ おふ・こーす☆」


 名を呼ばれた彼女は、実に嬉しそうに手を叩いて笑ってみせた。


「今日ここに来たのは他でもなくてね☆ さっき言った通り、展開遅いからテコ入れしにきたの☆」


 以前出会った時と同様、こちらにはまるで理解出来ない内容の話をべらべらと語り出す。


「あの時は混線したからどーしよっかなーって思ったけど、大人しく見てたらトロトロトロトロつまんない事ばかりしてるから、巻き巻きで行ってもらおうかなって☆」


 ざらついた砂糖菓子のような声が脳を汚染してくる。ただ聞くだけで発狂の異常判定をまき散らす彼女の声は、災害に近い。

 私も、今、狂わないようにするだけで、精一杯だ。


「んー☆ どれどれ☆」


 彼女は何も付いていない右手首を確認し、何事かうんうんと頷いた。

 私はその隙を逃さず、ウェポンスタッカーからアヴソリュート・クロスボウを引き抜きざまに彼女の頭蓋に狙いをつけ、矢を放った。

 彼女は、殺さなければならないからだ。


「ありゃりゃ☆ あのバカにもうバレてら☆ んー……時間が無いからこれから何が起こるか、あと三行で説明するね☆」


 だが、彼女は私の攻撃をまるで気にもしていなかった。放たれた矢は彼女の薄皮一枚手前で不自然に停止し、無惨に落下して音を立てて転がった。


「ゲンゴロウ、とか言ったっけ☆ その辺のイベント全部面倒くさいからカットするね☆

 それに合わせてストーリーラインもちょっと変えるね☆ あ、心配しなくてもラミーちゃんとそのお姉ちゃんは死なないからね☆

 あとあと、君たちの記憶はちゃんと封印するから、今の出来事は気にしないでオッケー☆

 あ、ついでにあのクソバカに会う事が会ったらヨロシクって言っておいて☆」


 彼女はそれだけひと息に言うと、指揮者のようにその手を高く掲げて。


「……あ、これじゃ四行か☆ ごめんごめん☆ それじゃ、またね☆」


 世界の幕を下ろすかのように振り下ろし。


「山吹緋色ちゃん☆」


 世界の幕は、本当に下りた。




――――――



                3-36




「……で、これからどーするつもりなんですかね御剣さん」


 私は抗議する為に半目で御剣を睨みつけた。

 狭苦しい壺の中に女が二人ぎゅうぎゅうに押し込まれているせいで身動きが取れないので、せめて目だけでも怒りを表現する為だ。


「うむ、これは私も少し予想外だった。故に反省しているので許せ」


 体勢的に私は御剣のたわわな胸元に顔をうずめ、彼女を見上げている形になる。

 苦笑する御剣は私を見下ろしながら、ぎこちないウインクをして見せた。


「……ウインクしてる場合か、ばかたれ」


 私はなるべく激しい呼吸をしないよう気を付けて、それだけ言った。

 何せこの顔の位置だと、深く息を吸おうものなら御剣の濃い御剣が脳髄に直撃するので非常にしんどいのである。

 ……何がしんどいかって、色々とだ。全ては胸がばるんばるんな御剣が悪い。


「少し待て。周囲の気配を探る」

「ん」


 耳をそばだてた御剣が、真剣な表情で周囲の様子を伺う。

 壺越しであっても、御剣ならば周囲10メートルくらいならば余裕で気配を察知できるだろう。

 私は必要最低限の呼吸にとどめるよう必死に息を調整し、その時を待つ。


「…………そろそろよさそうだな」


 数分程経過して、御剣が動き始めた。

 ゆっくりと両手両足を伸ばし、壺の中から外へ押し広げるようにして突っ張っていく。壺は頑丈に封をされてしまっているので、内側から割ろうとしているのだ。

 普通ならたかが女一人にそんな荒業は不可能だが、御剣は普通ではないので問題ない。

 ぺきぺき。とひび割れるような音が聞こえたかと思えば、次の瞬間にはもう壺は大きな音を立てて割れてしまっていた。


「ぷはぁ!」


 壺の中身に充満していた濃厚すぎる御剣の御剣から解放された私は、胸いっぱいに空気を吸う。


「あー……助かった」


 おかげで脳みそがしゃっきりしてきた。このままでは御剣に脳を溶かされてしまい、何をしでかしてしまうか分かったものではなかったからだ。


「すまんな。予定ではもう少しスマートな潜入になる筈だったのだが」


