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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第三章
86/97

3-27

 そして少々の間の後、ゲンゴロウさんが人数分の湯飲みを乗せたお盆と共に客間に戻ってきた。

 神妙そうに腕を組み、座布団に胡坐をかいて座るタタコさんを見てゲンゴロウさんが驚く。


「なんだ。起きたのかお前」

「おかげ様でな。けっ」


 ぶっきらぼうに返すタタコさんだが、ゲンゴロウさんはまるで意に介さずちゃぶ台の上にお盆を置いた。そして湯飲みを放射線状にちゃぶ台の上に配置していく。


「さて」


 お盆を下げたゲンゴロウさんが居住まいを正した。正座だ。これから話の本題に入るのだろう、場の雰囲気が少しだけぴりっと張り詰める。


「うむ」


 私は元々正座だったが、ゲンゴロウさんを見て御剣も正座になる。タタコさん、ラミー、タチバナさんはそのままだ。


「まずは、そうだな。―――先ほどは難癖を付けた上に不躾な態度を取ってしまい、申し訳なかった」


 ゲンゴロウさんが咳払いを一つして。神妙に頭を下げた。


「……おおぅ?」


 まさか謝られるとは思ってもいなかったのか、タタコさんが目をぱちくりとさせて驚いた。

 そして、「んーーー……」とバツが悪そうに頭をぽりぽりと掻いて言う。


「いやまぁ、なんだ、別に、俺も年甲斐も無く急にカッときただけだからよ、そんなに気にしてねえから頭を上げてくれよ。お前みたいな大男に頭下げられると、何だか気持ち悪ぃ」

「年甲斐……? ……いや、お前がそう言ってくれるなら、こちらとしては助かるってもんだが……?」

「ああ。いーいー。気絶した俺を介抱してくれた上に茶まで馳走になってんだ。全部水に流すよ」

「そうか……済まないな」


 腕組みを解いたタタコさんが手をひらひらと振るう。

 ―――この辺りがタタコさんの人の良い所だ。年長者らしい鷹揚さというか、感覚としては違うのかもしれないが、もめ事を後に引きずらない江戸っ子のような気持ちよさがある。

 年甲斐も無く。という言い回しには強い違和感を感じるが―――まぁ、きっとそういう事なのだろう。以前の世界での事情はお互い知らないようにしている()()だが、それでも言葉や態度の節々にかつての自己が混じる事はままある。

 その辺から推察するに、タタコさんは前の世界では相当に御歳を召していたのでは、と私は想像している。タタコさんが自分から言い出さない限りはタタコさんの事を"そういう扱い"はしないつもりでいるが……。まぁ、行っても50歳くらいではなかろうか、きっと。


「ま、それはいいとしてだ。……どうして急にあんな事言い出したんだよ? 鍛冶師としてどうだのとかなんとか」


 タタコさんが問いかけた。

 私達はゲンゴロウさん宅への道すがら、事はゲンゴロウさんがタタコさんの身なりや体つきを指して鍛冶師とは思えないといちゃもんを言い出したのが発端だと聞いている。

 その話だけ聞く分には、同業者とは言え大の大人が年端もいかぬ少女へ接するに適した態度ではないと思う。しかるに、それなりの理由がありそうではあった。


「…………」


 ゲンゴロウさんは、その問いに答えかねている様子だった。果たして目の前の少女達に、それも地元の人間ではない者達に自らの事情を打ち明けても良いものか。己に問いかけるような葛藤が垣間見えた。


「―――今更何を迷う。溺れる者は……だろ、俺」


 だが、やがて意を決したのか。ぼそぼそと呟いたゲンゴロウさんは、絞り出すような語り口で答えてくれた。


「少し……そう、少し、気が立っていたんだ。鍛冶の事について悩んでいた」

「鍛冶の悩み、か」

「ああ。話せば少し長くなるが……?」


 ゲンゴロウさんが私達を見渡した。この先を聞いてくれる気はあるのか、という問いだ。


「構わない。ぜひ聞かせてくれ」


 皆を代表して御剣が答えた。


「分かった。じゃあ話すが……この事は他言無用で頼む」


 その言葉に、私は嫌な予感が走るのを感じた。まだ出会って数十分と経っていない、出自も明らかでない少女達に他言無用の話をするなど、よほど事情が切羽詰まっていないかそれ相応の理由が無ければあり得ないからだ。


