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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第一章・No.01
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 会長―――セラフの服装は普段目にしている純白の聖衣よりも、幾分か装飾の落ち着いた質素なものだった。

 しかしながらその質素、というくくりはあくまでも比較的というだけであって、素人目から見るとどちらも豪華な服にしか見えない。

 衣擦れと宝石細工のこすれあう小気味いい音を立てながら、セラフが静々と歩む。

 その歩む。という単一の動作にしても、目を奪われるような気品さに溢れている。

 普段目にする事のない『聖女』の姿に、私はしばし目の前の人物が全く知らない別の他人ではないかと錯覚を覚えてしまった。

 セラフが向かい側の席にゆったりと―――これまた上品に―――腰掛けた。

 そして彼女は、それを見てしまったら何もかも打ち明けてしまいそうなほどの至上の笑みを浮かべて言った。


「さあ、どうぞお座り下さい」

「…………え、あぁ……はい」


 女の(?)私でも思わずどきっとしてしまうような笑みに、返答が遅れてしまう。

 ……いかんいかん。騙されるな山吹緋色。きゃつは確かに聖女であるが聖女であって聖女ではないのだ。

 思い出せ。かつて円卓会議で五つのルールの五番目が制定される前に起きた悲劇の事を!

 赤ワインにどっぷりと浸ったレースの下着をブーメランのようにして投げて、『ハハハハハ! 俺の経血パンツを喰らえ!』とほざきのたまったセラフ=キャットの姿を!

 ――――――良し。脳内情報修正完了。


「さて、前もって断っておくが私は回りくどいのは嫌いだ。聖女様も忙しい身であろうし、お互いの為に早急に話を始めようかと思うのだが」

「な、貴様! 聖女様になんたる口の利き方を!」


 御剣の割とあんまりな喋り方に、セラフに付いて来たガードらしき数名が色めき立つ。

 だがそれもセラフが手を挙げると水を打ったように静かになる。


「良いのです、彼女の言う通りですから。…………それでは皆様、申し訳ありませんがこれよりしばらくの間、この部屋を退室して頂きます」


 しかし、それも一瞬の事。

 護衛を全員下がらせるというセラフの命令に、ガードたちは困惑しざわめいた。


「せ、聖女様? しかし、いくら聖女様の命といえどこのような何処の馬の骨とも知れぬ輩と!」

「そうですぞ! もし聖女様の身に何かありましたら!」


 堅苦しい男達が必死に訴える。その様子は実に迫真で、セラフが一身に受ける敬愛の高さを感じさせた。

 何をおいてもまずは聖女の安全を、と口々に訴える。


「……お願いします。余人には聞かせられない、内密な話なのです」


 だが、それもセラフが頭を下げる事で二の句を告げなくなった。


「――――――っ」


 神にも匹敵する力を持つ『聖女』に頭を下げられて、否、と答えられる不心得者は法国には居ない。

 彼らは渋々ながらも、思い足取りのまま部屋を辞した。

 だがその中にミハエルの姿はない。彼は不動の姿勢を保ちながら、部屋の隅で彫像と化していた。

 そこには梃子でも動かないという意志があるように、私には見えた。


「ミハエル、貴方もですよ」

「…………」


 セラフが聞き分けの悪い子供を諭すように、優しい声で言う。

 しかしながらミハエルは苦渋の表情を浮かべつつも、その場を動こうとはしない。


「……どうしても、なのですか。聖女様」


 悔しさを搾り出すような声だ。


「ええ、どうしても、です」


 そんなミハエルに対し、セラフは席を立ちゆっくりと近づいていく。

 そしてミハエルの手を優しく両手で取った。


「っ、セ、セラフ様っ!」


 ミハエルの顔が面白いように赤色に染まっていく。…………うん?


