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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第三章
89/97

3-30


「そろそろか」


 工房へ向かった三人を待つこと数十分。私達は客間で思い思いに寛いでいたのだが、唐突に御剣が視線を襖に向けた。


「ん? 何が?」

「皆が戻ってくるという事だ」


 そう答えた後、御剣はその表情を苦いものに変えて言う。


「……山吹、マキシム・ヒールポーションを出せ。後、キュア・バーンもだ」

「……ほいほい、了解」


 どうしてポーションが必要なのか。どうして皆が戻ってくる事が分かったのか。どうしてそんな顔をするのか。私は御剣にいちいち質問したりしない。御剣は野生のカンか、或いはそれ以上のセンスで半ば未来予知に近い事を平気でする。という事を痛い程よく学んでいるからだ。故に、私が納得したい時以外で御剣に是非を問うのは殆ど意味が無い。きっと、今回の事もそういう事なのだろう。

 アイテム・バッグから件の品を取り出したあたりで、だっだっだっ、と板張りの廊下を駆けてくる足音が聞こえてきて、そう間を置かずにすぱんと襖が開かれた。

 現れたのは―――タタコさんと顔色の悪いタチバナさん。そして。


「おかえりなさいタタコさ……ゲンゴロウさん!? どうしたんですかその火傷は!?」


 タタコさんに覆いかぶさるようにして背負われていた、全身に大やけどを負ったゲンゴロウさんの姿があった。全身からぶすぶすと煙を立ち上らせており、肌は所々炭化しているようにも見える。とても危ない状態だ。いつ死んでしまってもおかしくないが、小さくもぜえぜえと荒い呼吸をしているあたりまだ息はあるようだった。

 運悪く襖に近い位置にいたラミーがゲンゴロウさんのショッキングな姿を直視してしまい、タチバナさん同様に表情を青ざめさせた。


「―――悪い。急患だ」


 緊迫した様子のタタコさんが私を見た。私は頷きを返し、取り出したマキシム・ヒールポーションとキュア・バーンの中身をゲンゴロウさんに丁寧に振りかける。


「う……ぐ……」


 すると、見る見るうちにゲンゴロウさんの肉体が時を巻き戻すかのように癒えてゆく。HPの回復と状態異常である"やけど"を治癒するポーションの効果によって、ゲンゴロウさんは無事に一命をとりとめたのだ。

 ―――何でゲンゴロウさんがこんな事になっているのか、についてはひとまず置いておく事にするが。


「すまん、助かる山吹。後でポーション代払わせてくれな」

「いえいえ。これぐらい持ちつ持たれつですから」

「おいおい、それじゃ俺の気が済まねえぞっと……大丈夫か? ゲンゴロウ?」


 タタコさんがゆっくりとゲンゴロウさんを床に下ろし、ゲンゴロウさんの額に心配そうに手をかざした。

 事の成り行きを見守っていたラミーとタチバナさんの反応は両極端だ。


「ああ、よかったぁ……。さすが師匠です、あんな大やけども一瞬で治せちゃうなんて!」


 ラミーは私の薬の出来を褒めてくれた。


「……い、いやぁ、それほどでも、ね、ラミーも、その、頑張って勉強すれば、こ、これくらいすぐに出来るようになるよ、うん……えへへ……」


 ので、お久しぶりですが顔面即沸騰です本当にありがとうございますラミー大好き。

 

「…………また、事も無さげに、大奇跡に匹敵する治癒能力を持つポーションの使用ですか、そうですかそうですか……ふ、ふふふ」


 一方で、何かがそろそろ限界を迎えそうなタチバナさんは不気味に微笑んでおられました。

 why?


「うむ。重畳だな」


 そして後方訳知り顔の御剣は何を納得したのかうんうんと頷く。

 きっとあ奴はゲンゴロウさんが瀕死のやけどを負う羽目になったいきさつを知っている筈だ。その答えは恐らく先ほどの御剣とタタコさんの間に交わされた謎の取引によるものが要因だと思われる。

 多分、9割方ろくでもない事だと思う。もしかしたらそうじゃないのかもしれないが、御剣は善意100%でろくでもない事をする女なので、多分私の考えは間違ってはいない筈だ。


「重畳だが―――。失敗したか、タタコよ」

「ああ、駄目だった。一番初めの"白磁"を試してみたんだが……」

「ぐ……う……」


 苦しそうに呻くゲンゴロウさんをタタコさんが心配そうに見つめた。やけど自体はとっくに癒えている筈だが、ゲンゴロウさんは未だ意識がはっきりとせず苦しんでいる。幻覚、幻痛の類だろうか。