 御剣が重し代わりに入っていた布の米袋をどかしながら言う。


「スマートどころか窒息死一歩手前じゃんか……。まぁ、どうにかなったからいいけど」


 私も覆いかぶさっていた御剣から離れ、立ち上がって周りの様子を見た。

 どうやらここはガソン城―――ジャポを支配するガソン大王の城―――の食糧庫のようだ。

 私達が押し込められていた壺と似たような大壺が所狭しと並んでいる。


 どうやら予定通り(?)に城の中に潜入出来たらしい。

 別動隊のタタコさんチームは上手くやっているだろうか。ラミーの事を想うと少し心配になる。


「さて、早速行動を開始するぞ。作戦内容を改めて確認する」

「……うん」


 御剣がアイテム・バッグから大きな紙を取り出して広げた。ジャポの現地協力者であるヨーコさんから頂いた城内の簡易見取り図である。


「今私達がいるのが、ここ」


 見取り図を指で示した先は食糧庫だ、そこは地下一階に位置している。この城は地下二階、地上十一階まで伸びる非常に大きな城で、事前の情報収集からガソン大王及びダイドウ将軍は最上階に居ると私達は予想していた。


「私はこのまま地下二階に潜り潜伏。時間になれば城の動力を停止させてお前たちの援護に向かう」


 御剣の指が更に地下に動き、"からくり部屋"と書かれた箇所で止まる。

 そこではガソン城の地下を流れる地下水を利用した水車が城内の各動力を補っている、いわば心臓部にあたるらしい。

 御剣は定刻になればそこを叩き、城内に混乱をもたらす手筈となっている。


「変装したえちごやチームは城内を探索し、ラミーの姉、ベルカの行方を探ってもらう。……これはお前も知っての通り、本命の場所にベルカが居なかった場合の保険をかねての探索となる」

「……うん、わかってる。さんざ言い合ったけど、納得してるから大丈夫だよ」


 他の三人は御剣が言った通り、変装して城内でベルカさんの探索にあたってもらっている。

 正直言ってラミーにはこんな危ない所には来てほしくなかったので、珍しくも私とラミーはお互いに意見をぶつけ合ったのだ。

 ……今でも私はラミーに安全な場所へ避難して欲しいとそう思っている。

 けれど、私はラミーの姉を想う気持ちに負けてしまった。なにせ、ラミーにとっては唯一の家族の事だ。なんとしても自分も力になりたかったのだろう。その思いを無下に出来る程、私は残酷になり切れなかったのだ。


「ならば良い。……そして山吹、お前には本命の最上階に向かってもらう」

「うん」


 御剣の指が、丁度六階を指した。

 そこから先、六階以降は見取り図のほぼ全てが空白だ。


「情報によれば六階までは"からくり昇降機"で直通だそうだが、それ以降の情報は無い。階段か何かがあれば、そちらを使った方がいいだろうな」

「それか、城の外に出て壁でものぼるよ」

「それも悪くないかもしれん。―――いずれにせよ、一時間が経過したら動力が止まる事だけは覚えておけ」

「おっけ。脱出の手筈は打ち合わせ通りで問題ないよね?」

「ああ。例の場所で落ち合おう」


 御剣が拳を突き出し、私もそれに拳をぶつける。

 お互いに微笑みあえば、それでもう十分だった。


「時間合わせ」


 私と御剣は懐から懐中時計を取り出し、ねじを巻いた。


「さん、に、いち……今」

「では解散だ。……上手くやれよ、山吹」

「言われずとも」


 頷きを返した御剣が音もなく、滑るように食糧庫の扉を開けて外に出ていった。

 私もその後を追うように、ばさり。と《卑怯者の薄絹》を服の上から纏う。

 すると私の姿が徐々に薄くなっていき、やがて完全に背景と同化した。


「……よし」


 私は開け放たれた扉の隙間から外に出て、他に誰も近くに居ない事を確認してから扉を静かに閉めた。

 そして、出来るだけ足音を立てないようにして進みだす。


 ―――目指すは城の中心部。"からくり昇降機"だ。


「なんとしても、うまく事が運びますように」


 私が信ずるところの神である‡ゆうすけ‡さんに祈りを捧げる。

 そうすると、不思議と全てが上手くいくような、そんな気がした。

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