「(どうか面倒ごとじゃありませんように……。と考えても、多分無駄なんだろうなぁ)」


 最早なにがしかに祈る事もしない。これだけずぶずぶと面倒ごとの沼に嵌ってしまった以上、些細な抵抗は無意味である事を私は良く知っていたので。






 ―――ゲンゴロウ。という名は元々彼の名を示すものではなかった。

 父母から名付けられた名は別にあったらしいが、ゲンゴロウはそれを知らない。ゲンゴロウは捨て子だった。

 山間の林道に白いおくるみに包まれて捨てられていた所を拾われたのだ。

 ゲンゴロウ。という初老の男に。


 ゲンゴロウは鍛冶師だった。それも、とても腕の立つ男であり、ジャポを支配する大王に奉ずる刀剣を打つ事を唯一許された、お抱えの鍛冶師であった。

 小間使いも弟子も取らない偏屈者で、港町の外れに工房を構え、そこで殆ど引きこもるようにして鍛冶を営んでいた。

 人と繋がりを持ちたがらないその生きざまは、時折よからぬ噂を招いたりもしたが―――ゲンゴロウは他人に興味を抱かなった為、さして気にも留めなかったという。

 そんな彼が何故、捨てられた子を拾い育てたのか。それは"今の"ゲンゴロウにも分からなかったという。


 ただ。

 交わした会話は親子のそれと呼ぶにはあまりにも少なかったにせよ。

 "今の"ゲンゴロウにとっては十分に親の愛情を感じたに足るものであったという。


「……親父」


 ―――ゲンゴロウが捨て子を拾い十余年。捨て子は青年となっていた。

 二人で住むには広すぎる工房。寝室で最早寝たきりとなっていたゲンゴロウを前に捨て子は呻く。


「ゴンベエ、よ」


 ゴンベエ。とはジャポの旧くからの言葉で"名無し"を意味する言葉だ。

 親が子に付けるような名前ではない。だが、ゲンゴロウはそうした。何故なら、ゲンゴロウもそう名乗っていたからだった。


「親父!」


 ゴンベエの目には涙が浮かんでいる。その理由は明らかだ。


「げほっ……ごほっ……。泣くな。これから逝こうって奴を、そのくしゃくしゃの汚ぇ顔で送るつもりか」


 ゲンゴロウの身体は病魔に蝕まれ、最早今生きている事が奇跡と呼べるような状態だったのだ。


「けど、親父」


 ゴンベエの表情が更に歪み、ゲンゴロウは苦しみながら苦笑した。


「なぁ、ゴンベエよ」

「……おう」

「お前には、いろいろな事を教えたよな」

「……おう」

「鍛冶のイロハも教えた。それ以外の事も、一人で生きていけるように、教えてやったつもりだ」

「…………おう」

「だから、お前は何をやってもいいし、何になってもいいんだぞ」


 そのゲンゴロウの言葉に込められた意図を、ゴンベエは察した。


 子は親を見て育つ。ゲンゴロウの神がかった技術力の鍛冶を間近に見て育ったゴンベエは、いつしか鍛冶師を目指すようになっていた。

 親父の後を継ぐんだ! と、躍起になる程に。

 そんなゴンベエに対し、ゲンゴロウは親として出来る限りの事を教えた。―――出来る限りの事を。


「でもよ、俺は……!」


 涙声のゴンベエがゲンゴロウの手を両手で握りしめた。


「……自慢じゃねぇが、俺の才は"神様からの貰いモン"みてえなもんでな。普通の人間にゃあ、真似っこ出来やしねえモンなんだよ」


 悲しいかな。ゲンゴロウはゲンゴロウであり、ゴンベエはゴンベエだ。ゴンベエはゲンゴロウにはなれなかったのだ。

 才能の有無。それは遥かな高さの城壁となって、ゴンベエに立ちはだかったのである。

 ただ、ゴンベエに鍛冶の才能が全く無かったのか? と言えばそうではない、むしろゴンベエの才は非常に優れており、数百年に一人というレベルの逸材だった。仮にゴンベエがグラン・アトルガム王国の鍛冶組合の門を叩いたのならば、数年で自らの工房を持つ事も出来ただろう。


 ただ―――ゲンゴロウの才はそれより遥か何段も高みに位置していただけの話だった。


 故に、ゲンゴロウは言外に告げたのである。


 無理に俺の後を継ごうとするな、と。


「親父……! でも、俺は、俺は……!」


 けれど。

 ゲンゴロウはゴンベエの―――息子の顔を見て、諦めたように笑みを浮かべた。


「ったく……。しょうがねえな、何言ってもお前の気持ちは変わりそうにねぇらしい」


 もう息をするのも辛いだろうに、それをおくびにも出さず朗らかに言う。


「頑固者め。誰に似たんだか」

「親父に決まってんだろ。馬鹿野郎……」


 へっへっへ。とゲンゴロウは笑う。これが最後になると理解して。


「―――ゴンベエよ」

「―――ああ」

「覚悟は、あんだな?」

「あるに決まってる」

「じゃあ、いい。お前が次のゲンゴロウだ。二代目の、ゲンゴロウだ。これからはゲンゴロウと名乗れ」

「おやじ」

「分かったか?」

「ああ、分かったよ。おやじ」

「そうか」


 なら、いい。


 そう最後に呟いて。まるで魂を燃やし尽くしてしまったかのように、ゲンゴロウは息を引き取ったのだった。


 ―――それから数年後。

 二代目のゲンゴロウは先代の教えを守り、黙々と刀剣を打ち続けた。

 先代の仕事であった大王へ捧げる刀剣作りもそのまま引き継がれた。ゲンゴロウとしてはそれについて不満があったものの、大きな収入源である為に大っぴらに文句を言う事は無かった。