 苦しむゲンゴロウさんの様子を一瞥した御剣が嘆息する。


「そうか。となれば、原因は一つだな」

「……そりゃなんだよ?」

「タタコのお下がりでは駄目だ、という事だ」

「……成程ねぇ」


 タタコさんと御剣が二人そろってため息をついた。

 ―――うん、丁度いいタイミングだ。話に置いて行かれっぷりも凄まじい私達三人組を代表して、挙手する。


「あの、そろそろ具体的にどういう話なのか説明して貰っても? 長くなりそうなら出来れば三行でお願い」


 二人が揃って顔を見合わせた。

 そして、口を開いたのは御剣だった。


「ゲンゴロウを転職させたいが色々と面倒なのでタタコのお下がりの精霊を契約させる事にした。

 だが、どうやらズルは許されないらしい。ゲンゴロウは精霊の怒りを買い死にかけた。

 ので、改めてゲンゴロウを契約させる為、別の精霊に引き合わせて契約させる。

 だから手伝え山吹」

「三行だっつってんでしょうが」


 ぺちん。と御剣の頭を叩く。


「痛いじゃないか山吹」

「痛くしたの!」


 やはりろくでもない事だった。

 なんでそんな危ない事を平気でやるのかねこのばかちんは!

 "ものぐさ"なのは私だけで十分でしょうに! 身内以外で転職実験紛いの行為は止めなさいよ本当!


「御剣は後で話があるから庭の裏手に来るように」

「うっ…………ま、まて山吹。らしくないな、何をそんなに怒っている?」

「どうして怒っているのか、の意味が分かってないから怒ってるの」

「うぐ」


 珍しくも御剣が言葉を詰まらせた。私の割と本気な怒気を察したからだろう。

 "私"や"私達"が相手の横暴ならばまだ御剣の事を許すが、事は出会って一日と経っていない一般人相手だ。そんな人を相手どって、まかり間違えば()()()()()()()()()()行いをした御剣は、決して許せないのである。何故ならそれは私にとっての最大級の地雷だからだ。故に今日は久々にマジに御剣を怒る事とする。大いに反省して欲しい。

 ―――無論の事、悪者や悪漢に暴力を振るい拷問にかけるのはまた別の話だ。それは必要な事だからするだけであって、私の地雷には決して触れる事は無い。それはモンスターを殺す事も同じ事だ。


 ……我ながら酷いダブルスタンダードだとは思うが、それが私なので曲げる気は一切無かった。


「タタコさんも!」

「えっ、俺もか?」

「いくら魅力的な報酬があるからって気安く話に乗っちゃ駄目って事を理解してもらいますからね」

「うっ……そ、そりゃぁ……そうだな、ぐうの音も出ねえや」


 しゅんとした二人はひとまず置いておいて、私は手を叩いて言った。


「はい! ともかく、ゲンゴロウさんを安静に出来る場所に移そう。皆手伝って!」

「は、はい、師匠!」

「う、うむ」


 そうして、皆で協力してゲンゴロウさんを運び出す。運び先にはゲンゴロウさんの私室を選んだ。そこならば布団ぐらいはあるだろうと目星をつけたからだ。

 ゲンゴロウさんの私室は家屋の奥まった所にあった。男の部屋にしては整然としていて、かつての自分の部屋と比べてみるとかなり好感が持てた。


「ごめんねゲンゴロウさん」


 意識の無いゲンゴロウさんに謝りを入れ、押し入れの襖を開けて布団を取り出し並べてそこにゲンゴロウさんを寝かせる。

 続けて庭にあった井戸の水を台所から拝借した桶で汲み、これまた拝借した手ぬぐいを使い濡れタオル擬きを作りゲンゴロウさんの額に乗せた。


「これでよし、と」


 とりあえず一先ずの処置は終わった。後はゲンゴロウさんが目を覚ますのを待つのみだ。

 だが、その前に。


「ごめん。ラミー、タチバナさん。悪いけどゲンゴロウさんの面倒を見ててくれないかな。もし起きたら教えて欲しい」

「は、はい。わかりました」

「……ええ、わかりました」


 ラミーとタチバナさんにゲンゴロウさんを任せ、しおらしくしていた二人の肩をがっしと掴む。


「ちょっと裏で山吹さんとお話しましょうか」

「……む、ぅ」

「そ、そうだな、山吹よぅ」


 そしてそのまま家の裏手へと連行する。


 ―――その後の"話し合い"はたっぷり三十分ものロングトークとなったが、その内容はここで語るべき内容でもないので省略させていただく。


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