「お二人は私の信頼出来る人達です。ミハエル、貴方の心配もわかります、けれど……どうか愚かな小娘の他愛ないお願いだと思って、聞き届けてくれませんか?」

「…………しっ、しかし……その、ですな、わ、私は騎士団、団長として、セ、セラフ様の身を……」


 上目遣いのセラフに見つめられるミハエル。彼は見ているこちらが可哀想になってくるぐらいしどろもどろになりながら、視線をあちらこちらに彷徨わせ必死に説得を試みる。

 まるで大人の女性に翻弄される少年のような姿だ。


 …………何だこれ。ボーイミーツガールか何かか。


「…………あまり意地悪をしないで下さい、ミハエル」


 駄々をこねる子供のような口調で言ったセラフは、とどめとばかりに額をミハエルの胸にこつんと押し当てる。

 甲冑に阻まれており直接肌と肌が触れ合ったわけではなかろうに、ミハエルはびくんと震えると彫像のように硬直した。


「…………ね?」

「…………わ、わかり、ました」


 わなわなと震えるミハエルは何かを堪えつつ辛うじてそれだけを言うと、ぎくしゃくとした動きのまま部屋を出た。


「……何だこれ」

「……うむ」


 思わず口に出てしまう私と御剣。

 完全に部屋から私達とセラフ以外の姿が無くなった事を確認したセラフは、素早く魔法を唱え始める。


『矮小なる我が身を隠せ。潜み、怯え、それでも尚生き続ける為に。《サイレンス・フィールド》』


 詠唱が早すぎて「わそみ」としか聞こえなかったが、周囲の雑音が消え去った事から私はその魔法が《サイレンス・フィールド》であると理解した。

 効果は一定時間指定したエリア内で発する音を、全て外部に漏れなくするという能力がある。

 回復系職業のみならず、隠密行動を好む職業にも多く採用されるポピュラーな魔法の一つだ。


 『悠久の大地』では、魔法はスキルとは違い覚えられる種類に制限がない。

 たとえ御剣のような脳筋ウーマンであろうとも、《ファイアボール》であるとか、《アシッドクラウド》などの攻撃系魔法を習得できる。

 ただ、それを覚えられるからといって使いこなせられるかと言えばそれはまた別の問題になる。

 魔力ステータスを上昇させていないプレイヤーではそもそも攻撃魔法なんか覚えても意味がない、まだ素手で一発敵を殴った方がダメージが出るからだ。

 だから御剣は数える程しか魔法を覚えていないし、その魔法が発動した所を見た覚えもない。


 そして魔法には詠唱と無詠唱の二種類がある。

 詠唱は唱えきらないと魔法が発動しないが、その威力と効果が大いに上昇し。

 無詠唱は即座に発動できる代わりに、威力と効果が大幅に減少する。

 詠唱速度はプレイヤーのレベルや敏捷ステータスに依存するのだが、その点で言うとセラフの詠唱速度は間違いなく一級品であると言えよう。

 私ではああも早く詠唱できない、絶対に舌を噛む。


「あー、テステス、マイクテス。あー、あー! あー!!」


 セラフが段々と声を大きくしながら、魔法の効果を確認する。

 最後には最早叫び声のようだったが、問題なく効果は発動しているのか誰かが部屋に入ってくる事はなかった。

 そこまでし終わってからようやく、セラフは席に腰を落ち着かせ、足をテーブルの上に乗せて組んだ。


「ふっ、相変わらずミハエルはちょれーな。これだから童貞は」

「…………」

「童貞なのか、ミハエルは」

「おっと口調が……んん! ……こうでもしないと、何処までも着いてきてしまいますから。ふふふ、困ったものですわね」


 知りたくない情報がまた一つ脳内にインプットされる。

 口に手を当てて穏やかに微笑んではいるが、その姿勢は最早聖女とは似ても似つかぬ。行儀が悪いのに品がいいとはこれいかに。

 それにしてもなんて女だコイツは、いくらストレスが溜まっているとはいえやっていい事と悪いことがあろうよ!

 純情な男の心を弄ぶ女の罪は、それはそれは重いのだぞ!


「……セラフ、さっきのあれさ、何時もやってるの?」

「まさか! 頼まれたってやりませんよ! 今日はどうしてもと言う事で、渋々やった次第ですから」

「……さいですか」


 なんか凄い疲れた感じがする。

 もうさっさと用事を済ませて家に帰ろう。それでラミーの頭をよしよしして癒されよう。


「んで、用事って何なのさ。あんなモノ(スレイプニール)まで使って呼び出したりしてさ」

「そうそう、それなんですが、のっぴきならない事態が発生いたしまして」

「ほう?」

「こないだ渡したポーションを使いきっちゃったとか? それなら新しく作ったのがあるけど?」


 もし精神安定剤ポーションが無いから欲しいだけだ、っていうのならそれはそれでいい。

 ただそれだけの為に遠路はるばる呼び寄せられたのは少し、いやかなりのムカつき案件だがとりあえず許せる。

 えちごやさんを面倒な事態に巻き込めそうにないのだけが残念だが。


「ああ、それもありますね。先週頂いた七本は初日で使いきってしまいまして」

「……は? 初日で、七本を?」

「ええ」


 あの精神安定剤は効果を薄めてあるとはいえ、それでも結構な効能のあるポーションだ。

 大抵の精神不安は一本飲めば落ち着く程度にはある。

 そんな代物を、初日に七本も飲みきった?

 薬屋として薬物乱用は見過ごせない以上に、非常に嫌な予感しかしない。


「尋常ではないな、そののっぴきならない事態とはなんだ。私達を呼ばねばならないほどなのか」


 御剣が心配そうに問いかける。彼女とて友人がそんな目に遭っていれば心配ぐらいはする。

 私も流石に心配になってセラフの様子を見た。

 場合によっては彼女の身を一時的に円卓の領域に避難させる事も視野に入れながら。


「…………実はですね」


 テーブルに上げていた足を下ろし、居住まいを正したセラフがぽつりと零す。




「結婚、を。させられそうなんです、私」



 今にも泣き出しそうな、怒り出しそうなそんな声で、セラフは搾り出すように答えたのだった。


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