 不満とは、刀剣の出来が悪い事だった。先代のそれと比べて美しくないし、切れ味も悪い。こんなものを大王に献上するなど、ゲンゴロウの名折れであるとすら思っていた。


 無論、それはゲンゴロウ程の才あればこそそう感じるものであって、鍛冶の才無き者が先代と二代目の刀剣を見比べて見ても違いは殆ど無い。という事を付け加えておく。







「そうして俺は、ずっとそんな生活を続けて来た。それが、半年ほど前から急に話が変わってきてな」

「ふぅん?」


 お茶を一啜りしたタタコさんが先を促す。


「急に通達が来た。大王から」

「大王じきじきに、か。一体なんと?」


 興味深そうに問いかける御剣。ゲンゴロウさんは何かを思い出しながら、苦々しげに答えた。


「"神殺しの刀"を打ち、奉じよ。ってな。それが出来なくば、打ち首獄門に処すと」


 場が静まり返った。

 ―――やっぱりだ。嫌な予感だけは良く当たる。いや本当に。


「なんだそれは。無理難題にも程があるな、伝説の武器を再現せよという話か?」

「だな。無茶苦茶が過ぎるぜ、あんまりだ。ゲンゴロウが可哀想だ」

「あの、師匠、打ち首獄門って……?」

「……簡単に言うとギロチン刑と晒し刑の合わせ技かな」

「そんな……!」

「…………ふむ、成程、これは……?」


 皆が皆思い思いの感想を述べる。

 ここまでゲンゴロウさんの話を聞けば、どうしてタタコさんに絡みに行ったのか、その理由も何となく察しが付きそうだ。


「ああ、だから俺は悩んだ。悩みに悩んで、何本か刀をこさえたが、どれも神を殺せるような刀にはならなかった。先代ならきっと"神殺しの刀"に迫る何かは用意出来たのかもしれないが……俺の才じゃ、その域には届かねぇ。いよいよ期限が間近に迫る中、悩んでた俺は何かいい案が出ないかと港町を歩いてた、その時にタタコ……お前の姿を見てな。藁をもつかむ気持ちで、俺の知らない鍛冶の技術について何か知らないかと声を掛けたんだが……よく見たら何でこんなナリした奴が鍛冶師を気取ってやがるんだって、らしくも無くカチンときちまったんだ。本当に済まねぇ、大人気なかった」


 再びゲンゴロウさんが頭を下げる。


「いやもうそれについては気にしてねえからいいって。……ただ、そうか、成程なぁ」


 タタコさんが得心したのかうんうんと頷き、御剣を見た。


「うむ」


 そして御剣もまた頷く。


「だからその……なんだ、今更って話なんだが、タタコ。お前、何か特別な鍛冶の技法について知らないか? ジャポの外から来たんだろ? 俺は少しでもいいからヒントが欲しいんだ。このままじゃ俺は"神殺しの刀"を打てず死んじまう。そうしたら先代に合わせる顔がねぇ、だから―――」

「―――いいぜ?」

「―――はっ?」


 話に割り込む形のタタコさんの快諾を前に、口をぽかんと開けるゲンゴロウさん。


「教えてやるよ。その……"神殺しの刀"の打ち方」

「な……! ほ、本当なのか!? 知っているのか!?」

「ああ。つってもまぁ、良い材料が無いから"擬き"にはなるだろうけど」

「擬き……い、いや、それでも助かる! 擬きでも何でもいい! ……だが、その、何だ、タタコ、お前にそれが打てるのか……? 失礼を承知で言うが、お前の身体じゃあ、とても刀を打てるようには思えねぇんだが……?」


 ゲンゴロウさんの疑問は当然のものだ。私だってタタコさんの裏の事情を知らなければ、ただの小娘が何を大言壮語をと思っていただろう。

 しかし。タタコさんに限っては、違うのである。

 彼女こそは鍛聖。"悠久の大地"において、最高峰に位置する鍛冶職業。

 彼女が打てない武器防具は、殆ど無い。


「―――舐めんなよ、ゲンゴロウ。俺はタタコ。タタラベ・タタコだ。この世で一番すげえ鍛冶師たぁ、俺の事よ。伝説ぐらい、ちょちょいと再現したらぁな!」


 レベル135の彼女はその言を真実のものとすべく、立ち上がった。


「工房、ちょいと借りるぜ。俺の腕が心配だってんなら、今すぐに伝説を見せてやるよ。―――タチバナの武器を直すついでに、な」


 そして、少しぎこちないウインクと共に颯爽と工房へ向かったのであった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 皆それぞれこっちの世界を堪能してるよなぁ
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