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円卓の少女達  作者: 山梨明石
第三章
84/97

3-25

「なんだぁ?」


 ぶっきらぼうな呼び声に視線を向けてみれば、むくつけき大男が仁王立ちでタタコを見下ろしていた。


「……同業者か?」


 再び、大男が同じ問いかけをした。

 筋骨隆々。動きやすそうな服装をしており、肌は日に焼けていて赤い。上体に着込む法被のような衣服の胸元には、刀剣を模した意匠の金具が見て取れる。

 そして腰に巻いたベルトに差し込まれた数々の鍛冶道具。

 大男の背景を示すそれら数々の情報が、タタコを納得させた。この大男は、鍛冶を生業とする者だ。


「それ以外の何に見えるってんだよ」


 身長差がかなりある為、タタコは大男を見上げながら答える。

 非常に威圧感のある容貌を前にしてもタタコは臆せず堂々としたものだ。その理由はタタコが元男であり特別な力を持っているからに他ならず、同年齢の普通の少女であれば、きっと怯えて声すら出せなかっただろう。


「ほう」


 その姿勢に何を納得したのか。大男が微かに驚いた。


「あん?」


 人を呼びつけておいて値踏みするかのようなその態度。それが気に食わなくて、タタコは少し苛立った。


「なんだか知らねえがよ、何一人で納得した風にしてんだ? 用がねぇなら帰ぇるぞ俺は」


 大男を睨みつけたタタコは「けっ」と呟きながら、大男の横を通り抜けた。

 その瞬間。


「最低限の肝は据わってるらしいな。……だが、てんでなっちゃいねぇ。おめぇ、その貧相なナリでいっぱしの鍛冶師名乗ってるつもりなのか?」

「――――――あ゛?」


 聞き捨てならない一言が、タタコの導火線に火をつけたのだった。



――――――



 遅まきながらも現場に辿り着く。

 みたらし団子をわしわしと咀嚼しながらエントリーしたそこには、ちょっとした人だかりが出来ていた。中心地には仁王立ちする大きな男と、男に立ち向かい下から見上げるようにしてガン付けをキメているタタコさんの姿がある。


「これは喧嘩ではないか!?」


 御剣がキラキラと表情をほころばせた。額縁に収めたい程の満面の笑みで。

 ―――あの、御剣さん。暴力沙汰かな? って思ったらすぐに嬉しそうな大型犬みたいになる癖、直した方がいいと思いますよ?


「師匠……タタコさん、大丈夫でしょうか……? 助けに行った方がいいんじゃ……」


 心配そうにラミーが呟いた。


「んー……そうだね……そうなんだけど……」


 そのラミーの心配はもっともなのだが、私が心配しているのはタタコさんではない。むしろ相手の男の方だ。

 私達が()()をせずにこの世界の人間を小突いた場合、やり様によっては重症ないし死亡する程の致命的な怪我を負わせてしまうからだ。その辺りはタタコさんもちゃんと自覚してくれている筈なのだが、今のタタコさんはどう見ても完璧に頭に血が上っている。もしかしたら、という事もあった。

 なので、私はこっそりとアイテムバッグの中に潜む《エクス・ヒールポーション》の位置を確かめ、次いで御剣の手の甲を2回指でつついた。


「…………」


 私のサインに気づいた御剣は振り返った。その表情は露骨に不機嫌そうだ。

 なんでだ。と、無言の内に語っていた。

 来て早々流血沙汰はごめんでしょ。と、私も無言の内に表情でそう返す。


「……ふん」


 そっぽを向いた御剣は腕組みして、事の成り行きを見守ると決めたようだった。

 ……どうやら拗ねてしまったらしい。後で何かしらのフォローをせねばなるまい。


「―――テメェ……もう一度言ってみろや! 俺のどこがいけねえってんだ!!」


 ともあれ場は更にヒートアップしているようだ。タタコさんの年相応らしく可愛くも、しかし怒髪天をつく怒りに満ちた怒鳴り声が轟く。


「何度でも言ってやる、お前は鍛冶師とは思えねぇ、鍛冶師もどきだ。……まず、筋肉が足りねえ。そのひょろっちい腕じゃ金槌の一つも満足に振れやしねぇだろ。そんな細腕で満足いく仕事が出来んのか? 加えてなんだその恰好は、薄汚ぇ恰好しやがって、鍛冶仕事舐めてんのか?」


 その一方で大男の声は冷静さを感じさせる落ち着いたものであり、話す内容からして言っている事は至極まともな内容だった。

 確かに言われてみれば、タタコさんはもしかしたら鍛冶師かもしれないと推察できる恰好をしているが、肉体的に厳しい鍛冶仕事をこなせられる体つきであるかと問われれば答えはノー。そしてその恰好も悪街上がりの貧民だと例えられても致し方ない汚れ具合なのだ。


 ―――ちなみにタタコさんの名誉を守るために付け加えるなら、タタコさんの恰好が汚らしい風に見えるのは、タタコさんが装備している衣服等が"悠久の大地"でそういうデザインだったからであるにすぎない。あれは薄汚れている"風"なだけだ。洗濯しても綺麗になったりはしないし、ぼろぼろな箇所を直しても翌日には元の様にぼろぼろになる。何せ、"ぼろぼろ"な状態が正しいのだ。故に直す、もとい布を追加された箇所は装備品に拒絶されはじき出されるという寸法である。


「っだとコラ……! こ、これには事情があんだよ……!」


 なので、正論を突きつけられたタタコさんは少し苦しい。

 別に、今ここでタタコさんの強力なSTR値が為せる人外の腕力を披露すれば男を黙らせるのは簡単だ。しかし諸々の事情から"能力を出来る限り隠して生活する"事を意識している私達にとって、その手段は非常に取りづらい。加えて周囲の目もあった。ラミーの姉、ベルカを攫ったとされるダイドウ将軍の手の者がここにいるかもしれない、という疑惑もある。


