山吹無残血風録2
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《時・いつでも
場所・アトルガム墓地第二区画地下墓
目標・レッサーゴースト、スケルトン等の死霊の間引き
報酬・出来高制(追加報酬有)
注意事項・低難易度相当(冒険者保険適用外)
3人以上のパーティー推奨》
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―――依頼証の写しから目を上げ、眼前に広がる仄暗く陰気な墓地をみやる。私は写しを丁寧に折りたたみ、アイテムバッグの中へしまった。
ここはグラン・アトルガム王国王都の隅に位置する共同墓地の一つだ。地上に広がる霊園と地下墓の構成で造られており、霊園で眠ってるのは死後の寝床を買えるだけの資産があった一般市民で、ほぼ無縁墓地と化している地下墓に眠っているのが、金も身よりも無い貧民達である。
今回私達は主にその後者であるところの、生前は貧民であった人達が眠る場所に用があった。
「幽霊、か……」
突然だがこの世界はファンタジーだ。故に、幽霊ないし死霊も当然のように存在する。
生前に強い恨みを抱いたま死んでしまったり、或いは死者そのものを粗雑に扱われたりすると死者の身体や魂が澱のようなもので穢れ、最終的に幽霊じみた化け物と化してしまうのだ。
例えばこの地下墓など、葬られる者の殆どが無縁者であるか金が無い為に聖職者に死後の安寧すら祈られなかった可哀想な人達である為、かなりの高確率で死霊系モンスターが発生する。
定期的にお参りをし鎮魂歌を聞かせる。祈りを捧げる等対策をすればモンスターの発生を防ぐ事は可能だが、それは主に地上の霊園にしか適用されていない。
それは何故か? ―――死後に祈ってもらえるだけの金を、貧民達は支払えなかったからだ。
そして、祈らせる為に聖職者を雇うよりも、定期的に冒険者に死霊系モンスターを間引かせた方が安上がりだからだ。
共同墓地は国の預かりで運営されているとは言え、維持管理費も決して安くはない。
故に―――冒険者保険適用外とはつまりそういう事である。何時でも受領出来て、糊口をしのげるような仕事とは大抵がこんな内容の仕事ばかりだ。世知辛い話だ、本当に。
思わずぶるりと震える。
「なんだ、怖いのか?」
直ぐに取り扱えるよう腰のベルトに聖水瓶をくくり付けている御剣が問うた。
「……別に、怖くはないよ。私達が目視出来て、影響も及ぼせる相手なんだ。絶対に倒せないような、オカルトでアンタッチャブルな訳の分からない何かに挑むわけじゃないからね」
そう。そうだ。幽霊なんか何も怖くない。
人骨で構成されているスケルトンだとかは殴打属性にめっぽう弱く、一度倒しても時間経過で復活するがその前に人骨を砕いてしまうか聖水を振りかけてしまえば倒せるし。
霊体で構成されているゴーストだのスペクターだのは、物理攻撃完全無効能力を持つ厄介な敵ではあるが、聖水等で聖属性を付与した武器で攻撃すれば問題ない。そして聖水瓶のストックは山ほどあるし、その効果もかつての"悠久の大地"で手に入れたものなので非常に強い。仮にその手段が取れなくとも私には攻撃魔法がある。
なので、何も問題はない。怖いどころか弱敵が相手だ、敵のレベルも強くてせいぜい20未満といったところ。何を怖がれというのか。
それに大体からして私はこの世界に来る前はそれなりにホラー物に対して耐性があった。生物災害的なゲームは鼻歌交じりにクリア出来る度胸があったし、環というホラームービーも純粋にエンタメとして楽しめていた。なんならそういうスポットに学生時代肝試しで行った事だってある。問題なんて一つもない。
だから、何も怖くない。
微塵も怖くない。
ビビるわけがない。
うん。
そうだとも。
わたしはなにもこわくない。
「……その割には、顔色が悪そうだが?」
だというのに。
何故私の心拍数は徐々に加速しているのだろう?