「事情ねぇ。どんな珍妙な事情があるのか、是非お聞かせ願いたいもんだが」


 対峙する男は呆れた様子で、タタコさんは碌な反論も出来ずぐぬぬ顔。膠着した場を前に、人だかりは増え続けている。

 いい加減に収拾を付けねばなるまい。そろそろ助け舟を出すべきかしらん。と声を上げようとしたところ。


「―――成程、わざわざ待つ必要は無かったという事ですね、タタコ!!」


 その場に颯爽と躍り出た白黒のメイドを見て、私は取りやめた。

 タチバナさんが何処からともなく現れたのだ。彼女はずんずんとタタコさんに向けて歩いていく。


「あん? タチバナか、お前なんでこんなとこ―――ぐえぇぇっ!」

「ここで会ったが百年目です。先ほどはよくも馬鹿にしてくれましたね……!」


 事の成り行きを見守ろうとした所、タチバナさんの有無を言わさぬチョークスリーパー(裸締め)が発動しタタコさんの首を絞めた。流れる様な所作だった。

 ……why?


「おおっ!? いいぞタチバナ! やれやれ!」


 再び目を輝かせ嬉しそうに声を上げる御剣。私はそんな彼女の手の甲を指で3回弾いた。やはり手助けをするべきだからだ。


(……一般人ならまだしもタタコが相手だろうが)


 振り返った御剣の不機嫌そうな視線が突き刺さる。


(周りの人の数を見てよ。あまり良い状況じゃないでしょ)


 それに負けじとアイコンタクトで答える。


「……ふん。仕方ない、か」


 納得が行かない様子の御剣だったが、渋々諸手を上げてタタコさん達の元へと進んでいった。


「行こう、ラミー」

「は、はいっ」


 私達もそれに続いていく。

 すいませんね通して下さいね。と人だかりをかき分けタタコさんの元に辿り着くと、胡乱げな視線をこちらに向ける大男と目が合う。

 どかどかと集まってきた少女達を前に、少し困惑している様子だ。


「……何だお前らは?」


 大男の当然の問いかけに答える。


「私は山吹と申します。こちらの赤いのが御剣で、この子はラミー。そこで今まさに落とされかかってるタタコさんの友達で、落としに行ってるのはタチバナさんと言います」

「ほう、そうかい。そいつぁわざわざご丁寧にどうも、痛み入らぁ。―――俺はゲンゴロウってんだ、ここで鍛冶師をやらせてもらってる」


 ゲンゴロウ。と名乗った大男が頭を軽く下げた。


「よろしく頼む」

「あの……は、はじめまして」

「や、やまぶ、おめぇ、みてたなら、たすけ、おぶっ」

「神にでも祈りなさい……次に貴女が目を覚ました時、きっと生まれた事を後悔するようになりますから……!」


 タタコさんの事を半ば無視する形で話が進んでいたが、あちらもなかなかどうして愉快な―――いや、何でもない。


「御剣、悪いけどタタコさん達を宜しく」

「うむ」


 まあまて落ち着けタチバナ。と御剣が声を掛けに行くのを見送りながらゲンゴロウさんに向き合う。


「で、そんなお前さん達が何の用だ? 見ての通り、取り込み中だが」


 またも当然の問いかけだが……ゲンゴロウさんはその問いかけに私達がどう答えるのか、恐らく分かっているのだろう。問いかけつつも周囲を一瞥した視線の動きから、私は彼の心をそう読み取った。


「何やらトラブルがあった様子ですが……見ての通り注目を集めすぎていますし、何より通りのど真ん中で他の人の迷惑にもなります。なので、ゲンゴロウさんがよければどこか落ち着ける場所に移動しませんか? 話はそこでゆっくりと進めたいと思うのですが」


 当たり障りのない提案をする。そしてそれは、恐らくゲンゴロウの求める物と合致している筈だ。


「……ああ、いいぞ。近くに俺が構える鍛冶工房がある、そこで話すとするか」

「異論はありません、こちらの提案を受け入れて頂きありがとうございます」

「気にすんな。別に礼を言われるような事じゃねぇ」


 ぶっきらぼうに喋るゲンゴロウさんは、そのまま顎をしゃくり私達を促した。

 後についてこい。という事だろう。


「……ふん」


 のしのし、と歩むゲンゴロウさんの周りから野次馬が波が引くように道を開けていく。ゲンゴロウさんが放つ威圧感を恐れての事だろう。

 ゲンゴロウさんは常人と比べ頭三つ四つ程大きな背丈をしており、まるで巨人のようだ。私のアイアンメタルゴーレムと並んでもいい勝負が出来る程に背が高い。

 故に圧が凄いのだろうな。と私は感じたのだが。


「…………うぅん?」


 どうも、理由はそれだけじゃあなさそうだった。

 野次馬たちがゲンゴロウさんに向ける視線に含まれた感情は、単に恐怖や畏怖だけでは無さそうだったからだ。

 ―――よそ者。部外者。信頼の行かぬ者。

 そんな相手に向ける様な視線が、多分に含まれていたのだ。



 ―――ちなみにだが、その後タタコさんはしっかりタチバナさんに"落とされて"いた。タタコさん程の高VITが持つ状態異常抵抗力を打ち破りタタコさんに気絶判定を与えたタチバナさんの手腕を褒めるべきか、はたまたタチバナさんを怒らせチョークスリーパーを掛けられるような原因を作ったタタコさんを責めるべきか、判断に悩むところであった。

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