「いやどこが顔色悪いのさ何もおかしくないよ良く見てみてよおかしなこと言うね御剣」
思わず早口になってしまったが嘘偽りない事実なので何も問題がない。
御剣は半目になって私を見つめてきた。
「…………まぁ、お前が良いと言うのなら良いが……後でどうなっても知らんぞ」
そうだとも。何も問題は無いと言うのに変な奴め。心配性だなぁ。
「さて、と。仕上げだな」
心配性な御剣はそれきり私に対して言及するのは止め、突入前の最後の準備とばかりに愛刀―――見ただけで吐き気を催すアメノハバキリ―――にどろりとした銀色の粘体を塗り付けた。一時的に武器に魔力属性を追加するエンチャントアイテムの"増粘魔素液"だ。その見た目から、別名魔ゲルと呼ばれている。聖属性をエンチャントしなかったのは、恐らく武器との相性が悪いからだろう。……まぁ、見るからに凶悪そうだし。聖属性をエンチャントした瞬間相互反発作用で異界が発生してもおかしくない。
「私の準備は終わった。山吹はどうだ?」
「私も大丈夫」
腰ベルトに結わえた矢立てを手でポンと叩いてみせる。
クロスボウ用の矢が一杯に詰まった矢立ての底はなみなみと注がれた聖水で満たされている。普段私がクロスボウを使う際はウェポンスタッカ―――この世界で手に入れた謎の技術―――がアイテムバッグの中に溜め込んである矢を自動で補給する為本来は矢立なぞ不要なのだが、矢そのものにエンチャントを施すとなれば話は別だ。何せ"悠久の大地"には属性を宿したクロスボウはあれど、属性を宿した矢は存在しなかったのだ。故に現実と化したこの世界では、以前の世界のルールの隙間を突く形で存在しえない筈の属性矢を拵える事が出来る。
そしてベルトに結わえた矢立の反対側には小ぶりなメイスが吊られている。これは特にエンチャントが施されているわけではない。主にスケルトン対策用の武器だ。武器は種別によっては職業適性が無ければ装備出来ないものもあるが、私が今吊っている何の変哲もないノーマル等級のメイスは殆どの職業が装備可能だ。
私達の適正レベル帯で戦うモンスター相手ではこんな武器は装備するだけ無駄だが、今の状況下では私が持てる唯一の殴打属性武器であり、とても頼りになる。
「うむ。ならば行くか」
「うん」
そうして二人連れだって墓地の中へと進んでいく。霊園は陰鬱な雰囲気ながらも丁寧に管理が行き届いており、死霊系モンスターが発生する余地は感じられない。
とく、とく、と心音が早まっていく。
王都が広大なだけあってか、幾つかに区域分けされたうちの一つであるこの墓地の大きさもそれなりに広い。所々に添えられた献花を尻目に、私達は目的の地下墓を目指す。
とく、とく、とく、とく。
暫く歩いて、目的地にたどり着いた。
霊園の中央部。大きな口を開いたかのような暗闇を内部に抱く地下墓への入り口は、重く頑丈な鉄製の格子扉で封されている。鍵はついていない。スケルトン等の物理的な肉体のあるモンスターならまだしも、幽体を持つゴースト相手に物理的な施錠は無意味だからだ。
代わりに格子扉にはおびただしい数の十字架が趣味の悪いデコレーションのように飾り付けられてあった。所々色あせており元は黄金に輝いていたであろうそれらは、この先は生者が足を踏み入れてはならないと警告しているかのようだった。
とく、とく、とく、とく。
「………………ふぅ」
最早心音は無視できない程早鐘を打っている。
私は努めて平静を装い、ゆっくりと深呼吸した。―――本当に恐ろしい事だ。私はどうやら、信じられない事だが、この状況に対して酷く怯えているらしかった。
まるで他人事のように述べたが、事実そうなのだから仕方がない。
これは私自身が感じた恐怖だとは思えないのだ。
「山吹。本当に調子が悪いなら帰るか?」
隣に立つ御剣が私の異常を機敏に察知して、気を遣った。
……その心意気は嬉しいが、私にも意地というものがある。
「……いや、大丈夫。"何時いかなる時であろうとも、冷静である者がより勝利に近づく"……でしょ? これぐらい、怖いのうちに入らないよ。うん、私は平気。私は大丈夫。取り乱したりしない。私は平気だよ、いたってクール」
私はかつての過ちを思い出しつつ、徐々に心を落ち着かせていく。あれからの訓練の日々を思えば、こんなもの微塵も怖くない。
「なんだ。ではやはり怖かったのではないか」
あっけらかんと言い放った御剣の肩を思わず叩く。
「痛っ。何故叩く!」
「それは分かってても黙ってあげるのが友達ってもんでしょうが!」
「……そういうものか?」
「そういうものなの!」
「むぅ……わからん。事実だろうに」
「事実だけどさぁ……ちょっと恥ずかしいじゃん。大の大人が今更幽霊怖がるとかさ……」
「……そうか」
「そうだよ。……でもまぁ、今のでだいぶ気持ちが落ち着いた。ありがと、御剣」
「うむ。ならば良し」
握りこぶしを作った片手を上げる。すると御剣も同じようにして片手を上げた。
「行こっか」
「うむ、行こう」
空中で拳を突き合わせる。するとブレイドマスターらしい力強い手ごたえがあった。
誰よりも頼りになる世界有数のブレイドマスターの手だ。何があってもなんとかなるだろう。そんな、不確かだが確信に近い安心感を感じる。
それが妙に可笑しくて、私は微笑んだ。
「ふふっ」
御剣も、見惚れるような笑みを返す。何せ元が超絶美少女なので昔の私ならこれでイチコロになっていただろうが、今は御剣も元男だと知っているので少しドキっとするだけで済んだ。
―――いやもう初めの頃を思えばだいぶ進歩したものだ。隙あらば半裸になるわ無防備な行動するわ酒に酔えば私を抱き枕代わりにしたあげく豊かなおっぱいで押しつぶしながら寝こけるわそれでいて羞恥心とか微塵もないし平気な顔して「おはよう」とかのたまうし本当なんなんだコイツ今更ながら腹立ってきたな―――。
と、いかんいかん。余計な記憶までフラバってきた。これから仕事だというのに、こんな腑抜けた状態では後で御剣にどやされる。
「それじゃ、陣形はいつも通りで」
「うむ」
今まで脳裏に浮かべていたトンチキなあれやこれやをおくびにも出さず、私は御剣を先に促した。
これより先は、仕事の時間であり、命がけの時間である。
莫大なレベル差がある為私達が死ぬ可能性は万に一つとしてないが―――その万に一つを経験してまだ日も浅い私からすれば、こんな楽勝な仕事であっても油断していい理由にはなりえなかったのだ。




